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月守り  作者: まりも
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僕のお姫様

月ノ宮邸に着くと、すぐに柚貴の部屋へと通された。


案内をしてくれた屋敷の使用人が立ち去り際、柚貴には内緒だと言って、姫様は約束の時間の何時間も前から時計とにらめっこをして蛍様がいらっしゃるのを楽しみになさっていましたよと、教えてくれた。


自分と会うことを柚貴も楽しみにしていてくれると聞き、暖かな気持ちが込み上げる。


「柚貴。入ってもいい?」


部屋の前で呼びかけると、中からは返事の変わりにバタバタと慌しい足音が聞こえ、勢いよくふすまが開かれた。


「蛍っ、いらっしゃい!」


顔を出したのは腰まで届く美しい黒髪の愛らしい少女。

瞳は髪よりも深い漆黒で、あまり外に出ることがないため、肌の色は初雪のような白。

夏用の薄い赤の着物がよく似合っている。

始めて会ったとき、何だかお雛様のような女の子だと思ったのを、蛍は今でもよく覚えている。


「久しぶり。どこもケガしたりしなかった?病気になったりしなかった?」


柚貴は、蛍に会うと決まって最初はこの二つの質問をする。


自分を守るため日々戦う蛍。

妖怪との戦いで、危険な目にあっていないだろうか。

寝不足で、体調を崩したりはしていないだろうか。

柚貴の心配は尽きることがない。


「平気だよ。いたって健康、どこも問題なし。」


「でも、何だか顔色が良くないわ。」


今日の蛍は、どことなく疲れているように見える。

柚貴は笑顔が曇り、心配顔になる。


「あー、それはきっと外が暑かったからだよ。それに、この格好のせい。いつもは夜しか着ないから分らなかったんだけど、袴って夏に着てるとすごく暑いんだ。」


「だからって、お前は体力なさすぎ。最後の方なんか、俺がひきずって歩いてるようなもんだったぞ。」


朔は呆れ顔で蛍を見下ろす。


「うん。あれは楽だった。今度昼間に神主衣装で出かけなきゃいけない時は、全面的に朔に助けてもらおう。」


「人に頼るなー!自分の体力のなさを改善しろ!」


「分ってるよー。冗談なのに。」


「嘘つけ!」


目の前で繰り広げられる二人のやり取りを見て、本当に蛍はただ暑さでバテているだけだと分ると、柚貴はほっと胸をなでおろし笑顔を取り戻した。


「今日もとっても仲良しね。二人とも、部屋の中は涼しいから入って。」


明るい笑い声とともに部屋へと手招きされた。


柚貴の言葉通り、冷房の効いた部屋の中は大変快適で、冷たい麦茶の効果もあいまって蛍はすっかりと回復した。


「今日は、蛍に渡したいものがあるの。」


お互いの最近の出来事を報告し合い、話が落ち着いたころ柚貴がそう言って着物の袖から何かを取り出した。


手渡されたそれは、上等な銀の生糸で作られた結い紐だった。


「世話係の人にお願いして、用意してもらったの。この間会った時、勾玉を結ぶ紐が大分弱っているみたいだったから。」


ずっと身につけているため、痛むのが早いのだろう。

蛍は普段は小まめに結い紐を変えているのだが、今回はうっかりしていたようだ。

そこで柚貴は、この機会になかなか痛まない丈夫なものを自分がプレゼントしようと思ったのだ。



「ありがとう。大事にするよ。」



柚貴の気遣いに暖かな笑みが浮かぶ。


蛍は首から勾玉をはずすと、その場で紐を付け替えた。


「やっぱり、その朱色には銀色がぴったりね。」


柚貴は、蛍が首に下げなおした勾玉にそっと触れると、満足そうに呟く。


「この勾玉は、昔のお姫様が作ったのよね?」


「言い伝えによると、そうらしいねー。」


蛍が持っている勾玉は、何千年も前のかぐや姫の子孫が作った、力の制御装置のようなものとされている。

人の体に月界の力を有するのは、身体に相当な負担を強いる。

そのため、蛍のように大きな力を持つ月守りは、この勾玉を身につけることによって普段は力を眠らせておくのだ。

そして、力を使う際にのみ、左手で勾玉に触れ力を解放する。


「昔のお姫様はこんな物が作れるくらい、月界の力が強かったのね…。何だか、今からだと信じられない。」


まじまじと勾玉を見つめ、柚貴が呟く。


柚貴には、ほとんど月界の力がない。

朔が見えるのだから、全くないというわけではないのだが、ほぼないに等しい。


かぐや姫と帝の子が生まれてから、もう何千年もの時が流れた。

その間、途切れることなく姫の血は受け継がれてきたが、時を経るごとに月界人としての血は薄れていき、力はなくなり、今ではもうほとんど普通の人間とかわりない。


言い伝えによれば、月界人の血が完全に失われ、かぐや姫の子孫がただの人間となれば、石上麻呂は黄泉の国へと帰るとされている。


石上麻呂が手に入れたいのは、かぐや姫の血を引く娘であって、月界の力を持たないとなれば、それはもはやかぐや姫の血を引いているとは言えない。

そのため、地上に留まる理由がなくなってしまうのだろう。


姫の子孫がただの人間になる日まで守り抜くことこそが戦いを終らせる唯一の手段であり、それが月守りに科せられた使命なのだ。





「今日はとっても楽しかったわ。会えてすごく嬉しかった。気をつけて帰ってね。」


「僕も楽しかったよ。結い紐も、本当にありがとう。」


楽しい時間というのはあっという間に過ぎるもので、気付けば蛍が帰らなければならない時間となっていた。

玄関まで見送りに出てくれた柚貴に別れを告げ、月ノ宮をあとする。


手を振る柚貴は笑顔だったが、その笑顔が彼女の精一杯の我慢で出来上がっていることを蛍は知っている。

本当は、蛍と一緒に外の世界へと出たくて仕方がないだろう。

帰らないでと引きとめたくて仕方がないだろう。


生まれてから一度も屋敷の外へ出たこともなく。

蛍以外の歳の近い友達を作ることも出来ず。

ずっと、あの広い屋敷で大人に囲まれて過ごす。

身の回りのことを全て人に管理され、両親にでさえ自由に会うことが出来ない。


想像するだけでも寂しさや息苦しさで、胸がつまる。


それでも柚貴は、それが嫌だと言うことすら出来ない。


柚貴は知っている。

自分を守るためにたくさんの人間が戦っていることを。

その戦いで、命を落とす者があることを。

そして何より、蛍もそんな戦いの真っ只中にいるということを。


それを分っていて、結界のない屋敷の外へ出たいなどと口にすることは、柚貴には出来ない。

自分が屋敷から出ないことで、少しでも蛍達の負担が減るのならそれでいいと、自分に言い聞かせ、決してわがままを言わない。


そんなけなげで暖かな柚貴を、蛍は本当に大切にしたいと思う。

自分が守るべき姫が、柚貴であることを心から嬉しく思う。



…彼女を守る力が自分にあって本当によかった。


「何とか、もうちょっと自由に会えないかなぁー。」


ぼんやりと浮かび始めた月を見上げ、蛍が呟く。


「あ。いっそ、忍び込むのとかどうかな?屋敷の構造にも大分詳しくなったし。」


「お!いいねぇ!そういうことなら全面的に協力しよう。」


力強い返事を返す朔に、冗談だよと蛍は苦笑した。




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