第24話・「さぁ、早く」
そこは、ガルダンシアとフェアデリアの国境に位置する山岳地帯だった。
シュバリエ達は時間稼ぎの為に斥候を放ち、待ち伏せしている敵を避けながらフェアデリアを目指していた。
そしてフェアデリアとの国境間近の山岳地帯で岩肌をコの字型に削り取って作られた山道を1列縦隊で通っていた。
本来なら、周りから丸見えになるこのような場所を通ることなどあり得ないのだが、自分達が囮になるという目的と、この山道はコの字型に掘られているため、上から巨大な岩などを落とされても直撃する恐れもなく、こちらがまる見えな分、敵が近付いてくるのも分かるため、あえてこの道を通ることを選んだのだった。
「ここを越えたらフェアデリアだな。仕掛けてくると思うか?」
そう訊ねるシュバリエに、
「うん。間違いなく仕掛けてくる」
そうクリスが答えた。
まさにその瞬間だった。
上空から崖に沿って垂直降下してきた鳥族達が、すれちがい様に馬車目掛けて弓を放っていた。
幸い客車には弓避けのための板が打ち付けてあり、警護の兵も盾を持ち、馬にも鎧が着せてあったため大事には至らなかった。
が、そこに道を挟んだ崖の上下から巨大な蜘蛛や蜥蜴や蛇などの亜人族が姿をあらわし襲い掛かってきた。
対する騎士達も客車から降りて応戦した。
客車に火を放ち、崖を登ってくる敵目掛けて落としたり、馬が暴れて倒れた客車を盾にして弓で応戦したりしたが、道の前後を押し寄せる敵に埋め尽くされて進路も退路も断たれた上に、鋭い牙や爪をもち、垂直の崖や天井をも縦横無尽に動き回る敵を前に、騎士たちは1人、また1人と討ち取られていった。
もちろんシュバリエも長刀を手にし、クリスも短剣を両手に持って戦かったが、あまりに多勢に無勢で、2人はあっと言う間に追い詰められていった。
そして、背後から斬られそうになったクリスを庇ったシュバリエが背中を一文字に斬られ、そのまま崖から落ちる彼にクリスが抱きつき、2人は抱き合ったまま崖から落ちていった。
クリスが上になり、覆い被さるようにシュバリエを抱きしめながら、遥か下方の渓谷目掛けて落ちていく。
が、次の瞬間、クリスは大地に激突したのとは明らかに違う、何かに埋もれるような心地よい衝撃に包まれていた。
「クリス様、大丈夫ですか?」
「えっ!?」
その、聞き覚えのある声に彼が思わず目を開けると、ヘルが心配そうに自分の顔を覗き込んでいた。
「ヘル様!?」
そう、クリスは空中でヘルに受け止められ、彼女の胸の膨らみに頭を埋めるように抱かれていた。
「シュバリエ、シュバリエは?」
「大丈夫です」
そう言う彼女の視線を追うと、漆黒の鎧に身を包んだ悪魔族の男性が翼を広げ、空中でシュバリエを受け止めていた。
「ありがとうダンテ」
「いや、姉さんからの頼みならいつでも大歓迎だよ」
「だ、ダンテ!?まさか、あ、あの、悪魔王子ダンテ??」
その名前を聞いただけで、クリスの顔からみるみるうちに血の気が引き、恐怖に青ざめていく。
「えっ!?弟がどうかした?」
「ギャ~~~~~~~~~~~~~っ」
その時、大気を切り裂くような雄叫びと共に、獣人に操られたサラマンダーが襲いかかってきた。
「ダンテ、シュバリエ様をテントへ連れていって」
「分かった。姉さんも気をつけて」
そう言って飛び去ろうとするダンテを追い掛けようとするサラマンダーの前を、
「あなたの相手はこっちよ」
挑発するようにワザと飛び回るヘル達に向かって、サラマンダーが紅蓮の炎を吹いていた。
「!?」
ツカサ達はそれを寸前のところで避けたが、飛んだ火の粉が彼女のズボンのお尻に燃え移っていた。
「あっちぃ~~~~~っ、あち、あち、あち」
彼女は両腕でクリスを抱き上げているため手が使えず、お尻の火を尻尾の先で必死に叩いて消していた。
そこに、サラマンダーが再び炎を放った瞬間、その下顎をヘルが思いっきり蹴りあげていた。
「なにすんじゃオマエわ~~~~~っ」
結果、サラマンダーの身体が首を支点に1回転し、その首の付け根に乗っていた獣人は、遥か下の渓谷目掛けて落ちていった。
そして、空席となったそこに、ヘルとクリスが座っていた。
「!?」
主を失い、死角である首の付け根を悪魔姫にマウントされ、サラマンダーは“ぶるぶる”震えながら涙を流していた。
こうなってしまうと、完全に蛇に睨まれた蛙だった。
しかもツカサは怒っていた。
「言う通りに飛びなさい。燃やしちゃうわよ」
その、背筋が凍るほどの殺気に満ちた視線と声に、サラマンダーは彼女に言われるままに飛び、キャラバンを襲う鳥族や蜘蛛族や蜥蜴族達に遅い掛かると、彼らを次々に火だるまにしていった。
その、亜人達がパニックになって逃げ惑う間隙を縫うように、悪魔族の飛行兵たちが騎士たちを救いだしていく。
そしてヘル達は、サラマンダーの背に乗ったまま渓谷から少し離れた場所まで移動していた。
すると眼下に、周りを完全武装した悪魔族の兵士達によってぐるりと取り囲まれた簡易テントが見えた。
そしてサラマンダーは、ヘルに言われるままに、その前に着地していた。
「さあ、早く」
彼の手を引っ張り入り口を潜ると、そこに並べられたベッドの1つにうつ伏せに寝るシュバリエの背中の傷をクレアが治療していた。
するとヘルの元にマゾンやメイド長以下悪魔族のメイド達、そしてミセリとアイリが駆け寄ってきた。
「ヘル様」
「ヘル様」
「ヘル様、お尻が・・・」
そう。ヘルのズボンの後ろの部分が焼け、彼女のお尻は半分以上見えていた。
だが、彼女はそれを気にする素振りさえ見せず、
「私は大丈夫。シュバリエ様の容態は?」
そうアイリに問いかけていた。
「大丈夫です。助かります。ダンテ様が脇目も繰れずにここまで連れてきてくださったお陰です」
それを聞いた瞬間、クリスは緊張の糸が切れてしまったかのように、その場に崩れ落ちていた。
「クリス様っ!!」
ツカサはそれを受け止めるように抱きしめていた。
「クリス様、しっかり」
「・・・あ、」
「えっ!?」
「ありがとうございますヘル様。それにダンテ様も・・・」
クリスはそこで嗚咽し、言葉に詰まっていた。
「い、いえ。私達だけの力ではありませんから、皆が協力してくれたから出来たんです」
涙ながらにお礼を言うクリスに、ツカサは恐縮しまくりだった。
「他の兵士は?親衛隊の皆も助けてもらえますか?」
「もちろんです」
そう言うヘルをフォローするように、
「今、外交特使がドロップを持って近隣諸国に行き、各国の医療魔導士に協力してもらえるよう頼みにいっています」
アイリがそう言いながら、彼に水の入ったコップを差し出していた。
「クリス様、これを飲んでください。落ち着きますよ」
「ありがとうアイリ。クリス様、お水です」
クリスはそれを受け取ると、一気に飲み干していた。
そして、
「・・・なんで?」
小さな声でそう呟いていた。
「えっ!?」
「なんで私達が囮をやると分かったのですか?」
「そ、それは・・・」
ツカサは言葉に詰まっていた。
キャラバンを見送る2人がずっと手を繋いでいるのを見て、またいけないことを始めるのではないかと、ずっと耳をすませていたなんて口が裂けても言えない。
「では、何故キャラバンがあの道を通ると、そして何故敵があそこで襲ってくると分かったのですか?」
「そ、それは、・・・」
あまりに矢継ぎ早な質問攻めにたじろぎながら、
「あ、あの人に聞いてください」
ツカサはそう言って、1人の人物を指差していた。
「あの人?」
ヘルの指が差し示す先にいたのは悪魔族の鎧に身を包む人族の老人だった。
が、その顔はボコボコに殴られていて、絆創膏がそこらじゅうに貼られていた。
「彼は?」
「フェアデリアの元法相です」
そう、彼こそフェアデリアの元法相だった。
「あのケガも私達を助けようとして?」
そう訊ねるクリスに、
「いえ、私がやりました」
ミセリが拳を見せながらそう返していた。
「えっ!?」
「この男は、ヘル様を陥れるために私の妹を無実の罪で処刑しようとしたんです」
彼女は“きっ”とダンテを睨み付けた。
「ダンテ様、なんでこんなクズを連れてきたんですか?」
悪魔王子に対する恐怖より、元法相に対する怒りの方が遥かに大きいミセリは、あの男がここにいることが納得できずダンテにそう詰めよっていた。
「でも、ガルダンシアの囮のキャラバンがあの道を通って、そこを敵が襲うと予想したのは彼だよ」
そんな彼女に、ダンテは努めて冷静に話し掛けた。
「えっ!?」
「彼はこういう策略に詳しくてね。さすが出世のためなら親友でも平気で陥れる人間だと父上も感動していたよ」
「それ、褒めてるの?貶してるの?」
ダンテにそう訊ねるヘルの隣で、
「いや~、照れますなぁ」
とマジ照れする元法相に、
「だから、褒めてないから」
ツカサはそう突っ込んでいた。
「・・・さまっ」
(んんっ)
ツカサはその声を、夢見心地の中でぼんやりと聞いていた。
「・・・ル様っ」
それはまるで、水の中で聞こえているかのように響き上手く聞こえない。
だが、誰かが必死に誰かを呼んでるのは分かる。
(誰、誰を呼んでるの?)
「ヘル様っ」
(えっ!?私?)
そう思った次の瞬間、
“ざばっ”
ものすごいお湯の抵抗を受けながら、ツカサは水面に引き上げられ、抱きしめられていた。
「ヘル様っ、大丈夫ですか?」
その、聞き覚えのある声に、出し抜けに意識が覚醒したツカサが見たのは、広すぎる湯船の中で、服を着たままずぶ濡れになって自分を抱きしめるクリスの姿だった。
(えっ!?えぇ~~~っ???どうしてこうなった!?)
その、絶対にあり得ない状況を理解できず、ツカサは半ばパニックになりながら、
(お、落ち着け。よ~く考えて思い出せツカサ)
と、自分に言い聞かせ、どうしてこうなったのかを必死に思い出そうとした。
そんな彼女を、
「ヘル様、今、シュバリエが人を呼びに行っています。もう少しの辛抱です」
クリスはそう言いながら“ぎゅっ”と抱きしめていた。
ずぶ濡れの服越しに、彼の鍛え抜かれた大胸筋に顔を埋め、鍛え抜かれた腕でしっかりと抱きしめられている。
ツカサはそれだけで口から心臓が飛び出るぐらい“バクバク”脈打ち、もうどうしたらいいのか分からなくなっていた。
その、半ば呆然と自分を見つめる表情に、
「ヘル様、私が分かりますか?」
そう心配そうに覗き込む彼の顔の、ほんの少し首を前に出すだけで唇がくっつきそうな、あまりの近さに“どぎまぎ”して言葉が出てこない。
「あ、あの、クリス様。私、どうして?」
この状況が全く理解できず、ツカサはよくやくそう訊ねていた。
「ヘル様は湯船の底に沈んでおられたのですよ」
「えっ!?」
「メイドの方からお風呂が空いたと言われシュバリエと一緒に入りに来たら、ヘル様の服が脱衣篭の中に入りっ放しになっているのに彼が気付いて、慌てて中を捜したら、湯船の底に沈んでおられる貴女を見つけたのです。一体なにがあったのですか?」
そう言われ、ツカサはこれまでの行動を思い返していた。
あれからツカサ達は皆を連れてお城に戻った。
が、負傷し治療を受けたシュバリエやクリス、そしてまだ治療中の騎士たちに加え、100人以上の子供達が押し掛け、お城の中はてんやわんやの大騒ぎになった。
ツカサも医療品や食料品を提供してもらえるよう、ドロップを持って街中のお店を歩いて回った。
ちなみにそのドロップは、さっき彼女とクリスが背中に乗っていたサラマンダーが流した涙だった。
皆を助けてくれたお礼にあげるとダンテ達に言ったのだが、人族とは価値観が違うらしく断られてしまったのだ。
では何故ヘルがそれをもらえたのかと言うと、ダンテ達悪魔軍を連れてきてくれたのが彼女だったからだ。
ガルダンシアからフェアデリアまでの抜け道を走る間、後から追っ手がこないかをヘルアイとヘルイヤーで監視していて徹夜した彼女は、トンネルを抜け城下に入るとお城まで飛び、シュバリエ達を助ける為に軍隊を出して欲しいとお妃様にお願いした。
が、「内政干渉になる」と重臣達に断られたため、悪魔国まで飛んで両親とダンテを説得して軍隊を出すことを了承させると、再びフェアデリアに戻り、「悪魔国の軍隊の行為はガルダンシアへの侵略行為ではない」ことをお妃様に説明し、彼女と共に重臣達を説得し納得させ、再度悪魔国に戻ってダンテ達を連れてきのだった。
だが、それで万事解決とはいかなかった。
シュバリエ達を助けた後も問題が山積していた。
100人以上分の食料もだが、サラマンダーが幼い頃から獣人に飼われていたらしく、ヘル達の後をずっとついてきたのだ。
まさかこのまま無下にして野良サラマンダーにするわけにもいかず、お城の厩舎の片隅に仮住まいさせることにしたりと色々なことがあって、彼女がハードな1日からようやく解放されたのは、時計の針が夜の12時を回った頃だった。
そしてアイリに言われてようやくお風呂に入ったのだが、その疲れから、彼女は湯船の中でそのまま“ウトウト”と寝てしまっていたのだ。
「あ、私、寝ちゃったんだ!!」
そう、彼女はまるで水棲人のように、湯船の底で可愛らしい寝息を立てて寝ていたのだ。
「えぇっ!?」
それを聞いて驚きの声をあげたクリスは、ハトが豆鉄砲を食らったような顔で彼女を見つめていた。
が、こらえきれず、
「・・・ぷっ」
と、吹き出していた。
「えっ!?」
笑いが止まらない彼を、今度はヘルが“きょとん”とした顔で見つめていた。
「い、いえ、もう訳ありません。毒でも盛られて意識を失い、溺れたのではないかと心配したものですから」
笑いを必死に押さえながらそう言うクリスに、ツカサは“はっ”と我に返った。
「あ、あの、クリス様っ」
「なんですか?」
「あ、あの、私をお湯から抱き上げたあと、あ、あの、その・・・」
だがツカサはそこまで言うと、顔を耳まで真っ赤に染めて言葉を詰まらせていた。
「なにか?」
そんな彼女の顔を、絶世の美少年が心配そうに覗き込む。
「・・・し、心臓マッサージとか人工呼吸はしてくれましたか?」
ツカサは、清水の舞台から飛び降りるぐらいの気持ちでそう訊ねていた。
「いえ、ヘル様はお湯から抱き上げた時、すでに意識がありましたので、何もしてませんが・・・」
“がくっ”
その瞬間、彼女はクリスの腕の中で“ぐったり”していた。
「えっ!?ヘル様!?」
あまりに突然の出来事に、クリスは戸惑いながらも、彼女を落とさぬよう腕に更に力を込めヘルを抱きしめる。
「ヘル様っ、どうされたのですか?」
「クリス様。私、意識がありません」
「えっ!?」
「ですから、今すぐ心臓マッサージと人工呼吸をしてください。お願いします」
彼女はそう言いながら、唇をタコのようにすぼめて突き出していた。
「さぁ、早く」
“ガラガラガラ~~~っ”
その時、浴場と脱衣場を遮るガラス戸が勢いよく開けられ、
「クリス。皆を連れて来たぞ」
「ヘル様っ」
「ヘル様っ」
「ヘル様っ、ご無事ですか?」
口々に自分の名を呼びながら、複数の人間が駆け込んできた。
「!?」
その声に思わずそちらを見ると、ミセリとアイリとクレア。そして上半身裸のシュバリエが立っていた。
ここまで必死に走ってきたのだろう。
4人は汗まみれで、肩で息をしていた。
そして、ミセリとアイリはもう泣きそうだった。
「ヘル様っ」
「ヘル様~っ」
お湯の中でクリスに抱きしめられる彼女を見た2人は、服を着たままそこに飛び降りると、そのまま“バシャバシャ”とお湯を掻き分けて駆け寄り、彼女に抱きついていた。
「ヘル様っ」
「ヘル様っ、申し訳ありません」
2人は泣きじゃくっていた。
「なんで2人が謝るの?寝ちゃったのは私で、2人のせいじゃないわよ」
そう戸惑う彼女に、
「ヘル様がどれだけお疲れになっているかを知っていたのに、1人でお風呂にいかせてしまった私達のミスです」
「ヘル様~~~っ」
2人は泣きながら、そう謝り続けていた。
「私は大丈夫。だから2人とも泣かないで」
そんな2人を、ヘルは優しくなだめながら“ぎゅっ”と抱きしめていた。
「そ、それは本当か!?」
その日の深夜、フェアデリア城の奥の奥にある部屋の中で初老の男が驚きの声をあげていた。
「信頼できる情報だ。間違いない」
そう返した、やはり初老の男と彼は別々の部屋にいて、薄い壁1枚を挟んで会話していた。
「元法相が悪魔軍の作戦参謀をしていただと?バカな!!あの男は殺されたのではなかったのか?」
「あの男は頭だけは切れるからな。どんな手をつかったかは知らんが悪魔族に取り入ったのだろう」
「・・・信じられん」
「だが、今問題なのはそれではない」
「分かっている。悪魔国とフェアデリアは今や同盟国だ。
あの男が参謀になったのなら、お妃様に堂々と謁見できる。
そして、失われた信頼を取り戻すために我々の悪行をバラすぐらいのことは平気でやるだろう」
「どうする?あの男を殺すか?」
「どうやって?あいつは悪魔国にいるのだぞ。それに、フェアデリアに来る時も悪魔族の護衛を連れて来るに違いない」
「ではどうするのだ?やはりお妃様を殺すのか?」
「ああ、そうだ。当初の計画通り悪魔姫の仕業に見せかけてお妃様に死んでいただき、第1王女となったマリア様にこの国を継いでいただく。
この国を守るための計画はもう動き出した。今更止められん」
「・・・分かった」
そう話し終えると、男達は暗闇の中へと消えていった。
〈つづく〉




