第34話・「怖がらないで」
クラーケン族の女性達が我先にと第二階層へと続く廻廊を降下していく。
その群衆の最後尾あたりにミセリとダンテの姿もあった。
その視線の先、第一階層の底全面に湖が広がっていた。
「あの湖は?」
「第一階層と第二階層の境界面です」
ミセリの質問に答えたのは、2人と並行するように降下する、彼女が先程呼び止めた眼鏡っ娘のクラーケン少女だった。
だが彼女は、
「あなたはさっきの・・・」
とミセリに話し掛けられただけで、
「ごめんなさい、ごめんなさい」
と謝っていた。
「謝らなくていいわよ。貴女は何も悪くないのだから」
ミセリがそう嗜めるが、
「は、はい。ごめんなさい。・・・あ!?また言っちゃった。ごめんなさい」
彼女はしどろもどろになりながらそう話し続ける。
そんな彼女に、
「私の名はミセリ。あなたは?」
と、自己紹介すると、
「私の名前はクランです」
そう彼女も返していた。
「ねぇクラン。境界面てなに?」
「境界面というのは文字通り階層と階層を隔てる物理的な壁のことです」
「物理的な壁?湖にしかみえないけど・・・」
「その通りです。厚さが数百リグル程の、粘液状の水の壁なんです。ただ物凄く渦が巻いていて、泳ぎに自信のある者でもあそこを通り抜けるのは至難の技と言われています」
だが、彼女がそう説明する間にもクラーケン達は我先にと境界面に飛び込んでいく。
「そうは言っても皆普通に飛び込んでるけど」
そう言うミセリに、
「で、ですから、皆、ダンテ様を見て冷静さを失ってしまっているんです・・・」
「そうか。・・・ところで、話しは変わるが、クランは何故こんなところにいるの?ヘル様の捜索に加わらなくていいの?皆に先を越されてしまうわよ?」
「えっ!?わ、私ですか?」
彼女はミセリの言葉に驚いた様子で、隣にいるダンテの顔を“チラっ”と見た。
「ダンテ様ごめんなさい。あの、その、わ、私、殿方の魅力がまだよく分からなくて・・・」
そしてそう言いながら、何度も頭を下げていた。
そんな彼女にダンテは、
「いいですよ。貴女のような女性がいてくれて逆に“ほっ”としています」
そう笑顔で話し掛けていた。
「えっ!?そ、そんなこと、・・・ありがとうございます。ごめんなさい」
するとそこに、数名のクラーケンがやって来て、
「おい、クラン。貴様、こんなところで何してるの?」
と難癖をつけ始めた。
「まだ子供のくせにダンテ様に色目を使うなんて・・・」
「ほんと、油断も隙もありゃしない。今すぐダンテ様から離れなさい」
「あ、あの、ご、ごめんなさい」
皆のあまりの剣幕にそう謝るクランを、
「待て、彼女は何もしていないぞ」
と、ミセリが、そしてダンテも、
「そうです。彼女は私に興味がないそうなので、階層について話を伺っていたのです」
そう彼女を庇っていた。
その時だった。
「ミセリ~~っ、ダンテ~~っ。2人共、あぶな~いっ」
遥か上空から自分達の名を呼ぶ声が近付いてくるのに気付き、2人が上を見上げると、飛行魔法で自由落下よりも早く急降下してくるミカヅキが見えた。
そして彼女は、
「モンスター共、2人から離れなさい。くらえっ、バーニング・ノヴァぁぁぁぁっ」
そう叫びながらバーニング・ノヴァを立て続けに3発放っていた。
「えっ!?」
そして、ミセリやダンテが驚きの声をあげるより早く、1発目が第二階層の境界面に命中し大爆発していた。
“ドッゴオォォォォォ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ンっ”
その瞬間、境界面を形成する粘液状の水が水蒸気爆発を起こして出来た穴を2発目のバーニング・ノヴァが潜り抜けるように通過して下方にある第二階層と第三階層を隔てる境界面に命中して大爆発し、それによって出来た穴を3発目のバーニング・ノヴァがすり抜けて、更に下方にある第四階層の境界面に命中して、やはり大爆発を起こしていた。
そして、皆に何が起きたのかを理解させるより早く、それによって起きた大爆発が大爆風を起こし、グランシャフトそのものを煙突代わりにして、上下に突き抜けていた。
その、あまりに圧倒的な力に押し出され、ミカヅキはあっけなくグランシャフトの外、つまりは地上へと吹き上げられて視界から消えていた。
「ぎゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ」
「何しに来たんだアイツは~~~~~~~~~~~~~~~~~っ?」
だが、当然ながらそれを見てそう叫んだミセリ達も、そして、悪魔族や飛竜族の兵士達も爆風の渦に飲み込まれ、台風に舞う枯れ葉のように揉みくちゃにされながら上昇していた。
「だ、ダンテ様っ」
「ミセリ殿、リツカ様、手を離さないで」
咄嗟に手をつないだ3人は、下方から吹き上げる凄まじい爆風によって最後に地上へと押し出されていた。
が、酸素が燃え尽きて真空になったそこに外気が一気に流れ込む格好になり、グランシャフトの入り口付近にいた3人が、今度は周りから押し寄せる爆風によって穴の奥へ向かって押し込まれていた。
「り、リツカっ」
「父様っ」
その様子を目の当たりにした飛竜王や兵士たちは彼女らを救うために飛び立とうとした。
が、鎌鼬となって吹き荒れる爆風に飛び立とうとした兵士の翼を斬り裂かれるのを見て、身近にある岩などにしがみつく以外どうすることも出来なかった。
その頃3人は、大爆発によって階層内に溢れ出た天文学的な量の水と共に第五階層へと押し流されて大海原に落ちていた。
そこは、大爆発によって巻き上げられた粘液状の水が大粒の雨となって叩き付けるように激しく降り注ぎ、水面も台風のような大きな三角波が激しくぶつかり合うように荒れ狂っていた。
そんな波間にダンテが顔を出していた。
「ミセリ殿、リツカ様、どこですか?」
だが、2人からの返事はなかった。
あの状況では仕方のないことだが、彼は2人の手を離してしまっていたのだ。
「ミセリ殿っ、リツカ様っ」
彼は慌てて水中に潜ると、目をこらした。
すると、人では到底見えない程の深くへ沈んでいくミセリが見えた。
彼女は苦しそうな表情を浮かべながら、何とか海面に向かって泳ごうともがいていたが、想像以上に身体にまとわりつく粘液の抵抗にそれもままならず、下層へと流れる水の流れに吸い込まれるように沈んでいくのが見えた。
「ミセリ殿っ」
ダンテは彼女を救うべく潜り始めた。
が、粘液状の水が身体にまとわりついて、なかなか進むことができない。
しかもその間にも、ミセリはどんどん深く沈んでいってしまう。
あまりに多過ぎる、天文学的な量の水が一気に流れ込んだことで、その重さに第五階層と第六階層を遮る境界面が耐えられず、大量の水が雨漏りするかのように第六階層へと漏れ出ていたのだ。
その流れに吸い込まれ、物凄い勢いで沈んでいくミセリは、息継ぎをすることも出来ず、口から大量の泡を吐き出してもがき苦しみ始めた。
「ミセリ殿っ」
このままでは助けられない。
そう思った時だった。
なにかが、粘液状の水の中を凄まじい速さで潜っていったかと思うと、あっという間にミセリに追い付き、口移しで彼女に酸素を送り込んでいた。
(・・・リツカ様)
そう、それはリツカだった。
飛竜族の血を引く彼女は、両生類が魚みたいに泳ぐように、尻尾を揺らしながら人族や悪魔族では到底辿り着けない深さまで潜り、ミセリを助けたのだ。
が、上から押し寄せる粘液状の水の重さに第五階層の境界面が耐えられず、水漏れは一層激しくなり、唇を重ねたまま抱き合う2人にようやく追い付いたダンテが、ミセリを背後から抱きしめた時には、3人は第五階層の境界面に開いた穴から滝のように流れる水と共に、第六階層目掛けて落ちていた。
「きゃあぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ」
そのあまりの恐怖にミセリが悲鳴をあげると、
「ミセリさん、大丈夫ですから」
と、リツカが。そしてダンテも、
「私達がついています」
そういって2人は、彼女を前後から挟むように抱きしめたまま翼を広げていた。
こうすればダンテとリツカは互いが見えて連係が取りやすく、翼同士が干渉するのも防げるからだ。
それは、空を飛べる者同士だからこそ咄嗟に出来たチームプレーだった。
「ミセリさん、大丈夫ですか?」
正面から抱きしめるリツカが心配そうにミセリの顔を見つめる。
「は、はい。私は大丈夫です。そ、それよりも、私の為にリツカ様を危険な目に会わせてしまい申し訳ありません」
ミセリは本当に申し訳なさそうに、そう謝っていた。
「何を言っているのですか?それを言うなら、貴女の手を離してしまった私のミスです」
そんな彼女を後ろから抱きしめながらダンテは、
「ミセリ殿、本当に申し訳ないことをしました。私の謝罪を受け入れて頂けますか?」
彼女の耳元にそう語りかけていた。
「そ、そんな、ダンテ様、勿体ない御言葉です。私、ヘル様をお助けするつもりで志願したのに、役に立たないどころか御二人の足を引っ張ってばかりで・・・」
そう落ち込む彼女に、
「そんなことはありません」
ダンテは優しく囁いていた。
「貴女は姉が生きていることを何の迷いも疑いもなく信じています。その想いの強さが、私の背中を押してくれているのです」
「ダンテ様」
その時、
「ダンテ様、あそこに山が見えます」
リツカがそう言って指座す方を見ると、小高い山があった。
「降りましょう」
3人はなんとか山の頂上付近に着地したが、ダンテが手を離した瞬間にミセリは膝から崩れ落ち、リツカに抱きしめられていた。
「リツカ殿」
ダンテは彼女を背後から抱き支えようとした。
が、自分達を取り囲む気配に気付いた。
「ダンテ様」
そして、リツカもそれを感じ取っていたが、
「動かないで」
そんな彼女をダンテは制止していた。
すると、周りの木々や岩の影から複数のモンスターが姿をあらわした。
その中の、馬ほどの大きさで、2つの頭を持つオオカミのようなモンスターが彼に近付いてきた。
「「境界面を破壊し、第二の階層を水びたしにしたのは貴方達か?」」
しかも彼らは怒っていた。
「いえ、我々ではありません。我々も境界面を破壊され、第一階層からここに落とされたのです」
階層同士の交流がないことをクランから聞いていた彼は、さも自分が本当の第一階層の住人であるかのように話を続けた。
「ところで貴殿方は?」
「「我らはオルトロス」」
そして自己紹介した2つの頭が、
「では誰が我らにこのような仕打ちをしたのか知っているか?知っているのなら教えよ」
「下手な庇い立てをすれば只ではすまんぞ」
そう、交互に怒りをぶつけてくる。
そんな彼らにダンテは、
「境界面を破壊したのは神です」
“しれっ”とそう答えていた。
「か、神だと!?」
彼がそう驚きの声をあげると、
「はい。皆様の中に、天界からここに追放された悔しさから神の悪口を何十億年も言い続けていらっしゃる方はいませんか?」
ダンテはオルトロス達を見渡しながらそう訊ねた。
「その声が数十億年という歳月をかけて天界まで届き、神は再び怒りの裁きを下して天井を塞いでいたグングニルの穂先を破壊した。それが2日前のことです。大きな岩が雨のように降り注ぎましたよね?」
ダンテにそう言われ、彼らはすっかり沈黙していた。
「それにも関わらず、反省や謝罪の言葉を述べるどころか、今までと変わらず神への冒涜を言い続けた者達がいた。だから神はお怒りになられたのです。
さあ、言いなさい。誰ですか?神を冒涜し続けたのは?」
ダンテがそう言って睨みつけると、さっきまで威勢のよかったオルトロスの2つの頭が、彼から視線を逸らせた。
「貴殿達ですね?」
ダンテに指を差され、
「な、何故わかった?」
と、彼は明らかに狼狽したようすで渋々認めていた。
「神は全てをお見通しです」
ダンテがそう言いながら睨みつけると、
「ち、違う。聞いてくれ。オレは反対したんだ。なのにこいつが・・・」
「き、貴様っ、オレのせいにする気か!?貴様も暇があれば神に向かって『お前の母ちゃんでべそ』とか言ってたじゃねぇか」
と、頭同士で罪の擦り合いを始めていた。
「オレがそんなこと言うわけがないだろう。嘘をつくな」
「なにぃ」
「なんだよ」
そう睨み合う2つの頭の耳元で、
「嘘はいけませんね」
そう囁いていた。
「えっ!?」
「何を言う?私は嘘など・・・」
「御二人とも一緒になって悪口をおっしゃってましたよね?・・・天界から神の軍隊がやって来て、皆殺しにされますよ」
「な、なんだと?」
「そんなバカな?」
すると彼らは明らかに動揺し、
「ど、どうすればいい?どうすれば許してもらえる?」
そうダンテにすがりついていた。
「神への謝罪の言葉を唱えるのです」
「えっ!?」
「今日から次の新月まで、謝罪の言葉を唱え続けるのです。それ以外に貴方の一族が助かる道はありません」
ダンテに諭すようにそう言われた彼らは、
「わ、わかった。そうしよう。いや、させて頂きます」
そう返すと、後に控える仲間達の方を向き、
「今すぐ一族の者を全て集めよ。今より新月まで神への謝罪の言葉を唱える」
そう伝えると、物凄い数のオルトロスが姿をあらわし、上を見上げながら、何やら呪文のようなものを唱え始めていた。
「ダンテ様、凄いです」
彼のあまりに堂々とした態度と手際の良さに、ミセリとリツカは言葉も出なかった。
「いえ、私は悪魔ですから、人や人外を問わず、心の隙間に入り込み、その弱味につけこんで思いのままに操るなど造作もないことです。まあこの程度では元法相の足下にも及びませんが」
「それって褒めてますか?それとも貶してますか?」
ミセリがそう話していると、今度は人の女性の上半身に、ムカデのような下半身を持つモンスターが歩み寄ってきた。
「貴方は?」
「私は大百足族の長で、深音と申します」
彼女はそう言って頭を下げていた。
「私に何か用でしょうか?」
「実は我々大日足族は第三階層の外壁に巣穴を掘り暮らしていたのですが、全て流されてしまいました。それだけではありません。猟をしていた狩り場も畑も全て失いました」
「狩り場と畑。失礼ですが貴女方はどのような狩りをして、どのような作物を育てていたのですか?」
「壁面に巣穴を掘って暮らす、全長が1メートルほどの蟻を狩り、畑ではリンゴを育てておりました」
「リンゴですか?」
「はい。アダムとイブを楽園から追放した禁断のリンゴです」
「なんですって?」
その瞬間ダンテがあげた、普段の冷静沈着な彼からは想像できないような声に、ミセリやリツカは驚いた様子で彼の顔を見ていた。
それはモンスター達も同じだった。
「禁断のリンゴ。それは本当ですか?」
そう念を押してくる彼の迫力に、
「は、はい。そうですが、それが何か?」
深音も“たじたじ”だった。
「すばらしい」
ダンテは天を仰ぎ感慨の声をあげていた。
「あ、あの、ダンテ様?」
リツカが彼の顔を心配そうに覗き込むと、
「これぞ、我々が探し求めていたものです」
彼はそう言って深音の手を握っていた。
「探し求めていた?」
「はい。大百足族の深音様でしたね?もしよろしければ皆で悪魔国に来てリンゴを栽培して頂けませんか?」
「えっ!?」
「勿論、住む場所は私、悪魔王子ダンテが責任を持って御用意させて頂きます」
「ちょ、ちょっと待ってください」
ダンテのあまりの強引さに深音は戸惑いを隠せない。
「何故です?」
「えっ!?」
「何故私に、大百足族にそこまでしてくれるのですか?」
「禁断のリンゴです」
「私達のリンゴが何か?」
「アダムとイブが楽園から追放される原因になったリンゴですよ。それは、我々悪魔族が永年探し求めていたものなのです」
「はぁ?」
彼女は半ば戸惑いながらもダンテの提案を受け入れることにし、それを伝えるべく仲間達の元へ帰って行った。
すると今度は、身長が30センチ程の生き物の群れが飛びながら近付いて来た。
それは妖精だった。しかも彼女らの身体は神々しい光を放っていた。
「貴殿方は?」
ダンテが話し掛けると、リーダーらしき女性が前に出て、
「私達は、ラインセルと申します」
そう自己紹介していた。
「ラインセル。それで、どのような御用件でしょうか?」
その時だった。ラインセル達の光に引き寄せられるようになにかが集まって来た。
それは、蔓をムチのように振り回しながら、根っ子を足のようにして歩き、内側に“びっしり”と生えた花びらを開いたり閉じたりしながら酸性の涎を垂らす巨大な植物達だった。
「、リツカ様、私の後ろに隠れて」
ミセリが彼女を庇うように前に立ち塞がり刀を構える。
がモンスター達は彼女らに脇目も振らず、一直線にラインセルに襲い掛かった。
すると、愛くるしい妖精にしか見えないラインセル達の口が耳まで裂けるように開き、逆にモンスター達に襲い掛かっていた。
「ギャギャギャギャギャ~~~~~~~~~っ」
そしてモンスター達は、あっけなく食い散らかされていた。
ラインセル達は口を閉じ、可愛らしい顔に戻ると、
「私達は身体から放たれる光を使い、近付いてくる夜行性の食肉植物を食べていす。ですが、私達が暮らしていた森も、食肉植物が生息していた湿地も全て流されてしまいました。助けて頂けないでしょうか?」
そうダンテにお願いしていた。
「わかりました」
それに対してダンテは、二つ返事で受け入れていた。
「だ、ダンテ様、彼女達を受け入れてくださるのは嬉しいですが、でもどうなさるおつもりなのですか?」
それを聞いてミセリは思わずそう言っていた。
「どうするつもり、とは?」
「まさか、熊避けの花の実達が反抗的だから逆らうヤツを見せしめに食べさせようとかしませんよね?あの花はヘル様がとても大切にしておられますし、そんなことをしたら何よりマゾンさんに失礼です」
そう必死に訴えるミセリに、
「大丈夫です。そんなことはしません」
ダンテは諭すように話し掛けていた。
「私が彼女達にお願いしたいのは、夜の城内を飛び回り、街角を照らしてもらいたいのです」
「えっ!?」
「私達は暗いのは大歓迎なのですが、暗闇は人を不安にさせます。それに犯罪の温床にもなっています。ですからラインセルの皆さんに街中を飛び回ってもらいたいのです。もちろん報酬は払います。犯罪者や違法薬物の売人などは見つけたら食べてもいいですよ。
ミセリ殿、それならよろしいですか?」
そう言われ、
「は、はい」
ミセリも安心したようすでそう返していた。
そして反省の面持ちで、
「ダンテ様、申し訳ありませんでした」
と謝っていた。
「えっ!?何故謝るのですか?」
が、肝心のダンテは何故彼女が謝ったのかが分からなかった。
「ダンテ様の真意も分からぬうちに、私の思い込みで勝手に決めつけてしまって・・・」
ミセリは反省しきりだった。
が、
「それなら構いません。私に意見してくださるのは姉と貴女しかいませんからね。むしろ大歓迎です」
彼はそう笑顔で返していた。
「・・・ダンテ様」
そして、妖精たちは帰って行った。
「あ、あの、よろしいでしょうか?」
すると今度は、水棲人の女性が彼の前に歩み出た。
「貴方は?」
「私は第五階層で暮らすローレライ族の首長でレインと申します」
そう頭を下げる彼女の前に歩み寄り、
「レイン様。私にどのような用件でしょうか?」
ダンテも頭を下げていた。
「私達が暮らす第四階層は、その全てを水に満たされておりました」
「水に!?」
「はい。ですが上の階層から落ちて来た水の重さに耐えられず、境界面が抜け落ち、その全てが第五階層に落ちてしまいました。もはや第四階層内に水はありません」
ダンテは遥か空の上から滝のような轟音を響かせながら降り続ける水が、足下の大地に溜まり、みるみる水位が上がって行くのを見渡した。
「ローレライ族の皆様は普段はどのように暮らしていらっしゃるのですか?」
「はい、私共は歌で上下の階層の者達を誘い込み食べております」
「えぇっ!?」
そう驚きの声をあげるミセリとは対照的にダンテは、
「分かりました。ではローレライ族の皆さんはここから出て地上にいらっしゃる気はありませんか?」
そう提案していた。
「だ、ダンテ様っ。自分が何をおっしゃっているか分かっていますか?」
そう戸惑いの声をあげるミセリを手振りで制止しながら、
「地上の2/3は海です。そこならローレライ族の皆様も暮らしていけるはずです」
「なんと、地上にはそんな夢のような場所があるのですか!?」
「ただし、迷い船を見つけても、乗組員を海中に引きずり込んで食べてはいけません。海には他にいくらでも食べ物がありますから、船は港に誘導してあげてください。ただし、違法操業者や密漁者は食べてもいいですよ。それならば、共存共栄できるはずです。いかがですか?」
「ありがとうございます、ダンテ様っ」
だが、そうレインがお礼を言う間にも水位は上がり続けていた。
「ダンテ様、このままではヘル様をお助けにいけません」
リツカが悲痛な声でそう訴える。
するとそこに、クラゲのような生き物の群れが飛んできた。
いや、飛んできたというよりは風に吹かれて漂って来たと言った方がいいかもしれない。
クラゲ達は上のお椀をひっくり返したような身体の部分についている無数の翼足を広げ、そこに風を受けて回転しながら空中を浮遊しているのだ。
そして、
「私達も助けて下さい」
そう訴えていた。
「貴殿方は?」
「私達はこの第六階層に住むエアスライムという空クラゲです」
「空クラゲ?なんだか可愛い」
その可愛らしさにミセリがそう言うと、
「本当ですね」
と、リツカも目を細めていた。
「失礼ですが、クラゲなら水かさが増しても平気なのでは?」
ダンテがそう言うと、
「私達は大気の中を泳ぐクラゲ。このまま水が増えれば溺れてしまいます」
と訴えていた。
「私達にお任せください」
空クラゲの言葉を遮るように、そう言ったのはレインだった。
彼女が目配せすると、ローレライ族が一斉に歌い始めた。
すると、足下まで迫っていた水が、水竜のように姿を変えながら、無数の水柱となって上昇し、第五階層の天井に境界面を形作りはじめた。
「こんなことができるなんて・・・私を謀りましたね?」
その様子を見ていたダンテは感心した様子でそう呟いていた。
「謀った?」
その言葉意味を理解できず、ミセリはそう聞き返した。
「ローレライ族はいつくるか分からない獲物を待って歌を唄い続けているわけではなく、海を、水を自在に操り、獲物を自らの領域に引きずり込んでいたのです。つまり、ここから出なくても狩りには困らないと言う訳です」
「では何故ダンテ様にあのようなお話を?」
「ここよりも狩りに困らない、より簡単に獲物が手に入る場所があるかどうか知りたかった。そうですよね?」
そう言うダンテに、
「さぁ?私達はただお尋ねしただけですから」
レインは笑顔でそう返すのみだった。
そして彼女らが、境界面を形成する水を割り開いて作ってくれた通路を通り、ダンテ達は第七階層へと降りていった。
そこは、超巨大な木が階層を貫くように伸び、それから伸びる無数の枝が、まるで蜘蛛の巣のように階層内を埋め尽くしていた。
そんな縦横無尽に伸びる枝の間を、ミセリ達は潜り抜けるように降下していた。
「ダンテ様、ヘル様はこの階層にいらっしゃるのでしょうか?」
「恐らくこの階層のどこかにいると思いますよ」
「えっ!?何故わかるのですか?」
「あれを見て下さい」
彼の指が示す方を見ると、巨大な木の枝が所々で傷ついたり折れたりしていた。
それだけではない。
枝と枝の間に巨大な岩が挟まっているのが幾つも見られた。
「おそらくこれらの木々が障壁となって、上から落ちて来た岩盤を受け止めたのでしょう」
「それってつまり」
「あれがあるということは、姉も『ここ』にいる確率が高いと思います」
「キィィィィィ~~~~~~~~~~っ」
その時だった。
彼らの会話を遮るように、四方八方から《なにか》がミセリ達に襲い掛かって来た。
それは、2つの頭と4枚の翼とサソリのような3本の尻尾を持つ禿鷹のような鳥のモンスターだった。
それが、鋭く尖る嘴と、鋭利な刃物のような鈎爪と、サソリのような尻尾の先の針を使い、ダンテ達に襲い掛かって来たのだ。
「皆さん、避けて下さい」
襲い掛かるモンスター目掛けてリツカが火球で反撃する。
が、翼を持つ彼らは、リツカやダンテの翼の動きで彼らが次にどう動くかを予想することができた。
しかも、階層内で効率よく狩りが出来るよう進化した4枚の翼で彼らの周りを取り囲むように空中静止=ホバリングして襲い掛かってくる。
そして彼らは、飛ぶことに不馴れなミセリに狙いを定め、サソリの尻尾の先の毒針が、甲冑の隙間に突き立てられた。
「あぶないっ」
その刹那、彼女を庇ったダンテの胸に、毒針が深々と突き刺さっていた。
「ダンテ様っ!?」
だが、その瞬間にも、モンスター達が全方位から襲い掛かり、ダンテの全身を毒針が貫いていた。
「ダンテ様っ!!」
ミセリはダンテを助けるべく、慌てて彼の元へ駆け付けようとする。
が、
「いけませんミセリさん」
リツカが全力で彼女を抱きしめ制止していた。
「離して下さいリツカ様っ、ダンテ様が・・・」
「これは罠です」
パニックになりかけるミセリを抱きしめる腕に更に力を込め、その耳元でリツカはそう叫んでいた。
「えっ!?」
普段のリツカからは絶対に想像できないような荒々しい声に、ミセリは“はっ”と我に返った。
「周りを見て」
そう言われ周りを見渡した彼女は、モンスター達がダンテを連れ去る2羽を中心に鶴翼の陣のように自分達を包囲し始めているのに気付いた。
「ダンテ様を助け来るのを彼らは待っています」
「でも、どうすれば?」
「敵の陣形を崩すのです」
リツカはそう言うと、ミセリの手を握り、急降下を始めた。
「リツカ様っ!?」
「喋らないで、舌を噛みますよ」
すると、2人を追うようにモンスター達も急降下を始めた。
「よし、このままヤツらを振り切って・・・」
「リツカ様、前っ」
「えっ!?」
必死に訴えるミセリの声に前を見ると、木のあらゆる場所に作られた巣から、モンスター達が姿をあらわし、自分達目掛けて集まって来るのが見えた。
敵の包囲網がどんどん狭まっていく。
それを見たミセリは、
「リツカ様、私が囮になります。ヘル様を捜しに行って下さい」
そう叫んでいた。
が、リツカは彼女の手を離さなかった。
「それは出来ません」
「何故ですか?このままでは2人とも・・・」
「ヘル様から頼まれたのです」
ミセリの言葉を遮るように、リツカは大きな声をあげていた。
「ヘル様は見ず知らずの私を、自らの危険も省みず2回も助けてくださいました。そのヘル様から頼まれたのです。『ミセリさんとアイリさんをお願い』と。ですから、この手は死んでも離しません」
「違うのですリツカ様っ」
だが、そんな彼女にミセリは猛然と反論していた。
「違う?何が違うのですか?」
「私が囮になってモンスターを引き付けている間に、ヘル様を見つけてここに連れてきて頂きたいのです」
「えっ!?」
「この状況をひっくり返せるのは、そんな奇跡を起こせるのは、ヘル様以外にいません。ですから、ヘル様を捜しに行って下さい。お願いします」
「ミセリさん」
だが、次の瞬間には、2人はモンスターに完全に包囲されてしまっていた。
「り、リツカ様」
「私は諦めません。ミセリさん、私が下に向かって炎を吹きます。モンスター達はそれを避けるはず。そこを通って逃げて下さい」
「そ、それではリツカ様が・・・」
「もう時間がありません。ミセリさん、ヘル様のことよろしくお願いします」
「リツカ様っ」
「いきますよっ」
そう言ってリツカは火球を吹いた。
「ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ~~~~~~~~~~~っ」
いや、吹こうとした刹那にそれは起きていた。
大気をつんざくような悲鳴が階層内に響き渡り、モンスター達は、いや、ミセリとリツカも一斉に声が聞こえてきた方を見た。
すると、2羽のモンスターが断末魔の叫びをあげていた。
モンスター達は、その鋭く曲がる爪先の鈎爪をダンテの両肩に深々と突き立てて連れ去る途中だった。
ダンテはそんな彼らの尻尾を引き千切り、勢いよく噴き出す毒液を、まるでシャワーのように全身で浴びていたのだ。
「ダンテ様?」
その光景をただ見つめることしか出来ないミセリ達の視線の先で、彼は鋭く伸びる爪先を突き立てるように手刀をモンスターの下腹部に深々と突き刺していた。
「ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャっ」
そして、モンスター達の絶叫が響き渡る中、彼らの内蔵からなにかを引き抜いていた。
ダンテが両手に握るそれは、袋状の臓器で、そこからは毒液が滴り落ちていた。
彼が引き抜いたのはモンスターが体内で生成した毒液を溜める袋だったのだ。
ダンテはそれらを美味しそうに食べていた。
すると、彼の身体に異変が起きた。
その身体は二回りも大きくなり、額のツノも牙も爪も鋭く尖りながら伸びて、瞳は更に紅く光り、背中の翼と尻尾は見る者の心に恐怖を刻み込むほど大きく禍々しくなっていた。
「グァアアアァァァ~~~~~~~~~~~っ」
ダンテがヘビのように口を耳まで大きく開いて雄叫びをあげた次の瞬間、彼の姿は視界から消えていた。
「!?」
ミセリが彼を捜そうと視線を泳がせるより早く、周りを取り囲むモンスター達が次々に八つ裂きにされ、腹から毒袋を引き抜かれていた。
「ダンテ様?ダンテ様なのですか?」
ダンテの動きが速すぎて全く見えないミセリがそう呼び掛けるが返事はなく、リツカでさえ彼の動きを目で追うのがやっとだった。
そして、辺りにいた仲間達をほぼ惨殺され、モンスター達は蟻の子を散らすように逃げ出して視界から消えていた。
結果、その場に残されたのはダンテとミセリとリツカだけになっていた。
「ダンテ様?」
ミセリが恐る恐る話し掛ける。
が、ダンテは瞬する間も与えない速さで2人に襲い掛かっていた。
「!?」
そのあまりの恐怖に身体が硬直して身動きが取れず、リツカは逃げることも出来ずただ瞳を閉じていた。
が、何も起こらなかった。
恐る恐る目を開けた彼女の瞳に写ったのは、リツカの前に立ちはだかり、彼女に襲い掛かろうとすりダンテを受け止めるように抱きしめるミセリの姿だった。
(リツカ様を守らなければ)
彼女はそう考えるより早く身体が動き、襲い掛かって来るダンテの間合いに自ら飛び込んで彼に抱きついていたのだ。
「いけませんダンテ様っ」
「!?」
「彼女は、リツカ様は、ヘル様が命を懸けて守ろうとした大切なお友達です。その御方に手をあげるなど、そのようなことをしたら、ヘル様がどれだけ悲しれるか・・・」
その瞬間、彼の手がミセリの両肩を握り、その鋭く伸びる鈎爪が甲冑をあっけなく貫いて、彼女の二の腕に深々と突き立てられていた。
「くっ」
「ミセリさんっ!!」
リツカが慌てて彼女を助けようとするが、
「リツカ様、動いてはなりません」
そんな彼女をミセリは一喝していた。
「今のダンテ様は本能の赴くままに、その欲求に忠実に、動くもの全てに襲い掛かります。今動いたら餌食になるだけです」
「でも、それではミセリさんが・・・」
ミセリは彼女の言葉を手振りで押さえると、ダンテに話し掛けた。
「ダンテ様、どうしても誰かの命を奪わなければ気が済まないというのなら、・・・どうか私の命をお奪いください。でも約束して下さい。リツカ様の命は必ずを助けると。そしてヘル様を必ずお救いすると・・・」
「・・・ミセリ、殿」
「えっ!?」
その、苦しげに自分の名を呼ぶ彼の声に、思わず顔をあげると、
「申し訳ない。ミセリ殿」
ダンテはそう言って、涙を流しながら彼女を“ぎゅっ”と抱きしめていた。
「ダンテ様、元に戻られたのですね?」
そう話し掛けるミセリに、
「いえ、私は、何も変わっていません・・・」
ダンテは沈痛の面持ちでそう返しながら、甲冑の内側に収納していたポーションの小瓶を取り出ていた。
「えっ!?」
そう驚きながらも、ミセリはダンテからポーションの小瓶を受け取り、飲み干していた。
ダンテは彼女がそれを飲み終わるのを待って再び話し始めた。
「モンスター達から全身に毒を注入された瞬間に、まるで自分が自分でなくたってしまったかのような、そう、例えるなら自分が悪魔大王様にでもなったかのような高揚感に身も心も支配され、自分自身を抑えることが出来なくなってしまったのです」
彼はそう言いながら、ミセリの血で真っ赤に染まる自分の手を見た。
「私は毒の誘惑に負けてなんと愚かなことをしたのでしょう。ミセリ殿、本当に申し訳ありません」
彼はそう言って泣きながら頭を下げていた。
「ダンテ様」
「リツカ殿」
ダンテはリツカの顔を見た。
「申し訳ありません。御二人に手をあげようとした罪を私は必ず償います。どのような罰がいいか御二人で決めて頂けますか?」
「ダンテ様、何を言って・・・」
そう困惑の表情を見せるリツカの言葉を、
「では、私の願いを聞いて頂けますか?」
ミセリがそう遮っていた。
「勿論です。私はどんな罰でも受け入れます。なんなりと申し付けてください」
「では、ヘル様を見つけてください」
「えっ!?」
ダンテは驚きを隠せないようすでミセリの顔を見つめていた。
「ヘル様を捜して見つけてください。お願いします」
ミセリは涙を流しながらそう懇願していた。
「リツカ殿もそれでいいですか?」
ダンテにそう訊ねられ、リツカは小さく頷いていた。
「わかりました。」
ダンテはそう言って目を閉じると、耳に手をあてがい“じっ”と耳をすませた。
すると、
「姉の声が聞こえます。姉は生きています」
彼がそう言って、巨大な枝の間をすり抜けるように急降下を始めると、
「本当ですか?ダンテ様っ」
「ダンテ様、待ってください」
ミセリとリツカもそう言って、慌てて彼に続いた。
そうして飛び続けた3人は、ダンテを先頭に洞窟の中へと入って行った。
そして、複雑に入り組む鍾乳洞の奥底にある急に開けた場所に出た。
そこは、どこからか射し込む光りに照らされ、溜まった地下水が蒼色に輝く小さなプールだった。
するとそのプールの中から〝バシャバシャ″という水音と共に、
「ふふっ、だめっ、もうやめて。くすぐったいから」
笑い声が聞こえて来た。
「!?」
その、弾むような笑い声に、ミセリは聞き覚えがあった。
「ヘル様?」
その声に導かれるように目を凝らした彼女の瞳に映ったのは、全裸で水浴びをするヘルの姿があった。
「へ、ヘル様っ!!」
水に濡れ髪が額や頬にまとわりつき水滴が滴る、その美しさに加え、彼女が水の抵抗を楽しむかのように歩く度、水滴が流れ落ちる豊潤に実る果実のような2つの膨らみと、その頂点で“つん”と自己主張する可愛らしい蕾が、水滴を弾き飛ばしながら揺れ弾んでいた。
しかも、彼女が水の抵抗に逆らうように太股を大きく蹴りあげる度に、その付け根にある“つるつる”で“ぷにぷに”の肉丘が、その中心を縦に走るスリットを起点に艶かしく捩れ、その切れ込みから、まるで春に芽吹く新芽のように顔を出すちっちゃやな肉芽や、そのすぐ下でスリットから恥ずかしそうに“ちょこん”と顔を覗かせる可愛らしい2枚の花びらまでもが水に濡れて“キラキラ”輝いている様子にミセリは釘付けだった。
そして、
「ヘル様っ」
彼女の名を呼びながら甲冑を脱ぎ捨てようとした瞬間、小さな波を立てながらヘルの背後に近付くなにかが見えた。
「あれは、・・・モンスター!?」
しかも次の瞬間には、そのモンスターが彼女に襲い掛かろうとしていた。
「ヘル様、あぶないっ」
彼女は慌てて刀を抜くと、そのままプールに飛び降りていた。
が、甲冑自体の重さと、その隙間から入って来る水の重さに耐えられずあっけなく溺れていた。
「!?」
それを見たヘルは慌てて駆け寄ると、その溺れる甲冑を抱き上げていた。
「だ、大丈夫?」
そう叫びながら兜を脱がすと、そこからあらわれたのは、大量に水を飲んだらしく激しく咳き込むミセリの顔だった。
「ミセリっ!!」
「ヘル様っ」
そう呼ばれ彼女が顔を上げると、その視線の先にダンテとリツカがいた。
ヘルが全裸だった為ダンテは彼女に背を向けていたが、その後ろ姿ですぐに分かった。
「ダンテ、リツカも助けに来てくれてありがとう」
嬉しそうな眩しい笑顔で見つめながらそうお礼を言う彼女に、
「ヘル~~~~~~っ」
リツカは泣きながら飛びかかるように抱きつき、3人はプールの中にひっくり返っていた。
「へ、ヘル~~~っ!!!!!い、い、い、今助けます。ごめんなさい」
すると、さっきヘルを背後から襲おうとしていたモンスターが、3人に触腕を巻き付け、水中から救い上げていた。
「皆さん、大丈夫ですか?」
心配そうに見つめるその顔に、ミセリもリツカも見覚えがあった。
「えっ!?クラン?」
「は、はいそうです。ごめんなさい」
そう、モンスターの正体はクランだったのだ。
「どうしてこんなところにいるのですか?」
それは、リツカでなくてもそう思う、もっともな質問だった。
「き、境界面が大爆発して崩壊したのに巻き込まれてここまで落ちて、気を失っていたところをヘル様に助けられました。ごめんなさい」
「ヘル様に助けられた?」
「はい。この階層の主はパピルスという狂暴な肉食鳥達で、動くもの止まっているものも、とりあえず食べるらしくて・・・。それでヘル様はパピルスが追ってこれないこの鍾乳洞の奥に避難していて、・・・なんとか脱出できないかと出入り口まで外の様子を見に行った時に、私がたまたま落ちてきたらしくて・・・」
「そう、無事でよかった」
ミセリはそう“ほっ”と胸を撫で下ろした刹那、
「・・・で、ここでヘル様と何してたの?」
彼女の口調が変わった。
「えっ!?」
「さっきヘル様と何してた?と聞いているの」
そう迫る彼女の鬼気迫る表情に、
「どうしたんですかミセリさん。顔が物凄く怖いですよ」
クランがそうしどろもどろになると、
「大丈夫、な~んにもしないから。だから、ね、正直にホントのことを言いなさい」
と、急にフレンドリーに笑顔でそう迫られ、でも彼女の目が全く笑っていないことに気付いていたクランは、
「・・・だ、たから、あの、その、み、水浴びをしていただけです。ごめんなさい」
と謝っていた。
「み、み、水浴び?ヘル様と!???」
「はい。わ、私は泥まみれで、ヘル様はグラン・モウルの血にまみれてて、ちょうどいい水浴び場もあるし、皆が助けに来る前に、互いの汚れを落とし合おうという話しになって・・・」
だが、クランの言葉はそこで止まっていた。
ミセリは彼女の肩を掴むと、
「互いの汚れを落とし合う?そ、それは背中だよね?ね?ね?」
そう言いながら鬼の形相で彼女を前後に激しく揺さぶっていた。
「ね、クラン答えて?背中だけでしょ?」
「ううん。前も洗いっこしたよ」
その時、ヘルがそう答えていた。
その瞬間、ミセリの時間が止まった。
「えっ!?本当ですかヘル様?」
「うん」
彼女はクランを見た。
「く、く、く、クラン~~~っ」
その顔のあまりの怖さに
「ひ~~~っ。ごめんなさい、ごめんなさい」
ミセリは、そう謝り続ける彼女の手を“ぎゅっ”と握りしめたかと思うと、
「私の身体も洗って」
とお願いしながら、物凄い勢いで甲冑やチェーン・メールを脱ぎ捨てて裸になっていた。
「えっ!?」
ミセリが何を言っているのかが分からず、クランは戸惑いを隠せない。
だが、肝心のミセリは、
「ヘル様の御身体を洗ったその触腕で今すぐ私の身体を洗いなさい。そうすれば間接・・・」
そう言って涎を垂らしていた。
そんな彼女を、
「み、ミセリさん、何を言っているのですか!?」
リツカが慌てて窘めようとするが、
「いえ、大丈夫ですから」
と、ミセリは何故か自信満々にそう言っていた。
「何が大丈夫なのですか?」
「私は毎晩、ヘル様が就寝された後で浴場にこっそり忍び込み、ヘル様が身体を洗われたスポンジで自分の身体を隅々まで洗っています。だから何の問題もありません」
「ミセリさん、何を言っているのですか!!心の声が口から全部溢れ出てますよっ」
「えっ!?」
彼女は一瞬驚きの表情をして、慌てて口を手で押さえヘルを見た。が、
肝心のヘルはそれどころではなかった。
彼女は、ミセリの表情のあまりの怖さに、
「ごめんなさい、ごめんなさい」
そう謝りながら、逃げるように自分の後ろに隠れてしまったクランを、
「大丈夫。ミセリは、ううん。ミセリだけじゃない。みんな優しいから。ね?だから怖がらないで」
そう慰めていて、黒ミセリの告白を聞いてはいなかった。
それを知って〝ほっ″と胸を撫で下ろしたミセリは、
「さぁ、クラン。早く」
そう言って、彼女を招き入れるように全裸のまま両手を広げていたのだった。
〈つづく〉




