第38話・「くだらない」
「・・・どうしてこうなった?」
次の日、ヘル達3人はまたしてもフェアデリア女学園の門の前に立っていた。
昨日、ゴーレム騒動で結局図書館に行けなかった3人は、今日こそ図書館にを訪ねるべく来たのだが、肝心のツカサがそれどころではなかった。
「ね、ねぇミセリ。このスカート短過ぎない?」
勿論スカートの丈は昨日と変わっていない。
では何故彼女がそこまでそれを気にしているのかというと、実はヘルはノーパンだったのだ。
それは彼女にとってまさに想定外だった。
本当なら昨日同様パンツを履いてくるつもりだったのだが、アイリが用意してくれたパンツを見たメイド長が、
「そんなモノは片付けてください。ヘル様は下着など身に着けられません」
と言い、しかもそれに、
「メイド長の言う通りです。下着なんか用意したら姉さんの機嫌が悪くなるから止めたほうがいいですよ」
とダンテも賛同したため、彼女はノーパンノーブラに制服だけという出で立ちで来るハメになっていた。
「・・・」
転生してからスカートを履いてないせいか、昨日も尻尾が無意識にスカートの後ろを持ち上げてしまい、不可抗力とはいえパンツが見えてイオリに叱られていた彼女にとって、これはとんでもない事態だった。
(どうしよう?)
それなら制服ではなく、いつもの衣装で来ればいいと思うのだが、どうしても異世界の制服を着たい欲求に勝てなかった自分をツカサは呪っていた。
(だって仕方ないじゃない。この制服可愛いんだもん。それに信じられないぐらい似合ってるし)
今朝、着替えた時に姿見越しに見た姿を思い出し、無意識に撮影用のポーズをしてしまう。
「ヘル様、何をしておられるのですか?」
ミセリにそう訊かれ“ハッ”と我に返ったツカサは、彼女の顔を見た。
(そうよ。これはミセリとアイリを忌まわしき呪いから助ける為なんだから、あんなひどい目にあってる2人に比べたらこれぐらい何でもない)
そう思い直したツカサは、
「さぁ、目指すは図書館よ」
そう言って歩き始めた。
が、やはりというか尻尾が揺れ動く度、スカートが捲れお尻が見えそうになる。
ヘルの後ろを歩く2人の視線は、その様子に釘付けになっていた。
そして、図書館が学園のどこにあるのかを知らないツカサが、
「ところでリツカ。図書館なんだけど・・・」
そう言って振り返ると、何故がミセリとリツカはしゃがんでいた。
「どうしたの?」
「い、いえ、なんでもありません。その、靴紐がほどけて」
「そ、そうです靴紐が・・・」
が、そう言う2人の姿勢は異常に低く、その視線は、まるでヘルのスカートの中を見上げているようだった。
「2人共、今日の靴はローファだよ?」
「えっ!?」
「えぇっ!?」
2人は慌てて立ち上がると、
「ち、違うのですヘル様、これには深い言い訳が」
「言い訳?」
そう訊かれミセリが、
「はい。あ、あの、私はこんな女の子らしい服を着るのは初めてで、その、緊張してしまって、実は緊張した時に軍靴の紐を結び直すと不思議と落ち着くのです。そのクセでつい・・・」
そう言うと、リツカも、
「私は、あの、い、いつもサンダルだから、その、靴が合わなくて」
彼女らがそう必死に弁明していると、向こうから女子学生が団体で歩いてきて、3人はあっという間に取り囲まれていた。
その先頭にいたのは、金髪の髪を縦ロールにした、いかにもどこかの御令嬢といった感じの少女だった。
(異世界の金髪縦ロールきた!!初めて見た!)
そんな興奮を抑えきれないヘルをよそに、その少女はリツカの前に歩み寄り、
「おはよう、リツカさん」
そう会釈すると、
「おはようございます」
リツカもそれに会釈で返していた。
「リツカ、お友達?」
「いえ、この方は2年生でジュエルさんとおっしゃいます。フェアデリア女学園の生徒会長です」
「せ、生徒会長!!金髪縦ロール生徒会長きた~~~っ!!」
その、あまりに“異世界あるある”な展開に、ヘルは興奮を抑えきれない様子で、背中から翼を広げて“バサバサ”と飛び上がらんばかりにバタつかせていた。
「ヘル様どうされたのですか?」
「ヘル、落ち着いて」
そのあまりの興奮ぶりに、ミセリとリツカが慌ててなだめると、
「えっ!?」
ヘルは“ハっ”と我に返った。
「ヘル様?」
「ううん。ごめんなさい。なんでもないの」
だが、生徒会長を見つめるヘルのただ事ではい雰囲気に2人は気づいていた。
しかしツカサのそれは、例えるならレイヤーが、自分が追い求める完璧なコスプレをしている人をイベント会場で見つけた時にも似た憧れと羨望の眼差しだった。
(スゴい。完璧すぎる。こんな完璧な異世界金髪縦ロール生徒会長がいるなんて。うぉ~~~、写メ撮りてぇ~~~コスプレしてぇ~~~)
が、そんな興奮冷めやらぬ彼女の態度を、ミセリとリツカは全く別の捉え方をしていた。
(ヘル様のあの熱を帯びたような視線は、・・・まさか!?)
(ヘルが瞬きもしないで会長を見つめてる。えっ!?これってもしかして?)
((ひ、一目惚れぇぇぇ!?))
すると、その気まずい沈黙を破るように、
「あ、あの、よろしいですか?」
ジュエルが3人に話し掛けた。
が、ミセリとリツカは盾になるようにヘルの前に立ち塞がっていた。
「会長殿、申し訳ありませんがヘル様にはたった今、急な予定が入りまして、今日はこれにて失礼させていただきます」
「えっ!?予定?」
そう戸惑うヘルの手をミセリが握ると、
「さぁ、ヘル。帰りましょう」
リツカもそう言って彼女の手を握り、半ば強引に連れ帰ろうとする。
「待ってくださいリツカさん」
が、ジュエルが呼び止めたのは、ヘルではなくリツカだった。
「えっ!?私?」
「ええ、昨日のゴーレムの一件。見事でしたわ」
「えっ!?あ、ありがとうございます」
突然誉められ、リツカは照れくさそうに頭を下げていた。
「それで、貴女に是非我が女学園の代表としてガルダンシア学園との対抗戦に出ていただきたいの」
「リツカが?」
彼女の優しい性格からして対決など出来るはずがない。
「リツカに何をさせるつもりなの?」
そう訊ねたヘルに返って来たのは意外な言葉だった。
「リツカさんにお願いしたいのは、スイカの種飛ばしです」
「は?」
ヘルがそう素っ頓狂な声をあげたのも無理なかった。
「スイカの種飛ばしって競技なの?」
「勿論今は競技ではありません。ですが、来週に迫ったガルダンシア学園とのルールで、明日まで新たな競技を申請できます。それで『スイカの種飛ばし』を追加申請したいのです」
「えっ!?」
「スイカの種飛ばしを?」
「はい。それでリツカさんに『スイカの種飛ばし部』の部長として競技に参加してほしくて、そのお願いにまいりました」
「えっ!?でも私、美術部員としてデッサン対決に出ることが決まってますから」
「デッサン対決?」
そのワードに喰い付いたヘルが聞き返そうとするが、
「大丈夫です。1人の生徒が複数の競技に参加することは大会のルールでちゃんと認められてますから」
ジュエルがそう言って、半ば強引に話を進めている横で、今度はミセリが数人の女子学生に囲まれていた。
「おねえさま」
「えっ!?」
ミセリが、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になったのは言うまでもない。
「おねえさま。昨日のゴーレム相手の大立ち回り、スゴくカッコよかったです」
「私、興奮して一睡もできませんでした」
「おねえさまのファンクラブ作りました」
「えっ!?」
“ぐいぐい”来る女子学生達にミセリが“たじたじ”になっていると、
「あの、」
するとジュエルがミセリに話し掛けてきた。
「えっ!?」
「貴女にも剣術の代表として対抗戦に出ていただきたいの。でもごめんなさい。どうしても名前が思い出せなくて」
「いえ、あの、彼女は・・・」
何とかその場を取り繕うとするヘルに、
「貴女にもお願いがあるの」
ジュエルはそう話し掛けていた。
「えっ!?私も?」
「はい。貴女にはエアレースに出ていただきたいのです」
「エアレース?」
「はい。障害物をクリアしながらコースを飛び着順を競うレースです。出場資格はありません。箒に跨がってもOK、飛翔魔法を使ってもOK、貴女のように自力で飛んでもOK。貴女の飛翔速度と旋回能力なら男子学生にも負けないはずです」
ジュエルはそう言って、ヘルの両手を“ぎゅっ”と握りしめていた。
その時だった。
校舎の方から1人の女子生徒が泣きながらこちらに向かって走ってくるのが見えた。
それは、昨日ヘルが助けた少女だった。
彼女はジュエルの前にへたり込むと、
「会長、種飛ばしを止めてください」
そう言って泣き崩れていた。
「どうしたの?」
ヘルが慌ててしゃがみ抱き起こすと、
「ふぇぇえ~~~~~ん」
少女はヘルに抱きついて号泣していた。
「どうしたの?何があったの?」
そう言われ顔を上げた彼女は、自分を抱きしめていてくれるのが、昨日命を助けてくれた相手だと初めて気付いたらしく、目から溢れる大粒の涙を拭きながら、
「あ!!昨日はありがとうございました」
そう言って頭を下げていた。
「私はルネといいます・・・」
だが、そう言いながらも彼女の視線は、ヘルの向こうに立つジュエルを見つめていた。
「会長、種飛ばしを止めてください。いえ、どうしても止められないのなら、私のゴーレムを標的にするのを止めてください。私は退学になっても構いません。だから、それだけは・・・」
「えっ!?標的?退学?それってどういうこと?」
ヘルの問い掛けに、
「昨日、あんな大騒ぎを起こして皆の命を危険にさらしましたから。それで、退学が嫌なら私のゴーレムをスイカの種飛ばしの標的にしろっていうんです・・・」
ルネはそう言って、再び泣き崩れていた。
「なんでそんなことを?」
そう問い掛けるヘルに、
「フェアデリアが勝つためです」
ジュエルはきっぱりとそう返していた。
「普通に種を飛ばすだけなら私達は負けるかもしれません。ですが、暴れ回るゴーレムを破壊するとなれば話は別です」
「昨日のゴーレムが暴れたのは、あんな大きなサイズを錬成したことがなかったからで、錬成魔術を修正したからもう大丈夫です。ですから・・・」
ルネは号泣しながらそう懇願したが、
「学園の名誉がかかっています」
ジュエルは相手にしなかった。
「ルネさん。確か貴女は村の期待を一身に背負ってこの学園に来たのではありませんでした?入学金も学費も村の皆がなけなしのお金を集めて援助してくれてるんですよね?
それなら、ゴーレムの命を助ける為に退学するなんてバカなことはできないでしょう?」
「くだらない」
そのジュエルの言葉を、ヘルは一蹴していた。
「えっ!?」
「誰かを犠牲にしなければ守れない名誉なんていらない」
「な、なにを偉そうに。私達は伝統と格式を重んじるフェアデリア女学園の名誉を守る為に・・・」
「そんな、学園の外に一歩出たら通じない、見えもしない形のないものが、人の心より優先されるなんておかしいです」
そうキッパリといい放つヘルに、
「なんなのですか貴女は。そんなに嫌なら、貴女もこの学園から去ればいいでしょう?」
ジュエルも負けじとそう言い返し、2人は目から火花を散らさんばかりに睨み合う。
「ま、待ってください。この御方は・・・」
そんな2人を引き離すように、ミセリが間に割り込もうとすると、
「分かりました。ルネ、こんな学園は辞めてお城に来ない?」
ヘルはそう言って彼女を“ぎゅっ”と抱きしめていた。
「えっ!?」
「ブリザード山は知ってるわよね?」
「はい。一年中深い雪に覆われて、夏でも最高気温が氷点下の極寒の場所だと聞いていますが、それがなにか?」
ヘルの話の要領を得ず、ルネが戸惑いながら聞き返す。
「私の知り合いに、その山の向こう側で暮らしてるおばあさんがいてね。そのおばあさんは使い古された絨毯とか、誰も着なくなった服とかを仕立て直して、それをロバの背中に乗せて、1週間以上もかけてここまで行商に来てるそうなんだけど、道も整備されてなくて、河に架かる橋も壊れてたりして、険しい山道や深い谷を、文字通り命がけで来るそうなの」
「そうなんですか?」
「だから、なんで道や橋を整備できないのかお妃様に聞いたら、あまりに過酷な環境で作業員が凍死してしまうからだって言われて。でも何か方法がないかずっと考えてたの。
ルネ、あなたのゴーレムならそれが出来るんじゃない?」
「確かに、私のゴーレムは灼熱も極寒も関係ありませんし、皆私の指示通り動いてくれますから大丈夫だと思います」
「じゃあ決定ね。村の皆には、お妃様に認められてお城で仕事をすることになったから学園は辞めたって言えばいいから」
「えっ!?でも?」
あまりの展開にルネが戸惑っていると、
「ちょっと待ちなさい」
そこにジュエルが割り込んできて、
「そんな勝手がありますか?では種飛ばしの標的はどうするのです?」
ものすごい剣幕でヘルに詰め寄っていた。
それに対してヘルは、
「じゃあ、私が代わりに標的になります」
そう返していた。
「な、なんですって?」
「だから、私がスイカの種飛ばしの標的になります。それならいいでしょう?」
その言葉に、
「へ、ヘル様?」
「ヘル、自分が何を言ってるか分かってるの?」
ミセリとリツカも驚きを隠せず、そして、まさかそんな返事がくるとは思っていなかったのか、ジュエルも戸惑い気味に、
「た、確かに貴女の飛翔能力なら、リツカさんでも当てられないかもしれませんが・・・でも、ガルダンシアにも飛翔能力を持つ学生はいくらでもいます。もし負けたらどう責任を取るつもりですか?」
そう困惑気味に問い返していた。
「ヘル様お待ちください・・・」
「会長聞いてください。この御方は・・・」
そんな2人の間にミセリとリツカが割り込もうとするが、
「なら、私に種を当てたら、その人の願いを、それがどんな事でも私が責任を持って叶えます。それならいいでしょう?」
と、ヘルは宣言していた。
いや、してしまっていた。
「そ、それって本当ですか!?」
その時、突然背後から聞こえた大きな声に皆が振り返ると、そこには1人の少女が立っていた。
「お姉さま」
「あ!!あなたは?」
そしてヘルは、その眼鏡が似合う小柄な少女に見覚えがあった。
「えっと、・・・ロシアン・ルーレットさんだっけ!?」
「ひどいですお姉さま。最愛の人の名前を忘れるなんて。ルシア・フローシュです」
そう。そこに立っていたのは、以前ヘルに熱烈なラブレターを送ったルシア・フローシュだった。
そして彼女も、フェアデリア女学園の制服に身を包んでいた。
「あなた、ここの生徒だったの?」
「はい。それより先程言われたことは本当ですか?お姉さまに種を当てたらどんな願いも叶えるって」
そう言って“ぐいぐい”くる彼女の気迫に押されるように、
「えっ!?えぇ、まぁ」
ヘルがそう返した刹那、ルシアは“くるり”と踵を返し、今潜り抜けて来た校門目掛けて駆け出していた。
「ルシアさん!?もうすぐ授業が始まりますよ」
ジュエルが遠ざかる背中に声を掛けたが、
「会長。私、早退します。先生にそう伝えておいてください」
彼女は振り返りもせずそう返していた。
「えっ!?」
「お父様に頼んで街中の、いえ、国中のスイカを買い占めて種飛ばしの特訓をするので競技会の日まで休学します」
「は!?」
「いかん。あの女は危険だ。私の直感がそう言っている。ハヤテはいるか?」
それを見たミセリがそう言うと、目の前に忍び装束姿の少女があらわれ膝をついていた。
「は、ここに」
「ルシア・フローシュを止めろ。お妃様にお願いして青果市場に働きかけ、スイカの買い占めを阻止してもらうのだ。急げ」
「はっ」
そう言ってハヤテが“シュっ”と姿を消していた。
が、ジュエルの顔は曇ったままだった。
「ルシア・フローシュ。確か彼女の父親は財界の大物だと聞いています。いくらお妃様の命令でも、市場の関係者がそれを受け入れてくれるかどうか・・・」
「そ、そんな」
それを聞いて不安そうな顔を見せるリツカに、
「大丈夫よ。私はそんなドジじゃないから」
ヘルがそう返したが、リツカは居ても立ってもいられない様子で、
「誰かいませんか?」
そう言って手を叩いた。
すると今度は、忍び装束に身を包んだ飛竜族の少女が姿をあらわしていた。
(えっ!?飛竜族の忍び?しかも小柄な女の子!!)
その、やはりアニメやラノベでしたか見たことがなかった存在の実物に、ツカサは興奮を押さえきれない。
「リツカ様。お呼びですか?」
膝をつきそう言って頭を下げる彼女を、ヘルはどこからか取り出したスケッチブックにデッサンし始めていた。
「ヘル様、何を?」
そう訝しむミセリとは対照的に、
「・・・上手」
その画力にリツカは感慨の声をあげていた。
「あ、あの、それでリツカ様、どのような御用件でしょうか?」
ヘルの後ろにくっついて、彼女のデッサンを覗き込んでいたリツカは、そう訊ねられ“ハっ”と我に返った。
そして、白昼に、しかも衆人監視の中でジロジロ見られながら絵を描かれるという、忍びにとって絶対にありえない光景に、戸惑いを隠せない様子の少女に
「ルシア・フローシュを止めなさい。手段は貴女に任せます」
そう命じてした。
そして、それを聞いた忍びの少女は、
「承知」
そう言って腰の短刀に手を掛けていた。
「ま、待ってリツカ」
それを見たヘルは、慌てて止めていた。
「なんですか?」
「あの、リツカ。止めるって、具体的にどう止めるつもりなの?乱暴なこととかしないわよね?」
「もちろんです」
「そお?」
リツカにそう言われたヘルは、それを再確認するかのように忍びの少女を見た。
「大丈夫よね?」
「はい。安心してくださいヘル様。監禁してしばらく動けぬように軽く痛めつけるだけですから」
「それ、絶対ダメなやつ」
その予想通りの返事に、ツカサは冷静にツッコミを入れていた。
〈つづく〉




