第19話・「マジか!!」
「さすがだな」
照明すらない真っ暗な部屋の中に男が立っていた。
「当たり前だ。私を誰だと思っている?」
男は壁を挟んだ隣の部屋にいる誰かと話をしていた。
「15人全員に結婚を諦めさせるのは骨が折れたぞ」
「ちゃんと礼はする。しかし、何と言って諦めさせた?」
「なぁに簡単なことだ。『悪魔姫と契りを交わし、もし子供が産まれたら、その子に1番最初に食べられるのは貴方ですよ』と、ちょっと耳打ちしてやっただけだ」
「それはいい。しかし昨日の今日でこうもあっさり形勢が逆転するとわ。法相もあと1日待てばよかったものを」
「元法相か、功を焦るからだ。今頃は悪魔共に喰われて骨も残ってはいまい」
「さてと、もうそろそろ式典が始まるぞ。急がねば」
「うむ。収穫祭を悪魔姫のお披露目の場にしたいと考えていたお妃様の気持ちを考えると胸が痛むが、これも国を思えばこそ」
「その通りだ。悪魔国から嫁を迎えるぐらいなら、国が滅びるまで戦った方がましと言うもの。これは命の問題ではない。名誉の問題なのだ」
男たちはそう言うと、暗闇の中に消えていった。
収穫祭のこの日、お城の前の広場は、数えきれない程の群衆によって埋め尽くされていた。
そして人々の視線は、お妃があらわれる3階のバルコニーに集中していた。
1年の収穫を神に感謝する収穫祭は、お妃様から国民への感謝の言葉で始まる。
皆、お妃様がバルコニーに出てくるのを今か今かと待ちわびていた。
だが、バルコニーに繋がる部屋では、重臣たちや近衛が“ずらり”と並ぶ中、お妃は緊張した面持ちで立ち、ヘルはミセリやアイリと“ぎゅっ”と手を握っていた。
そして、収穫祭の始まりを知らせる鐘が鳴り響くと、お妃は布にくるまれたなにかを大切そうに持ちながら、その姿をバルコニーへとあらわした
それを見た群衆から沸き起こる大歓声に手を振り終え彼女は話し始めた。
「国民の皆さん。今年もこうして無事収穫祭を迎えられたのは、一重に皆さんの努力の賜物です。国を統べる者の妃として皆に心より感謝いたします」
そう言って彼女が深々と頭を下げると拍手が沸き起こった。
「ここで皆様に大切なお話があります」
その瞬間、拍手が“ピタっ”と止んだ。
「皆様もご存知の通り、我が国は悪魔国と和平を結び、その証しとして姫君であるヘルを王子の妃として迎えることとしました。ですが、王子達は全員この国を去りました」
それを聞いた国民から、どよめきにも似た声が沸き起こる中、
「ですが、これは私の不徳の致すところでヘルには何の落ち度もありません。ですから私は彼女に国に帰るように言いました」
そのお妃の言葉に、群衆は騒然となっていた。が、
「ですが彼女はこの国に残ると言ったのです」
それを聞いた瞬間、彼らは水を打ったように静まり返った。
「私は尋ねました。『何故?』と、すると彼女はこう答えました。
『私がこの国を去れば、また戦争になり多くの人達が食べられるかもしれない。
例え国に帰っても、全ての国民に人を食べぬよう説得し納得させることは自分一人では到底できない。
けれど、自分がこの国に人質として残れば、父や母や弟が人を食べぬよう勅命を出し従わせるから、皆救われるはずだと。
だから私を人質としてこの国に残して欲しい』と」
もはや口を開く者はおらず、その場にいる全員がお妃の言葉に耳を傾けていた。
「彼女は飛んで逃げることが出来ます。ですから人質となれば逃げれぬよう重りのついた枷を首や手首や足首に繋がれ、反逆や自殺を防ぐ為に全裸で監禁されることになると伝えました。
それでもいいと彼女は言いました。
彼女は昨日、この国の人材育成のために私財を提供してくれました。
その、残りの私財も没収されると言いました。
それでいいと彼女は言いました。
私は尋ねました。
悪魔姫であるあなたが、何故人族の為にそこまでするのか。と、
すると彼女はこう答えました。
『私はこの国が、この国の人達が大好きなんです』と」
そう話すお妃の頬を、大粒の涙が幾筋も流れ落ちていく。
だが、人々はそれをただ見ていることしか出来ないでいた。
「私は恥ずかしくなりました。
再び戦争を起こさせいために自分が人質になる。
私は妃でありながら、そのようなことを思い付いたことは一度もありません。
皆さん、悪魔とは、人とは何なのでしょう?外見が違うだけで、文化や考え方が違うだけで、肌の色が違うだけで、彼らと私達は同じ心を持っている。それを彼女は教えてくれました」
涙声でそう訴えながら、お妃は手に持っていた布をほどき、中から分厚いガラスの板のような物を取り出した。
「!?」
それを見た瞬間、聴衆から驚きの声があがった。
「お、おい、あれってまさか、宣言文書じゃないか?」
「宣言文書?まさか?あれが?」
「間違いない。あれは宣言文書だ!!」
「お妃様は何をなさるつもりなんだ?」
そしてそれは、お妃を後ろから見守っていた重臣たちも同じだった。
「せ、宣言文書。お妃様、いったい何をなさるおつもりです?」
その、皆のあまりの慌てように、
「ねぇ、あれってなに?」
ツカサはミセリにそう訊ねた。
「あれは宣言文書と言って、王様とお妃様が議会の忠告も重臣の反対も無視して、生涯に1度だけ発令できる、いわば禁じ手の命令書です。国家法により発令されたら誰も逆らえません。偽造できぬようダイヤモンドの板にオリハルコンの刻刀で文字が彫られています」
「だ、ダイヤモンドの板!?」
そして、お妃は重臣たちの悲鳴にも似た声を振り払うように宣言文書を読み上げ始めた。
「フェアデリア王国第28代王ギダンの妃マゼリアは、悪魔姫ヘルを我が国の第1王女として養子に迎えることをここに宣言します」
「は?」
「ば、バカな!!」
「お妃様、お考え直しください」
重臣たちが膝から崩れおちるように絨毯にヘタり込みながら訴える。
が、
“ぱちぱちぱちぱちぱち”
その声は、ミセリたち近衛や、アイリたちメイド達の大きな拍手に飲み込まれていた。
それは、広場でも同じだった。
一部の人達が反対の声を上げたが、それらもリンゴ園で働く人達や瀬戸物を作り売る工房の人達、それにリンゴ飴を売る商人達、アデルやおばあさん、そして巨獣や獣人とサラマンダーの襲撃から命を救われた多くの人達の大きな拍手に掻き消されていた。
だが、肝心のツカサは何が起きたのかを理解できず呆然と立ち尽くしていた。
「えっ!?これって何?今日、最終回?」
「ヘルお姉ちゃん」
その時、自分の名を呼びなから手を握られ、ツカサは“ハっ”と我に返りそちらを見た。
「お姉ちゃん!?」
すると、彼女の手をサクラが握っていた。
「ヘルお姉ちゃん、こっちだよ、来て」
彼女に引っ張られるままにバルコニーに出てお妃様の隣に並ぶと、耳をつんざかんばかりの大歓声が彼女を出迎えた。
「ヘル様っ」
「ヘル様~っ」
「ヘル様~っ」
その、大地を揺るがすようなうねりに圧倒され、ただ立ち尽くすことしか出来ないヘルは、頭になにかが“ちょこん”と乗るのを感じてお妃様の方を見た。
すると、彼女の頭に何も乗っていないのを見て、自分の頭の上にあるのがお妃のティアラだと気付いた。
「お、お妃様っ!!」
「ごめんなさい。昨日の今日だからティアラが間に合わなかったの。ヘルのもちゃんと作るから、それまではこれで我慢して」
「いえ、あ、あの、お妃様。私、王女様なんて・・・」
だが、大粒の涙を流しながら微笑む彼女の顔を見たら、ツカサは何も言えなくなってしまっていた。
そして、
「ほら、お母様もヘルお姉ちゃんも手を振って」
サクラにそう言われ、3人で皆に手を振り、バルコニーから下がろうと振り返った瞬間、
「ヘル様っ」
「ヘル様~っ」
感情を抑えきれなくなったミセリとアイリが、喜びを爆発させるように彼女に抱きついていた。
そんな2人をヘルも受け止めるように抱きしめる。
「2人とも、心配かけてごめん」
「ヘル様~~っ」
「ヘル様~~っ」
だが、緊張の糸が切れてしまった2人は、ただ泣きじゃくるばかりだった。
お妃はそんな2人を見ながら、
「2人とも、もうこれはいらないわね」
そう言って2つの封書を取り出したが、彼女達は泣き止まず、
「お妃様、それは?」
代わりにヘルがそう訊ねていた。
「2人から預かった辞表よ」
「えぇぇっ!?」
「あなたを悪魔国に返したら辞めるって言って、今朝早くに渡されたの」
「や、辞めるって、辞めてどうするつもりだったの?」
だが、泣き続ける2人はその質問にも答えられず、
「あなたと一緒に悪魔国へ行くつもりだったみたい」
お妃が代わりにそう答えていた。
「えぇぇぇぇっ!?それ、本当なの?」
ヘルにそう聞かれ、
「は、はい。ヘル様、本当です」
アイリが涙ながらにそう答えていた。
「それはダメって昨日言ったでしょ?メアリはどうするの?」
「メアリも一緒に行くと言ってくれました」
「えっ!?」
「ヘル様が帰ってしまわれたら、またいつ拐われるか分からないから。それならヘル様と一緒に悪魔国へ行った方が安心だと申しまして」
それを聞き、ツカサも動揺を隠せない。
「なんで?どうして私にそこまでしてくれるの?」
そう聞かれた瞬間、アイリが、
「そ、それは私が、へ、ヘル様のことが好きだからです」
このタイミングを待っていたかのようにそう告白していた。
「えっ!?」
「へ、ヘル様、私も、私もヘル様のこと大好きです」
するとミセリも、妹の告白に背中を押されるように、胸の奥に秘めていた気持ちを伝えていた。
そして、それを聞いたヘルは、
「ありがとう。私も2人のこと大好きよ」
そう言うと更に腕に力を込め、2人を“ぎゅっ”と抱きしめていた。
「ヘル様っ」
「ヘル様っ」
「ヘル様~っ」
お披露目が終わり、ミセリやアイリたちとお祭りに出掛けたヘルは、街の皆から大歓迎を受けていた。
「あ、ありがとう。みんな。・・・えっ!?」
その、あまりの熱狂振りに戸惑う彼女の目に止まったのは、ミセリたち近衛の周りに集まる、彼女たちと全く同じ服に身を包んだ少女達だった。
「なにあれ?コスプレ?」
「あ!!あれですか?あれは収穫祭の習わしで、皆、あこがれの人とかに感謝の気持ちを表すために、その人達と同じ格好をするんです」
「ハロウィンじゃん」
アイリの説明を受け、オタク魂に火がついたツカサは、街行く人達を観察し始めた。
すると、街中は思い思いのコスプレをする人達で溢れていた。
その中には魔法使い系や騎士などはもちろん、甲冑に身を包んだリザードマンや、格闘系のコスプレをした猫耳少女など、レベルの高過ぎる(?)レイヤーたちがひしめいていたが、やはり人気があるのは近衛だった。
しかも、やはりと言うかミセリの人気はダントツで、彼女は自分のコスプレをした少女たちに囲まれていた。
「ミセリお姉さま、今日も素敵です」
「ミセリお姉さま、これ、私が作ったお菓子です。後で食べてください」
「ミセリお姉さま、こ、これ、後で読んでいただけますか?」
と、花束と一緒にラブレターを渡す者までいて、
「は~、やっぱりミセリってモテるんだなぁ」
それを見たヘルがしみじみと言うと、
「いえ、そんなことはありません」
彼女は顔を赤らめて照れていた。
「それを言うならヘル様だって、ほら、」
「えっ!?」
ミセリがそう言い終わるが早いか、彼女も悪魔姫ヘルのコスプレをした少女たちに囲まれていた。
「ヘル様っ、おめでとうございます」
「ヘル様っ。私も嬉しくて泣いちゃいました」
「ヘル様っ、私の家に遊びに来てください」
だが、ツカサの視線は、彼女たちが着ているヘルの衣装に釘付けだった。
「マジか!!」
昨日の今日で衣装を用意したことはスゴいと感心したが、いかんせん布面積が少な過ぎる。
しかも中には、設定(?)通り、上も下も下着を身に着けていない強者までいた。
「あかん。これ、絶対にスタッフに怒られるやつだ」
さすがにマズイと思ったツカサが注意しようとしたその時、
「ヘルお姉さま」
その、背後からそう呼び掛けられた聞き覚えのある声に振り返ると、そこには見覚えのある少女が、見覚えのある格好で立っていた。
「ルシア」
そう、そこに立っていたのは、昨日ヘルに熱烈なラブレターを手渡したルシア・フローシュだった。
そして彼女もヘルのコスプレをしていた。
が、その布面積は、もう完全にアウトなぐらい少なかった。
その、あまりの過激さに、
「な、なんて格好してるの?」
と、注意したが、
「これ、ヘルお姉さまと同じですよ。どこかおかしいですか?」
と、ルシアは全く悪びれた様子がない。
「それよりお姉さま。私の気持ち、読んでいただけましたか?」
そう言う彼女にヘルは、
「ええ」
そう返していた。
「じゃあ」
彼女の顔がヒマワリが咲くように“ぱっ”と明るくなる。が、
「ごめんなさい。あなたの気持ちには答えられないわ」
そう言ってヘルが頭を下げた瞬間、彼女の態度が一変した。
「な、何故ですか?身分が違うからですか?身分なんて関係ない。ガルダンシア王国の王子様なんか、闘技場で見た拳闘士の男の子に一目惚れして結婚したんですよ」
「そ、それ、ホント!?」
それを聞いた瞬間、ツカサはまるで釣り堀の魚のように、大好物の餌にあっけなく食い付いていた。
「その話、もっと詳しく聞かせて。マンガにして即売会で売るから。てか、それどこの国の話?私、そこに住みたいんだけど、だめ?」
そう言ってミセリ達の方を見ると、ミセリもアイリも、困った様子でヘルを見つめていた。
「隣の国です。ヘル様は第一王女なのですから住むことはできませんが、王子様を表敬訪問とかなさったらいかがですか?」
ルシアが嫌みったらしくそう言っても、
「あっ!?そっか!!」
そう言ってはしゃぎながら、
「2人も一緒に付いてきてくれる?」
と、ミセリとアイリを見つめ、2人も頬を赤く染めながら小さく頷いていた。
それを見た瞬間、ルシアはミセリたちを睨みつけ、
「わかった。お姉さまはその2人と付き合っているんでしょ?私というものがありながら不潔よ」
ヘルに向かってそう叫んでいた。
「何を言ってるの?この2人は私の大切なお・・・」
『大切なお友達よ』と、ツカサはそれを否定しようとしたが、
「そりゃそうよね。フェアデリアでは異種族婚も同姓婚も多重婚も認められてるんだから」
それを遮ったのは、ルシアが放った衝撃の一言だった。
「えぇぇぇぇっ!?そ、そうなの?」
その衝撃の事実に、ツカサは引っくり返らんばかり驚いていた。
「はい。異種族間紛争が続くフェアデリアは人口の流出が止まらず荒廃する一方でしたが、王様が宣言文書で全ての婚姻を認めたことで、世界中から人々が集るようになりました。
先程のガルダンシアも同性婚は認められていますが、異種族婚や多重婚は認められていません。
そういう国や種族の戒律で結婚できない人たちの移住で人口も爆発的に増え、産業も盛んになり国も活気を取り戻したんです」
「マジか!?」
だが、アイリがそう説明する間も、ルシアの怒りは収まらず、
「でも、でも、私を弄んだことは絶対に許さない。いい、絶対に許さないんだから」
彼女は一人芝居でもしているかのようにそう言うと、何処かへ走り去って行ってしまった。
「ヘル様、あの御方は知り合いですか?」
戸惑い気味のミセリにそう聞かれたが、ヘルは、
「えっと、知り合いなのかな?アイリはどう思う?」
と、アイリに訊ねていた。が、聞かれたアイリも、
「さぁ」
と困り果てた様子で、嵐のように通り過ぎて行った少女を見送っていた。
「なんということだ」
その頃、フェアデリア城の奥の奥にある真っ暗な部屋の中で、男が怒りを爆発させていた。
「少し落ち着いたらどうだ」
薄い壁1枚を挟んだ隣の部屋に潜む男がそう諭すが、
「これが落ち着いていられるか」
男の怒りは収まるどころか、火に油を注がれたように益々燃え上がっていた。
「最初は悪魔姫が1人で嫁に来たはずだった。
それがどうだ?巨獣を倒すという理由で、あのような花の化け物たちを連れてきたかと思うと、今度はそれらを訓練するという名目で城下に悪魔族を招き入れ、しかもそれを近衛やメイドたちがあっさり受け入れている。
それだけではない。今日の収穫祭の街の様子を見たか?あの悪魔姫と同じ格好で街を歩く少女たちのなんと多くいたことか。しかも彼女たちは、あのハレンチ極まりない服装をカッコいいと言っていたのだぞ。
我々は悪魔姫を甘く見すぎていた。あいつはお妃と民の心を奪い、誰も殺さずに我が国を乗っ取ろうとしているのだ」
「そうだな。しかしまさかお妃様が宣言文書を使うとは」
男は深くため息をついていた。
「お妃様があれではどうすることも出来ん。宣言文書は絶対だ」
「宣言文書を失効させる唯一の方法をお忘れか?」
その言葉を聞いた瞬間、男の顔から血の気が引いた。
「ま、まさか貴様、あれをやるつもりか?」
「そうだ。宣言文書は、それを宣言した者が生きている間のみ有効。
つまりお妃様が死ねば効力を失う」
「ほ、本気なのか?」
そう躊躇する男に、
「このままだとあの悪魔姫が次のお妃になる。もしあの女が宣言文書を使ったら、この国はどうなると思う?」
それを聞き、男は絶句していた。
「そ、それで、どうするつもりだ?」
「お妃様を、悪魔姫の仕業に見せかけて殺す。
・・・お妃様がいけないのだ。我々がこれほどまでに国のことを思っているというのに、あのような者に易々と騙されるお妃様が、」
フェアデリアに暗雲が立ち込めようとしていた。
〈つづく〉




