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レインボーアクセサリーの露天商

作者: 浅賀ソルト

 マレーシアでは同性愛が違法になっているが、それを受けてレインボーっぽい柄物も所持が禁止されている。私もそうだけど、禁止されていると破りたくなる人というのはいて、服の内側にレインボーだとかボタンの柄がよく見るとレインボーだとか、ギリギリを攻めるファッションやグッズがアングラなところで売買されている。

 別に同性愛者なわけでもない。社会活動としてそういう人の人権を守ろうみたいな高い意識でもない。単に禁止されていると応援したくなるというだけ。つまりある意味、政府が禁止している理由である『マレーシアの道徳を損なう』というところを、同性愛者以上に目的にしている。損なうことだけが目的だ。ははは。他の目的はない。

 同性愛者は別に道徳を損なうことを目的にしていない。彼らなりの〝普通〟をやってるだけだろう。

 私は上から禁止されていることに反発して、ちょっとしたゲリラ活動気分で隠れた応援運動をしている。私はムスリムじゃないし。

 自分で買って身につけるところから、自作する方向に進んだ。バッグの内張りとか、ポケットのフラップの内側だとかにレインボーの装飾をして販売している。これがなかなか楽しくて、どこに隠し、どんな風にアピールするかを考えながら小物やファッションを考えるのが癖になった。普段の格好は全部盛りだとおかしくなるので、どこかにワンポイントを付けるようにしている。靴下の爪先とか、帽子の内側とか、ギリギリを攻めるなら左右の袖を合わせるとレインボーになるとかシャツのフロントバックを合わせるとレインボーになるとかだ。

 ネットでの販売は目立ちすぎるので初期の頃にちょっとやってすぐにやめて、あとは口コミと仮店舗移動店舗での販売に移行した。クアラルンプールで屋台をやっている分には意外と客はいるし、自分で宣伝をしないと足はつきにくい。

 あとは、当局がどこまでやる気あるかという話でもある。この辺は空気の問題だ。急に締め付けが厳しくなり、そのあと、緩くなる。その繰り返しである。

 購入者もほとんどが10代で、また、見た目だけじゃ分からないことも多いけど、全員が性的マイノリティって感じでもなかった。自分と同じで、禁止されているから興味が出たという感じの女の子が多い。

 もちろん、あ、本物だなという同性カップルもやってくる。そういう人は、「ありがとう、頑張ってね」と声をかけてくれる。

「どういたしまして。気をつけてね」こちらも声をかける。

 こちらはやばくなったらすぐに手を引くフットワークの軽さがあるけど、当事者はそういうわけにはいかないから大変だよなと思う。

 本気で心配して声をかけてくる客もいる。

「こんなことして、捕まったらどうするの?」

「……」

 何人か、こういう客とやりとりしたことがあるけど、結構微妙だったりする。そもそもで言うと、こういう客は客じゃなかったりする。何も買わない。何かでうちの店の噂を聞いて覗きに来ただけだ。下手したら他の客をジロジロ見たりして営業妨害でしかなかったりする。

 さらにこの『捕まったらどうするの?』という質問は反応に困る。ちょっと自分が好奇心でレインボーアクセサリー屋をやっていてこういう風に心配されることを想像してみて欲しい。あなたの国の禁制品に置き換えってもいい。酒だったり煙草だったり大麻や無修正のエロ本でもいい。もちろんガチの児童ポルノや核兵器の起爆装置でもいい。

 捕まったらどうするの?

 あなたならどう答える?

 質問が無意味だ。

「心配してくれてありがとう」私はそう言うことにしている。

「気をつけてね」向こうもそんなことを言う。

「ありがとう」

 向こうはなにか憐れむような顔で何も買わずに去っていく。

 こういうことがあると、結局、自分のお客はLGBTQの人とそれに理解がある人で、自分は関係ないと思っている普通の人が一番——ちょっときつい言い方になるけど——クソだということになっていく。無関心なら無関心でいいのに、なぜか余計なものに首をつっこんでくる。

 好奇心があるなら私のように乗っかればいいのに。別に自分は当事者でもなんでもないけど、こうやって当局にバレないようにコソコソやるのはそれなりに楽しい。人の心配をするよりよっぽど充実すると思うんだけど。

 マーケットの一角をさらに又借りしてちょっと商売しては私は店をたたむ。当局もマーケットまで介入はしてこないのでこういう商売ならあまり危険はない。パトロールの警官がいるのでそこに注意するだけだ。すぐに畳めるようにしているし、誰かが警察が来たと教えてくれることも多い。

 警察官に賄賂も効くことは効くが、このような商売ではそこまで利益が多いわけではない。割が合わないといっていい。だから逃げるのが基本だ。本当に摘発されて捕まりそうになったときの最後の手段としてはそれが残っている。

 つまり、捕まったらどうするのという質問だが、その日の売上をすべて警官に渡すというのが答えになる。

 ただ、賄賂を渡す日は結局こなかった。

 そこそこ商売が軌道にのってきて売上の伸びてきた頃、やはり当局にマークされてしまった。写真つきで、こんな奴がレインボーをワンポイントに使った商品をこっそり売っていると拡散されてしまったのだ。

 捕まっても言い訳できるように自分の商品を身につけるのをやめた。身体検査では何も見つからないようにしたのだ。

 それでも客と、「次は3日後のマスジッドでやるよー」なんて言うと、身内だけではなくもっと広いところに拡散されるようになった。

 一応、確認のためにマーケットに行くと、いつもよりパトロールが厳しかったりする。所持も禁止されているのでキャリーの中を捜査されたら一発でアウトだ。目を合わせないようにビクビク歩くと、自分でも分かるくらい不審者でもある。素人ではここまでだ。開店もせずに引き返すことになった。

 在庫がまだたくさんあるので名残惜しい。

 せめて手元にある分は全部処分してから手を引きたい。

 どこで売ったらいいかなあ。どうせ在庫処分セールなので思い切り割引して売っていいんだけど。

 悩んでいると、顔見知りの常連客にマーケットでばったり会った。

 挨拶してから状況をお互いに確認する。

 当局にマークされて商売ができなくなったことと、在庫処分セールをしたいことを相談すると、じゃあウチでやったらいいと声をかけられた。

「うち?」

「我が家でたまにパーティを開くからね。そこで店を開くといいよ」

「それいいね。もしかしたら店を畳まなくてもいいかもしれない」

 というわけで在庫を抱えて私は個人宅の地下パーティにお邪魔した。そこで全部を売り払い、さらに顔馴染みもたくさん作った。今後の商売のコネになりそうなつながりだった。

 翌週に私の家に警察が押し入り、私は自分は同性愛者でもなんでもないこと、手芸が好きでそれを売っていただけだと証言した。そして、知り合った人たちの住所氏名を全部警察に売って無罪放免となったのだった。


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