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月守り  作者: まりも
3/5

不愉快な夜の優しい日常

香具夜神社(かぐやじんじゃ)と書かれた鳥居の下で、香具夜幸成(かぐやゆきなり)と、その妻、友枝(ともえ)は、いつもよりも遅い息子の帰りを待っていた。


「今は何時だい?」


「もうすぐ四時半になります。」


「そうか…。今日は遅いなぁ…。」


大きな力を持って生まれた彼等の息子は、まだ12歳という幼さにも関わらず、毎晩見回りと言う名の妖怪退治へと出かけなければならない。


出来ることならば代わってやりたいが、片方の瞳にしか藍色を持たない幸成と友枝には、妖怪を倒すほどの力がない。


自分達など到底及ばない力を持っていることも、力強い見方が共に行動していることも分ってはいる。

分ってはいる…が、そこは親心。

少しでも帰りが遅くなると心配で仕方が無くなり、こうしていつも外で待っているのだ。


妖怪は夜の闇の中でしか活動できない。

夏真っ盛りの今、日の出はもう目前だ。

いつもなら、帰ってきている時間なのだが…


「あなた、あれ!」


友枝の視線を追うと、朔の背に抱かれた蛍の姿が目に入った。


「おぉ!帰ってきたか。」


「でも、朔に背負われているわ。まさか、どこか怪我でもしたんじゃっ…」


「香具夜の次期当主様ともあろう者が、そんな簡単に怪我なんてするわけがないだろう。」


二人の心配を嘲笑うかのように冷たくそう言い放ったのは幸成の兄、香具夜信成(かぐやのぶなり)

両の瞳が藍色な信成は戦闘能力も高く、蛍と同じく毎晩妖怪退治を行っている。

どうやら信成も見回りを終え、今帰ってきた所だったようだ。


「しかし、戦闘が終るなり即熟睡というのも、当主としてどうかと思うがな。子どもだからと言って、責任感や緊張感がなさすぎるんじゃないのか。あぁ、でも蛍には優秀な殺戮兎(さつりくうさぎ)が付いているからな。いざとなれば、なんとでも…」


「おいこら、信成。」


長々と嫌味を言っている間に、鳥居の下へと辿り着いた朔の怒気を含んだ呼びかけに、信成はピタリと言葉を止めた。


「俺は耳がいいんだ。最初っから全部まる聞こえだぞ。だいたい、戦闘が終るなり即熟睡って、何でお前が知ってるんだ?あー、そうか。どっかから見てたんだな。仲間が戦ってるっていうのに、助けもしないでただ見物してたわけだ!そんな腰抜けに、責任感がどーの、緊張感がどーの言われる筋合いはないんじゃないか?」


そう言い放つ朔は、蛍と話している時とはまるで別人のようだ。

信成を見据える目はどこまでも冷酷で、凍てつく様な冷たい空気を(まと)っている。

敵意を向けられているわけではない幸成と友枝でさえ、思わずぞっとして固まってしまった。

信成はというと、恐怖と悔しさで顔を歪め、言葉を失っている。


朔が更に追い討ちをかけようとした時、背中から伸びた手にそっと口を塞がれた。


「朔、ストップ。」


振り返ると、いつの間にか目を覚ましていたらしい蛍の暖かな笑顔とぶつかった。


「…いつから起きてたんだ?」


朔の質問を笑顔ではぐらかして背中から降りると、蛍は幸成達へと歩み寄った。


「父様、母様、ただいま帰りました。」


「…あっ、あぁ。おかえり蛍。」


先程までの、身の凍てつくような空気のせいで返事が一瞬遅れてしまったが、無事に帰ってきた目の前の息子に、幸成は笑顔でそうした。

隣で友枝も、おかえりなさいと穏やかな笑みを浮かべている。


続いて蛍は、まだ固まったままの信成へと歩み寄る。


「おじさん、僕の当主として足りない所を教えて頂けるのはとてもありがたいんですが、そういったことは父様や母様にじゃく、直接僕に言って下さい。あと、何度も言っていますが、朔の事を殺戮兎(さつりくうさぎ)と言うのはやめて下さいね?」


言いたいことを言い切ると、蛍は朔の手をとり神社の石段を上り始めた。

それを見て、幸成達も後へ続き、その場には信成一人が残された。





「あいつはっ!いつもグチグチグチグチ…だぁーうっとおしい!嫌味以外の事が言えないのか!?」


「いつも嫌な思いをさせてすまないね。あの人も、本当はそんなに悪い人じゃないんだが。」


石段を上りながら、怒り心頭といった様子の朔に、幸成は困ったような笑みを浮かべ謝る。


「兄は昔から、香具夜の次期当主になるために本当にたくさんの努力をしてきた人だから…色々とやりきれないものがあるんだと思う。」


香具夜の次期当主には信成がなるはずだった。

両の瞳に藍色を有し、一族の中でも一二を争う程の力を持っていた信成。

誰もが、次期当主は信成だと信じて疑わなかった。

しかし、蛍が生まれたことで状況は大きく変わった。


両の瞳に加え、髪までもが深く美しい藍色。

その力は未だ計り知れず、殺戮兎と恐れられ厳重に封印されていた朔を解放し、味方につけるという所業を成し遂げた少年。


力や素質では敵わないと分っていても、何十年も自分が手に入れられると信じていた地位が、まだ幼い蛍の手に渡るとなれば、相当の悔しさがあるのだろう。


「でも、継承の儀式が終って正式に蛍が当主になれば、気持ちの整理をつけて態度を改めてくれると思うんだが……」


「んな何ヶ月も待てるか!」


蛍は、当主に任命はされたものの、まだ正式に継承したわけではない。

香具夜では継承の儀式を終えて、はじめて名実共に当主となる。

儀式が行われるのは今度の十五夜なので、蛍が正式に当主になるのはあと数ヶ月先のことだ。


「気持ちの整理なんて今すぐつけろ!態度も今すぐ改めろっ!」


「朔、うるさい。ご近所迷惑ー。」


今まで黙って隣を歩いていた蛍が、いつまでも怒りのままに叫ぶ朔を止めにはいった。


「おーまーえーはぁぁぁ…俺が誰のために怒ってると思ってるんだ!」


「僕のため。」


「…嬉しそうに言うなぁーっ!」


表情の変化が乏しい蛍にしては珍しい、ニコニコと効果音が聞こえてきそうな満面の笑みを浮かべはっきりと放たれた言葉に、またしても朔が叫ぶ。

しかし、その声にもう怒りの色はない。


「だから叫んだらご近所迷惑だってば。朔が僕のために怒ってくれてるのはよーく分ってるよ。でもさ、こんな朝早くから外で大きな声をだすのはやっぱりまずいでしょ?大丈夫、そんなに大声で叫ばなくても、朔の愛はちゃんと僕に伝わってるから。」


「愛ってなんだ、愛って!」


「僕も愛してるよー、朔ー。」


「棒読みで言うなっ!」


「もともとこんな喋り方なんだよ。でも、朔がそう言うなら気持ちを込めてもう一回…」


「言わんでいいっ!」


いつも通りの微笑ましいやり取りを、幸成と友枝は穏やかに見つめた。


殺戮兎と恐れられている、今は青年の姿をした銀色の兎。

朔がこんなにも柔らかな空気を纏うのは、きっと蛍の前でだけなのだろうと思うと、目の前の光景がひどく愛おしいものに思えた。





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