第30話・「えっ!?」
あれから1ヶ月が過ぎた。
が、ヘルはまだ眠り続けていた。
この1ヶ月の間、クレアがありとあらゆる回復魔法をかけ続け、人族も悪魔族も飛竜族も関係なく皆が必死になって文献をあさり、薬草を探し回って薬を作り、ヘルに飲ませていた。
が、彼女が目覚める気配は一行に無かった。
「・・・ヘル様」
皆、寝食も忘れて看病に当たっていたが、さすがに疲労の色が濃くなり、このままでは全員が倒れてしまうと判断したお妃の命令で交代で食事と睡眠をとるようにしていた。
そしてその日は、クレアがヘルの部屋にいた。
彼女は穴が開くほど読み漁った魔導書を片手に、ヘルに治癒魔法を施していた。
その時、“こんこん”とドアがノックされた。
そして、
「ただいま」
と入室してきたのはミカヅキだった。
「ミカヅキさん。1ヶ月も音信不通でどこに行ってたんですか?」
そう、彼女はヘルが意識を失った数日後に忽然と姿を消していたのだ。
「これを探してた」
「えっ!?」
そう言って籠を差し出した彼女の指や腕は包帯まるけだった。
いや、それだけではなかった。
マントに隠れてよく見えなかったのだが、彼女の全身が包帯や絆創膏まるけだったのだ。
「どうしたんですか?その傷」
「いいから、これ」
そう言われ、受け取った籠の中身を見たクレアは驚愕のあまり声を失っていた。
「こ、これは、東の浮遊大陸にしか生えていないヘスペリデスの黄金のリンゴの実。
こっちは極北の海に住むというディオソニスの酒種。
西の霊峰の山頂近くにしか生えていないマンドラゴラ。
それに南の大陸の果てに生息するカラドリオスの卵。
どれもこれも命を甦らせるものばかり。ミカヅキさん、まさかこれを1人で集めたんですか?」
「まあね。それでヘルの様子は?」
「まだ、眠り続けています」
「そっか。じゃあ、これ、役に立ちそう?」
「はい。はい。ありがとうございます」
クレアはミカヅキの手を握り、涙ながらにそうお礼を言うと、籠を担いで部屋を出ていった。
結果部屋は、ヘルとミカヅキの2人きりになっていた。
いや、なってしまっていた。
すると彼女は、ヘルの枕元に置かれた花瓶の花と水を窓から捨て、懐から中身の詰まった幾つかの小瓶を取り出していた。
そして、それぞれに張られた手書きのラベルを見ながら、
「まずヨーウィの鱗の粉末、次にムシュフシュの毒爪の粉末、ペルーダの爪の粉末にコカトリスの卵の黄身、そしてシュロブの毒針の粉末・・・」
そう言いながら小瓶の中身を次々に花瓶の中に入れ、
「そこにバジリスクとヒュドラの血を注いでよく掻き混ぜる」
すると、花瓶から毒々しい煙りが立ち込めていた。
「出来た。神をも、いや、ゾンビさえも殺す最強の猛毒。これぞまさにポイズン界のキング・オブ・キングス」
そう、ミカヅキはまだヘルの暗殺を諦めてはいなかった。
武器大臣が死んだことでミルフィーへの依頼は消滅したが、ヘルに掛けられた賞金の対価がギルドに納められていなかった為、彼が死んでもヘルはまだ賞金首のままだったのだ。
意識のないヘルなら爆炎魔法でも殺せそうだが、もし1発で殺せなかったらお城が大騒ぎになり、暗殺に成功しても失敗しても脱出が難しくなる。
ならば毒を使って確実に殺して首を跳ね持ち帰ったほうがいいに決まっている。
そう考えた彼女は、この1ヶ月の間、ヘルを目覚めさせる薬の原料を探すフリをしながら、毒薬の材料を集めていたのだ。
何故毒と並行して彼女を目覚めさせる薬の原料も集めていたかといえば、お城に戻った時に言い訳ができるし、クレアを薬作りに集中させヘルから遠ざけることもできる。何より皆からの信頼が得られてヘルと2人きりになれるチャンスを増やせると考えたからだった。
彼女は花瓶を持つと“すぅ、すぅ”と可愛らしい寝息を立てるヘルの口を開け、そのまま毒を流し込んでいた。
その時“ガチャ”とドアが開けられていた。
(!?)
毒を飲ませたところを見られたら元も子もない。
ミカヅキがベッドの下に滑り込むように隠れた。
その瞬間、
「かっら~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ」
ヘルはそう叫んで飛び起きていた。
「かっらぁ!!ぺっ、ぺっ。なにこれ?辛い。辛すぎる!!デスソースの何百倍の辛さだよ!!死ぬわ!!いや、死んでも生き返るレベルだわ。てか、誰だよこんなの口に入れたの?殺す気かっ!?ぺっっ、ぺっっ」
「へ、ヘル様!?」
「えっ!?」
その聞き覚えのある声のする方を見ると、ドアの所にシュバリエとクリスが呆然と立ち尽くしていた。
そして、彼女自身も自分が置かれた状況が理解できず辺りを“きょろきょろ”見渡していた。
「えっ!?あれ?私、確かリツカを助けようとしてたはずなのに、なんで自分の部屋にいるの?」
「クリス、皆を呼んで来てくれ」
「はい」
クリスがそう返事をして部屋を飛び出して行くと、シュバリエはゆっくりとヘルに近付いてきた。
「ヘル様、ゆっくりと腰を下ろしてください」
「えっ!?」
そう言われ、ツカサは自分がパジャマ姿でベッドの上に仁王立ちで立っていることに初めて気付き、慌てて腰を下ろし〝ちょこん″と正座していた。
「あ、あのシュバリエ様、どうしてここに?」
「ヘル様のお見舞いに。それより私からとても大切な話があります。落ち着いて聞いて下さい」
そう神妙な面持ちで話し始めた彼に、
(えっ!?こんな真剣な顔でとても大切な話しって何?も、もしかしてプロポーズ?えっ!?えぇっ?どうしよう?・・・)
「あなたは飛竜姫様を庇って神器の雷を受け、1ヶ月もの間眠り続けていたのですよ」
「待って下さい。まだ心の準備が・・・えっ!?寝てた?・・・1ヶ月も?マジで?」
「はい」
するとヘルは、突然顔を耳まで真っ赤に染めて恥ずかしそうに“もじもじ”し始めた。
「そ、それで、あの、その、シュバリエ様」
「なんでしょう?」
「わ、私を目覚めのキスで起こして下さったのは、その、シュバリエ様とクリス様のどちらですか?」
「えっ!?いえ。この部屋のドアを開けたのと同時にヘル様が何やら妖しげな叫び声をあげて目覚められたので、私共は何もしてませんが?」
その瞬間、ヘルは“がくっ”とベッドに倒れ込んでいた。
「へ、ヘル様!?」
シュバリエは突然意識を失ったかのように倒れたヘルの元に慌てて駆け寄ると、彼女を抱き起こしていた。
「大丈夫ですか?」
そう言って心配そうに顔を見つめていた。
「シュバリエ様。私、意識がありません」
「えっ!?」
鳩が豆鉄砲をくらったような、驚きの声をあげる彼に、
「眠れる森の、じゃない。眠れるお城の悪魔姫を目覚めさせれるのは王子様のキスだけです。ですから、目覚めのキスをしてください」
そう言って、タコみたいに尖らせた唇を突き出していた。
「さぁ、早く」
“バァンっ”
その時、ドアが壊れんばかりの勢いで開けられ、2人がそちらを見ると、ミセリやアイリやリツカ。それにイオリやサクラ達、そしてクレアやメイド長以下メイド達が立っていた。
彼女達の髪は“ボサボサ”で、真っ赤に泣き腫らした目の下には隈ができ、頬も痩けていた。
「へ、ヘル様っ」
ミセリが彼女の名を叫んで駆け出すと、堰を切ったように皆も駆け出し、ベッドの上のヘルに抱きついて号泣していた。
「ヘル様~~~っ」
「ヘル様~~~っ」
「ヘル様~~~っ」
「ヘルぅ」
「・・・みんな、心配かけてごめん」
「ヘル~~っ、ごめんなさい、ごめんなさい」
そんな中、リツカは彼女の胸に顔を埋めて大泣きしながらそう謝り続けていた。
「なんでリツカが謝るの?」
ヘルは、そんな彼女の頭を優しく撫でながらそう訊ねた。
「だって、私のせいでヘルがこんな目に・・・」
「なに言ってるの?悪いのは武器大臣でリツカのせいじゃないでしょ?」
「でも・・・」
「ヘル」
「ヘル」
その時、自分の名を呼ぶ聞き慣れた声に顔を上げた彼女は、
「お父様?、お母様!?なんでここにいるの!?」
そう驚きの声をあげていた。
そこに立っていたのはヘルの両親。つまりは悪魔国の王と妃だった。
驚きを隠せない彼女に、
「なんでって、姉さんのお見舞いに決まってるじゃないか」
そう答えたのはダンテだった。
「えっ!?そんな理由で?」
「なに言ってるの?娘の一大事に親が駆けつけるのは当たり前のことでしょ?」
「・・・お母様。ありがとうございます」
娘にそうお礼を言われ、母は“ほっ”とした様子だった。
だがルシファーは、
(ヘル、なんで?どうしてお父様には『ありがとう』がないの?)
そう心の中で突っ込んでいた。
するとリツカが思いを溢れさせるように、
「・・・ヘル教えて?どうして私を庇ったの?」
ヘルにそう訊ねた。
「えっ!?だって、あのままだとリツカが死んじゃうって思ったから・・・」
「自分が死ぬかもしれないのに?」
「私って頭より先に身体が動いちゃうから」
そう言って“にこっ”と微笑む彼女に、
「ヘルぅ」
リツカはまた抱きつき泣いていた。
「・・・」
そんな彼女の頭を優しく撫でていると、
「ヘル殿」
背筋の凍るような声に呼び掛けられ顔を上げると、視線の先に飛竜王が立っていた。
「ひ、飛竜王様!?」
まさか彼がここにいるなどとは夢にも思っていなかったツカサが、
「ひ、飛竜王様、大切なお嬢様を危険な目に会わせてしまって申し訳ありません。お気持ちは分かりますが、苦情がある時は直接来店なさらず、まずはカスタマーセンターに電話するかメールで・・・」
そう言い終わるより早く、彼は片膝を着きヘルに頭を下げていた。
「ひ、飛竜王様!?」
「ヘル殿。娘の命を救っていただきかたじけない。飛竜王としてではなく父親として礼を言わせてほしい」
「えっ!?」
まさか頭を下げられるとは夢にも思っていなかったツカサは戸惑いを隠せない様子で、
「あ、あの、その、わ、私は当たり前のことをしただけで、・・・だ、だから頭を上げてください」
そう返すので精一杯の彼女に、
「聞いてヘル。わ、私、ここで暮らしたい」
と、リツカが打ち明けていた。
「えっ!?」
「だめ?」
「だめじゃない。私も皆もリツカと一緒に暮らしたいけど、それには解決しないといけない問題が山のようにあって・・・」
そう口ごもる彼女に、
「ヘル、それならもう大丈夫よ」
と、お妃が優しく語りかけていた。
「えっ!?」
「飛竜国と悪魔国、そしてガルダンシアと我がフェアデリアの4か国は同盟を結んだの。同盟国になったのよ」
「は!?」
「もう調印式も済ませたわ」
「はやっ!!」
「これも全てヘルのおかげよ。ありがとう」
そうお妃様にお礼を言われ、
「そ、そんな、私、ずっと寝てただけで何もしてません」
と、全く身に覚えのない話に彼女は困り顔で返したが、
「いいえ。あなたが私達の間にあった『くだらない壁』を取り払ってくれたおかげよ。全ての国民に代わってお礼を言わせて」
が、いきなりそんな事を言われても、当然のことながら彼女には何のことかさっぱり分からず戸惑うばかりだった。
それに、今お妃が話したことが事実なら、リツカはもうフェアデリアに住めるはずなのに、何故自分にそう訊ねるのかも分からない。
そんな彼女にお妃が、
「ヘル。リツカ様はあなたから直接許可が欲しいとおっしゃってるの」
そう伝えていた。
「私の?」
「ええ。あなたは必ず目を覚ますから。だからそれまで待ち続けるっておっしゃって、ずっと待ってたのよ」
「そ、そうなの?」
「うん。ヘル、いい?」
「もちろんよ。待たせてごめんなさい」
「ヘルぅ~~~~っ」
リツカは、ヘルに抱きついたまま泣きじゃくっていた。
そして、まるで糸が切れた操り人形のようにヘルに“ぐったり”ともたれ掛かっっていた。
「どうしたの?」
その様子に、慌てて声をかけると、リツカは“すぅ、すぅ”と可愛いらしい寝息を立てていた。
しかもそれは彼女だけではなかった。
ミセリもアイリもクレアもサクラのイオリも、まるで緊張の糸が切れたかのように、ベッドの上でヘルに抱きついたまま爆睡していた。
「みんな、心配かけてごめん」
そんな彼女達の頭を優しく撫でていると、
「ヘル殿、娘をお願いします」
飛竜王はそう言って彼女に再び頭をさげていた。
「あ、あの、飛竜王様」
そんな彼にツカサは声を掛けたが、
「なにか?」
そう返されただけで二の句が継げなくなってしまっていた。
彼女にはどうしても訊ねたいことがあった。
が、それはあまりにデリケートな質問だった。
その時、飛竜王が口を開いた。
「我々飛竜族が人を襲い食べるのではないかと心配ですか?」
「えぇっ!?・・・えっと、ごめんなさい。その通りです」
心配する気持ちが顔に出ていたのだろう。
ズバリ言い当てられてしまった気まずさに、ヘルは顔を真っ赤にしてうつむいてしまっていた。
「それなら大丈夫だよ姉さん。飛竜族もボクたち悪魔族も、もう人は食べない。代わりの食材を見つけたんだ」
「代わり??」
「獣人と巨獣だよ」
「えぇっ!?」
ダンテの口から飛び出した思いもよらぬ答えに、ツカサは飛び上がらんばかりに驚き、皆を起こしてはいけないと慌てて口を塞いでいた。
「獣人と巨獣!?」
「うん。熊避けの実の花達があんまり美味しそうに食べてるから、試しに食べてみたら美味しくて。ね、飛竜王様」
ダンテがそう同意を求めると、
「ああ、巨獣は力だけなら我々よりも強く、鋭い牙や爪を持ってる。
獣人はそれに加えて頭もよくサラマンダーを飼い慣らしているから手強い。
場合によっては逆に我々が狩られる危険もある。
が、だからこそ狩り甲斐がある」
そう、興奮気味に話す2人に、
「は、はぁ?」
ツカサはその会話についていけず、只相槌を打つことしかできないでいたが、ある事に気付いた。
「えっ!?でもそれって、悪魔族や飛竜族の人達が観光というか狩猟目的でフェアデリアに大挙して押し寄せることにならない?」
そんな、ふと思い付いた疑問を口にすると、
「さすが姉さん。実はそうなりかけたんだ」
ダンテがそう返していた。
「えっ!?なりかけた?」
「実はね、いつの間にか悪魔国と飛竜国とフェアデリアに旅行会社を設立した人がいて」
「えっ!?誰?」
「元法相だよ」
「ええっ!?元法相が!?どういうこと?」
突然飛び出したまさかの名前に、ツカサは驚きを隠せない。
「ボクらもよく分からないんだけど。気がついたら飛竜国と悪魔国とフェアデリアに旅行会社が設立されてて、その会社が両国からの巨獣と獣人狩りツアー事業を独占して大儲けしてるんだ」
「そ、それって独禁法に引っ掛からない?」
「まさかこんな形で悪魔族と飛竜族と人族からお金を巻き上げる人があらわれるなんて夢にも思わなかったよ。お金の為なら手段を選ばない姿勢はさすがだって父上も感心してて・・・」
「それって褒めてるの?貶してるの?」
その、元法相の情け容赦ない銭ゲバぶりに呆れ返るヘルの声を、ミカヅキは死にもの狂いで気配を消しながらベッドの下に隠れて聞いていた。
この状況で悪魔王子や飛竜王に見つかり、身体検査でもされて毒の痕跡が残る小瓶を見つけられたら、状況からしてヘルかリツカを殺そうとしていたと疑われ死刑にされるのはほぼ間違いなかったからだ。
しかも、1ヶ月もかけた命がけの苦労が全て水の泡になってしまったという事実に、ミカヅキは心がブチ折れそうになっていた。
(まさか殺す為に調合した毒が彼女を目覚めさせるなんて・・・)
あまりの悔しさに、彼女は声を漏らさぬようハンカチを噛み、歯ぎしりしながら泣き続けていた。
〈つづく〉




