第25話・「えっ!?いいの?」
「ヘル様、これ見てください」
そう言ってアイリが見せてくれた織物の美しさに、
「わぁ~、キレイ」
ヘルも感嘆の声をあげていた。
「ヘル様、この刀も見てください」
「なんかコンニャク以外は凄くよく斬れそうな刀ね」
ヘルとメイド達は、ガルダンシアからのお土産を見ていた。
だが、それらはヘル達が買ったものではなかった。
子供達を運んだ荷馬車に、シュバリエからの感謝の手紙を添えてこっそり積まれていたのだ。
しかも、彼女達がそれに気付いたのは、シュバリエとクリス。そして負傷した騎士達が、悪魔属の軍隊に護衛されながら帰国した後だった。
「あっ!?」
すると、メイドの1人が驚きの声をあげていた。
「どうしたの?」
ツカサがそちらを見ると、
「ヘル様、これを見てください」
と、興奮気味に小瓶を差し出していた。
「それ何?」
「これはガルダンシア特産の超高級砂糖です」
「超高級砂糖!?」
「はい。世界中の王族やセレブ御用達の一品で、この小瓶で10000シリングもするんですよ」
「い、いちまんシリング~っ」
(たしかおばあさんから買ったポンチョが100シリングだったから、だいたい千円ぐらいだとして、10000シリングは、・・・えぇぇ~~~っ!!)
そんな高価な砂糖があることに、ツカサは腰も抜かさんばかりに驚いていた。
「でもおかしいですね?シュバリエ様のお手紙に書かれたお土産リストには砂糖なんてないですよ・・・」
リストに書かれた品と現物が一致するかを確認していた別のメイドがそう訝しむと、
「あ、あの・・・シュバリエ様がその手紙を書かれたのは、自らが囮となって出発される前だったのですよね?その、いろいろ思うところがあって書き忘れたのではないでしょうか?」
と、砂糖を手にするメイドが発言していた。
すると、その場にいた全員が彼女を見ていた。
「・・・あ、あの、なにか?」
その視線に気付き、戸惑いの声をあげる彼女に、
「いえ、その、・・・ごめんなさい。あなた、誰?」
ヘルがすまなさそうにそう訊ねると、
「も、申し訳ありませんヘル様、私は今日からここで働かせていただくことになりました、新人メイドのミルフィーと申します」
彼女はそう言って、“ぺこり”と頭を下げていた。
「あ!?そうなんだ。こちらこそよろしくね」
そう笑顔で返す彼女に、
「ヘル様、そう言えば・・・先程聞いたのですが・・・」
ミルフィーが、“話そうかどうしようか”といった感じで、
「お妃様の午後の紅茶に入れる砂糖がないと、メイドの皆が話しておられたのですが、それは本当ですか?」
と、訊ねていた。
「えっ!?そうなの?」
すると、お妃様の専属メイドの1人が、
「はい。先程までは確かにあったのですが、いつの間にか瓶ごと何処かに消えてしまって・・・。今すぐ新しいのを用意しても、毒味の結果が出るまではお出しできませんし・・・」
「お妃様はそのことを・・・」
「はい。もちろん御存知です。そうしたら砂糖は無くても大丈夫とおっしゃられて・・・」
と、彼女も戸惑いを隠せない。
「分かった。じゃあ、私がこれをお妃様のところへ持っていくから」
ツカサはそう言うと、砂糖の小瓶を持って立ち上がっていた。
「えっ!?でも、ヘル様、毒味はどうされるのですか?」
「大丈夫よ。ちゃんと蓋に封印がされてるし、シュバリエ様とクリス様が贈ってくれたものに毒なんて入ってるワケがないから」
彼女はそう言って、意気揚々と部屋を出て行った。
「あ!!ヘルお姉ちゃ~~~んっ」
3階にある食事の間へと向かうヘルは、後ろから呼び掛ける声に振り返った。
すると、サクラがこちらに駆けてきて、彼女に抱きついていた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
そう言って彼女の頭を優しく撫でる。
「あ!?」
すると彼女は、頭を撫でられながら、ヘルのもう片方の手が持つ小瓶に気付いた。
「それって、ガルダンシアのお砂糖?」
「うん。これから午後の紅茶の時間でしょ?だからお妃様に渡そうと思って」
そう言ってそれを見せたが、サクラは何やら困った様子だった。
「どうかしたの?」
「うん。誰にも言わないでね」
そう言いながら、ヘルにしゃがむように促していた。
「なに?」
するとサクラは彼女の耳に手を当て、
「実はね、お母様、今ダイエット中なの」
と、囁いていた。
「えっ!?なんで?」
ツカサは思わず驚きの声をあげていた。
同姓である彼女から見ても、お妃様がダイエットが必要とは思えなかったからだ。
「いつからダイエットなんて始めたの?」
「昨日の夜。一緒にお風呂に入った時に、私が『お母様、少し太ったんじゃない?』って言ってから」
「あら~~~~~っ」
「だからそのお砂糖もいらないって言うと思うわ」
「いや、それはないと思うけど、お妃様がダメでもサクラは使うでしょ?」
そう薦めたが、
「ううん、私も砂糖は使わない」
と笑顔で返されていた。
「えっ!?なんで?」
あまりに意外な答えにそう聞き返すと、
「なんでって、ヘル知らないの?ダイエットはレディの嗜みなんだよ。お母様がそう言ってた」
サクラはドヤ顔でそう言いながらウインクしていた。
するとそこに、ティセットとお菓子が乗ったカートを押してメイド達がやって来た。
が、何故かそれらは4台もあった。
4台のうち1台は、お妃様とサクラのティセットとお菓子。そしてもう1台がその毒味用だと分かる。
が、残りの2台がなんなのかが分からなかった。
「あの、そちらの2台はなに?誰かお客様?」
ヘルがそう訊ねると、
「これは食糧大臣と武器大臣の御二人の分です」
と、メイドの1人が答えていた。
「食糧大臣と武器大臣が?今日は日曜なのに何しに来てるの?」
「はい。食糧大臣はヘル様がお連れになった子供達の食糧の、安定的な仕入れ先を選考されていると聞きました」
「えっ!?」
「武器大臣も、シュバリエ様達を襲った盗賊の残党が、逆恨みから今後我が国のキャラバンを襲うかもしれないので、新しい武器の調達先を選考されているそうです」
「そ、それって、私の無茶振りのせいで休日出勤してるってこと?・・・あっちゃ~~~っ」
ツカサは思わず天をあおいでいた。
“こん、こん”
「誰か?」
ドアのノックに、食糧大臣がそう訊ねると、
「あ、あの、御二人へのティセットをお持ちいたしましましてございます」
と、扉の向こうからしどろもどろな声が聞こえてきた。
「なんだ?随分緊張しているな?」
そう訝しむ武器大臣に、
「現職の大臣が2人もいるのだ。仕方あるまい」
食糧大臣はそう言うと、
「入れ」
と指示していた。
“がちゃ”
そして扉が開かれた瞬間、2人は言葉を失っていた。
カートを押して部屋に入ってきたのが、メイドではなくヘルだったからだ。
「へ、ヘル様!?」
「ヘル様っ!!」
そのあまりの注目度に、彼女はひきつった笑みを浮かべ、気まずそうに手を振っていた。
「ど、どうされたのですか?」
訳が分からない様子でそう言う食糧大臣に、
「あ、あの、ごめんなさい」
と、ヘルは両手を合わせてウインクしていた。
「えっ!?」
「私のせいで2人に休日出勤させちゃって、・・・なので、私が御2人に紅茶をいれますね」
「そ、そんな、王女が家臣に給仕するなど聞いたことがありません」
対する2人は、慌ててそう止めたが、
「いいのいいの。私ね、仕事でミスしたら、フォローしてくれた皆にお詫びと感謝の気持ちを込めてこうやってコーヒーとか紅茶を、インスタントじゃなくてちゃんとしたやつを煎れてたの。
そしたらスゴく上手くなっちゃって。
どんだけミスしてんだよって話なんだけど・・・。
あ!!今度異世界喫茶でも始めようかな?」
そう1人で話して1人で照れながら、2人の前に置いたカップに紅茶を注いでいた。
そして、
「これ、使ってください」
と、封印を破って蓋を開けた砂糖の小瓶を2人の前に置いていた。
「「!?」」
それを見た瞬間、2人は言葉を失っていた。
その顔色が見るみる青ざめていく。
「なに?この砂糖がどうかした?」
その様子にヘルがそう訊ねると、
「い、いえ、これはガルダンシアの最高級品。私どもなどには勿体のうございます。お妃様に御献上されてはいかがでしょうか?」
と、何故か彼女と目を合わせようとせず、汗だくになってそう提案していた。
「私もそう思ったんだけど、お妃様がダイエット中らしくて・・・」
“こん、こん”
その時、扉が再びノックされていた。
「はいはい、お待ちください。今開けま~す」
彼女がそう言って扉を開けると、サクラが立っていた。
「ヘルお姉ちゃん」
彼女は、紅茶が半分ぐらい注がれたティカップを大事そうに両手で持っていた。
「サクラ!!どうしたの?」
すると彼女はバツが悪そうに微笑みながら、
「やっぱりお砂糖ちょうだい」
と、おねだりしていた。
やはりと言うか、砂糖無しの紅茶は苦くて飲めなかったらしい。
「分かった。ちょっと待ってて」
ツカサはそう言うとテーブルまで戻った。
そして、今さっき置いた小瓶を取ろうとした。
その瞬間、
「ヘル様、それなら私が・・・」
食糧大臣も慌てて小瓶を掴もうとした。
結果、2人の手がぶつかり、瓶は床に落ちて飛び跳ねながら転がって、砂糖を撒き散らしていた。
「あ!!、も、申し訳ありません」
咄嗟にそう謝る食糧大臣に、
「いえ、こちらこそごめんなさい」
と、ヘルも謝っていた。
そして、
「ヘル、お砂糖は?」
と、困り顔で訴えるサクラに、
「サクラ様、砂糖から厨房にもございます。ヘル様、サクラ様を連れて行っていただけますか?」
と、武器大臣が声をかけていた。
「えっ!?でも、掃除しないと・・・」
ツカサはそう訴えたが、
「掃除なら私達がやっておきます。さあ早く、サクラ様がおまちかねですよ」
そう促され、彼女は2人に深々と頭を下げて、サクラと一緒に部屋を出ていった。
すると、食糧大臣が大慌てで扉に鍵をかけ、その場に崩れ落ちるようにへたり込んでいた。
「恐ろしい、あれが悪魔姫か・・・」
彼は息をするのも忘れていたかのように、なんとか声を絞り出していた。
対する武器大臣も、信じられないといった表情で、
「お妃様を殺させる為に用意した毒入り砂糖をここへ持ってきて我々に薦めるとは、・・・しかもそれを使って我々の目の前でサクラ様を殺そうとするとは。
いつからだ?あの悪魔はいつから我々の計画に気付いていた」
と、悔しさを滲ませながら、恐ろしさに身を震わせていた。
そう、ヘルの仕業に見せかけてお妃様を暗殺しようとしていたのは、この2人だった。
ミルフィーは、食料大臣の忍びだったのだ。
2人が今日お城に来たのも、お妃様が毒殺された後、真っ先に現場に駆けつけ、ヘルによるお妃殺しの目撃者になるためだった。
そして、砂糖の小瓶をひっくり返したのもサクラを守る為に打った小芝居だった。
「これは、『いつでもサクラ様を殺せるぞ』というメッセージだ。
サクラ様を人質に取られている以上、どうすることもできん。
・・・あの悪魔に従うしかない」
食料大臣は悔しさを滲ませながらそう呟いていた。
「服従しろと言うのか?」
対する武器大臣はそう声を荒げたが、
「サクラ様の命がかかっているのだぞ。いや、それだけではない。あの悪魔が本気になれば、我らの一族を根絶やしにするなど容易いはずだ」
彼はそう窘めていた。
が、武器大臣も諦めきれず、
「ではどうするのだ?このまま死ぬまで怯えてくらすのか?」
と、食い下がっていた。
「バカを言うな。まだ手はある」
「なに!?本当か?」
「ああ、我らの財力なら可能だ」
そうほくそ笑む食料大臣の意図が分からず、
「どういうことだ?何をしようとしている?」
武器大臣はそう詰め寄っていた。
そんな彼に食料大臣は、
「我らが直接手を下さずとも、悪魔姫を葬る手は幾らでもあるということだ。まぁ任せておけ。手筈は既に整えてある」
そう言って、不敵な笑みを浮かべていた。
その数日後、フェアデリアの城門の前に1人の少女の姿があった。
彼女は城壁の隅にしゃがみ手紙を書いていた。
「お母さんお父さん、お元気ですか?ボクも元気です。ボクは今、フェアデリアにいます。人々を恐怖と暴力で支配する悪魔姫を倒し、我ら魔闘剣士一族の地位と名誉を必ず回復させて見せます。吉報をお待ちください。さようなら。と、これでよし」
彼女は手紙をポストに投函すると、
「ごくっ」
緊張に身を震わせながら、マントのフードを深く被り門を潜った。
だが、そこには信じられないような光景が広がっていた。
街には人々の笑顔が溢れ、活気に満ちていたのだ。
「な、なにこれは!?いったいどういうこと?」
その、聞いていた噂とはあまりにかけ離れた街の様子を、彼女は呆然と見渡していた。
そして、目の前を通り掛かったおばあさんに声をかけた。
「あ、あの、おばあさん」
「なんだい?」
「ここって、フェアデリアですよね?」
と、あまりに間抜けな質問をしていた。
「ああ、そうだよ」
対するおばあさんに冷静にそう返され、少女は戸惑いを隠せない様子で、
「ここって、悪魔姫に恐怖と暴力で支配されてて、皆、死ぬより辛い日々を過ごしてるんじゃないんですか?」
そう必死に訴えたが、肝心のおばあさんは、
「ぷっ」
と、吹き出していた。
「周りを見てごらん。これが恐怖と暴力に支配されているように見えるかい?いいかいお嬢ちゃん。噂を信じる前に、ちゃんと自分の目で確かめなきゃだめだよ」
そう言うと、おばあさんは立ち去っていった。
「・・・・・・」
少女は、半ば呆然としながら、まるでお祭りのように賑わう街を見ていた。
「・・・違う」
そして、絞り出すようにそう呟やくと、
「違う。これは幻覚よ。私は幻を見せられているに違いないわ。くそっ、悪魔姫め、怪しげな術を」
自分に言い聞かせるようにそう叫んで、太股に小刀の先を“ちょん”と軽く突き立てた。
「いったぁ~~~っ」
その痛みに、彼女はのたうち回っていた。
しかも、目の前の風景は全く変わらなかった。
「くっ、これだけの痛みを身体に与えても幻覚が解けないなんて、・・・悪魔姫はどれだけ恐ろしい妖術を使えるの?」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
その時、1人の少女が駆け寄ってきて、彼女が転げ回って服についた土埃を払い落としていた。
「えっ!?はい、大丈夫です」
そう言って彼女を見た瞬間、ミカヅキの時間が止まった。
彼女の服についた土埃を払っている少女の肌は薄紫色で瞳は血のように赤く、先の尖った耳に銀色の髪と2本のツノがあるその顔は、噂でしか聞いたことがなかった彼女に間違いなかった。
ミカヅキは慌てて胸元から折り畳まれた紙を取り出し広げた。
そこには、紫色の“ナマハゲ”のようなものが描かれていた。
彼女はそれとヘルを何度も見比べ、
「間違いない、貴様がヘルだな?」
そう叫んでいた。
「えっ!?はい。私がヘルですが・・・」
〝きょとん″としながらそう応える彼女に、
「貴様がヘルか、ボクは魔闘剣士一族最後の戦士ミカヅキだ。いざ尋常に勝負・・・」
だが、ミカヅキの口上はそこで止まっていた。
次の瞬間、彼女は瞬きする間もなくヘルに抱きしめられていた。
「えっ!?あなたって、もしかしてボクっ娘???」
生まれて初めて見る異世界のボクっ娘にツカサのテンションは爆上がりだった。
「くっ」
全く気付かないうちに間合いに入られたミカヅキだったが、身体が勝手に動き後方に飛び跳ねていた。
「信じられない。何という速さだ・・・」
必死に動揺を抑えるミカヅキの視線の先で、ヘルは何かの紙を手に持ち“じっ”と覗き込んでいた。
それは、さっきまで自分が持っていた彼女の指名手配書だった。
「き、貴様、いつの間に・・・」
「て言うか、これなに?え~っと、なになに?『Z級賞金首、悪魔姫ヘル』!?えっ!?えっ!?ヘルって私じゃん?」
そう。それはヘルの指名手配書だった。
彼女は賞金首になっていた。
そしてこれこそが、食料大臣らが自らの手を汚さずヘルを葬るために仕組んだ策略だった。
「・・・うそ」
彼女は半ば呆然とそれを見ていた。
「ウソではない。というか貴様、自分が賞金首になっていることを知らなかったのか?・・・どうだ?一日中、いや一年中、いや、死ぬまで命を狙われ続ける気分は?」
ミカヅキは勝ち誇ったように刀を抜いていた。
が、肝心のヘルは自分の手配書を見つめ、
「・・・さ、さ、さ」
と、聞き取れないほどの小さな声でそう呟いていた。
「ふん。あまりの恐怖に気がふれたか?ならば、今すぐ楽にしてやる」
そう言って神速で飛び出し、ヘルに向かって刀を振り下した瞬間、
「最高じゃん」
ヘルはそう叫んで再度彼女を抱きしめていた。
「!?」
それは、彼女にとって2度目の信じられない出来事だった。
刀を振り下ろすより早く、それこそ瞬きする間もないほどの一瞬で間合いに入られ、抱きしめられることで、彼女は身動きを封じられてしまっていた。
「Z級賞金首って、それ、もう実質『麦わらの一味のリーダー』よね?」
「は!?」
「でも、これはないわ」
そう言って、手にしていた手配書の裏に何やら書き始めた。
そして、
「はい、出来た」
そう言って差し出されたそこに描かれていたのは、お星さまがキラキラ輝く大きな瞳をウインクさせて微笑む、どう見ても70年代の少女マンガの主人公のような、美化度120%増しのヘルの自画像イラストだった。
「な、なに?これ」
それを受け取ったミカヅキが怪訝そうにそう訊ねると、
「私よ、わ・た・し。今日から手配書のイラストはこっちにしてもらって」
そう言って、舌を“ぺろっ”と出しながら、イラスト同様にウインクするヘルに、
「ふ、ふざけるな~~~っ」
と、ミカヅキはブチ切れていた。
そして、近くに落ちていた木の枝で、地面に何やら描き始めた。
それは魔方陣だった。
「!?」
それを見た瞬間、ツカサの頭の中に、『異世界×魔方陣=本物』という方程式が浮かび上がっていた。
「ま、魔方陣!?本物の???」
生まれて初めて見る本物の魔方陣に、彼女は我を忘れて駆け寄った。
「そうよ、見るの初めて?」
「うん」
そう興味津々の様子のヘルにミカヅキは、
「よかったら真ん中に立ってみない?」
と、誘っていた。
「えっ!?いいの?」
思いもよらぬ提案に目を輝かせる彼女に、
「でも、どうしようかな~?」
と、ミカヅキが焦らすと、
「えっ!?えっ!?お願い」
ヘルは、両手を合わせて必死にお願いしていた。
「しょうがないなぁ。今回だけ特別よ」
まるで根負けしたかのように肩を竦めるミカヅキに、
「ありがとう」
ヘルがお礼を言いながら、喜び勇んでその中心に立った瞬間、魔方陣から赤い光が円柱状に放たれ、彼女を閉じ込めていた。
「ふん、かかったな。これで貴様も終わりだ。喰らえ、我が最終奥義を」
ミカヅキはそう言って、拳を開いた腕をヘルに向けて突き出すと、瞳を閉じて呪文を唱え始めた。
すると、手のひらの前に魔方陣が浮かび上がった。
それが、エネルギーが集約されるように黄色からオレンジ、そして赤へと色を変えていき、眩い輝きを放つと、彼女は“かっ”と目を見開き、
「喰らえっ、バーニング・ノ・・・えっ!?」
そこまで言って言葉を失っていた。
目の前にいるはずの、魔方陣に封じ込めたはずのヘルの姿がどこにもなかったのだ。
「えっ!?えっ!?何処にいった?」
辺りを見渡そうとすると、ヘルは彼女のすぐ隣で、手のひらの先に浮かぶ魔方陣をガン見していた。
そして、そこまで唱えてしまった魔法は彼女自身にも止めることが出来ず、眩い閃光と共にバーニング・ノヴァが放たれ、遥か遠くに霞んで見えるエベレスト級の山の頂きを爆音と共に吹き飛ばしていた。
「は~すごいね。ね?今のって爆裂魔法?」
そう目を輝かせて質問するヘルに、
「あんたバカなの?」
と、ミカヅキは詰め寄りながら怒鳴っていた。
「えっ!?」
「人が呪文を唱えているのに、封印魔法を破って勝手に動くなんてどういうつもり?」
そのあまりの剣幕に、
「だって・・・カッコよかったから」
ツカサはすまなさそうに、そう言っていた。
「えっ!?」
「あなたの魔法があまりにもカッコよかったから、放つ側から見たくなったの。ごめんなさい」
そして、そう謝っていた。
「か、カッコいい?ボクの魔法が?」
「うん。すっごくカッコいい」
憧れに瞳を輝かせるヘルにそう褒められ、
「ま、まぁ、そういうことなら許してあげる」
彼女は、照れで耳まで真っ赤に染まる顔をフードで隠しながら、
「じゃ、じゃあ、今の魔法、もう1回見たくない?」
とヘルに言っていた。
「えっ!?いいの?」
「うん。特別に見せてあげる。もう一度あそこに立って」
「うん」
そう返事して、ヘルがミカヅキが指差した魔方陣の真ん中に立った瞬間、彼女は魔方陣の外周円に沿って6本の手裏剣を突き立てていた。
その刹那、手裏剣から放たれた光が魔方陣の光に混ざってオレンジ色に輝き、ヘルを包んでいた。
そしてミカヅキは、
「はははっ、かかったな。これで正真正銘動けまい。こんどこそ我が最終奥義を喰らえっ」
そう言うと、再び目を閉じて呪文を唱え始めた。
「ヘル様」
その時、彼女の元に1人の男性が近付いてきた。
「あ、リンゴ飴のおじさん」
そう。彼はあの時のリンゴ飴の屋台のおじさんだった。
「どうしたの?」
「これを見てください」
そう言って彼が取り出したそれは、彼女が知るリンゴ飴とは違っていた。
木の棒に刺さった、カットされたリンゴが、チョコバナナみたいにチョコレートでコーティングされていたのだ。
「これは?」
「新商品の試作品です。リンゴ飴を、溶かしたビターチョコレートに浸してみたんです。食べてみてください」
「えっ!?いいの?」
「はい」
「じゃあ」
そう言って、彼女がリンゴ飴のチョコレート和えを手に取ろうと魔方陣から出た瞬間、ミカヅキからバーニング・ノヴァが放たれ、今度は遥か彼方の山の中腹を吹き飛ばしていた。
だがヘルは、それどころではなかった。
「どうですか?ヘル様」
「うん。リンゴの甘酸っぱさと飴の甘さとチョコの苦さが口の中で混ざり合ってハーモニーを奏でてる。あのおじいさんも思わず『うまいぞ~』って叫んじゃうぐらい美味しい」
ヘルは、あまりの美味しさに天に召されそうになりながらそう答えていた。
「では、これも正式なメニューとして売りますので、是非ともお店にお寄りください」
「うん。また今度行くから」
そう返した刹那、彼女の耳を激痛が襲っていた。
「いたたたたたっ。なに!?」
見ると、ミカヅキが彼女の耳を“ぎゅっ”と掴み、引っ張りながら魔方陣へと連れ戻していた。
「痛い、痛い、どうしたの?」
「どうしたの?じゃないわよ。2度も避けるなんて、どういうつもり?」
「そ、それはリンゴ飴が・・・」
「リンゴ飴?ボクの必殺奥義とリンゴ飴と、どっちが大切なの?」
そのあまりの剣幕に、
「ご、ごめんなさい」
ツカサは平謝りしていた。
だが、ミカヅキの怒りは収まらなかった。
「いい?この最終奥義はね、ものすごく体力を使うの。1日に3回しか使えないのよ」
「えっ!?じゃあ、あと1回しか使えないの?」
「そうよ。だから今度こそ、ホントの本当に動かないで。ほら、早く魔方陣の真ん中に立って」
「うん」
そして、ヘルが申し訳なさ立つと、ミカヅキはその外周目掛けてありったけの手裏剣を投げて突き立てていた。
すると魔方陣が、今度は眩い金色の光を放っていた。
「こんどこそ動けないと思うけど。・・・いい?今度動いたら知らないから。もう絶交だからね」
「うん」
そしてミカヅキは三度呪文を唱え始めた。
すると、
「ヘルさま~~~っ」
女の子が泣きながら駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「お兄ちゃんを助けて」
「お兄ちゃん?」
女の子が指差す方を見ると、おそらく彼女のであろう風船が木に引っ掛かっていて、それを取ろうと登った男の子が、木の枝の上で身動きが取れなくなっていた。
しかも枝は男の子の体重を支えきれず根元から“バキっ”と折れ、彼ごと落ちていた。
「あぶないっ」
その刹那、ヘルは一瞬でそこまで移動し、男の子を受けとめていた。
そしてその瞬間、ミカヅキが放った3発目の最終奥義が、遥か彼方にあった山の麓を跡形もなく吹き飛ばして、山は完全に消滅していた。
「大丈夫?ケガはない?」
ヘルにそう言われ、男の子はようやく目を開けた。
すると、自分を心配そうに覗き込むヘルの顔越しに、遥か彼方に飛び去ろうとする風船が見えた。
「!?」
その視線に気付き空を見上げた彼女は、
「ちょっと待ってて、私が取ってきてあげる。ヘルウィングっ」
そう叫んで背中に翼を広げ、一気に上昇すると、風船の紐を掴んで降下したが、
(着地の衝撃で風船を割らないよう、そっと降りなきゃ・・・)
と思うあまり着地寸前でバランスを崩してしまい、そのまま落ちて〝どすんっ″と盛大に尻餅を着いていた。
「いたたたた~~~っ」
「ヘル様っ」
「ヘル様大丈夫?」
それをみた幼い兄妹が慌てて駆け寄ると、
「はい」
彼女は笑顔で2人に風船を差し出していた。
「もう、あんな危ないことはしちゃダメよ」
「うん」
「ヘル様、ありがとう」
2人は手を振りながら去っていった。
対するヘルも手を振って見送っていたが、2人が人混みに紛れ見えなくなると、“ホっ”としたように振り返った。
すると、その視線の先で、力尽きたミカヅキがぶっ倒れていた。
「あっ!?」
ツカサは彼女に駆け寄ると大慌てで抱き上げていた。
「だ、大丈夫?」
そう心配そうに覗き込む彼女に対し、ミカヅキはヘルの肩を掴むと、顔に詰め寄りながら、
「ねぇ、ボクのこと忘れてたでしょう?」
と、息も絶え絶えにそう訴えていた。
「ギクっ、そ、そんなことはないわよ」
“冷や汗ダラダラ”で、視線を逸らしながらそう返すヘルに、
「ま、まぁいいわ。あの兄妹に免じて、今日はこれぐらいで勘弁しといてあげる。・・・ガクっ」
彼女はそう言って気絶していた。
〈つづく〉




