第29話・「あぶないっ」
「ミセリ隊長」
名前を呼ばれ振り返ると、小屋の入り口でハヤテが膝を着き頭を下げていた。
するとミセリは慌てて平静を装い、
「な、何事か?」
そう聞き返していた。
「急ぎ見張り塔までお越しください」
「わかった」
『見張り塔』。その言葉だけで全てを察したミセリは、彼女に続いてその場を離れると、そのまま城の中を駆け抜け、見張り塔の螺旋階段を一気に駆け上がっていた。
すると見張り台に、漆黒の鎧に身を包むダンテが立っていた。
「ダンテ様?」
「お待ちしておりました。ミセリ殿。あれを見てください」
そう促され、彼が指差す方を見ると、数え切れない程の飛竜が空を埋め尽くすようにこちらに近付いて来るのが見えた。
「ひ、飛竜兵!!」
「ええ、フェアデリアを滅ぼすつもりのようですね」
氷のような眼差しで、空を埋め尽くそうとしている群れを見つめるダンテとは対照的に、
「くっ、数が違い過ぎる」
あまりに圧倒的な物量差を目の当たりにし、その絶望的な状況にミセリは思わず唇を噛んでいだ。
「ミセリ殿、ここは私に任せて下がっていてください」
だが、そんな彼女に悪魔王子は優しく微笑んでいた。
「ダンテ様。まさか、たった1人であの軍勢に立ち向かうつもりなのですか?」
「1人?いえ、私は1人ではありませんよ」
「えっ!?」
そう言われ辺りを見渡すと、鎧のような外殻に覆われた巨大なダンゴムシに翼足が付いたような禍々しいモンスターが羽根を振動させてお城の上を覆い尽くすように浮いていたのだ。
「こ、これは?」
「アラストールです。悪魔を殺す地獄の処刑屋と呼ばれています」
「アラストール、これが?」
その、あまりの禍々しさと数に圧倒され、ミセリは言葉を失っていた。
「はい。フェアデリアは同盟国です。そこに何の通告も無しに大軍を進めるなど、我が悪魔国に宣戦布告をしたも同じですからね」
彼の言葉使いはいつも通り丁寧で、その表情も穏やかだった。
が、だからこそ、ミセリは底知れぬ恐怖を感じていた。
「どうなさるおつもりなのですか?」
「まずは真実をお話します。それをどう受け止め行動するかは飛竜国が決めること」
「もし、もしそれでも飛竜国が攻めてきたら、どうされますか?」
「まずは目の前にいる軍勢を皆殺しにし、そのまま飛竜国に攻め込んで一匹残らず食用肉にして差し上げますよ」
「ダンテ様」
そして、飛竜の軍団と悪魔の軍団がフェアデリアの城壁を挟んで対峙した。
「まずい。このままだとフェアデリアが戦場になる」
「隊長っ、あ、あれを見てください」
その時、そう叫んだ近衛の指が差す方を見ると、
城壁の上に何かが置かれていた。
「!?」
日の光を反射してキラキラ輝く、そのあまりの眩さにそれが何かすぐには分からなかった。
だが、しばらくして目が慣れてくると、その光景にミセリは言葉を失っていた。
それは、贅沢な装飾が施された純金製の大きなテーブルだった。
しかもそこには、やはり純金製の椅子が3騎置かれ、それぞれの前にティカップが、そしてティポットやお菓子など、午後の紅茶を楽しむ為の準備が用意されていた。
そして、その椅子の一つお妃が座っていた。
「お、お妃様?お妃様がどうしてあんな所に?」
ミセリがそう驚いていると、2人の前にハヤテがあらわれた。
「ダンテ様。お妃様からの伝言がございます」
彼女はそう言って、ダンテの前に片膝を着いていた。
「なんでしょうか?」
「『これよりお茶会を開催いたします。是非ご参加ください』とのことです」
「お茶会を?」
「は!?お茶会?こんな時に何を?」
そう戸惑いを隠せないミセリを尻目に、
「分かりました。すぐに伺いますとお妃様にお伝えください」
ダンテはそう答えると、背中から翼を広げて飛翔し、お妃の下座に着地していた。
しかも、彼が着ていた鎧が溶けるように波打ち、スーツへとその姿を変えていた。
「お妃様。本日はわざわざお招き頂きありがとうございます」
その頃、飛竜王の元にメイド長があらわれていた。
「飛竜王。突然の無礼をお許し下さい。妃の使いの者でございます」
彼女はそう言って、深々と頭を下げていた。
「悪魔がヒトの使い走りをするなど、恥ずかしくないのか?」
飛竜王の側近らしき男がそう声を荒げたが、
「そちらこそ、お妃への侮辱は我が主への侮辱、つまりは我々悪魔族に対する侮辱と受け取るが、それでもよろしいか?」
メイド長にそう言って睨み返され、側近は口をつぐんでいた。
「非礼を詫びよう」
それは飛竜王だった。
彼がそう言って頭を下げると、
「お、お頭!!」
配下の者達から動揺の声が漏れたが、彼はそれに構わず、
「それで、お妃からの用件は?」
そう聞き返していた。
「これよりお茶会をいたします。飛竜王様にもご参加いただきますようお願い致します」
「わかった。慎んでお受けすると伝えてくれ」
そう答えた王に、
「正気ですかお頭?」
「こんなの罠に決まってる。相手は悪魔族と人共ですよ」
「むざむざ殺されにいくようなもんです。やめてください」
側近達は口々にそう忠信したが、
「お前ら、オレが戻って来るまでここを動くな」
飛竜王はそう言い残すと背中の翼を広げ、お妃とダンテが待つテーブルまで飛んでいき、2人もそんな王を起立し頭を下げて迎えていた。
そして3人は同じテーブルにつくと、
「今日は私の招きに応えて頂き、心より感謝いたします」
お妃はそう言って、2人に向かい深々と頭を下げていた。
すると、
「我が国の霊峰を跡形もなく吹き飛ばした犯人と、娘を返せ」
一番に口を開いたのは飛竜王だった。
「霊峰を吹き飛ばした爆炎魔法がフェアデリアから放たれたのは分かっている。その者と、我が娘リツカを無事に引き渡せ。さもなくばフェアデリアを焼き払う。悪魔王子、邪魔をするな。すれば貴様も殺す」
「残念ですが飛竜王、あなたの国の霊峰を吹き飛ばしたのは我が国の者ではありません」
「なに?」
そう言うお妃を飛竜王は睨み返したが、彼女も視線を逸らさず、飛竜王の目をまっすぐ見つめていた。
「確かにあの魔法はフェアデリアの国内から放たれました。それは認めましょう。ですが、それを行ったのは我が国の者ではありません」
「どういうことだ?」
「おそらく、どこかの国の策謀でしょう」
飛竜王の疑問に答えたのはダンテだった。
「策謀?」
「飛竜王、貴公も分かっておられるはずだ。
我々が戦えば地上が地獄となることを。
その者は、飛竜国と悪魔国を、フェアデリアという第3国で戦わせることで、自国は無傷のまま、我々の国力と兵力を削ぎ、人口を減少させ、弱体化、いや、あわよくば同士討ちで滅亡させようとしている。飛竜王、これは罠です。絶対に乗ってはいけません」
それは、お妃とダンテの紛れもない本心だった。
霊峰が跡形もなく吹き飛ばされたのが昨日の夕方で、しかも肝心のミカヅキはフードを深く被っていたためその素顔を見た者がおらず、ヘルについてもリンゴ飴を試食してもらったという屋台の店主や、木から落ちそうになってたお兄ちゃんを助けてもらったという幼女の証言以外の情報も得られず、一体何が起きたのかが誰にも分かっていなかったのだ。
「策謀だと?そこまで言うのであれは、策謀だという証拠はあるのだろうな?」
そう凄む飛竜王に、
「おそらくはその者が、あなたのお嬢様を襲撃し、この国に逃げるように誘導したのがその証拠です」
ダンテにそう言われ、飛竜王の表情が一変した。
「やはり娘はここにいるのだな?娘はどこだ?もし娘に何かあったら、貴様ら全員ただではおかぬぞ」
そう怒りにうち震える王に、
「飛竜王、私がお嬢様のところまでご案内いたしましょう」
そう言って、お妃は立ち上がり歩き始めた。
ダンテが彼女に続くと、飛竜王は苛立ちを隠せぬ様子でその後ろを歩き始めた。
そして城壁の上を歩く一行が、お城の裏側にたどり着くと、どこからか女の子達の笑い声が聞こえてきた。
「飛竜姫様はあちらです」
お妃の目線に導かれるように、城壁の上から城裏の庭を見ると、そこには数名の女の子がいて、その中にリツカの姿があった。
「・・・リツカ」
そこに居たのはリツカとヘル。そしてサクラとメアリの4人だった。
ヘル達3人は、リツカに教わりながら花の王冠作りに挑戦していた。
3人は途中で躓くと遠慮なくリツカに助けを求め、彼女も、初めこそ戸惑い気味だったがそれに応え、手取り足取り教えていた。
そして、
「「「できたぁ~~~っ」」」
3人は、それぞれが完成させた王冠を高々と頭上に掲げていた。
が、やはりと言うか初めて作るので加減が分からなかったらしく、サクラとメアリが作った王冠は首飾りぐらいの大きさだった。
「あ、あの、リツカお姉ちゃん」
「えっ!?」
メアリの発したその一言に、リツカは固まっていた。
「あ、あの、これ、リツカお姉ちゃんにプレゼントしたいの?いい?」
「え!?えっ!それって、どういうこと?」
そう戸惑うリツカに、
「王冠の作り方を教えてもらえた感謝の気持ち。だめ?」
サクラもそう言っていた。
2人にとっても飛竜族はトラウマになるぐらい恐ろしい存在だった。
実際、リツカの容姿がトカゲみたいだったら近付くことさえ出来なかっただろう。
だが、彼女の容姿がヘルと同じでほぼ人であったことと、冠の作り方を優しく丁寧に教えてくれたこと、何よりヘルから友達と紹介されたことで、2人は彼女を受け入れていた。
「で、でも私・・・」
リツカはそう言いながらヘルの方を“ちらっ”と見たが、彼女に笑顔で促され、
「・・・あ、ありがとう」
そう言って頭を下げる彼女の首に、2人は首飾りを掛けると、そのままリツカに抱きついていた。
「ううん。それを言うのは私達だよ」
「ありがとう。リツカお姉ちゃん」
「そ、そんな、お礼なんて・・・」
そう戸惑うリツカに、
「ううん。ありがとうリツカ」
ヘルもお礼を伝えながら、彼女の頭に完成させたばかりの花冠を乗せていた。
「ヘル」
「これは私からの気持ち」
「!?」
その瞬間、まだ幼かった頃に手作りの花冠を母が頭に乗せてくれた記憶が出し抜けに甦り、リツカは、感極まったかのように泣き出してしまった。
「ど、どうしたの?」
ツカサが彼女の手を握ると、リツカはヘルに抱きついて号泣していた。
「ヘル。私、本当は分かってるの」
「・・・」
「確かに母様は人族に殺されたけど、人族が悪い人ばかりじゃないって。
・・・だって、だって、母様も人族だったんだから。でも、でも・・・」
そう泣き続ける彼女を、ヘルは“ぎゅっ”と抱きしめ続けていた。
「リツカ、思いっきり泣いていいよ」
「えっ?」
その言葉に思わずヘルの顔を見たリツカの頬を伝う涙をゆびで拭いながら、
「私が、ううん。私達がついてるから大丈夫」
そう優しく微笑みかける。
「・・・うん」
その笑顔に、思わず頬を赤らめながら頷いた瞬間、彼女の頭に乗せられていた花冠が“ぽろり”と落ちて“くにゃ”と崩れてしまっていた。
「あっ!?」
「ヘル。もうちょっと上手く作れなかったの?」
落ちた花冠を見てメアリが思わずそう言ってしまうほど、それは下手な出来だった。
「いや、あの、私、昔からこういうのが苦手で・・・」
そう恥ずかしそうに、顔を耳まで真っ赤に染めるヘルに、
「ヘルお姉ちゃんはそれでいいと思うよ」
と、サクラが話し掛けていた。
「そ、そお!?」
「だって、花で王冠を作るのが上手な悪魔がいたら変でしょ?」
「えっ!?」
「ぷっ」
それを聞いた瞬間、リツカは思わず吹き出していた。
「どうしたの?」
ヘルは思わずそう訊ねたが、
「ご、ごめんなさい。でも、可笑しくって」
彼女は大粒の涙を溢しながら笑い続けていた。
「・・・」
その様子を、飛竜王は城壁の上から見つめていた。
「いかがなされましたか?」
お妃にそう訊ねられ、
「娘の笑顔を10年振りに見ました」
彼は呆然としながらそう返していた。
「ヘル様~~~っ。みんな~っ。お待たせしました」
するとそこに、大きなバスケットを持ったアイリとミセリが姿をあらわした。
「も~、お姉ちゃん達遅い。お腹ぺこぺこだよ」
「ごめんごめん」
「すぐに準備するから待ってて」
2人はそう言って大きなシートを広げると、その中心にバスケットを置いた。
そして、その中から姿をあらわしたのは焼きたてのリンゴパイだった。
何故パイを作り直したのか?
実は、先程のパイは、カエデとリツカの騒動の間に、放牧されていた馬達に食べられてしまっていたのだ。
シートの真ん中て、自分達をぐるりと囲むようにミセリがお皿とグラスを並べ、アイリがリンゴパイを切るのをヘル達は、特にリツカは興味津々の様子で見つめていた。
「これ、なに?」
その、あまりに美味しそうな香りに、リツカが唾を飲み込みながら訊ねる。
「リンゴパイよ」
「リンゴパイ?」
「もしかして、食べるの初めて?」
「はい」
そんな彼女の目の前で、アイリはパイを8等分に切り分けていた。
「お姉ちゃん、なんで6人しかいないのに8つに切るの?」
「2つは毒味用よ。私とお姉ちゃんで毒味するの」
だが、メアリからの問い掛けにアイリがそう答え終えるより早く、ヘルはパイの1つを摘まみ上げると、それをヘビのように大きく広げた口の中に丸ごと入れていた。
「へ、ヘル様っ!!」
「ヘル様っ」
それを見たミセリとアイリが慌てて声を掛けたが、彼女はそのまま“ごくん”と丸飲みにしていた。
「へ、ヘル様、何をしてるんですか?まだ毒味前ですよ」
「ヘル様。何度言えば分かって頂けるのですか?お皿とフォークを使ってください」
そして、ミセリとアイリにメチャクチャ叱られていた。
「ご、ごめんなさい。あんまり美味しそうだったら我慢できなくて、つい」
そう申し訳なさそうに謝るヘルの隣でリツカが、恐る恐る摘まみ上げたリンゴパイを、ヘルの真似をして丸ごと口に入れ“ごくん”と飲み込もうとして喉に詰まらせていた。
「んぐぅ」
「ばかっ!!」
それに気付いたツカサが力任せに彼女背中を叩くと、リツカはパイを吐き出していた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
肩で苦しそうに息をするリツカに、
「こ、これ、飲んでください」
アイリがグラスを差し出すと、彼女はそれを受け取ると一気に飲み干していた。
「大丈夫?」
「はぁ、はぁ、はい」
そんな彼女の背中をさすりながら、
「なんであんなバカなことをしたの?」
そう怒るヘルに、
「えっ!?だって、パイってこうやって食べるものではないんですか?」
と、リツカが“きょとん”とした表情でそう聞き返すと、皆が“ジロっ”とヘルを見ていた。
「ご、ごめんなさい」
対するツカサは、平身低頭でそう謝るしかなかった。
するとアイリが、
「リツカ様、こんな人はほっといて。リンゴパイを食べる時はお皿に乗せられたものをフォークを使って食べるのです」
と、パイを1つお皿に乗せ、フォークを使って切り分けて食べて見せた。
「フォーク?そのような物は使ったことがありません」
そう戸惑う彼女に、
「それなら、先程のように手で持って、一口ずつ食べるのもいいですよ」
今度はミセリが、実際に食べて見せながらそうアドバイスしていた。
「2人共ありがとうございます。あ、あの・・・」
するとリツカは、嬉しそうに、けれどちょっぴり恥ずかしそうに、グラスを手にしていた。
「さっき飲ませていただいたのって・・・」
「リンゴジュースよ、私が作ったの」
そう言うアイリに、
「あなたが作られたんですか?とても美味しかったです」
そう嬉しそうに微笑むリツカに、
「あ、ありがとうございます」
と、アイリも喜びを隠せない。
「はい。あ、あの、おかわりしてもいいですか?」
「もちろんです。たくさんあるから何杯でもおかわりしてください」
「はい」
そう言って、ジュースをグラスに注いでもらいながら、リツカは再び涙ぐんでいた。
「どうしたの?」
そんな彼女にヘルが話し掛けた。
「私、嬉しくて」
「嬉しい?」
「はい。こんな風にたくさんの人と一緒にお話ししながらお食事をするなんて10年振りです」
「えぇっ!?」
それを聞いて皆が驚きの声を上げる中、サクラとメアリがリツカの手を“ぎゅっ”と握っていた。
「リツカお姉ちゃん、次のお休みに皆でピクニックに行こう」
「えっ!?」
「だめ?」
「ううん。すごく嬉しい。ありがとう。で、でも、・・・きっと父様が私を連れ戻しにくるから・・・」
そんな彼女を、ヘルは再び抱きしめていた。
「大丈夫。私が父様に掛け合ってあげる」
「えっ!?」
その瞬間、時間が止まった。
「だから、私が飛竜国に行って、リツカが私達とピクニックに行けるように、あなたの父様にお願いするから大丈夫」
「ほ、ホントに?」
「うん」
そう、期待と不安に満ちた顔でヘルを見つめるリツカとは対照的に、
「ま、待ってくださいヘル様!!ご自分が何をおっしゃってるのか分かってますか?」
と、ミセリが、そしてアイリも、
「飛竜王に直談判しに行く?死ぬおつもりですか?お止めください」
そう言って止めていた。
「だ、ダメかな?」
「当たり前です。殺されますよ」
そう必死に訴えるミセリに、
「そうですヘル様。止めてください」
アイリも涙ながらに追随する。
が、腕の中で震えるリツカを抱きしめながらツカサは、
「でも、それができるのは悪魔姫の私しかいないから。うん、大丈夫。事前にアポを取って、名刺と菓子折りを持って行って、誠心誠意話せばきっと分かってもらえるから」
そう力説していた。
「そ、そうなんですか?」
「うん、まかせて」
ヘルはそう言って、胸を“どん”と叩いた。
その時“ぶわっ”と一陣の風が舞い、なにかが皆の前に降り立っていた。
「えっ!?」
するとそこに、傷まるけの鎧に身を包んだ1人の飛竜人がいた。
「・・・と、父様!?」
声にならない声でリツカがそう叫んだ瞬間、その場に居合わせた全員の時間が止まった。
「えっ!?えぇっ?は?ひ、飛竜王~~~っ!!?」
ツカサが我に帰ってそう叫んだ瞬間、その場にいた全員がヘルの後ろに隠れていた。
いや、ミセリだけは隠れた振りをして、バスケットの奥に隠してある2振りの短刀を握っていた。
そう、彼女はアイリと合流し裏庭に来たのは、ヘルやリツカ達を守るようお妃とダンテに頼まれたからだった。
そして、短刀をバスケットから出さないのは、先にそれを構えることで飛竜王から宣戦布告と受け取られないよう、絶対にこちらから先に構えてはいけないとダンテから言われていたからだった。
「ひ、飛竜王様!!」
「何か?」
その、肉食恐竜のような冷徹な眼差しに睨みつけられ、恐怖に震えながらツカサは何とか口を開いた。
だが、その声は完全に裏返っていた。
「え、えっと、あ、あの、その、ほ、本日はお日柄もよく、て、天候にも恵まれ・・・」
「リツカ」
しどろもどろのヘルの言葉を遮るように、王は娘に話し掛けた。
「お前はどうしたい?」
「えっ!?」
「お前の気持ちを聞かせてくれ」
「わ、私の気持ち・・・」
父からの言葉を自問自答するかのようにそう繰り返す間も、無意識に自分の手を握るリツカの指が“ぶるぶる”震えているのに気付いたツカサは、彼女の手を“ぎゅっ”と握り返した。
「ヘル様」
「大丈夫よ。私が、ううん。私達がそばにいるから」
そう。それは、ヘルだけではなかった。
メアリもサクラもアイリも、そしてミセリもリツカの手を握っていた。
「・・・うん」
リツカは意を決して父を見た。
「と、父様。わ、私は・・・ここに残りたい」
「本当にそれでよいのか?ここは、母を殺した人族の国だぞ」
「分かってる。でも、でも、この人達は違う」
「その者達は違っても、この国の、いや、この大陸の全ての人族が同じ考えではない。お前を捕まえ金持ちに売り飛ばそうとする輩が必ずあらわれるぞ」
その時、再び一陣の風が舞うと、お妃をお姫様抱っこしたダンテが降り立っていた。
「えっ!ダンテとお妃様がどうしてここに?てか、なんでダンテがお妃様をお姫様抱っこしてるの?」
こんな状況でもそんなことを考えてしまうツカサを他所に、
「飛竜王閣下、聞いて頂けますか?」
お妃は飛竜王にそう話し掛けていた。
「リツカ様には、他の女の子と同じように仲間達といろんなことを学び、一緒になって遊ぶ権利があります。我がフェアデリアには、身分も種族も分け隔てなく受け入れる全寮制の女子校があります。そこに、私達に、お姫様を預けていただけませんか?」
彼女はそう言って頭を下げていた。
「なに?」
すると、
「もちろんリツカ様のことは我ら悪魔族が人族と協力してお護りします」
その隣でダンテも頭を下げていた。
「その言葉を信じろと言うのか?」
「もしどうしても信じられないとおっしゃるのであれば、女子校なので女性限定にはなりますが、リツカ様の警護をする飛竜人の入国を認めましょう」
「な、なに?」
お妃のその言葉に飛竜王は、いや、その場に居合わせた全員が言葉を失っていた。
「お、お妃様!!それ本気で言っているのですか?」
そう呆然と訊ねるヘルに、
「あら、いけなかったかしら?」
彼女がそう返すと、
ヘルとリツカはお妃様に抱きついていた。
「ありがとうございますお妃様」
「ありがとうございます」
ヘルとリツカはそうお礼を言うので精一杯で、そんな2人をお妃は、
「2人共泣かないで、可愛い顔が台無しよ」
そう言って“ぎゅっ”と抱きしめながらアイリを見た。
「アイリ」
「はい」
「申し訳ないのだけど、新しいリンゴパイを焼いてもらえないかしら?」
「えっ!?リンゴパイをですか?」
この状況で何故リンゴパイを焼かなくてはいけないのかが分からず、そう怪訝そうに聞き返す彼女に、
「ええ、あなた達のお茶会に、私達3人も加えて頂きたいの。いい?」
そう言われたアイリは、
「は、はい。少しお待ち下さい。今すぐ新しいのを焼きます。それと紅茶も御用意いたしますので・・・」
そう言うと、慌てて厨房に向かって駆け出していた。
いや、駆け出そうした彼女の進路を遮るように初老の男性が立っていた。
しかも次の瞬間、その男が手に持つなにかの先から、目もくらむような眩いイナズマがほとばしるように放たれたかと思うと、それらは裏庭の花畑を捲りあげるように大地を切り裂き空を引き裂いて城壁に命中し、その一部を木っ端微塵に吹き飛ばししながら幾筋にも別れて空中を這い、上空にいたアラストールの群れを一瞬にして蒸発させ、飛竜兵にも甚大な被害を与えていた。
「!?」
その、あまりに突然すぎる出来事に、皆身動きが取れないまま雷を放った誰かを見ると、そこにいたのは見覚えのある男性だった。
「ぶ、武器大臣!?どうしてここに?」
そう。その男の正体は武器大臣その人だった。
「どうして?飛竜族が攻めて来たと聞き、これを持って馳せ参じたのです」
そう言って彼が見せた、その手に握る物体にツカサは見覚えがあった。
それは、アニメやラノベやゲームの世界の中では定番中の定番アイテムだった。
「それって、まさかトールハンマー?」
「ほう?これはそう呼ばれているのですか?それを御存知とは。さすが悪魔姫、中々の博識ですな」
「トールハンマー?」
「神話に出てくる神、雷神トールが持つ神器の一つよ。その名の通り、あのハンマーを振ると神も殺すぐらい強烈な雷が放たれるの」
「そ、そんなものをどうして大臣が持ってるんですか?」
皆が目の当たりにした神器のあまりの威力にパニックになる中、
「武器大臣、それは何ですか?」
お妃は冷静だった。
「そう言えば報告がまだでしたな。お妃様、これはダンジョンを攻略していた冒険者が最下層から今朝持ち帰った物です」
「だ、ダンジョン!?」
武器大臣が放ったパワーワードにツカサは即食い付いたが、
「ダンジョン攻略は医療魔導士の育成が済むまで禁止にしたはずですよ」
それをお妃の言葉が掻き消していた。
「そんな悠長なことを言っていたら我がフェアデリアが終わってしまいます」
「終わる?何を言っているのですか?私が命に代えても終わらせません」
「命に代えても?『悪魔族と飛竜族に媚びへつらっても』の間違いではないのですか?」
〝ババババババババババババババババババババババババババババババババっ″
武器大臣がそう言いながらハンマーを振り下ろすと、龍か大蛇の如くのたうつ雷撃がヘル達に襲い掛かり、お花畑を根こそぎ消滅させていた。
だが、
「ヘル、お姉ちゃん達はどこ?・・・」
「ヘルお姉ちゃん。お母様は?」
「大丈夫よ。リツカ、あなたも絶対に手を離さないで」
「・・・はい」
サクラとメアリ、そしてリツカとヘルも無事だった。
雷が放たれる直前、ツカサは、恐怖のあまり自分にしがみついていたリツカにその手を絶対に離さないように言うと、メアリとサクラの手を掴んで飛翔していたのだ。
そしてそれはダンテも同じだった。
彼は再びお妃を抱っこして飛翔していた。
そしてミセリとアイリも無事だった。
2人は飛竜王に抱きかかえられ空を飛んでいた。
「ひ、飛竜王?」
「勘違いするな。悪魔姫が娘を助けた。その恩を返しただけだ」
「武器大臣、これは一体何のつもりですか?反逆罪は死刑だと分かっているでしょう?」
お妃が城壁の遥か上からそう語り掛ける彼女に、
「ならば、死刑になる反逆者は貴女だ」
武器大臣はそう返していた。
「血迷ったか武器大臣!?自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「だまれ小娘」
ミセリからの怒りの言葉をそう遮ると、彼は怒りを押さえる様子もなく話し始めた。
「そもそも私は悪魔国と和平を結んで終戦を迎えることに反対だった。
人族の名誉と誇りの為に、最後の1人になるまで、いいや、皆殺しにされても戦い続けるべきだったのだ」
「何を言っているのですか?」
「それなのに悪魔姫を王子の妃として迎えるなど、悪魔の汚れた血を王家に受け入れるなど、正気の沙汰ではない」
「おやめなさい武器大臣。あなたは間違っています」
「間違っているのはお妃様、貴女だ。しかもそれだけでは飽きたらず、今度は飛竜族の姫を迎え入れるですと?お妃様、どうやら貴女は冷静な判断が出来ないほどお疲れのようだ。だが、そんなことはどうでもいい。貴女は、いや、悪魔姫も悪魔王子も、そして飛竜王も姫も皆ここで死ぬのだからな」
「なんですって?」
「飛竜族と悪魔族がフェアデリアで戦争になり、王位とその継承権を持つ者達が皆死に絶える。
そしてサクラ様を王女として擁立し再び我々が理想とするフェアデリアを取り戻す。
どうですか?完璧だと思いませんか?」
「ううん。全然ダメだと思う」
自慢気に話す武器大臣の前に、ヘルが降り立っていた。
だが彼女は1人で、リツカやサクラやエミリの姿はなかった。
「き、貴様、サクラ様をどこへ連れていった?」
「サクラなら、リツカやエミリと一緒に城壁の向こうに降ろしてきたわ。今頃は飛竜族と悪魔族と人族の兵に守られて安全な場所へ移動しているはずよ」
「なんだと!?サクラ様を誘拐するとは。貴様、薄汚い悪魔の分際で、自分が何をしているのか分かっているのか?」
「薄汚いですか?あなたにだけは言われなくないですね」
そこに、ダンテも姿をあらわした。
そして彼もお妃様を抱っこしてはいなかった。
「武器大臣、お妃様からの伝言です」
「なに?」
「自分の正義がいかに理不尽で間違っているのかも考えようとせず、それを周りに無理矢理押し付け、それが受け入れてもらえないと分かると殺そうとするあなたにフェアデリアの大臣を務める資格はありません。今この場で武器大臣の任を解き、国家反逆罪で逮捕するとの事です」
「ど、どういうことだ?」
「今この瞬間から、あなたは只の犯罪者です」
「ふ、ふざけるな~~~っ」
ダンテから聞かされた最後通告に、武器大臣は我を忘れたように怒りを爆発させながらハンマーを振り回すと、それから放たれる眩い光が2人に襲い掛かった。
しかもその破壊力は凄まじく、2人が羽を広げて避けると、それらが命中した部分が砕けながら爆発していた。
その凄まじい破壊力に逃げ回ることしか出来ないヘルとダンテが、城壁に沿って地を這うように超低空を飛び回る度、その背後にある城壁が破壊されボロボロに崩れていく。
「はははっ。どうした?あれだけ大きな口を叩いておいて逃げてばかりではないか?所詮悪魔族はその程度か?」
「やれやれ、どこまでもおめでたい人ですね?」
「なに?」
「飛竜王様、今です」
ヘルがそう叫んだ刹那、
「押せ~~~っ」
「おおおおおおおおお~~~~~~~~~~っ」
飛竜王の号令一下、羽を広げて飛翔していた全ての飛竜兵が、裏庭を囲む3方の城壁を身体全体を使って外側から押していた。
“ドガガガガガガガガガガガガガ~~~~~~~~~~~~~~~~~っ”
すると、遥かにそびえ立つ、高さが30メートルはあろうかという城壁が根元から崩れ、その全てが裏庭目掛けて倒れていた。
「!?」
ヘルとダンテが超低空を、飛んでいたのはこの為だった。
そして、ミセリとアイリを避難させるべく城壁の外側に降り立った飛竜王がこちら側に残っていたのもこの為だった。
ヘルとダンテははわざと城壁に沿って逃げるように飛び回り、その基部を武器大臣に破壊させていたのだ。
そしてこれこそが、ツカサが前に見た巨人が壁を壊そうとするアニメから咄嗟にヒントを得て思い付いた作戦だった。
「ば、ばかなっ!!」
武器大臣は自分目掛けて崩れ落ちながら倒れてくる巨大過ぎる城壁に向かって、雷を放ちまくった。
が、3方向から襲いくる城壁は雷を浴びて崩壊しながらも落下し続け、その圧倒的な物量で武器大臣を飲み込むようにあっけなく圧し潰していた。
“ズズズズズズズズズズズズゥ~~~~~ンっ”
大地を揺らす地響きと共に粉塵が舞い上がり、辺り一面が真っ白に覆われていた。
その光景を、ヘルとダンテはお城の壁を背に見下ろしていた。
「やったかな?」
そう言って降下しようとするヘルに、
「姉さん、近づいちゃだめだよ」
ダンテがそう呼び止めたのと、2人の足下まで視界を埋め尽くす砂埃の中から眩い光が放たれたのがほぼ同時だった。
「!?」
だがそれらは、2人にかすることさえなく上へと伸び、お城の塔の付け根に命中したかと思うと、塔は壁と共に崩壊し、ヘル達の上に崩れ落ちて来た。
「ダンテ、あぶないっ」
そう言って弟を突き飛ばした刹那、彼女は塔の下敷きになり、そのまま城壁が崩れ落ちて出来た瓦礫の山に叩きつけられていた。
「いや~~~っ。ヘル~~~~~~~~~っ」
そしてその一部始終を兵士達に護られて避難しながら見ていたリツカは、背中の羽を広げると、制止する皆を振り払うように飛翔し、ヘルを助けるべく飛び立っていた。
「リツカ様お姉ちゃん!!」
「お姉ちゃん、待って!!」
「リツカ様っ」
「リツカ様っ、お待ち下さい」
サクラやイオリや兵士達が必死にリツカの名前を呼び、飛竜兵達は飛んでその後を追いかけた。
けれど彼女は、誰も追い付けないほどの猛スピードで飛び、あっという間に瓦礫の山に降り立っていた。
が、舞い上がる粉塵に視界が遮られ、何も見えない。
「ヘル~~~っ。どこ~~~っ。お願い、返事をして~~~っ」
大粒の涙を流しながら、それでも必死に名前を呼び続けていると、
“ガタっ”
と、背後から瓦礫を踏む足音が聞こえた。
「ヘルっ!?」
が、そこに立っていたのは血まみれの武器大臣だった。
彼は立っているのもやっとなぐらいの大ケガをしていたが、その手にはトールハンマーがしっかりと握られていた。
「!?」
「死ねぇ~~~っ」
武器大臣がそう叫んで振り下ろしたハンマーから放たれた眩い雷がリツカを直撃した。
「あぶないっ」
いや、直撃する寸前、そう叫んで彼女を突き飛ばしたヘルを雷が直撃していた。
「ヘルっ!?」
“バリバリバリバリバリバリバリっっっ”
その瞬間、着ていた服が切り裂かれるように消滅し、ヘルは全裸のまま糸が切れた操り人形のようにその場に倒れていた。
「ヘル?ヘルっ」
リツカは慌てて駆け寄り肩を揺すったが、何の反応もない。
「ヘルっ、お願い、返事をして」
「死んだ?死んだのか?」
それを見た武器大臣は、半信半疑でそう訊ねていたが、リツカの表情と、全く動かないヘルの様子に、彼女が死んだ事を確信し、
「やった。ついに悪魔姫の息の根を止めたぞ。それもこの神器のおかげです。神よ心から感謝いまします」
そう喜びを爆発させていた。
そして、高らかに笑う彼をリツカは睨み付けていた。
「赦さない」
その言葉に、武器大臣は“はっ”と我に返った。
「な、なんだその目は?汚れた半竜のくせに・・・」
「あなただけは絶対に赦さない」
その鬼神のような形相に、彼は慌ててハンマーを振り上げると、
「何も出来ない半竜の小娘が、いいだろう。貴様も悪魔姫のところへ送ってやる」
そう言って、リツカ目掛けてハンマーを振り下ろしていた。
“がしゃん”
いや、振り下ろされたはずのハンマーは瓦礫の上に落ちていた。
「!?」
何故落ちたのか武器大臣には分からなかった。
だがよく見ると、ハンマーがそれを握る両腕ごと瓦礫の上に転がっていて、肘から鮮血が迸っているのに気付いた。
そして彼のすぐ隣に、再び鎧を纏い血塗られた刀を持つダンテが立っていた。
そう、彼の両腕は肘の部分で切り落とされていたのだ。
しかも次の瞬間には、彼の視界は真っ暗になっていた。
武器大臣の頭を背後から飛竜王が鷲掴みにしていて、その指先から鋭く伸びる大きな鈎爪が両方の目と眉間、そして両耳の後ろに深々と突き立てられていた。
「や、止めろ。貴様、私が誰か分かっているのか?私はフェアデリアの・・・」
「死ね」
飛竜王はまるでトマトのように、武器大臣の頭を握り潰していた。
そして3人はヘルの元へ駆け寄っていた。
「ヘルっ」
「姉さん」
「ヘル殿っ」
医学の知識がない3人はヘルを迂闊に動かすことも出来ず、彼女の名を呼び続けた。
が、ヘルは“ピクリ”とも動かなかった。
〈つづく〉




