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10  ネーヴェ陥落

ーアイルたちが防鎖を越える二日前ー


 魔法都市ネーヴェは、叡智王をロキの偉業を称え、その魔術の探求の成果を後世の人間が広く学ぶために、ラインベルクのほとりに建てられてた城塞都市だった。

 都市にはたくさんの貴族の子弟のほか、下層階級の人間からも広く生徒を募り、別け隔てなく魔術の探求に勤しんでいた。

 ネーヴェ第一魔法学校は、その中でも最も優れた生徒が通う、学生の中でも最上位層のための学び舎だった。いまその学校で、年に一度の進級試験が行われるところであった。

 目深に三角帽をかぶった先生は、黒板の前に立ちこう言った。

 

【先生】「では今から進級試験の内容をお話します。試験の内容は初等的な錬金術です。今から指示する素材を集め、その素材を使って錬成陣を組み、合成皮革を生成するのです。皮革は固いなめし革の代わりになり、盾や鎧の材料となります。そのうち出来の良いものはギルドに買い取ってもらうことになりますから、それなりにいい収入になるでしょう。後ろの三人、聞いてますか?」

 

【ドアンナ】「うっ、うわ!」三人のうちのひとりが声を上げた。彼女は蔓の折れたメガネにツギハギだらけのローブを着た、落ちこぼれ三人衆のうちのひとりだった。

 彼女が抱えている植木鉢から、アジサイの花が天井に向かって爆発的に伸び始めた。アジサイは鉢から溢れ、机の周りを埋め尽くした。そして鉢の栄養を吸い付くすと、茶色く枯れた。季節外れのアジサイ育成は、彼女の生活費のための内職だった。それが今失敗した。

【ドアンナ】「あーっ!失敗した!失敗した」彼女は叫んだ。

 教室中が、爆笑の渦に包まれた。

 先生は深くため息を付いた。そして言った。

【先生】「あなた達三人はただでさえ成績が悪いんだから、試験では必ず結果を出すように」

 教室中が再びクスクスと笑いに包まれた。そして授業は解散となった。


 三人は中庭で昼食を食べながら、試験の内容について話し合った。

【ドアンナ】「さてさて、先生が要求した素材はなんでしょうか!」

 さっき教室で笑いものになった、メガネの女の子がそう言い、試験用紙を開いた。彼女はドアンナといった。彼女は落ちこぼれ三人の中では一応のリーダー格だった。彼女は度の強いメガネをかけていて、巨大な三角帽を好んでかぶっていた。

 紙には素材になる魔物の名前がずらりと書いてあった。

【レイセン】「カーバンクル、ホーンラビット、バイカルボア……バイカルボアって、確か川越えた向こうの山脈の中にしかいないんじゃ……」薄い金髪をしたつり目の少女が言った。彼女はレイセンと言い、二十日遠く東夷の出身であったがしかしながら、わけあってこの場所で魔術を学んでいた。彼女ドアンナと同じく夏場でも常に帽子を被り、分厚いロングスカートの下に妙に膨らんだ下半身を隠していた。クラスメイトは全員がその膨らみの中に何があるのか知っていたが、差別に当たるので言及禁止だった。この都市では、少なくとも建前上は、知能格差以外の差別は許されていない……しかし、どっちにしろ彼女は落ちこぼれだった。

【アンナ】「川を渡ってくるバイカルボアは駆除の対象だから、川のこっち側にはいないはず……」アンナが言った。アンナはショートボブの黒髪をした少女で、落ちこぼれ3人の中でも最も成績が悪かった。つまりネーヴェ第一魔法学校においては最下位の生徒であった。

【ドアンナ】「さてどうしようか。川の向こうで魔物を狩るには、人を集めないと」ドアンナが言った。

【アンナ】「どうせクラスの男子は頼んでも手伝ってくれないし」アンナが言った。

【ドアンナ】「あいつらは無視。冒険者ギルドで逞しいお兄さんたちに前衛を頼もう」

【レイセン】「でも私たちお金持ってないじゃん」レイセンが言った。「お金もないのに人なんか雇えるの?」

【ドアンナ】「うん、だからお金は後払で考えてる」ドアンナが言った。「私たちがつくる合成皮革で、後払いでお金を払うの」

【アンナ】「でも冒険者ギルドに依頼する場合、前金がいるんじゃ……」

【ドアンナ】「だからさ、ギルド通さずに直接冒険者に頼むのよ。私に考えがあるわ」

 しかし彼女たちの話は途中で中断された。彼女たちの元へ、同じく3人組の女子がつかつかと歩いてた。

 その先頭に立つ女子はセーラと言った。彼女は王族の子弟であり、その美貌もあっていわゆる学校のマドンナだった。ヒンキーズとかいうふざけた名前の女子グループを結成していた。要するにバカの集団だ。

【セーラ】「あら最下位ガールズさんごきげんよう。皆さんそんなせせこましい場所でこそこそ食事をして一体どうしたのかしら?堂々と食堂でお食事、すればいぃいいのにぃいい!!!あーはっはっは」

【ドアンナ】「うぜえ」ドアンナがうめいた。

【セーラ】「まさか食堂の代金も払えないとかぁぁあああああああっっっ???!!!」

【ドアンナ】「うっさいわね。分かってんならどっか行ってよ!」

【セーラ】「あなたたちのような金もなければ顔も悪い、成績最下位のびんぼっちゃまたちに冒険者を雇う当てなどあるのでしょうか」

【ドアンナ】「あんたの知ったこっちゃないんだからあっちいってくんない?」ドアンナが作り笑いをしながら言った。

【セーラ】「もしよければ私の従者達を貸して行っても良いのですけれども?」

【ドアンナ】「あんたに借りなんかつくるつもりはないわ。いますぐどっか行って」

【セーラ】「あらまあ強がって。私の助けが欲しければいつでもいらしてください。おほほほほほ」

 こうしてセーラ達は高笑いしながら去っていった。

【ドアンナ】「くそうざいあのバカ女」ドアンナは彼女たちの背中に向かって舌を突き出した「何しに来たんだよ」

「ねえ、素直に助け借りたら?同郷なんでしょ?」アンナが行った。

【ドアンナ】「絶対嫌よあんなやつに借り作るなんて……とにかく私に考えがあるわ。ギルドにいきましょ」


 三人は冒険者ギルドへ向かった。この街の冒険者ギルドは酒場と併設されており、昼間から飲んだくれの冒険者たちがぐだを巻いていた。

 三人は酒場のスイングドアの前に立った。ギルドの中は薄暗がりでよく見えなかった。

【ドアンナ】「私このドアをくぐるの憧れてたのよね」ドアンナが言った。

【レイセン】「じゃあ大人の階段くぐりますか」レイセンが続けた。

 三人は笑い、ドアをくぐった。

 途端にツンとくる酒の匂いがよってきた。

【ドアンナ】「うっ、臭い」どアンナが言った。

 ドアのすぐそばに、風貌よろしくないハゲ頭の男が背中を丸めてしゃがんでいた。その隣には片目を切られた隻眼の男がうんこ座りで胡乱げにドアンナたちを見上げた。

 三人はいそいそと男たちの横を通り過ぎ、ギルドの受付の前へ進んだ。

 受付嬢は厳つい風貌であった。長い金髪を黒いヘッドバンドで雑に後ろにまとめていた。彼女は眉毛を逆八の字にしぼり、眉間に縦じわを寄せてやってくる三人を睨みつけていた。

【受付嬢】「ここはガキの来るところじゃねぇ。死にたくねーなら帰んな」受付嬢はまさに吐き捨てるという表現が当てはまる口調で言い放った。

【ドアンナ】「うっ……私たちは、別に冒険者になろうというのではありません。冒険者様方に依頼をお願いしたいのですが……」

【受付嬢】 受付嬢は舌打ちをして紙を差し出して言った。「依頼の内容は?」

【ドアンナ】「カーバンクルの討伐ですが」どアンナは答えた。

【受付嬢】「10カバー。用件を書け。書いたらそこの掲示板に貼ってやるよ」

 ドアンナは紙に流暢な筆記体で依頼を記入した。彼女はこれで清書が得意だったので、鼻歌をフンフン鳴らしながら依頼を書いた。しかし受付嬢はそれを一瞥すると、破り捨てた。

【受付嬢】「馬鹿野郎。こんな文字読めねえよ。書き直せ」受付嬢は代わりの紙を渡した。

 ドアンナはブロック体で大きく文字を書いた。

(ちょっと、カーバンクル以外の依頼はどうするのよ?)レイセンが小声で聞いた。

(他のはこれが成功したら冒険者に直接頼むわ。そうすれば別料金が嵩まないでしょ)ドアンナが答えた。

(なる)レイセンは納得した。

 受付嬢は渋い顔をしてその紙を上から下まで眺めると、それを再びドアンナに突き返した。

【受付嬢】「絵はないのか?」

【ドアンナ】「絵がいるんですか?」

【受付嬢】「普通は依頼の他に絵と値段をどどーんと書いとくんだよ。冒険者が全員文字を読めるわけじゃねーからな。掲示板を見てきてみろ」

 ドアンナ達は掲示板を見に行った。たしかに依頼には、内容の他に大きく魔物の絵と依頼料金が大きく書いてあった。

 彼女たちは受付に舞い戻った。

【ドアンナ】「わたし、絵なんか描けないんですが」ドアンナが言った。

【受付嬢】「なら人に頼め。あそこの小さなテーブルにインク壺出してる男がいるだろ。あいつだ」

【ドアンナ】「ちなみに料金はいかほど……」

「二百カパーだな」

【ドアンナ】「にひゃく!?わたしたち、もうまったくお金ないんですが……」

【受付嬢】「だったら今ここで依頼してみたらどうだ?いちおう言っとくけどガキの依頼でしかも後払いなんて受けるやつめったにいねえよ? 」

 ドアンナは酒場の酔いどれ客の方を振り返り、話し出した。彼女は学校でも落ちこぼれであったが、なぜか態度はデカく、話し方は堂に入っているとアンナ常々思っていた。

【ドアンナ】「私たちはメーヴェ第一魔法学校のものです。皆さんの中から私達の前衛を担ってくれる方を募集しています。募集内容は、東のルアンの森でカーバンクルを10匹刈ることです 」ここでドアンナは両手を組んで顔の前に掲げて言った。

【ドアンナ】「どうか……可哀想な私たちを助けてください!お願いします!うりゅうりゅうりゅ」

 彼女は馬鹿みたいななき演技をした。冒険者たちはほとんどが苦笑いを浮かべて無視した。しかし部屋の奥にいる一人の男から声がかかった。

【冒険者】「料金は?」

【ドアンナ】「料金は後払いをお願いします。依頼を完了した後、カーバンクルを防具の材料にして、それをギルドに売りさばいてからお金が入ります。

【冒険者】「それは何日後の話だ」

【ドアンナ】「おそらく二週間後になるかと思います」

【冒険者】「じゃあ俺はいいわ」冒険者は言って手を振った。

 しばらく冒険者たちは静まっていたが、また各々自分たちの会話に戻り、また酒場は騒がしくなった。

【ドアンナ】「どなたか~どなたか手伝ってくれる方いませんか?どなたか~どなたか~」だんだんとドアンナの声量は小さくなり、酒場の喧騒に飲み込まれていった。

 その時酒場の奥から若い男が進み出て声をかけた。

【槍使い】「あのさ、よかったら俺たちと組まないか?」

 彼らは三人組の若い冒険者だった。一人は髪を逆立てた不良のような風貌をした剣士だった。もう一人は長槍を持ち、最後の一人は、ドワーフとの混血だろうか、ガタイのいい盾持ちだった。

 その様子を隣で見ていた飲んだくれが、ドアンナたちに声をかけた。

【冒険者】「おーいお嬢ちゃん達。そんなへなちょこと組んで大丈夫かね」

【剣士】「おっさんはうるせえよ」剣士が心底嫌そうに言った。

【冒険者】「嬢ちゃん達やめときな。その若造はこの冒険者ギルドで一番腕っぷしが悪い。任務の半分は失敗して逃げ帰ってくるぜ」

【レイセン】「そうなんですか?」レイセンがそう言いと、受付嬢がまた声をかけた。

【受付嬢】「新米冒険者なら任務の半分ぐらい失敗するもんだ。別に普通さ。それにそいつらはいいやつだよ」

 ドアンナ達はお互いに顔を見合わせた後、もう一度冒険者たちを見た。

 剣士は若く、自信満々でドアンナたちを見ていた。彼は顔にいかつい入れ墨を入れていが、イケメンといえばイケメンだった。

 槍持も、長い金髪を後ろで結んだ中性的な顔立ちで、長いまつげが印象的なイケメンだった。

 盾持ちは髭面で凹凸の激しい男性的すぎる顔立ちだったが、男前といえば男前だった。

 彼女たちは男たちの顔に納得した。そして三人揃って言った。

「「「「依頼をお願いします!」」」


 次の日の朝、、六人はネーヴェの東門から出発した。彼らは草原を歩いたが、まるで魔物の気配を感じないほど平和だった。気持ちの良いそよ風が吹き、草むらが美しく波打った。

 6人は道中のんびり歩きながら、それぞれ自己紹介をした。

【ドアンナ】「ではまずわたしから」ドアンナが話しだした。「私はドアンナ 、ネーヴェ第一魔法学校の生徒で、成績は全学年の下から3番目です。専門は雷魔法です」

【ダグラス】「雷魔法だなんて珍しいね」ダグラスが言った。

【ドアンナ】「その通り。それ故に成績が低いのです。ろくな教師がいませんから」

【レイセン】「ははは」レイセンは笑った。「私はレイセンです。学年では下から2番目の成績です。専門は火炎魔術です」

【ダグラス】「へ~、君たちは成績悪いんだね……」金髪の槍使いが言った。「じゃあ、もしかして……」

【アンナ】「私はアンナです。魔法は影魔法です。成績は学年最下位です、毎年」

【ダグラス】「あはは……そりゃなんていうか逆にすごいね」槍使いは言った。

【トグマ】「まあ気にすんなよ。俺も頭の悪さじゃ他人に引けを取らねえからなあ」剣士が言った。「けどよ、そんな頭悪くてよく第一魔法学校なんて入れたな」

【ドアンナ】「私達は生まれたときから魔法が使えたのよ。」ドアンナが言った。「生得魔法って言うんだけど。だからこの学校には特待生枠で入れたんだけど、別に魔法が得意ってわけじゃないのよ」

【ダグラス】「へえ、 なるほど」槍使いが言った。「じゃあまず俺から自己紹介するね。俺はダグラス、ハンザから冒険者目指してここにやって来ました。見ての通り槍の使い手です」

【トグマ】「僕はトグマだ。世界一の剣士を目指して修行しているところだ」

「俺はカイだ。前衛で盾持ちだ。まあ力にはけっこう自信あるかな」

【アンナ】「皆さんは、冒険者になってどのくらい経ってるんですか?」アンナが訊いた。

【トグマ】「まあだいたい半年ぐらいかな 」トグマが答えた。

【レイセン】「今まで倒した魔物で一番強いのは」レイセンが訊いた。

【ダグラス】「自慢じゃないけどオークだよ」ダグラスが鼻を掻きながら言った。

【ドアンナ】「オークを倒したんですか?すごい」ドアンナが言った。「オークを倒せれば冒険者は一人前って言われてるんでしょ?」

【トグマ】「 いやいや、怪我してたやつを3人でがかりでリンチしただけじゃん」トグマが言った。

【ドアンナ】「でもすごいじゃないですか」ドアンナは髪をかきあげながら言った。

【ダグラス】「ははは、まあ大したことじゃないよ」ダグラスは言った。「ところで僕からも質問いいかい?君達は魔法使いなのになんで杖を持っていないんだい?」

【ドアンナ】「それはほら。さっきも言った通り、わたしたちは生まれたときから魔法を使えるんです。だから……」ドアンナはそう言い、腕を伸ばして人差し指を立てた。その指先から紫電の火花が散り、バチバチと音を立てた。「こんなふうに杖がなくても魔法が使えるんです」

【ダグラス】「へえ、すごいね。それみんなできるの?」ダグラスは訊いた。

【レイセン】「一応」レイセンは言った。

【ダグラス】「それはぜひこの目で見てみたいな。楽しみだ」ダグラスが楽しそうに言った。


 彼らは森に入った。その森はネーヴェの北から十マイルほどの範囲で広がっている小さな森だった。

 しばらく森の下生えを進むと、やがて森の中の開けた場所に、穴だらけの赤土がこんもり盛り上がった小山があった。

【ダグラス】「これがカーバンクルの巣だ。この穴の中にたくさんいるぞ」ダグラスは言った

【レイセン】「穴の中に隠れてるの?うさぎみたいに?」レイセンは訊いた。

【トグマ】「その通り。うさぎの穴と同じで、出口は全部内部でつながっているんだ。だからまず穴をふさぐ」

【ドアンナ】「塞いでどうするの?」ドアンナが訊いた。

【トグマ】「2つの穴だけ残して、片方から煙を焚いて送り込む。カーバンクルは残りの穴から慌てて出てくるって寸法さ」

【レイセン】「なるほど。じゃあ、私が火をつけるね」レイセンが言った。

 まず6人は目に見える穴を全て塞いだ。そしてレイセンは残った二つの穴の片方に陣取ると、影絵のように手をなにかの形に次々と結んだ。

【トグマ】「ありゃなんだ?」トグマが訊いた。

【ドアンナ】「あれは”印”よ」ドアンナが応えた。

【トグマ】「印?」

【ドアンナ】「印っていうのは、ようするに東洋魔術の体系で、西洋魔術で言う詠唱みたいなものよ」

 レイセンは一通り印を結び終わると、目一杯背中を反らし、肺に思いきり空気を吸い込んだ。そして口から勢いよく炎を噴き出した。

【トグマ】「うわっすげっ」トグマはうめいた。

 眩しい熱線を放つその火炎放射は、全てカーバンクルの穴に吸い込まれた。他の穴にした土の蓋が、、内部圧力でふくらみ煙がぶすぶすと地面から吹き出した。

【ダグラス】「来るぞ」ダグラスは言った。次の瞬間、足元の穴から錯乱したカーバンクルが勢いよく飛び出してきた。ダグラスは槍を素早く突き、カーバンクルの横面を挿し貫いた。カーバンクルは串刺しにされたまま脚を激しく動かし空中を蹴っていたが、やがて足を止め動かなくなった。

 次は三体のカーバンクルが一時に出てきた。ダグラスは死んだカーバンクルを槍から振り払い、もう一突きを入れた。他の2匹のうち一匹はトグマが素早く切り飛ばしたが、タッカーの握る大剣は素早い小動物を屠るには少し重く大きすぎた。タッカーの重い一撃を避けたカーバンクルは、森の奥へ向かって全速力で駆けた。

【ダグラス】 「逃げたぞ」ダグラス叫んだ。

ドアンナは人差し指を天に掲げ小声で何か呪文を唱えていた。その人差し指からは空中に向かって紫色の放電が起きた。彼女は人差し指をカーバンクルに向かって振り下ろした。指の先から一瞬眩しい閃光が走った。カーバンクルは雷撃に撃たれ、四肢を投げ出して即死した。

 こうして六人はカーバンクルを狩り続けた。そしてあっという間に十匹の死体が手に入った。

【ダグラス】「楽勝だったな。別に君達だけでも行けたんじゃないか」ダグラスが入った 。

【ドアンナ】「いやいやそんなことはないよ~」ドアンナが言った。

【アンナ】「みんな、かっこよかった」アンナが続けて言った。

【レイセン】「そうそう、男子がいなきゃ絶対無理だったよ~」レイセンが適当におだてた。

 若い冒険者たちはお世辞だと知りつつも照れくさそうに笑った。

 

 突然、カーバンクルが一匹巣穴から飛び出した。それはあっという間に巣山を駆け上り、冒険者たちの間合いから逃げた。

 ドアンナは雷撃を放つため、指を空に掲げた。

 しかし彼女が雷撃を放つ直前、そのカーバンクルが大きな水球に飲み込まれた。それは、魔物を包み込んだまま空中をふわふわと漂った。呼吸ができなくなったカーバンクルは、もがき、のたうち回っていたが、そのうち息を吐きだして動かなくなった。

 森のなかから、その魔法の使い主が現れた。彼女は巣穴の天辺に立った。

 セーラだった。長い金髪に青いキュロットを履き、短いタクトを手に持っていた。

【セーラ】「みなさんごきげんよう!!!」彼女は大声で話しかけた。「ドアンナアンナプラス1さん!!!」

「「「げっ」」」三人はそろって声を上げた。

【ドアンナ】「誰がドアンナアンナじゃ」ドアンナが言った。

【レイセン】「プラス1って……」レイセンが言った。

【ダグラス】「知り合い?」ダグラスが訊いた。

【ドアンナ】「知り合いというか……なんといいますかね。腐れ縁と言うか。関わり合いになりたくない人というか」ドアンナが答えた。

【セーラ】「みなさん随分カーバンクルを痛めつけておいでですわね」

【ドアンナ】「窒息で死ぬ方が苦しいんじゃないの」ドアンナが反論した。

【セーラ】「そういう意味じゃございません。みなさんカーバンクルの皮を焼いたり切ったり随分傷つけているようですけれど、それって正しい捕獲方法ですの?」

【ドアンナ】「どういうこと?」

【セーラ】「これは錬金術の材料なのですわよ?傷なし・加工なし・変色なしのきれいな素体を用意するのは当然じゃなくって?」

【アンナ】「そっか……いわれてみればそうだね」アンナは言った。「全然考えが及んでなかった」

【セーラ】「あら?あらあらあらあら?皆さん今からやり直しですのおおおおおおおおおお?????」

【レイセン】「うっ」レイセンがうめいた。

【セーラ】「と・く・べ・つ・にわたくしの分を分けて差し上げてもよろしくってよおおおおおおおおお」

 彼女の叫びは森の中に高らかに響き渡った。彼女がタクトを振るうと、彼女の背後からカーバンクルの死体をたくさん詰め込んだ巨大な水球が現れた。

【セーラ】「じゃあああああん!!こんなこともあろうかと!余分に沢山狩ってございましたのよ。ドアンナさんほしいかしらぁ !!??」

【ドアンナ】「お、おう」ドアンナはためらいつつもおずおずとうなずいた。

【セーラ】「まあドアンナさん!!!とうとう根負けしましたのね!!!あたくしの愛をうけとってええええええええええええええええええええええ!!!」

 彼女は全力の笑顔でタクトを振った。カーバンクルの塊は水球ごとどアンナたちに衝突した。


 こうして、わずか四時間の冒険の後、彼らは帰路に着いた。獲物は男たちが持つと言ってくれたので 女たちはそれに甘えることにした。

 セーラはいつもの取り巻き二人に、護衛の騎士の5人パーティーだった。いつもの二人とは、モラムとシータの二人だ。

 モラムは鍔の特別広い三角帽に、黒い長い髪をした少女だった。彼女は光線魔術の使い手だった。

 シータは青白い髪をした青い目の少女で、氷結魔術の使い手だった。

 お付きの護衛はデインとルドルフといった。彼らは南部連隊からの出向者で、普段は王族の護衛、学校では魔剣の習得のためにネーヴェに来ていた。

 セーラとこの四人は常につるんでいた。セーラがドアンナに毎日のように絡んでいるため、必然彼らは知り合い同士になった。

 彼女たちは草原を渡り丘を超えた。ネーヴェの教会の高い尖塔が丘陵の向こうに見えてきた。やがて城壁が見えてきた時、彼らはネーヴェの異常事態に気づいた。

 ネーヴェの城内から煙が立ち上っていた。その灰色の煙は、快晴の青空の中ただひとすじの雲となって、空へ登っていた。

【ドアンナ】「えっ……」ドアンナが言った。「戦争……?」

 ドアンナたちは歩幅を緩めた。そして、遠くから城壁に集まっているなにかの人だかりに目を凝らした。

【ダグラス】「あれは人間じゃない」ダグラスは言った。「隠れて」

 彼らはかがんで草むらに隠れた。彼らは腰をかがめたまましばらく進み、近くから城壁の人だかりを観察した。

 

 ネーヴェの北門は、オークの襲撃を受けていた。門の外には大量の攻城機械が設置されていた。そして大きなオークが身振り手振りで指示を飛ばしていた。

 オーク達が城壁に突っ込み、そこに梯子がかけられた。そして何匹かのオークがその梯子を登り始めた。しかし、城壁の上にはすでに沢山の弓兵が待機しており、上から矢の雨を降らせた。梯子は横倒しに倒れ。壁際に集まっていた兵士は蜘蛛の子を散らすように散った。

 オークたちも地面から城壁に向かって矢を放ち、応戦が始まった。

 しかし、次はネーヴェの誇る魔法使いによる反撃が始まった。突然、草原の上空に巨大な炎の塊が出現したのだ。それは直径二百フィート以上の大きさが有り、半マイル以上の距離にいるドアンナですら、眩しさに目を細めるほどだった。

 オーク達は逃げ惑った。炎塊は隕石のように地面に衝突すると、爆散した。地面に舞い上がった火球の破片は草原に火をつけ、たちまち辺りは火の海となった。黒い煙があたりを覆い、攻城機械を包み込んだ。


【ダグラス】 「俺が見てくる」ダグラスは言い、腰をかがめ草むらに隠れながら草原を進んだ。そして近距離から攻城機の姿を確認した。組み立て途中の攻城塔が地面に散らばっていた。他には巨大な投石機や、見たこともないほど口径の大きい、緑色の錆に覆われた大砲があった。

 オークの数は三百を超えていた。

 ダグラスは皆の元に戻った。

【ダグラス】「奴らは軍隊だ」彼は言った。「俺たちではオークの軍隊に立ち向かう術はない。いったん逃げよう」

【ドアンナ】「わかった。でもどこへ逃げる?」ドアンナが応えた。

【ダグラス】「ヴェリザードには千人の軍隊が駐留している。だから、西の砦に逃げよう」

【ドアンナ】「分かった」ドアンナが返事をした。

 そして十一人の若者は、草むらの中を腰をかがめてまた進みだした。彼らはやがてネーヴェの北に伸びる街道にさしかかった。


レイセンは街道に出ると、何かを感じ取り立ち止まった。

【ダグラス】「どうした」ダグラスが訊いた。レイセンは片手を上げてダグラスを静止させた。

 彼女は三角帽を脱いだ。その細い金髪の頭の上には、一対の獣耳が空に向かってピンと立っていた。

 ダグラス達はそれを見て驚いた。彼らは亜人を見るのは初めてだった。

 レイセンは地面にしゃがみ込み、耳を地面にぴたりとつけた。彼女の耳は南からやってくるなにかを捉え、ピクピクと反応した。

【レイセン】「なにか来る」彼女は言った。

 ダグラスは北に目を凝らし、何かがやってくることに気づいた。「軍隊か?」彼はそれが味方だと思い、腕を伸ばして手を振った。

【レイセン】「ダグラス、今すぐ手をおろして!」レイセンが鋭く言った。「あれは馬じゃない!」

 レイセンは切迫した調子で言うと、ダグラスの腕をつかみ草むらの中に引きずり込んだ。

 他の仲間達もそれに習い、草むらの中に身を潜めた。段々と足音が近づいてきた。それは、確かに馬の蹄の音ではなかった。ダグラスはどうしても顔をあげて音の正体を覗き見たかったが、こらえた。やがてその重低音の蹄の音は、彼らの前を通過した。彼らは草むらの隙間から蹄の正体を見た。

 それは竜種だった。下等な竜族は人間が乗るように飼いならされるものがおり、東夷では王族がこの種の龍に乗っていた。しかし、普通、竜種は馬より一回り大きい程度の大きさであるはずなのに、目の前の竜種はまるで羽をもがれた赤竜のように巨大だった。いやひょっとするとそれよりも大きい。翼竜の二倍はあろうかという大きな頭を持ち、ゴツゴツした岩のように瞼の下に、小さな緑色の目が埋まっていた。この竜に続いて、四十体ほどの馬が続き、彼らの目の前を通り過ぎた。

 彼らが通り過ぎて二分ほどが過ぎた後、ダグラス達は草むらから顔を出し、背後からこの軍団を見た。

 馬を駆けているのは人間であった。彼らは皆揃いの灰色のローブですっぽり体を覆っていた。別に灰色のローブというのは魔法使いが好んで着る色でそう珍しいものではなかったが、あの数の集団全員が灰揃えというのは少々異様な光景であった。

 それはオークたちに接近した。ダグラス達は戦いが起こるのを期待したが、それは起こらなかった。

 彼らは互いに混ざり合い、遠目にはなにか話し合っているように見えた。


【ダグラス】「あれは敵の味方だな……」ダグラスは言った「一旦ここから離れよう。ネーヴェを助けたいのは山々だが、俺たちみたいな半端者じゃ何もできない。ヴェリザードに救援を呼びに向かうのが最も適切なことだと思う」

 みなはダグラスの意見に賛成した。彼らは草原を進みヴェリザードに通じている西街道を目指した。街道の先八マイルほど進んだ地点に歩哨の砦があったはずだ。

 彼らは街道へ向かった。

 彼らはだんだんと日が沈む草原を突っ切り、歩哨の砦たどり着いた。砦は明かりが消されていたが、中にはすでにヴェリザードから進軍してきた兵士たちが装備を整えて戦闘準備に取り掛かっていた。

 ダグラスは騎士に事のあらましを報告した。

【騎士】「北からの魔法使い集団に、竜騎兵か……確かにコンラートでは竜を飼いならす実験をしていると聞いたことがあるが……」騎士は言った。

【ダグラス】「魔法使いの中には、悪魔の誘惑を受け国を売った者がいると噂に聞いたことがあります」ダグラスは言った。「やつらもそのたぐいのものでしょか」

【騎士】「俺には判断がつかない」

【ダグラス】「僕たちも軍隊に加わりたく存じます」ダグラスが強い眼差しで騎士を見つめた。

【冒険者】「俺たちも戦うぜ?」部屋の奥で武装した冒険者が言った。彼は昼に冒険者ギルドでの入り口で酒に酔っ払っていた隻眼の冒険者だった。「俺たちはここに土地勘があるからな。夜中にやつらを遊撃して首の二つや三つとったらぁ」

【騎士】「夜襲か……」騎士がひとりごちた。

【冒険者】「嫁がネーヴェにいるんだよ。何もせずにここにただ座ってるわけにはいかねえ」

【騎士】「よし、ならばその作戦に乗ろう。君たちは我々騎士団を先導してくれ」

【ダグラス】「僕たちも戦いますよ」ダグラスが言った。

【冒険者】「やめとけ。お前みたいなひよっこ冒険者にできることは何もねえな。それに子供も避難させないといけないしな」

【ダグラス】「ですが……」

【冒険者】「やめろ足手まといだ」冒険者は繰り返した。「むしろお前たちはブリスコーへ向かって救援を呼べ。もう連絡は行ってると思うが、念のためだ」

【トグマ】「そんな、ガキの使いみたいなことやれってかよ」トグマが文句を言った。

【騎士】「君たちは魔法使いを見たと言ったな」騎士が言った。「そして君の予想では、そいつらは国賊の魔法使いだと。君達も国情は知っていると思うが、国家の内部に悪魔に魂を打った売国奴が多数潜んでいる。いま、ネーヴェは何の前触れもなく襲撃を受けた。そして君は、おそらくその売国奴達を見た。状況を鑑みるに、悪魔の奸計がいまこの場で起こっている。いま、この場所でだ。したがって状況認識は全てが疑わしく、これに対抗するには連絡線は多重化したほうが良かろう。これは重要な任務だ」騎士は言った。

【冒険者】「どれ地図を出せ」冒険者が言った。ダグラスたちは言われた通りに地図を出した。彼は地図の一点を指さした。

「ここは浅い入江になっていて釣り舟がいくつか止めてある。船をかっぱらって川を下れ。今出発すれば、そうだな、この中洲までなら明日には着くはずだ」


 ダグラス達はすぐに砦を出発した。

 そして闇夜の草原を走った。彼らはネーヴェを振り返った。ネーヴェの城壁は、暗闇の地平線のなか、炎に包まれ赤く輝いていた。

 彼らは歩き、やがて地図の場所に辿り着いた。そこには小さな漁船が二艘、葦の上に揚げられていた。

 彼らは船に乗った。


 こうして彼らは一昼夜川を下り、中洲にたどりついた。

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