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腐女子OL、悪魔姫に転生す  作者: 木天蓼亘介
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第7話・「私、わかんなぁい」




 お城の前の広場に多くの人々が集まっていた。

 皆の視線の先にあったのは、広場の真ん中に建てられた、2本の柱のように高く伸びる断頭台だった。

 その、柱の天辺(てっぺん)まで吊り上げられた刃の真下に、(かせ)に首を挟まれて顔を晒すアイリの姿があった。

 “ご~ん、ご~ん、ご~ん、ご~ん・・・”

 雲ひとつない青天の下、正午の鐘が鳴り響いた。

「これよりアイリ・コルデの公開処刑を執行する」

 法相が宣告文を読み上げ始めた。

「ここにいるアイリ・コルデは怖れ多くも悪魔国の姫であり、我がフェアデリア王国に嫁がれるヘル様を殺害しようとした。この罪は一国の姫君の暗殺だけに留まらず、2国間にようやく結ばれた和平と、それによって得られる安寧そのものを根幹から破壊しようとする反逆行為である。

 これによって失われた我が国の信頼を取り戻すにはもはや極刑を持って対処しかなく、よってここにアイリ・コルデを断首の刑に処すことを宣言する」

「ち、違います。私、ヘル様を殺そうなんてしていません」

 アイリは泣いていた。

「これは何かの間違いです。ヘル様に聞いていただけれは分かります」

「黙れ。そのヘル様がお前に殺されかけたとおっしゃっているのだ」

「そ、そんな・・・」

「よりにもよって私が婚礼の記念にお贈りした壺で悪魔国の姫を殺そうとするなど、その罪はお前の死もってしか償えぬわ」

 法相は顔を上げ群衆を見た。

「ここにいる皆にも言おう。彼女の死を一番望んでおられるのはヘル様だ。ヘル様がアイリ・コルデへの死刑を要望された。悪魔国との和平を保つため、この決定を覆すことは法相である私にも出来ない。よってここに刑を執行するものである」

 彼がそう言って手を“すっ”と上げた瞬間ロープが切られ、吊り上げていた巨大な刃がアイリの白くて細い首目掛けて一瞬にして滑り落ちていた。

 “きゃぁあああ~~~~っ”

 群衆の悲鳴と絶叫が地響きのように空気を震わせた。

 が、次の瞬間、辺りは凍りついたかのような静寂に包まれていた。

「!?」

 いつまで経っても刃が落ちてこないことに気付いたアイリがそっと目を開けると、目の前に背中から大きな翼を広げた下着姿の女性が立っていた。

 その人物にアイリは見覚えがあった。

「アイリ、大丈夫?」

「ヘル様」

 そう、それはヘルだった。

 彼女は無我夢中で、広げた翼がネグリジェをビリビリに引き裂き、自分が下着姿なことにも気付かない様子で、アイリの首を斬り落とす寸前の刃を両手で受け止めていた。

「うおおおおぉ~~~っ」

 ヘルは翼を羽ばたかせ、刃を押し上げるように飛び上がった。

 すると、巨大な刃はその勢いに押されてレールを逆走し、(はり)を突き破って空中に飛び出していた。

「うおりゃあ~~~っ」

 そしてツカサは、高々と持ち上げたギロチンの刃を力まかせに放り投げていた。

 “ドガっ”

 刃は法相の鼻先をかすめて石畳に突き立てられていた。

「ひぃっ」

 その余りの恐怖に思わず尻餅をついた法相の後ろにヘルが立っていた。

「法相、これはどういうこと?」

 彼女は、腰が抜けたらしく動けない老人を怒りの形相で見下ろしていた。

「答えて?今の今まで気を失っていた私が、いつ、どうやってアイリの処刑を命じたの?」

 普通の人間なら、怒りに満ちた氷のように冷たいヘルの目に睨まれただけで失禁するだろう。

 だが法相はそうではなかった。

「しかし、アイリがあなた様を殺そうとしたのは紛れもない事実です」

「それは違う」

「ならば、()()が事故だったと証明してください。それが出来なければフェアデリア王国と悪魔国の和平のためにアイリ・コルデを処刑します」

 法相の言葉に辺りの空気が凍りついたかのような“ピン”と張りつめていく。

「もちろんよ。お妃様」

 ヘルがそう名前を呼ぶ視線の先を皆が見ると、そこには人混みの向こうに近衛に護られながらこちらに向かって歩いてくる王妃の姿があった。

「お妃様」

「お妃様」

 まるでモーゼの十戒のように人の波が2つに割れ、王妃はそこを近衛に護衛されながらが断頭台まで歩いてきた。

 そして()()集団の中には大司教の姿もあった。

「見ろ、大司教様だ」

「本当だ」

「なんで大司教様がここに?」

 皆が口々に戸惑いの声をあげる中、王妃と大司教はヘルと法相の前に立っていた。

「お妃様、持って来ていただけましたか?」

「ええ、ここに」

 王妃がそう言いながら群衆に向けて差し出したのは、今回の事件の凶器とされる壺だった。

 そして、彼女が壺を足元に置いたのを確認してからヘルが口を開いた。

「皆さん聞いてください」

 ツカサは張り裂けんばかりの大声で聴衆に向かって語り始めた。

「この壺はただの壺ではありません。これは、()()という壺そっくりの姿をした生き物です」

 その瞬間、辺りが凍りついたかのような静寂に包まれていた。

「は!?」

 それを打ち破ったのは法相が思わず漏らした素っ頓狂(すっとんきょう)な声だった。

「は?は、ははははは~~~~っ」

 そして、拍子抜けした彼の乾いた笑い声だけが広場に響き渡った。

「壺族だと?バカも休み休みに言え。そんなものがいるワケがないだろう?」

 法相は勝利を確信した目でヘルを睨みつけながら“ヨロヨロ”と立ち上がった。

「壺族だと?バカバカしい。そんなものがいるなどという話、聞いたこともないわ。ウソをつくならもっとマシなウソをついたらどうだ?」

 勝利を確信した法相が、獲物を追い詰めるかのように()くし立てる。

「確かに人族は知らないかもしれない。けれど壺族はいます」

「なに?」

 その、ヘルのあまりに自信に満ちた物言いに、法相の表情に戸惑いの色が見栄隠れする。

「皆さんが朝顔を洗う時、井戸から汲み上げた水を壺に移して部屋まで運び、更に桶に移して顔を洗いますよね?

 考えてみてください?

 それと同じことを悪魔族がすると思いますか?」

「は!?」

 聴衆が水を打ったように静り返った。

「た、確かに、悪魔が壺に汲んだ水を桶にあけて顔を洗うとか想像できないよな?」

「さすがにそんな庶民的な悪魔はいないだろ?」

 ヘルが放ったその一言に人々から戸惑いの声が漏れる。

「だからメイドのように水を運んでくれる壺族がいるのです。その代わり私たちも彼らを外敵から守っています。私たちと壺族は共存しています」

「ウソをつくなぁ」

 法相が呆れ返ったかのように声を荒げた。

「壺族だと?もしそんなものがいるのなら是非一度お目にかかりたいですなぁ。仮に壺族とかいうふざけた種族がいるとして、共存しているのなら何故悪魔姫である貴女を襲ったのですか?」

「法相、あなたが裏で糸を引いているからではありませんか?」

「えっ!?」

 ヘルの口から出た思いがけない言葉に群衆から驚きの声が漏れた。

「な、なにをバカな。

 ならばその壺が壺族で私が黒幕だという証拠を見せてみせてください」

「いいでしょう」

「なに?」

「大司教様、こちらへ」

 ヘルから返ってきた予想外の言葉に驚く法相を尻目にヘルは大司教を呼んでいた。

 そして大司教は小さな水汲みを皆に見せるように頭上に掲げた。

「皆の者、これは聖水じゃ」

「聖水?」

「聖水って、あの聖水か?」

「なんで聖水がここに?」

 皆がざわつく中、大司教は王妃が置いた壺の口に聖水を注いだ。

 すると、壺の口から“ゴボゴボ”という音と共に真っ白な煙が噴き出した。

「わ~~~っ!!」

「きゃ~~~っ!!」

 その光景に群衆は一瞬にしてパニックになり蜘蛛の子を散らすように霧散していた。

「バカな、こんなバカなことが・・・」

 法相が戸惑うのも無理なかった。

 そして、そのタネ明かしはこうだ。

 おはぎを摘まみ食いした珍念さんが、そのあんこを壺の口に塗って「おはぎを食べたのは壺です」と言い張った時、あのトンチ坊主は壺の中に水を注ぎ、更に()()を沸騰した鍋の中に置いた。

 すると、しばらくして壺の中の水も沸騰し、口から噴き出す際の音が「くった、くった」と聞こえたため、「やはりこの壺が犯人です」となったのだ。

 それを思い出したツカサは、()()のもっと強烈なバージョンをやることにした。

 その参考にしたのが、小学校の時、クラスメイトが先生に「どうして雪女の吐く息は凍るのか?」と質問した次の日に見せてくれた実験だった。

 先生は、二酸化炭素の消火器を通気性の高い布の袋の中に噴き出させてドライアイスを作ったのだ。

 そんな事が本当に出来るのか不安だった。

 けれど彼女はアイリを救いたい一心で唇を尖らせ、もう無我夢中で雪女みたいにすぼめた口から勢いよく息を吐き枕カバーの中に噴き出し続けた。

 すると、彼女の願いが通じたのか吐いた息はみるみる凍るように固まって即席のドライアイスとなった。

 ツカサは()()をオリハルコンの壺の中に入れていたのだ。

 ()()に水を注いだことで一瞬にして気化し、大量の水蒸気が、まるで魔物の断末魔の叫びのように吹き出した。

 それは、まだ科学が発達しておらず、悪魔や人外が実在するこの世界において、人々に壺族の存在を信じさせるには十分過ぎる結果だった。

「どうやら壺族だったみたいですね」

 呆然自失の法相にそう語りかけたのは王妃だった。

「法相、何故です?あなたほどの人がどうしてこのような愚かなことを?」

「ち、違いますお妃様。あの壺はオリハルコンの壺です。壺族などではありません」

「なるほど、オリハルコンの壺だったのか」

 それはミセリだった。

「どうりでギロチンの刃を素手で掴んでも怪我ひとつしないヘル様が気を失うワケだ」

「き、貴様」

「法相、あなたがヘルに贈ってくれたベッドのバネからも細工の跡が見つかりました。細工した職人の元に近衛が向かっています。あなたの企みが白日の下に曝されるのは時間の問題です。答えなさい。何故こんな愚かなことをしたのですか?」

「愚かなこと?」

 王妃から投げ掛けかれた言葉に、彼女の話を黙って聞いていた法相の表情が一変した。

「この国の跡継ぎの妃を悪魔国から(めと)ることのほうがよほど愚かだ。あなた方はフェアデリア王国を滅ぼすつもりなのですか?」

「滅ぼさないために嫁いできてもらったのです。そして、嫁いできたのが彼女で本当に良かったと私は思っています」

「あなたは、いや、あなただけではない。王も間違っている。国民よ目を覚ませ。このままだとフェアデリア王国はそう遠くない将来に悪魔族に乗っ取られ滅びるぞ」

「言いたいことはそれだけ?」

 それはヘルだった。

 彼女は文字通り鬼神のような怒りの形相で法相を見下ろしていた。

「そんなくだらない理由で何の罪もないアイリを殺そうとしたの?」

「くだらない。だと!?」

「答えて?そんなくだらないことのためにアイリを殺そうとしたの?なんでアイリだったの?」

「黙れ悪魔」

 ツカサの問いかけを法相は一蹴していた。

「貴様を殺すことはできなくとも社会的に抹殺することはできる。そのためなら誰が死のうが関係ない。全てはフェアデリア王国を救うための聖なる犠牲だ」

「狂ってる」

「なに?」

「いいえ」

 ここで怒りを爆発させたら相手の思うつぼだ。

 ツカサは自らを落ち着かせるように、努めて冷静に話し始めた。

「法相、そう言えば壺族が本当にいるのなら見てみたいって言ってたわよね?」

 ヘルはそう言うと、彼の襟首をしっかりと握った。

「は!?」

「あなたの望み通り悪魔国へ連れていってあげる。王妃様、いいですよね?」

「ええ、許可します」

「王妃様?」

 ヘルと王妃からの言葉に、法相の顔から一瞬にして血の気が引いていた。

「法相、あなたを法相の任から解きます。これは王の勅命です」

「バカな、あなたは自分が何を言っているのか分かっているのか?」

「分かっています。あなたは自分の正義のためなら何の罪もない少女を平気で殺す人間以下の存在だということです」

「じゃあ行きましょうか?元法相」

 ヘルはそう言うと翼を広げ、彼を掴んだまま飛翔していた。

「よ、よせ、やめろっ、手を離せ、この悪魔め、地獄に落ちろ」

「えっ、いいの?いま手を離したら地獄に落ちるのはあなたの方だと思うけど」

「えっ!?」

 彼女にそう言われ周りを見渡すと、2人は既に地上100メートルほどの高さを飛んでいた。

「そこまで言うなら離しちゃおっかなぁ~」

 ヘルは思いっきり明るい声でそう言っていた。

「よせ、貴様、そんなことが人として許されると思っているのか?」

「でも私悪魔姫だし~~~っ」

 と、まるで80年代のアイドルみたいに可愛い娘ぶりっ子でいう。

「この悪魔め」

「そんなことより、これからの心配でもしたら?」

 さっきまでとはうって変わった冷めた口調に、

「なに?」

 その空気を感じ取った元法相は暴れるのを止め、彼女の顔を見上げた。

「知ってると思うけど悪魔は人間の肉が大好きだからさ~」

 するとヘルはそんな彼の耳元でささやくように話し始めた。

「は!?」

「協定が結ばれてるから命が奪われることはないと思うけど、でも、耳とか鼻とか目玉とか、あと手足の指ぐらいは摘まみ食いされちゃうかも~」

「う、ウソだよな」

「え~、私、わかんなぁい」

「い、イヤだ~っ、ゆ、許してくれ。な?何が望みだ?何が欲しい?欲しいものなら何でもやる。だからフェアデリア王国に連れ戻してくれぇ~」

 彼はさっきまで一国の法を司る最高責任者だったというプライドも何もかもかなぐり捨て、泣き叫んでツカサに許しを乞うていた。





「ふぅ」

 魔王ルシファーと妃、そしてダンテは朝食後の紅茶(だだし中身は何かの動物の血)を飲んでいた。

「あの子大丈夫かしら?」

 妃が心配そうに呟いた。

「母上、姉さんなら大丈夫です。飛竜族に拐われた人族の女の子を助けたって、メイド長からの報告を聞いたでしょう?きっと上手くやってますよ」

「ええ、でもあの子、ちゃんと食べてるのかしら?そもそも人族の食べ物が口に合うのかしら?それにたった一人で人族の中で暮らしていくなんて・・・」

「以外とすぐに出戻ってきたりしてな」

「もう、父上、そんな不吉なことをおっしゃらないでください」

「いや、冗談だ、冗談」

「えっ!?冗談?ふふっ」

 それを聞いたダンテが笑い始めた。

「どうした?ダンテ、急に笑い出して」

「すみません。だって父上が冗談を言うなんて夢にも思っていなかったもので」

「そう言えば、私も初めて聞きました。ふふっ」

 我慢できず噛み殺すように笑い続ける息子に釣られるように妃も笑い始めた。

「そ、そうだったかな?」

 ルシファーは2人の笑顔に不器用に照れながら笑い始めた。

 “ガッシャァァ~~~ンっ”

 その刹那、3人の笑い声を打ち消すかのようにベランダへと続く大きなドアが窓ガラスもろとも砕け散っていた。

「御三人をお守りしろ」

 部屋の中にいた近衛兵たちが次々に抜刀しながら

 3人の前に盾になるように立ち塞がる。

 が、

「げほっ、げほっ、なんなのよ、もう。飛び上がるのは簡単なのに、なんで着地はこんなに難しいの?」

 その、瓦礫とガラスにまみれる侵入者の声に、皆聞き覚えがあった。

「えっ!?姉さん?」

「あ!?ダンテ?」

 2人が顔を見合わせた瞬間、

「ヘル、どうしたの?まさかあなた、何か失礼をしてもう離婚されたの?」

 と王妃が、

「まさか本当にもう出戻ってきたのか?」

 そして魔王も心配そうに彼女の元に駆け寄っていた。

 その3人を間近に見た元法相は恐怖のあまり失禁していた。

「で、出戻りって・・・。ていうか失礼なことってなに?」

「だから、ほら、昨日の夜はお楽しみだったんでしょ?」

 妃がヘルの耳元で小声で囁く。

「は!?」

「その最中(さいちゅう)に、ね?思わず爪を立てちゃったとか歯を立てちゃったとかぁ」

 そう言いながら、妃の紫色の顔がみるみる赤く染まっていく。

「ば、バカなこと言わないで、まだ相手の顔も見てないわよ」

 妃が何を言いたいのかを察したツカサは、顔を真っ赤にして反論した。

「じゃあなんで1日も経たずに返ってきたの?」

「というか姉さん、その人誰?」

「えっ!?」

 ツカサはダンテに指摘され、元法相のことを思い出した。

「あ!?そう()()()、この人が悪魔国を見てみたいって言うから連れてきたのよ」

 そう言って襟首を掴んだまま元法相を3人の前に突き出していた。

「なに?我が国を見てみたい?」

 魔王は興味津々の様子で元法相を見た。

「そう、1週間ぐらい泊まって国中を観光したいんだって」

 そう言ってウインクするヘルとは対照的に、元法相は顔面蒼白で、生まれたての小鹿のように“ブルブル”震えていた。

「それは素晴らしい」

 王はその申し出に感動した様子で元法相の手を握った。

「ひいぃ」

 恐怖に顔をひきつらせる初老の男性の顔を覗き込みご機嫌で話し掛けた。

「ようこそ我が国へ。我が国には風光明媚(ふうこうめいび)な観光名所がいっぱいありますよ。

 大食地獄とか貧欲地獄とかありますがどこに行きたいですか?

 ちなみに私のお薦めは反逆地獄です。

 反逆地獄の底で地獄大王様のありがたいお話を私と一緒に聞きませんか?

 大王様はその御姿を見ただけで失明し御声を聞いただけで鼓膜が破裂するほど禍々(まがまが)しい偉大な御方です。

 まぁ私たちは目も鼓膜もすぐに再生しますが、貴方は人族だから再生しないかもしれないけど大丈夫でしょう」

「ひいぃ」

「それじゃ、私帰るから」

 ヘルはそう言って背中から翼を広げた。

()()()()()、私を置いていかないでください」

「えっ!?ヘル様?」

 元法相の口から出た言葉に驚いて振り返ると、彼は死にもの狂いで彼女にしがみついていた。

 そして、

「ヘル様に置いていかれたら、私は殺されてしまいます」

 そう言いながら人目も(はばか)らず号泣していた。

 ヘルはそんな彼を見かねたように微笑みかけながら、

「大丈夫よ」

 と優しく語りかけた。

「ほ、本当ですか?」

 絶望にうちひしがれていた顔に“ぱっ”と希望の光が射し込む。

「ええ、1週間後に迎えにくるから」

「は!?1週間?・・・こ、この悪魔め、地獄に落ちろ~~~~っ」

「ええ~~~~っ!!」

 その怒りにまかせた罵詈雑言を聞いた瞬間、ヘルを除く全員から驚きの声が漏れ、辺りは水を打ったような静寂に包まれた。

 しかも、妃にいたっては涙ぐんでしまっていた。

(しまった)

 ツカサはそう思った。

 目の前で肉親の悪口を言われて悪魔族が黙っているワケがない。

 このままだと怒りに任せて元法相を八つ裂きにして食べてしまうかもしれない。

(ヤバい)

「みんな違うの。あの、その、この人は決して私の悪口を言ったわけじゃなくて・・・」

 ツカサは()()()()()()になりながら擁護し始めた。

「お母さま、聞いて」

「へ、ヘル」

「確かにこの人は最低最悪な人間のクズだけど・・・」

「へ、ヘル、あなた・・・すごいじゃないの」

「は!?」

 妃から返ってきた、あまりに思いがけない言葉にツカサは素っ頓狂(すっとんきょう)な声をあげてしまっていた。

「地獄に落ちろ。は、私たち悪魔族にとって最高に名誉ある褒め言葉よ」

「えっ!?そうなの?」

「初めて会った人族から次の日に地獄に落ちろと言われるとわ。やはりお前は自慢の娘だ」

 魔王も感動した様子でしみじみと頷く。

「じゃ、じゃあ、この人のこと食べたりしない?」

「わ、私はシワくちゃの老人です。食べても美味しくありません」

 ヘル達の会話を聞きながら、元法相はなりふり構わず命乞いしていた。

「もちろんだよ姉さん。姉さんのお客様なら、尚更(なおさら)丁重におもてなししなきゃね」

「ダンテ、ありがとう」

「ところで姉さん、お嫁に行って何か困ってることとかない?ボクでよかったら力になるよ?」

「えっ!?困ってること?」

 ダンテからの突然の申し出にツカサは少し考え、あることを思い出した。

「あ!!そういえば」

「なに?」

「リンゴ園が巨獣に荒らされて困ってるの。なにか追っ払ういい方法ない?」

「それならまかせてよ」

「ホント?」

「ちょうどいいものがある。ちょっと待ってて、今持ってくるから」

「うん、ありがとう」

 ダンテが席を外し、ツカサが視線を移すと、魔王が元法相に何やら薦めていた。

「それにしても服がボロボロですなぁ。何やら粗相(そそう)もされているようですし、すぐに新しい服を用意させます。とりあえずお風呂に入りませんか?」

「えっ!?」

「それとも私どもが用意する風呂には入れぬとでも?」

「いえいえいえいえ、入ります。入らさせていただきます」

 その時、ダンテが戻ってきた。

「姉さん、はい、()()

 そう言って差し出された手の平に乗っていたのは、いく粒かの小さな種だった。

「なに、これ?」

「なにって、忘れたの?熊避けの実の種だよ」

「熊避け?」

「この花が咲いたら巨獣も寄ってこないから、この種をリンゴ園の回りに植えるといいよ。って、姉さん本当に覚えてない?」

「なにを?」

「姉さん小学生の時、夏休みの自由研究で『熊避けの実の観察』をやって金賞を取って、父上が大喜びして酒池肉林パーティを3日3晩やったでしょ?」

「えっ!?酒池肉林パーティ?」

「あの時はすごかったよね?城の庭に『自殺者の森』をイメージして突き立てた千本の杭柱に人間を生きたまま串刺しにして、滴る血を飲みながら手足を引き千切って食べたの美味しかったな~」

「えええっ!!」

 あまりの内容に驚きの声をあげるヘルの横で、元法相が今度は失禁しながら失神していた。

「・・・クリスマスに食べられる七面鳥の気持ちが分かったような気がする」

「え!?なに?」

「う、ううん、なんでもない。と、とりあえずそんなワケだからしっかり面倒みてあげてね?ダンテいい?絶対に食べちゃダメだからね?摘まみ食いも禁止」

「分かってるよ、姉さんも以外と心配性だなぁ」

「それじゃ私帰るから。1週間後に迎えにくるから」

「なに?もう帰るのか?」

 あまりにそそくさと帰ろうとする娘にそう言う父に同意するように、

「ゆっくりしていけばいいじゃない?」

 妃も娘にそう声をかけていた。

「血のお風呂が沸いてるのよ、せっかくだから入っていったら?」

「えぇっ!!、あ、ありがとうお母さま。でも私もいろいろ予定があるから。ダンテ、種をありがとう。じゃあね~っ」

 ツカサはそう言って人族の世界に帰るべく翼を羽ばたかせ飛翔した。

 そんな彼女を母と弟が手を振って見送る。

 「ヘル、私は?なんでお父様にだけ〝ありがとう″がないの?」

 そんな中、魔王ルシファーだけが背中に哀愁を漂わせ、遠ざかる娘を見送りながら寂しそうにそう呟いていた。




                                        〈つづく〉







































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