第28話・「あなたは?」
(ふ、2人とも昼間から、しかも外で何してるの?)
猛毒入りの紅茶を飲んで意識を失ったミカヅキと、そんな彼女に口移しで解毒剤を飲ませるミルフィーが、激しくキスを交わしているようにしか見えないツカサは、目の前やり場に困りながらも薄目を開けて2人をガン見していた。
「ギャギャギャギャ~~~~~~~っ」
その時だった。
突如聞こえた叫び声にリンゴ園の方を見ると、熊避けの実の花たちの群れが、いや、それだけではない。
上空から警戒していたはずのサラマンダーまでもが、血相を変えてこちらに逃げてくるところだった。
「ど、どうしたの?」
だが彼らは、ミカヅキとミルフィーを蹴散らさんばかりの勢いでヘルの背後に隠れて“ぶるぶる”震えるばかりだった。
「ごくっ」
その、ただならぬ様子にツカサは唾を飲み込むと、
「ヘルイヤー&ヘルアイ」
小さな声でそう囁いて目を凝らし耳をすませてリンゴ園を見た。
「!?」
するとその瞳に写ったのは、リンゴを食い荒らす何者かの姿だった。
「えっ!?女の子?」
そう、そこにいたのは少女だった。
ヘルはミルフィーや花達、そしてサラマンダーにここにいるよう指図すると、1人でリンゴ園の奥に入って行った。
そしてリンゴの木の陰から“そお~っ”と少女を見た。
年齢はヘルと同じぐらいだろうか?
そこにいたのは、まだ幼さが残る顔立ちとは裏腹にグラマラスな身体付きの少女だった。
薄い緑色の肌を持つ少女の額からは2本のツノが生え、耳の先が尖り、そのお尻からは鱗がびっしりと敷き詰められた尻尾が伸びていた。
しかも彼女が纏う着物はボロボロで靴も履いておらず、足は泥まるけだった。
それだけではない。
その首と手首と足首には、大きな枷がはめられ、途中で切られた金属製の太い鎖がぶら下がっていた。
だが少女はそんなことはお構いなしに、尻尾を揺らしながら、リンゴを次々に引きちぎり、貪るように食べ続けていた。
「ヘル様~っ」
「ヘル様、どこにいらっしゃいますか~?」
「ヘル様、返事をしてくださ~い」
「!?」
その時、突然聞こえてきたミセリ達の声に、少女は慌てて振り返った。
そしてヘルに気付いた瞬間、
「きゃ~~っ!!来ないで~っ」
そう叫んで、口から火球を放っていた。
「えぇぇっ!?」
ツカサが咄嗟に手で払うと、それは空の彼方まで飛び、花火のように弾けていた。
「えっ!?どうゆうこと?」
その、火球を払った勢いで麦わら帽子が頭から落ちて露になった、突然の出来事に困惑を隠せないヘルの顔を見た瞬間、怯えていた少女の表情が驚きに変わった。
「あなた、ニンゲンじゃないわね?」
「えっ!?うん。私は悪魔族よ。あなたは?」
「わ、私は・・・」
「ヘル様っ」
「ヘル様っ」
「ヘル様、ご無事ですか?」
その時、少女の言葉を遮るように、ミセリ達近衛が駆けつけた。
「きゃ~~~っ」
それを見た瞬間、ミセリ達に向かって火球を吐こうとしていた少女を、ツカサは咄嗟に“ぎゅっ”と抱きしめていた。
「!!」
「大丈夫よ、あの子達は敵じゃない。味方よ」
ツカサは怯える少女にそう話しかけたが、
「うそ」
彼女はその言葉を頭から否定していた。
そして、
「ニンゲンは母様の仇」
そう言って、怯える瞳でミセリ達を見つめていた。
「えっ!?どうゆうこと?」
「私の母様はニンゲンに殺されたの」
少女はそう言うと、ヘルの胸に顔を埋めて泣き崩れていた。
「気分はどう?」
ツカサにそう訊ねれ、
「は、はい。少し落ち着きました」
少女は椅子に座り、うつ向いたままそう返事していた。
2人はお城の敷地の片隅にある建物を訪れていた。
ミセリやアイリ達が窓から見守る中、ツカサはイスに腰を下ろた少女の足首にはまる金属製の枷を留めるボルトとナットにスパナをはめていた。
「いい?これから枷を外すから動いちゃだめよ」
「はい」
そして、ボルトにはめたスパナを押しながら、ナットにはめたスパナを思いっ切り手前に引いた。
「んんん~~~~~~~~っ」
歯を食いしばって力を込めるがスパナはビクともしない。
「それなら」
ヘルは、ボルトにはめたスパナを足の裏で押しながら、ナットにはめたスパナを両手で握り、渾身の力を込めて引っ張った。
すると、
〝ギっ、ギギぃ~~っ″
金属が軋む音が鳴ったかと思うと、次の瞬間、張り詰めたゴムが切れるように、ネジが突然緩んだ。
結果、全体重を掛けて身体を反らせながらスパナを引っ張っていたヘルは、思いっ切り後ろに飛ばされ、背後の棚に激突し、そのまま倒れた棚と、そこから放り出された工具や道具の下敷きになっていた。
「ヘル様っ」
「ヘル様っ」
「ヘルっ」
「ヘルっ!!」
ミセリとアイリ、そしてサクラとイオリが大慌てでヘルの元へ駆け付けると、
「いたたたた。あ~~~びっくりしたぁ」
彼女はそう言いながら棚を自分でどかして身体を起こしていた。
「ヘル様っ、大丈夫ですか?」
「お怪我はありませんか?」
そう言ってヘルの周りに散乱した工具や器具をどけるミセリとアイリの後ろで〝ほっ″と胸を撫で下ろしたサクラとイオリは、椅子に座ったまま呆然とヘルを見つめるドラゴンハーフの少女に気付いた。
ボルトが外れた枷が落ち、剥き出しになった彼女の足首は、皮が捲れ血が滲んでいた。
「お姉ちゃん大丈夫?ケガしてるよ?」
それを見たイオリが少女に話し掛けた。
「えっ!?」
「待ってて。今、お薬持ってくるから。行こうイオリ」
それを見たサクラがそう言うと、
「うん。すぐ戻ってくるから待っててね」
2人は手を取り合って小屋から出て行った。
すると、
「あ、・・・ま、待って。お願い。私を1人にしないで・・・」
少女は2人を追いかけるように立ち上がり、〝ふらふら″歩き始めた。
が、足元に転がる工具につまずいて転び、
「あぶないっ」
ヘルに抱きしめられていた。
「大丈夫?」
だが少女は、
「お願い。私を置いていかないで」
そう訴えながら、ヘルの胸に顔を埋め号泣していた。
それからどれだけの時間が過ぎただろうか?
枷が全て外され、露になった傷にサクラとイオリに薬を塗ってもらいながら、少女はようやく口を開いた。
「・・・あ、あの」
「なに?お姉ちゃん」
「あなたは誰、ですか?」
「私はサクラ。こっちがイオリ。私の一番のお友達だよ」
彼女は自慢げにイオリをそう紹介し、紹介されイオリは照れていた。
すると少女は、
「あ、あなたは?」
今度はヘルにそう訊ねていた。
「私の名はヘル。悪魔族の姫で、フェアデリア王国の第一王女もやってるの」
「えっ!?悪魔姫でフェアデリアの第1王女?まさか、あなたもハーフなの?」
「あ!!それは違うの。私は悪魔でフェアデリアには養子にきたの」
「よ、養子??」
その言葉に、リツカは驚きを隠せない。
「な、何故ですか?どうしてそんなことに??」
そう詰め寄られたが、
「ま、まあ何というか。・・・説明が難しいかな?簡単に言うと成り行きで」
「成り行き???」
そう困惑の表情を見せる彼女に、
「ところであなたは?」
取って返すように、ヘルもそう訊ねていた。
「わ、私の名はリツカ」
彼女がそう小さな声で呟く度、文字通り竜のような尻尾が揺れ動く。
「かっこいい」
それを改めて見て、ツカサは思わずそう呟いていた。
「えっ!?」
「リツカの尻尾、かっこいいなって思って」
「そ、そんなこと、ないから・・・」
そう戸惑う彼女に、
「ううん、そんなことある。リツカなら悪いヤツが近付いて来ても、その尻尾で“びった~ん”って張り倒すことも出来るんじゃない?」
「えっ!?」
「それに比べて私の尻尾を見てよ」
ツカサはそう言いながら、自分の尻尾を彼女に見せていた。
「これじゃあ蚊とかハエを叩くぐらいしか使い道がないでしょ?」
「えぇっ!?」
リツカはその言葉に驚きを隠せない様子で、
「本当にその尻尾で蚊やハエを叩いているのですか?」
そう訊ねると、イオリが、
「本当だよ。お行儀が悪いっていつもお姉ちゃんに叱られてるの」
と、困った顔で言っていた。
だがヘルは反省するどころか、
「もちろんよ。寝てる時に寄って来るうるさい蚊とか、食事中に近付いてくるハエをこの尻尾で“びしばし”叩いてるから」
そう得意気に言いながら、
「でも、寝ぼけたままベッドから起きた時に尻尾が足に絡まって転んだりとか・・・」
ちょっぴりバツが悪そうに言っていた。
「それ、私もよくやります」
「えっ!?ホント?」
「はい。あとは考え事しながら歩いてる時に、無意識に尻尾を踏んじゃって“いった~っ”て飛び上がったりとか」
「あるある~っ。じゃあ、翼は?リツカは翼はあるの?」
「えっ!?。あの、ヘルも翼が?」
「もちろんよ。見て」
ツカサそう言うと、背中から翼を広げていた。
「どうかな?」
そう訊ねるヘルに、
「かっこいい」
と、リツカは頬を赤らめて見つめていた。
「そ、そお?・・・リツカはどうなの?」
翼を褒められ、思わず照れながらそう聞き返したが、
「・・・」
リツカは何も返さずうつ向いてしまっていた。
「どうしたの?」
するとリツカは、
「私は、翼も尻尾もツノも耳も全部嫌い」
絞り出すかのようにそう言っていた。
「えっ!?」
「そして、自分自身が1番嫌い。大嫌い」
そして、感情を爆発させるように号泣していた。
そしてツカサは、そんな彼女を受け止めるように“ぎゅっ”と抱きしめていた。
「何があったの?」
「私の、私のせいで母様は殺されたの」
「えっ!?」
「私か産まれるずっと前、母様達が暮らす人族の村が、獣人に率いられた巨獣の群れの襲撃を受けたの」
「えっ!?」
リツカは、涙ながらに自分が産まれた村について話し始めた。
そこは山の麓にある小さな村で、群れで襲ってくる巨獣に人族が太刀打ちできるはずもなく、農作物は荒らされ、家畜も食べられ、戦いを挑んだ村人達も殺されていった。
そんな時、噂を聞きつけた勇者のパーティがやって来たのだそうだ。
だが、村には勇者に払えるような大金などあるはずもなく、それでも背に腹を変えられぬ人達は、勇者たちが要求するままに、若い女性達の身体を代金として提供したのだそうだ。
リツカの母はまだ幼かった為、難を逃れたそうだが、そんな悪夢のような時が続いたある日、飛竜族の群れが飛来した。
獣人と巨獣が根城にする山、つまり人族が暮らす村の山には金の鉱脈があったのだ。
獣人は金には興味がないが、飛竜族は金に目がなく。・・・そして、勇者達が村を救おうとした本当の目的もそれだったのだ。
そして戦いの結果、獣人も巨獣も勇者達も、飛竜族との戦いに敗れて皆殺しにされた。
「それで、村の人達はどうなったの?」
「飛竜族は、村の人達には手を出さなかった」
「えっ!?」
「飛竜族は金を採掘するのに協力して欲しいと村に申し出て、その代わりに彼らが略奪者達から村を守るようになり、そして何時しか一緒に暮らすようになった」
「それで、あなたが?・・・」
「はい。飛竜族のリーダーと人族の娘が恋に落ちて生まれたのが私。
・・・でも、幸せは長くは続かなかった」
「何があったの?」
「私が3歳の時、父様や村の男の人達が金の採掘に行っているところを狙って村が襲われたの」
「採掘した金を狙って?」
「違う。ヤツらの目的は、私」
「えっ!?」
「ドラゴンハーフは生まれること自体が珍しくて、生まれたとしても、1年も生きられないのが普通なの」
「じゃあ、あなたは?」
「私はレアケース。だから、世界中のコレクターが私を欲しがっていて・・・」
「・・・そんな」
「あの日は母様の誕生日で、首飾りを作ってあげようと思って、花を摘みに行って村に帰ったら・・・村が燃えてて。みんな殺されてたわ。母様も、お友だちも、・・・ヤツらは私を見つけるなり捕獲しようと襲い掛かってきて。その時、村の異変に気付いた父様達が駆けつけてくれて・・・」
リツカはヘルの胸に顔を埋めて泣き続けていた。
ツカサは、そんな彼女を抱きしめながら、その髪を優しく撫でてあげることしかできず、そんな彼女を見てサクラとイオリも、そして戸の向こうでも、2人を覗き見しながら話を聞いていたミセリ達が号泣していた。
「それから父様は変わってしまった。人を憎むようになり、襲って食べるようになった。そして、外は危ないからと私に枷を付けて洞窟の奥の宮殿に閉じ込めたの」
「宮殿?洞窟の奥に?」
「うん。霊峰の近くにあった洞窟。でも、霊峰が跡形もなく吹き飛ばされて、その衝撃で宮殿の壁が壊れて、そこから無我夢中で逃げたの・・・。
これでやっと自由になれると思った。でも、父様の部下に見つかって連れ戻されそうになって、しかもそこを人族に襲撃されて」
「襲撃?」
「凄い手練れよ。どこからともなく突然あらわれて、爆炎魔法を3発も放っていったわ」
「えっ!?爆炎魔法・・・」
「うん。それで気付いたの。霊峰を吹き飛ばしたのは、私を洞窟から誘き出す為だったんじゃないかって、・・・そう考えたら私、もう怖くて怖くて・・・」
「そ、それは災難だったわね」
「私、必死で逃げた。でも、右も左も分からないから途中で道に迷ってしまって、ようやくたどり着いたのがさっきのリンゴ園だったの。ごめんなさい。勝手に食べしまって・・・」
「えっ!?ちょっと待って。ごめん、一つ聞いてもいい?」
ツカサは、そこまで話を聞いて頭をよぎった疑問を、彼女に投げかけた。
「なに?」
「あなたのお父さんて、もしかして飛竜王?」
「はい。私は飛竜王の娘」
「ええぇぇぇ~~~っ」
ツカサは飛び上がらんばかりに驚いていた。
それは、戸の向こうのミセリ達も同じだった。
彼女達は、驚きの声をあげようとする互いの口を、互いに手で塞ぎ合っていた。
(てことは、今ごろ飛竜王はこの子のことを必死に捜しているはず。もしかして大軍を率いて『ここ』にも来るんじゃ・・・)
ツカサがそんな最悪の事態に思いを巡らせていると、
「あ、あの、リツカお姉ちゃん」
するとイオリが突然、意を決したようにリツカに話し掛けた。
「なに?」
「あ、あのね、その・・・お、お願いがあるの」
彼女は涙を拭きながら、リツカをまっすぐに見つめていた。
「えっ、お願い?」
「うん。いい?」
リツカは、ヘルの胸に顔を埋めたまま、何かを訴えるような幼女の瞳を見つめると、
「いいわよ。私に出来ることなら何でも言ってください。なに?」
その、決意を秘めた視線に、彼女は笑顔でそう答えていた。
「じゃあ、私とサクラに花の首飾りの作り方を教えて欲しいの」
「えっ!?首飾り?」
そう驚くリツカに、
「あと冠も」
サクラもそうお願いしていた。
「冠もなの?」
「うん。お姉ちゃん達もヘルもお母様も、みんな最後まで作れないの」
「えっ!?そうなの?」
そう驚きを隠せないリツカに、
「「うん。だからお願い」」
イオリとサクラは声を揃えてそうお願いしていた。
「いいわよ」
リツカが笑顔でそう返すと、
「ありがとう。リツカお姉ちゃん」
2人は喜びを爆発させるように彼女に抱きついていた。
すると、
「あ、あの、私も一緒に教えてもらっていい?」
ヘルもそうお願いしていた。
「えっ!?あなたも??」
「だって、花で冠や首飾りを作って、それを王子様にプレゼントするのが小さい頃からの夢だったんだから・・・」
「へ、ヘル様っ、王子様とは一体誰ですか?」
「ヘル様、いつの間に・・・・」
その、彼女の思いがけない告白に喰い付いたのはミセリとアイリだった。
「へ、ヘル様、それはどこの馬の骨ですか?」
「そうです。私というものがありながら・・・」
2人は、我を忘れてヘルに詰め寄っていた。
「ふ、2人ともどうしたの?」
「答えて下さい」
「ええ、今すぐ」
そのあまりの剣幕に押されツカサは、
「あ、安心して。私の思いが相手に通じることは絶対ないから・・・」
と、しどろもどろになりながら答えていた。
「本当ですか?で、そのお相手と言うのは誰なのです?」
「まさかあの、ルシア・フローシュとかいう娘じゃないですよね?」
だが、それでも怒りが収まらない2人に、
「え、えっと、あの、その、わ、私の王子様というか推しは2次元人で・・・せめて2.5ならよかったんだけどね・・・」
そうバツが悪そうにそう言い訳する彼女に、
「にじげん??」
「にいてんご??それ、人の名前ですか?」
2人は訝しそうにそう突っ込んでいた。
〈つづく〉




