第6話・「どうしよう?」
「んんっ」
次の日、ツカサは小鳥のさえずりと、遠くから聞こえる鶏の鳴き声に起こされ目を覚ました。
うっすらと目を開けた彼女のぼやける視界に写ったのは、豪華な装飾が施された天井だった。
そして、“はっ”と我に返った。
そこは、やはりアニメや映画でしか見たことのない豪華な部屋で、彼女は“ふかふか”過ぎる大きなベッドの中で文字通り沈むように寝ていた。
“こんこんっ”
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「ヘル様、よろしいでしょうか?」
「えっ!?あ、はい」
すると、“がちゃ”とドアが開き、メイド服に身を包んだ少女が入ってきた。
「!?」
ツカサはその顔に見覚えがあった。
「えっ!?メアリ?」
そう、彼女は、メアリがあと2~3年成長したらこうなっているだろうなと思える可愛らしい顔をしていた。
逆の言い方をすればミセリの2~3年前の顔を見ているようだと言ったらいいだろうか?
「初めましてヘル様、今日からヘル様の身の回りのお世話をさせていただきます、メイドのアイリ・コルデと申します。御用があれば遠慮せずに何でもお申し付けください」
少女はそう言いながら頭を下げていた。
「コルデ!?ってことはメアリとミセリさんの?」
「はい、ミセリは姉でメアリは妹です。私達3姉妹なんです」
そう話しながら、手際よくカーテンを開けていく。
「やっぱり」
窓越しに降り注ぐ眩い朝日の陽射しを身体に浴びながら彼女は大きな窓から外の景色を見た。
そこには、やはりアニメや映画でしか見たことがないような、いかにも何か出そうな森が広がっていた。
「すごい、こんな大きな、精霊か魔物が住んでそうな森なんて初めて見た」
「はい、精霊はいますよ。彼女たちのおかげでこの森は水も豊かで、ここから少し奥ではリンゴの栽培もおこなわれています」
「え!?ホントに?」
「はい、ここはフェアデリア最大のリンゴ生産地なんです。でも最近は巨獣の群れがリンゴ園を荒らして皆困っています」
「巨獣の群れ?そういうのってハンター・・・と言うか、勇者、そう、勇者が退治しないの?いるんでしょ?勇者」
「いるにはいるんですが・・・」
「ホントにいるんだ勇者。会ってみたい。ね?どこに行けば会えるの?やっぱり冒険者ギルドとかあるの?」
アイリから知らされた勇者が存在するという事実に、ツカサはテンション上がりまくりだった。
「それが、頭のいい獣人が巨獣の群れを統率しているらしくて、勇者様のパーティーは皆全滅しました」
「ええっ!?そんなのってあり??」
呆然とするヘルに、
「それよりヘル様、皆様がお待ちです」
アイリがそう話し掛けた。
「え!?」
「王妃さまが昨日のお礼も兼ねてヘル様とご一緒に朝食を取りたいと言っておられます。御着替えをお持ちしました。私がお召し替えをお手伝いしますから」
「え!?大丈夫よ。着替えぐらい一人で出来るから」
「実は、ヘル様のブラを作ってみたんです」
「えっ!?」
そう言って彼女が見せてくれたのは、マスクをそのまま横長に大きくしたようなものだった。
「それって、マスクみたいに使うの?」
「そうです。姉と妹からヘル様は空を飛べると聞いたので。このゴムを肩に掛けければ、胸はちゃんと隠せて、しかも背中には生地がありませんから自由に翼を広げられますよ」
「アイリすごい。その発想はなかったわ。それ、つけてみようかな」
そう言って彼女はベッドから出ようとした。
が、
「わ、わっ」
その柔らか過ぎるクッションの深みにお尻が沈んでハマり、そこから抜け出せなくなってしまっていた。
「立ち上がれない」
「えっ!?」
「お尻がハマッちゃって。どうしよう?」
そう言いながら手足を“じたばた”させるヘルの手をアイリは握っていた。
「ヘル様、私が引っ張ります」
「えっ!?」
「まずヘル様が手を引っ張ってください。その反動を利用して私が思いっきり引っ張ります」
「あ!?シーソーね。アイリ、頭いい~っ。じゃあ、お願い」
「はいっ」
そしてツカサが背中がベッドにつくぐらい背筋を反らせてアイリを引っ張ると、次にアイリが身体を弓なりにしならせてヘルを引っ張る。
それをシーソーのように何回も繰り返すうち、ヘルのお尻が浮き上がり始めた。
「もう行けるわ。アイリ、次で思いっきり引っ張りって」
「はい」
その言葉通り、アイリは全体重を掛けて身体を弓なりにしならせ彼女を引っ張った。
すると、“すぽん”とヘルのお尻が抜けていた。
「抜けたっ、あっ!!」
「よかった、えっ!!」
しかし喜びも束の間、お尻が抜けた反動で2人はその勢いのまま放り出され、アイリは背中から絨毯に叩きつけられ、ツカサは彼女に覆い被さりながら、壁際のタンスに頭をぶつけていた。
「いったぁ~」
「ヘル様、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。アイリはケガはない?」
「はい、私は・・・」
その時アイリの目に写ったのは、タンスの上から落ちてくる壺だった。
「あぶない、よけてっ」
「えっ!?」
彼女の視線を追って上を見上げようとしたヘルの額を壺が直撃していた。
「・・・ヘル、・・ヘル」
遠くから呼び声が聞こえる。
(ヘル?違う。私の名前はツカサ)
「ヘル、ヘル起きて」
(だから違う。私はヘルじゃない)
「ヘル、起きろ~~~っ」
「!?」
耳元でのつんざくような怒鳴り声にツカサは飛び起きていた。
すると、自分をぐるりと取り囲み、心配そうに見つめる医者らしき老人と看護師、王妃やミセリ、更にはサクラとメアリがいた。
が、その中にアイリの姿はなかった。
「アイリはどこ?」
ツカサがそう言った瞬間、
「ヘル、お姉ちゃんを助けて」
メアリはそう言うと、泣き崩れるように彼女に抱きついていた。
「えっ!?アイリがどうかしたの?」
「お姉ちゃんが、お姉ちゃんが殺されちゃう」
「えぇっ!?なんで?」
その言葉の意味を理解することができず、ツカサはメアリを抱きしめたままミセリを見た。
「妹は、あなたを、ヘル様を暗殺しようとした罪で処刑されることが決まりました」
「はっ?どうして!?」
「タンスの上に置いてあった壺であなたの頭を殴打して、殺害しようとしたと・・・」
「違う。あの壺は私がタンスに頭をぶつけたから落ちてきたの。誰がそんなバカげたこと言ってるの?」
「法相です」
そう答えたのは王妃だった。
「王妃様、今すぐ止めさせてください」
「・・・それは、できません」
「なぜですか?」
「王族が口出しした程度で刑の執行が左右される。そんな国が真の法治国家と言えますか?」
「それは、そうですが、でも」
「私達にも刑の執行を止める権限はありません。止めれるのは、ヘル、あなただけです」
「えっ!?、私?」
「あなたが、先程の出来事は事故だったと証言し・・・」
「助けられるのですね?」
苦渋と焦りに満ちていたヘルの顔が、“ほっ”と緩む。
が、
「落ち着いてヘル、証言だけではだめなの。証拠がないと」
サクラが放ったその一言に彼女は再び言葉を失っていた。
「証拠?」
「そう、メアリの無実を証明できる証拠、そんなの、ある?」
「そ、そんなこと言われても・・・」
焦るツカサに更に追い打ちをかけるように、
「ヘル、なんでもいいから証拠を思い出して、早くしないとお姉ちゃんが殺されちゃうよ」
そう言いながらメアリが号泣していた。
「刑の執行は何時からなの?」
「正午」
ミセリにそう言われ、ツカサは慌てて時計を見た。
針は11時55分を指していた。
「正午って、あと5分しかないじゃない!!」
「お願いヘル、お姉ちゃんを助けて」
「分かった。ここで待ってて」
ツカサはメアリをなだめるようにして立ち上がった。
「どうするの?」
「とりあえず刑の執行を止めさせるの。大丈夫、いざとなったら力ずくでも止めるから」
「でも証拠は?」
「そんなの後からいくらでも考えれるわ。今はアイリを助け出すことが先決。そうでしょ?」
「それはダメです」
ツカサの提案を一蹴したのは王妃だった。
「なぜですか?このままだとアイリが・・・」
「それは分かっています。でも、もし力ずくで無理矢理救い出したら、その瞬間あなたは、この国に反旗を翻した反逆者になりますよ?」
「えっ!?」
「王妃様のおっしゃる通りだ」
ミセリが言葉を続ける。
「無理矢理救出することなら私一人でもできる」
「え!!そうなの?」
「だが、救出した後はどうなる?救出を強行した時点で、それが成功しようが失敗しようが国家反逆罪だ。もうこの国にはいられない。それどころか、お尋ね者として世界中を死ぬまで逃亡し続けることになる」
「そ、そんな・・・」
「ヘル、もう時間がないよぅ」
メアリがヘルの脚にしがみつき泣き続ける。
時計を見ると、針は11時58分を指そうとしていた。
「ヘル」
「ヘル」
「ヘル様」
皆の視線を痛いぐらい感じる。
けれど、焦れば焦るほど頭の中が真っ白になっていき何のアイデアも思い浮かばない。
(もう時間がない。いったいどうすれば?)
ツカサはベッドに腰を降ろして胡坐をかき、唾をつけた両手の人差し指を頭の左右で“くるり”と回すと、そのまま座禅を組んでいた。
ふざけているワケではない。
CSでやっていた某アニメで、主人公の子坊主さんがこれでいくつものピンチを切り抜けるのを見た彼女は、仕事やプライベートで行き詰まってどうにもならなくなったときに、無意識にこれをやるようになっていたのだ。
逆に言えば、もうこれ以外の手がないほど今の彼女は追い詰められていた。
(こんなとき、あの悪徳商人はおろか将軍様まで手玉にとったトンチ坊主ならどうするだろう?何でもいい、何か手はない?)
頭の中で木魚を鳴り響かせながら、無い知恵を絞り出そうとする。
が、何も思い浮かばないまま時間だけが過ぎていく。
「ダメだぁ、珍念さんがおはぎをつまみ食いした時とは罪の重さのレベルが違いすぎるぅ」
ツカサは頭の抱えそう叫んでいた。
〈つづく〉