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2 仲間の裏切りと黒魔導士の想い


 漆黒の髪、目、長い外套(がいとう)。それこそ鴉のようないでたちをした彼は大都市の図書館でなにかを調べているようだ。鋭い目をさらに鋭くして。


(この図書館は……。私が、魔王を唯一封印できる方法について調べた場所)


「これは……?」

「さて。自分で確かめるがよい」

「……?」


 魔力を強める方法について彼は調べているようだ。

 不思議だ。魔王を封印した世の中で、彼の黒魔導士としての力が必要となることはもうないだろうに。


 一流の剣士が技を磨き続けるようなものだろうか。


 そう思うとエルミーユはほっとした。

 いままで見た『仲間』たちの姿に比べ、彼のその姿はなんてストイックなことだろう。


(もっと色々話せばよかったですね……)


 物理的な攻撃が通らない敵が現れ、アレンがスカウトしてきたのが彼だった。

 高名な魔導士……。彼はエルミーユと目が合うとちっと舌打ちした。


『ばかな女だ』


 それが、初対面。初めて彼に言われた言葉。

 なにか聖女というものに嫌な思い出があるのかもしれない。もしそれが誤解なら解けないだろうか。そう思ってエルミーユは彼と話をしようとしたが、返事はいつも舌打ちだった。


 アレンが放っておけなくて連れてきた怪我人たちをエルミーユが聖女の力で治療しているときも。

 非戦闘員だからこういうときに役に立たなくては、とエルミーユが野営地で料理にいそしんでいるときも。


 彼はいつも、疎ましそうにこちらを見ていた。


 エリックが自分を嫌っているのは間違いない。それでも、修練に励む仲間の姿を見るのは嬉しかった。


 そんなエルミーユに鴉が言う。


「よく見ろ、女」

「──これは……」


 場面が切り替わる。

 黒魔導士としての長い修行を終え、エリックは彼の家がある街からどこかへ旅立とうとしていた。


「どこへゆくのでしょう……?」


 エルミーユは首を傾げる。

 大鴉はそれには答えない。


 エリックは馬車で平原を渡り、数日後、昼間でも暗い森の中へと入る。

 ここ、なんだか見覚えがある……。エルミーユは胸が騒ぐのを感じていた。


 ──なあエル、これって食えると思うか?

 ──え、えっ!? ど、どうでしょうか……


 アレンはよくわからない虫を枝に刺してキャンプの火で炙ってエルミーユに見せてきた。飛びあがって驚くエルミーユを見て笑うハナ。あんまりふざけるなと釘をさすドミニク。

 エリックは隅でどこか虚空を見ていた。


(ここは……かつて、私たちが通った森……)


 やがて森を抜けたエリックは急勾配の雪山を上りはじめる。


 数年前──。人々を救う聖女であるエルミーユは質素な外套しか持っていなかった。これでは雪山を越えられない。けれど仲間たちにそのことを言いだせず、それでも足手まといにならないよう山に足を踏みいれたとき、『ばかなやつだ』と声が降ってきた。厚手の外套とともに。


『えっ……』

『そんな薄着でここが越えられるか。死体を増やしたいのか?』

『す、すみません……』


 エリックの外套を羽織り、エルミーユは縮こまる。

『あのっ、でも私がこれを着たらあなたが』最後まで言い終わる前にエリックはさっさと歩いていってしまった。


 お礼を言いわすれた……。そのことに気づいたのは、闇の門がある山頂目前にして彼がだれにもなにも言わずに消えてしまってからだった。


『あいつなら帰ったよ。これ以上は危険だ。つきあいきれない、ってさ』


 アレンはそう言っていた。

 その地に、どうしていま──?


『ぐっ……』


 猛吹雪に襲われエリックは顔を歪める。

 アレンたち五人パーティが励ましあい、休息を取りながら進んでようやく登れた山だ。ひとりで登れるようなところではない。


 そこをエリックは迷わずに進んでいく。

 その鋭い瞳に。燃えるような意思を宿して。


(いったいなにを……?)


「しばらくは雪しか映らなくてつまらんな」


 水晶玉に見入るエルミーユを無視して大鴉が言う。「どれ、過去の映像でも見せてやろう」


「あ──」


『ま、こんなもんか』


 硬貨の入った革袋を手のひらの上で投げ、アレンがつぶやく。隣にはハナ。


『聖女ってやつも使えないわねー。不眠不休で稼ぐくらいやってほしいわ』

『ほんとだよな。世の中には困ってる怪我人や病人がたくさんいるっていうのに』


 ふたりの背後には見覚えのあるテント。

 エルミーユの記憶が確かなら──その中には、エルミーユ自身が眠っているはずだ。アレンとハナが連れてきた怪我人と病人を聖女の力でひたすら治しつづけ、疲れきって眠っている自分が。


「あやつらはおまえに病人を治癒させる代償として金を受けとっていたようだな」

「そんな!……そんなことって……」


 信じられずにエルミーユは首を横に振る。

 だが、さらに信じられないことがこの先で起きた。


『おまえたち──その金はどうした?』


 突然話しかけられてアレンとハナは飛びあがる。

 それが仲間のエリックだったことに気づき、『なんだ』とアレンが溜め息をついた。


『驚かせんなよ、黒魔導士さま』

『さては……、聖女に治癒させるかわりに金を受けとったな?』

『それがなんだよ?』


 アレンは肩をすくめる。『勇者だって新しい剣を買うにも宿に泊まるにも金がいるわけ。稼がなきゃやってらんねーだろ』


『おまえが稼いだ金ではないだろう!』


 一喝され、ふたりはびくっと身をすくめる。

 それから顔を見合わせると『行こうぜ、ハナ』『変なの』とささやきながら立ち去っていった。


 エリックはエルミーユが眠るテントをじっと見つめる……



 場面は変わる。野営地で料理を作ったエルミーユはエリックを探し、料理を持っていく。


『はい、どうぞ』と手渡そうとすると『そこに置いておけ』と冷たく言われた。エルミーユは素直に従う。


『ちゃんと食べてくださいね、エリックさま。顔色悪いってみんな言ってますよ?』

『余計なお世話だ』

『ふふっ』


 ふてくされたのがおかしくて笑うと睨まれた。エルミーユはあわてて帰ろうとする。


 そこを呼びとめられた。


『おまえ──このパーティを抜ける気はないのか?』

『え?』

『おまえをまともな人間扱いしてくれるところは山ほどあるぞ』

『……? よくわかりませんが』


 仲間たちの顔を思いだしながらエルミーユは答える。


『私はみんなが好きです。もちろん、エリックさまも』


 エリックはなにも言わなかった。

 そのときエルミーユを呼ぶ声がして彼女は急いでみんながいるところへ戻ったので──エリックがなにかつぶやいたことに気がつかなかった。


『……そうか。それなら、俺もついていくだけだ』


『おまえが犠牲にならないように……』



 場面は再び変わって──雪山。

 アレンとエリックが向きあっている。


『魔王を倒す術はあるのか?』

『そんなもんないけど、なんとかなるだろ。このパーティは最強だし』

『ふざけるなよ』

『ふざけてなんかいねえよ。俺は本気だ』


 それに、とまっすぐな瞳でアレンは言う。


『いざとなったらアレがあるだろ』

『……図書館で見つけた記述か?』

『そうだよ。いざとなったら、聖女さまに魔王を封印してもらえばいいだけだし。みんなで本を読んだとき、聖女さまも言ってただろ? "なら、私が犠牲となればよいのですね"って』


 それで俺たちはハッピーエンドだ、と勇者は笑った。


『……そうか、それなら』


 黒魔導士は懐から魔術書を取りだす。


『おまえたちの旅を俺がここで終わらせてやる』

『な──っ!』


 呪文を詠唱しようとしたエリックにアレンは顔色を変える。

 ……かと思いきや、物陰からでてきたドミニクがエリックの背中を大剣で切りはらった。にやっと笑うアレン。崩れ落ちるエリック。


『な、ぜ……』

『ばーか。おまえの考えてることなんてお見通しだよ』

『……っ!』

『トドメさしておくか?』

『ん? べつにいいだろ、この寒さなら放っておいてても死ぬだろうしな』


 悪いけど、とアレンは雪の上に倒れたエリックを蹴飛ばす。


『おまえが好きな聖女さまは、俺たちの都合のいいオモチャだよ』


 腹から血を流して倒れているエリックを置きざりにしてふたりは去ってゆく。


 ──エル、逃げろ。

 ──頼む。

 ──きみだけは、生きてくれ。


 エリックの唇は、彼が気を失うまでずっとそう動き続けていた……。

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