ラジコントンボ
「……何をしているんだ?」
「……本で読んだんだ」
「どんな本?」
「トンボ。頭を潰せば飛ぶんだって」
言葉足らずに加え、どこか舌足らず。それでも意味は分かった。その子の足下には頭の無いトンボが転がっていたのだから。
――ダン!
その子は切り離したトンボの頭を踏みつけた。でも、さっき目にしたのより、どこか遠慮がちだった。これは悪い事だ、と自覚があり後ろめたかったのだろう。
こちらを気にするようにチラッと見て、でもやめたら格好がつかない、だから続ける。そんな雰囲気がその子の周りに漂っていた。
――ダン!
その子はまた踏んだ。でもトンボは飛びはしなかった。
――ダン!
また踏んだ。怒っているような、あるいは何もかもに嫌気がさしているような。
――ダン!
「ラジコントンボだろ?」
俺がそう言うと、その子はこっちを向いた。
「俺も前に何かで知ったよ。もっと強く踏むと良いんじゃないか?」
そう言うとその子は初めて笑みを見せた。そして声を出し笑い、俺も笑い、一緒になってその子が捕まえたトンボの頭を踏みつぶした。
ラジコントンボ。切り離した頭を踏むと、胴体が飛び上がるって話。
昆虫は頭を切り離してもしばらくは動く。でも、関係ない。ただの反射。飛んだとしても、それは地面から伝わる振動に反応し飛び上がっただけだ。切り離した胴と頭が見えない何かで繋がっているはずがない。
でも、俺は別にその子を軽蔑はしなかった。幼い頃、遊びで蟻を踏みつぶしたことは誰だってあるはずだ。
……どうして今、こんなことを思い出しているのだろう。小学生の時の話。夕暮れ時のこと。飽きたら影を踏んで遊んだ。
それからもあいつとはよく遊んだ。クラスが違っても関係ない。中学、高校。環境が変わっても遊んだ。親友になったんだ。それは今も同じ。関係は続いている。
あいつとは色んな事をしたけど、そうだ、あの日のあいつが一番よく笑ってた気がする。ああ結局、トンボは飛んだっけな。どうだったかな……。
「おおー、あはははは! ちょっと動いてるよっ。あははははは!」
そうそうこんな声だった。楽しかったなぁ。はははははははは。
「よーし、じゃあ、潰すぞ。お? ははは、笑ってら」
――グチャ