第32話・「2人をお願い」
リツカはヘルと2人で肩までお湯に浸かりながら、顔を赤く染め恥ずかしそうに“もじもじ”しなが
らうつ向いていた。
「えっと、あ、あの、だ、大丈夫よリツカ。・・・その、この状況、初めてじゃないから」
そんな彼女にツカサも申し訳なさそうにそう返していた。
2人は、あの後意識を失うように眠ってしまったミセリとアイリの身体をバスタオルで拭きパジャマを着せて布団に寝かせると、湯冷めした身体を温めるべく浴場に戻り、再びお湯に浸かっていた。
「えっ!?初めてじゃない?」
そう驚きを隠せないリツカに、ツカサはガルダンシアの悲劇の顛末を話した。
「び、媚薬?あの小瓶はポーションではなくて媚薬だったのですか?」
その意外過ぎる真実にリツカは驚きを隠せない。
「そ、そうなの。ほら、ガルダンシアの格闘技って賭けの対象になってたから、ポーションを睡眠薬や媚薬とすり替えるぐらいは日常茶飯事だったみたいで・・・」
ラノベから得た知識を元に、いかにもそれらしく話す彼女に、
「そ、そんなことが・・・」
リツカは感心しきりだったが、その視線はお湯の中のヘル身体に釘付けだった。
そんな“じっ”としたまま動かない彼女に、
「大丈夫?顔が真っ赤よ。のぼせたんじゃない?」
ヘルは心配そうに彼女の顔を覗き込むと、その手を取り、
「もうあがろう」
そう言って立ち上がっていた。
「は、はい」
そう促され立ち上がったリツカの目に写ったのは、流れ落ちるお湯が照明を反射して“キラキラ”輝いている、眩しいくらいのヘルの裸身だった。
そのあまりの美しさに、我を忘れて見とれていたリツカは、無意識に自分の尻尾を踏みバランスを崩していた。
「わっ!?」
その声にツカサが慌てて振り返ったのと、リツカが覆い被さるように倒れて来たのがほぼ同時だった。
「えっ!?」
次の瞬間、ヘルはリツカを受け止める格好で湯船の縁に尻餅をつき、リツカは彼女の首に腕を回して“ぎゅっ”と抱きしめていた。
そんな彼女をツカサも慌てて抱きしめる。
「大丈夫!?」
ヘルからそう声を掛けられ、
「・・・は、はい」
目を開けた彼女の瞳に写ったのは、鼻の頭同士がくっつくぐらいの近さで、心配そうに自分を見つめる彼女の顔だった。
抱きしめ合っているため、豊潤に実る果実のような4つの膨らみが、密着しながら互いを弾き返さんと“たわわ”に弾み、その頂点で自己主張するかのように“つん”と尖る可愛らしい蕾同士が“こりこり”擦れ合う。
「リツカ、立てる?」
ヘルが彼女の耳元でそう囁いた刹那、
“ゴゴゴゴゴゴ~~~~~っ”
と、脱衣場が、いや、宮殿そのものが揺れ始めた。
「きゃっ!?」
「なに?地震?」
そう辺りを見渡す裸のヘルに、やはり裸のままのリツカがしがみついていた。
「へ、ヘル。大地の神がお怒りになってます。恐い」
「大丈夫よ。すぐに収まるから」
だが、次の瞬間。
“ドガガガガガガガガガガガ~~~~~~~~~~~~~~~~~っ”
耳をつんざくような轟音と共に、直径が数十㎝はあろうかという大きなドリルのようなものが床から突き出ていた。
しかもそれは1つではなかった。
脱衣場だけでなく、大きな浴場の壁や湯船の底からも幾つものドリルが次々に姿をあらわしたかと思うと、それらが傘のように開いて裏返り、イソギンチャクのような丸い口の内側に沿って鋭く尖る牙が並ぶ、いかにも異世界の怪物といった風貌の顔が露になっていた。
そう、彼らはドリルなどではなく、ダンゴ虫鎧状の外皮に身体を覆われた、地中を進むモンスターだった。
宮殿を襲った揺れの正体は、地震などではなくこのモンスター達だったのだ。
そして怪物たちは、そのままヘル達に襲いかかってきた。
「きゃ~~~っ」
その、あまりの恐怖にリツカが声にならない叫びをあげると、彼女の口から炎が放たれ、怪物たちを火だるまにしていた。
「いや~~~っ、こないで~~~っ」
リツカは半ばパニックになりながら、もうメチャクチャに炎を吐き続ける。
「リツカ、落ち着いて」
だがその間にも、あらゆる場所を突き破ってあらわれるモンスター達によって、彼女らの逃げ場は失われていった。
その時だった。
“ドオォォォ~~~~~~~~~~~ンっ”
モンスター達が源泉へと繋がる岩盤を貫いたらしく、湯船があった場所から大量のお湯が噴き出していた。
それは、ヘル達がいる場所をあっと言う間に天井までを満たし、全てを押し流すほどの途方もない湯量だった。
「リツカっ」
大浴場から通路を通り寝室へと流されたツカサは咄嗟にミセリとアイリを抱きしめようとするが早い流れに邪魔され上手くいかない。
「くっ」
するとリツカが水棲の爬虫類のように流れの中を泳ぎ回って2人を抱きかかえると、彼女はそのままヘルの所まで泳いできて、2人はそれぞれの尻尾をベルトのように互いの身体に巻き付けていた。
「リツカ、ありがとう」
「ヘルっ」
そして4人はそのまま地下から噴き出すお湯によって洞窟へと押し流されていた。
洞窟内に仕掛けられた数々の罠も激流に飲み込まれ、ついに4人は洞窟の入り口まで押し出された。
その時だった。
“ドゴゴゴゴゴォォォォォォンっ”
まさに大地を揺るがす激震と共に洞窟が、いや、ついこの間まで霊峰があった数キロ四方にも及ぶ大地そのものに亀裂が走っていた。
「きゃああぁぁっ」
リツカとヘルの後ろにも亀裂が入り、2人の足下の大地が一気に崩れ始めた。
「リツカ、あぶないっ」
ヘルは咄嗟に彼女を亀裂の外側へ突き飛ばすと、2人を抱きしめたまま翼を広げて飛翔した。
が、次の瞬間、彼女は物凄い勢いで下に引っ張られていた。
「!?」
慌てて下を見ると、彼女の下半身に、何本もの触手のようなモノが巻き付いていた。
その先を見ると、大地を〝グシャグシャ″に砕いて掘り起こしながら、先程のモンスターが次々に姿をあらわしていた。
そして、その口から伸びるムチのような長い舌がヘルの身体に絡み付いていた。
「ヘルっ」
リツカは彼女を助けるべく背中の翼を広げたが、その声に反応した無数のモンスター達の舌が彼女目掛けて襲い掛かった。
が、
「リツカお願い。2人を受け止めてっ」
ヘルはそう言って2人をリツカ目掛けて投げると、最後の力を振り絞るように彼女の前に立ち塞がり両手を広げていた。
「!?」
リツカは咄嗟に腕を広げて2人を受け止めたが、その勢いに押され、そのまま後ろに倒れてしまっていた。
「ヘルっ」
慌てて起き上がった彼女の目に写ったのは、全身を舌でグルグル巻きにされたまま、崩壊した大地に飲み込まれながらモンスターと一緒に下に落ちていくヘルの姿だった。
「ヘルっ。いや~~~っ」
リツカは彼女を助けるべく穴に飛び込もうとした。
が、次の瞬間、
“ドガガガガガガガガガガガガ~~~っ”
あのドリルのようなモンスター達が大地を貫き次々に姿をあらわしていた。
「いや~~っ。来ないで~~~っ」
リツカが口から吹いた火球が命中し、モンスター達が炎に包まれていく。
が、火球が致命傷を与えられるのは、普段は傘のように開く甲羅のようなものに守られている頭部と鎧のような外皮のない腹部だけで、しかもドリルのように形を変えられてしまうと、それすらも外皮に覆われてしまい、火球はほとんど効かなかった。
「・・・そんな」
“ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガっ”
すると、3人の足下の大地を無数のドリルが貫いていた。
「!?」
リツカは慌てて2人を両腕で抱えると翼を広げ、そのまま飛翔した。
が、意識を失った2人の人間は想像以上に重く、彼女は2人を抱きかかえることさえ儘ならない。
しかもそこに、モンスター達の触手のような舌が一斉に襲い掛かった。
リツカは、両足に巻き付いたそれらを火球で焼き払おうとしたが、その軸線上に2人が重なり、躊躇した瞬間に引きずり下ろされ大地に激突していた。
「うぐぅ」
そこに、モンスター達が全方位から襲い掛かった。
対するリツカは、前から突っ込んで来るドリルの先を、両手で受け止めていた。
「ギャギャギャギャ~~~~~~~~っ」
手の皮が裂け血まみれになるのもお構いなしにドリルを鋭い鈎爪で無理矢理こじ開けると、内に潜む顔に火球をお見舞いしながら、四方八方から襲い来るモンスター達を尻尾で凪ぎ払う。
「ギャギャギャギャ~~~~~~っ」
それは、ドリルを変形させ、内に潜む頭部を押し潰す程の破壊力だった。
が、高速で回転するドリルを叩いた為、リツカの尻尾も切り裂かれ血まみれになっていた。
「くっ」
しかもモンスター達の攻撃は止まず、間断なく襲い来る敵を血まみれの爪や尻尾で叩き潰し続けていると、敵の舌が大地に横たわるミセリとアイリに巻き付いていた。
「ダメっ」
モンスターに引き寄せられる2人を慌てて抱きしめ、その身体に巻き付く舌を爪で裂き牙で噛み切る。
その一瞬の隙を突いて、周りにいた10頭以上のモンスター達が彼女に一斉に襲い掛かり、尻尾や四肢に噛みついていた。
“バキバキバキっ”
「あぁぁぁ~~~~~っ」
声にならない絶叫と共に、骨が噛み砕かれ筋肉繊維が千切れる音が響き渡る。
「くぅぅ」
あまりの激痛に意識が飛びそうになりながら、リツカは、自分の四肢を噛み千切ろうとしいるモンスター達に火球を吹き掛けると、
「う、うわぁぁぁ~~~~~~~~っ」
尻尾を思いっきり振ってそれに噛みつくモンスターを自分の前へと運び火球を浴びせ火だるまにしていた。
そんな彼女達の周りに、地中から新たなモンスターが次々に姿をあらわしていく。
「はぁ、はぁ、はぁ」
だが、リツカはもう立つことすら出来なかった。
手も脚も尻尾も噛み千切られた彼女は、ミセリとアイリの肩に二の腕を回して抱き寄せていた。
「ヘルに言われたんだ。この2人をお願いって・・・」
そこに、モンスター達が襲い掛かった。
リツカは最後の力を振り絞って火球を放ち、正面と左右、そして上下から襲い来るモンスターを焼き払った。
が、背後から飛び掛かってくるそれに気付いて振り返るより早く、彼女のうなじにモンスターが噛みついていた。
“グシュっ”
いや、噛みつく寸前でモンスターの首が切り落とされていた。
「リツカ様っ」
「リツカ様っ」
「リツカ様っ」
「・・・ミカヅキさん」
それは、ミカヅキとハヤテ。そして飛竜兵達だった。
彼女らはヘル達の警護のため洞窟近くまで一緒に来たのだが、薬草を探したいというミカヅキとミルフィーを飛竜兵達が案内して、洞窟から少し離れた場所にある薬草の生息地でキャンプをしていたのだ。
しかも、霊峰が陥没して超巨大な穴があくほどの大地震が起きた為、救助に来たくても揺れが収まるまで身動きが取れず、やっと駆け付けたのだった。
「ギャギャギャギャ~~~~~~~~~~っ」
仲間を殺されたモンスター達が次々に地中から姿をあらわし、辺り一面を埋め尽くしていく。
「バーニング・ノヴァ」
が、それをミカヅキが放つ神々しい光が蒸発させていく。
「ハヤテ、ミルフィー、みんな無事なの?」
ミカヅキはそう問いかけると、呪文を復唱し始めた。
「うん。ミセリとアイリは眠ってるだけ」
2人の元に駆け付けたミルフィーからはそう返ってきたが、
「でも、リツカ様が重傷、いえ、危篤です」
ハヤテから返って来たのは最悪の答えだった。
「くっ、ワケの分からないモンスター風情が好き勝手やってくれちゃって。くらえっ、バーニング・ノヴァっ」
その一撃で、穴の縁がマグマのように真っ赤に熔けながらモンスター達を巻き込んで崩壊していた。
「ミカヅキ、このままだとリツカ様が死にます。何とかできませんか?」
ハヤテにそう促されミカヅキはリツカの元に駆け寄ったが、その惨状に絶句していた。
「なにこれ?リツカの手と足と尻尾はどこ?それがないと、いくらクレアでもくっつけられないわよ」
「既に食べられてしまったようです」
「なんですって?」
狼狽する彼女に、1人の飛竜兵が話し掛けた。
「ミカヅキ殿」
「なに?」
「我々飛竜族は四肢や尻尾を失っても再生します」
「えっ!?マジで?」
「ですから、リツカ様の御身体も再生されるかもしれません」
「わかったわ」
ミカヅキが何やら呪文を唱え始めると、リツカの身体が暖かい光に包まれていた。
「これは?」
「時間停止呪文。リツカの時間を停めてるけど長くは続かない」
ミカヅキがそう話す間に、ミルフィーは彼女の隣で簡易の担架を組み立てていた。
「みんな、リツカを運んで」
「承知」
飛竜兵達はそれにリツカを寝かせると、それを“そっ”と持ち上げ、そのまま飛翔していた。
残りの兵士達がミセリとアイリ、そしてミルフィーを抱きかかえそれに続く。
ミカヅキとハヤテはモンスター達を攻撃し続け足止めをしていた。
「ハヤテ、ヘルはどこ?」
「さっきから捜しているのですが、どこにも見当たりません」
「えっ!?」
だが、そう話している間にも、2人の周りが地中からあらわれるモンスター達に埋め尽くされていく。
「囮の役割はもう十分果たしました。新たなモンスターがリツカ様達を襲うかもしれません。我々もここを離れて皆を追い掛けましょう」
「ヘルは?見殺しにするの?」
「ヘル様ならきっと御無事です。私達が今成すべきことは、リツカ様達を無事に安全圏までお連れすることです」
全方位から襲い掛かる彼らを振り切るようにジャンプしたハヤテは、自分目掛けて舌を伸ばしてくるモンスター目掛けて手裏剣を放ちながら、上空に待機していた巨大な凧に飛び乗っていた。
「ミカヅキさん、早く」
「くそっ。バーニング・ノヴァ」
ミカヅキの手から放たれた眩い閃光が、穴まるけにされた大地ごとモンスター達を飲み込んでいく。
ミカヅキはその爆風を追い風にして凧までジャンプしていた。
「ギャギャギャギャ~~~~~~っ」
獲物を取り逃がしたモンスター達が怨めしそうな声をあげる中、それと同じドリルのようなバケモノ達が、超巨大な穴から間断なく這い上がり地上を埋め尽くしていく。
(ヘル、死ぬなよ。君を殺すのはボクなんだから。ボク以外の相手に勝手に殺されるなんて絶対に許さない)
その様子を見ながらミカヅキは心の中でそう呟き、
「ヘル様、必ず助けにまいります」
ハヤテも秘めた決意をそう口にしていた。
2人はただヘルの無事を祈ることしか出来なかった。
次の日。
フェアデリア城の作戦会議室に悪魔族と飛竜族、そしてフェアデリアの精鋭が集結していた。
それだけではない。
その中には例の抜け道を使って駆けつけたシュバリエとクリス達、ガルダンシアの精鋭の姿もあったが、リツカは危篤なうえヘルは行方不明のまま、しかも飛竜国に突如として出現した超巨大な縦穴と、そこから姿をあらわした謎のモンスター達によって城の中は重苦しい空気に包まれていた。
「・・・リツカ様」
あの後リツカ達はフェアデリア城に運ばれ、クレアがすぐに治療を始めたのだが、なんの音沙汰もなく丸一日が過ぎていた。
「ダンテ殿、ヘル殿の命を危険に晒してしまい本当に申し訳ない」
飛竜王はダンテに深々と頭を下げ、
「頭をお上げください」
そんな彼の心情をおもんばかるように労いの言葉をかけていた。
だがそれは彼だけではなかった。
「ダンテ様っ」
「ダンテ様、わ、私・・・」
ミセリとアイリも自分達を責めるように泣き続けていた。
「2人とも少し休んでください。姉が帰ってきた時、貴女方はそんな顔で出迎えるつもりなのですか?」
そんな2人にそう言葉を掛けるダンテに、
「ダンテはあの穴とモンスターについて何か知ってるの?」
ミカヅキはタメ口だった。
“ガチャ”
その時、ノックもなしに扉が少し開いた。
皆が一斉にそちらを見ると、クレアが立っていた。
どれ程の治癒魔法を使ったのだろうか?
その頬は痩せこけ、目の下には隈が出来き、しかも、壁に掴まラなければ歩けないほど彼女は憔悴していて、今にも倒れそうだった。
「クレアさん。リツカ様は?」
だが、彼女からは何の言葉も返ってこなかった。
その、光を失ってしまったかのような表情に、皆は最悪の事態を覚悟した。
“ギギィ~~~っ”
その時、向こう側にいる誰かに押されて扉が全て開くと、そこに人が立っていた。
「!?」
全身をシーツでくるみそこに立つ少女を見た瞬間、皆思わず椅子から立ち上がっていた。
「・・・リツカ様」
そう、かなり痩せてはいたが、そこに居たのは間違いなくリツカだった。
しかも、床に立つ足も、小刻みに揺れる尻尾も、シーツの前を“ぎゅっ”と握りしめる手も全て元通りになっていた。
「リツカ様っ」
「リツカ様っ」
ミセリとアイリが泣きながら駆け出し、リツカを抱きしめたのをきっかけに、皆が一斉に彼女の元に駆け寄っていた。
「リツカ様、申し訳ありません」
「リツカ様ぁ、ごめんなさい」
「なぜ謝るの?ミセリ、アイリ、2人とも無事でよかった」
「「リツカ様~~~っ」」
3人が抱き合ったまま泣きじゃくる隣では、飛竜王がクレアの前膝を着き頭を下げていた。
「クレア殿、この恩は生涯忘れません」
「・・・そ、そんな、私の力ではありません。ミカヅキさんがヘル様の為に採集してきたヘスペリデスのリンゴの実と、マンドラゴラ。それにディオニソスの酒種、あとカラドリオスの卵から作ったポーションと、何よりリツカ様御自身の再生能力の賜物です」
そう謙遜する彼女に、
「そんなことはありません」
背後から声を掛けたのはメイド長だった。
彼女はリツカの側にいて、彼女を看病するクレアをずっと見ていた。
「クレア様は休憩もせず一睡もせず、リツカ様にずっと回復魔法を掛け続けておられました。いくらリツカ様に再生能力がおありになり、どんなに神がかりなポーションがあったとしても、リツカ様の御身体がそれについていけなければ助からなかったかもしれません。リツカ様が今ここにおられるのは、クレア様の御力があったからこそです」
「そ、そんなこと・・・」
クレアの言葉はそこで途切れていた。
メイド長にそう言われ緊張の糸が切れたのか、彼女は崩れ落ちるようにその場に倒れ、メイド長に抱きしめられていた。
「クレア様っ」
「クレア殿っ」
「クレアっ」
その場に居合わせた全員が彼女の元に駆け寄る。
そんな彼女を、メイド長が抱き上げていた。
「私が医務室までお運びいたします」
「お願いします」
そしてメイド長とクレアを見送り、振り返って部屋を見渡したリツカは父である飛竜王を見た。
「父様、あの巨大な穴は何なのですか?」
「リツカ様。それについては、私の話を聞いていただけますか?」
「ダンテ様、何か御存知なのですか?」
「私は昨夜飛竜王様とお話しをさせて頂き、飛竜国と悪魔国に似たような内容の伝承があることを知りました」
「伝承?」
「太古の昔、一部の神が天界に対して反乱を起こし戦争を仕掛けた。
だが戦いに破れて追放され、この星の地下深くへと堕ち、その者達はいつからか悪魔と呼ばれるようになったと・・・つまり我々の祖先は堕天使だと悪魔国では伝わっています」
それを聞いた飛竜国も、
「全く同じではないが、同様の伝承が飛竜国にもある」
そう追随していた。
「それは、どういうことですか?」
リツカだけでなく、その場に居合わせる全員が、今度は飛竜王の言葉に耳を傾ける。
「我が国に伝わる伝承では、反乱を起こした神のグループは2つあったとされている。飛竜国に堕ちた者達は特に危険な連中で、堕天使となって尚、神への復讐の炎を燃やし、その機会を虎視眈々《こしたんたん》と狙っていたと、・・・そこで天界は、彼らが下界に落ちた際に出来た穴、連中が巣食う巨大な縦穴にグングニルの槍を突き立てて塞ぎ、蓋をした。
つまり霊峰は、グングニルの槍の握り棒が年月と共に朽ち果てて残った矢じりの部分だと伝えられている・・・」
「それを誰かが吹き飛ばした為に蓋が無くなり、堕天使共が穴から出てきた。と言うワケですか?」
「伝承が正しければ」
「つまり彼らは、我々とは全く違う進化を遂げた悪魔族ということになります」
「ダンテ様、何故そう言いきれるのですか?」
余りに自信たっぷりにそう断言する彼に、ミセリがそう疑問を呈すると、
「証拠ならあります。皆様こちらへ」
彼はそう言って皆をベランダへと導いた。
するとそこには数人の悪魔族の兵士と、それらに囲まれるように転がるモンスターの死骸が横たわっていた。
それは、ヘルを奈落の底へと連れ去り、リツカを喰い殺そうとしたモンスターに間違いなかった。
「こ、これは?」
死骸にも関わらず、その禍々しい姿を見ただけでリツカは恐怖のあまり父の後ろに隠れていた。
「先程、私が穴に赴き捕らえてまいりました」
「だ、ダンテ様が自らですか?」
「ええ」
彼がそう言って指を“パチン”と鳴らすと、一体のモンスターが姿をあらわした。
その姿にミセリは見覚えがあった。
「あれは、アラストール」
そうそれは、かつてダンテがミセリに『悪魔をも殺す地獄の処刑人』と紹介した空飛ぶモンスターだった。
「ダンテ様、アラストールが何か?」
「アラストールと、あのモンスターを見比べてください」
そう言われ、皆気付いた。
「似てる」
そう、アラストールとモンスターの身体の構造は、翼足とドリルを除けばほぼ同じだったのだ。
「ダンテ様、これは一体?」
「元は同じ生物だった。ということです。我々の地獄には蓋がなかった。だからアラストールは飛べるように進化した。だが、彼らの地獄は蓋がされていた。だから地中を進むように進化した」
「ではあの穴の底にいるのは?」
「我々とは違う進化を遂げた悪魔族。あえて言うなら、『冥府族』とも呼べる者達です。そして、そのどこかで姉は必ず生きています。我々悪魔族は第一王女の救出に向かいます」
「ダンテ殿」
その時、飛竜王が彼の前に歩み出て、
「ヘル殿の救出に、我々飛竜族も連れて行っていただけないだろうか?」
そう頭を下げていた。
「飛竜王様」
「我らなら悪魔族の兵士達を穴の底まで運ぶことができる」
その提案に、
「それでは飛竜兵達の動きが鈍くなる。格好の的にされます」
ダンテはそう反対したが、
「ヘル殿は一度ならずニ度までも、その身を挺して我が娘の命を助けてくれた。その恩に報いたいのだ。私の我儘をどうか許して頂きたい」
彼はそう言って土下座していた。
「・・・父様」
その決意に、リツカは父を止める言葉を思い付かなかった。
すると隣のミセリも、
「ダンテ様。私も連れて行ってください」
そう言って飛竜王の隣で膝を着いていた。
「ミセリ殿」
「私には皆様のような鋭い牙も爪もありません。でも、いざとなればこの身を盾にしてヘル様をお守りすることはできます。どうかお願いします」
彼女もそう言って土下座していた。
「お姉ちゃん」
アイリもミセリを止めようとはしなかった。
彼女も同じ思いだったからだ。
「分かりました」
そんな2人の熱意に根負けしたように、ダンテはそう呟いていた。
「ダンテ殿」
「ありがとうございます」
次の日の早朝。
飛竜国の霊峰があった場所に開いた超巨大な穴を遥か下方に見下ろす雲の上に、人族、悪魔族、そして飛竜族の連合軍が集結していた。
そして、鎧に身を包んだ兵の中にはリツカの姿もあった。
「「「全軍、突撃っ」」」
ダンテと飛竜王、そしてミセリが声を揃えてそう叫んだのを合図に、全ての兵が穴に向かって一斉に降下を開始した。
〈つづく〉




