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短編集

作者: 豆苗4

 白い羊は柵を飛び越え、追手を引き離したようだ。先端の尖った三角錐を目掛けて次々に飛び込んでいく。その瞬間物体は眩い光を放出し、静寂によってあらゆる音が退けられたがその後は何の音沙汰もない。柵に引っかかったものは悪戦苦闘しつつも標的が逃げ去っていくのをただただ見送るしかなかった。その後諦めたかのように踵を返して、懐に入っていたドーナツを千切っては投げ千切っては投げ川に放り込んでいく。供物は泉の神が現れることもなく大きなナマズのエサになるばかり。ドーナツを投じるペースは徐々に緩やかになっていき、やがて止まった。5分程川の上流から桃が流れてくるのを今か今かと待ち続けたが、落ち葉2枚と倒木、1個のりんご、数え切れんばかりの船しか流れてこないのを確認した。その後思い出したかのようにドーナツの穴と耳、そして手に残された一欠片を仰々しくポケットに入れた。対岸の火事と消防車のサイレンを背に男は川辺を立ち去った。川底の石の苔の声はついぞ聞こえなかったらしい。地層奥深くに眠ったままの大樹の種は青い炎を待ち侘びている。とろとろに炙った長靴の先端から湧き出してくる真紅のベールに包まれた水色の雫。城の門は今も固く閉ざされたまま。鍵は海辺のヤシの木が見える窓の下に捧げられているのに。柵を越えて遺跡のあったであろう場所にやって来た。橙色の五角形の印が中空に浮かんでいる。風に吹かれてくるくると回っている。いつどう見ても完璧な五角形だ。綻びなど何処にも見受けられない。水面に映った姿や影でさえも完璧なのだからもう手に追えない。変形するのは風船の影を飲み込まんとするときだろうか。

 甲高い鳥の鳴き声が響く。惚れ惚れとするような形姿を注意深くしげしげ見てみると端が滲んでいることに気づく。赤く滲んでいる。呼応するかの様に鳥の低い鳴き声が辺り一体に反響する。1点だけではない。5点全てにおいてだ。滲み方は全く違う。今までの対称的な美を嘲笑うかのごとく不規則で不気味である。周囲の温度が急激に下がっていくの肌で感じる。恐ろしくなってその場を離れることにした。脱兎のごとく逃げ出す。目の前に柵が。何と忌々しい事か。それらはいつも私を引き止める枷。良くも悪くも。案の定引っ掛かりまごまごしているうちに、雨音が耳に入ってきた。雨。雲一つない快晴なのに。それは次第に大きくなる。やがて耳を塞がずにはいられないほどの轟音に変わる。羊だ。羊の大群がこちらに一目散に向かってやって来る。私は座り込んでしまい呆然と大行進を見守った。不規則で不可解な無数の運動は理路整然とした一万の兵の行軍よりも威圧感のあるものだ。それらは目の前まで来ると足に全身の力を込め飛躍の兆しを露わにした。そしてふんわりと飛んだ。まるで天使から羽が授けられているかのようであった。どうやら白い羊は柵を飛び越え、追手を引き離したようだ。

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