第18話・「そうじゃなくて」
ベランダの窓が開かれ、そこから心地よい風が入ってくる中、お妃は1人で10時のお茶を飲んでいた。
1人と言ってもお茶を用意してくれるメイドや警護の近衛はいるのだが、娘のマリアがいない為、おしゃべりする相手がおらず、静かすぎて少し手持ち無沙汰だった。
“どがっ”
その時、突然窓の外から聞こえてきた大きな音にそちらを見ると、ベランダの床に頭から激突して“ぴくぴく”しているヘルの姿があった。
「ヘル様!?」
「ヘル様」
「ヘル様っ」
メイドや近衛たちが慌てて駆け寄より早く彼女は起き上がると、脇目も降らずお妃の元へ駆け寄っていた。
「お、お妃様っ」
「ヘル、そんなに慌ててどうしたの?お祭りは?」
だがツカサは、その言葉を遮るように、
「こ、この国に王子様が1人も残っていないって本当なんですか?」
と、いきなり核心を突く質問をしていた。
その瞬間、部屋の時間が止まった。
「・・・ヘル」
「はい」
「このお茶、外国製でとても高価なものなの。よかったらあなたも飲まない?」
「えっ!?あ、ありがとうございます」
ヘルはそう言うと、彼女の真向かいに座り、メイドが用意してくれた紅茶を飲んでいた。
「あの国の紅茶は本当に美味しいわ。ヘルもそう思うでしょ?」
「はい。とても美味しいです。・・・いや、お妃様、そんなことより王子様が・・・」
するとお妃が〝すっ″と立ち上がるとベランダへと出ていってしまい、ヘルもそれを慌てて追い掛けていた。
「お妃様」
「ヘル、今日は本当にいい天気ね。こんな日はお弁当を持ってピクニックに行くのもいいわね」
「そうですね。・・・いやお妃様、王子様たちは・・・」
「ヘルはお昼は何が食べたいの?」
「お昼ですか?この国の郷土料理とか食べたいですね。・・・じゃなくて王子様たちのことですが・・・」
「ヘル」
「はい?」
「そのことについては明日の収穫祭でお話しします。ですから、それまで待ってもらえますか?」
その、自分をまっすぐ見つめるお妃の視線に秘められたなにかを感じ取った彼女は、
「わ、わかりました。でも、もしそれが事実なら、私の話も聞いてもらえますか?」
そう返していた。
そしてお妃も、自分をまっすぐ見つめるヘルの眼差しに秘められた決意に、何かを感じ取ったのだろう。
「分かったわ。話を聞かせて」
そう言うと、側近たちに部屋から退出するよう命じていた。
そして、彼女の話を聞いたお妃は、
「ヘル、あなたはそれを本気で言っているのですか?」
普段の彼女からは想像もできないような、驚嘆に満ちた声をあげていた。
「ヘル~っ」
「ヘル様~っ」
「ヘル様~っ」
その時、下から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
それは、突然飛び去ったった自分を追い掛けてきたアイリたちの声だった。
「みんな」
「あ!!いた。ヘル、なんで飛んでっちゃうの?」
「ごめんごめん」
階下を見下ろしながらそう謝る彼女に、
「ほら、早く行ってあげて」
彼女の背中を押すようにそう言うお妃はまるで母親のようだった。
「はい。ヘルウィング」
彼女は翼を広げベランダから飛び降りていた。
その日の夜、退院を許可され自室に戻ったミセリはベッドで寝ていた。
「ぁん、はぁあん、ひぅ。だ、だめ。そ、そこは弱いから、い、いけませんヘルさまぁ。んくぅん」
いや、彼女はただ寝ていたワケではなかった。
“こんこん”
(ぎくぅっ)
その時聞こえた、あまりに突然過ぎるノック音に、ミセリはあっという間に現実に引き戻されていた。
「だ、誰?」
「ミセリ、起きてる?」
「へ、ヘル様!?」
「入っていい?」
「えっ!?」
「だめ?」
「い、いえ。どうぞ」
“ガチャ”
「!?」
ミセリが驚くのも無理なかった。
ドアが開き部屋の中に入ってきたヘルはガウン姿だったのだ。
そんな彼女を出迎えようとベッドから出ようとして、ミセリは自分が裸なのに気付いた。
「いいのよミセリ、そのまま寝ていて」
起き上がろうか戸惑う彼女を制しながら、ヘルは彼女の枕元まで歩いていた。
「ヘル様」
だが、そこにミセリが知る太陽のように輝く笑顔はなかった。
「ヘル様、いかがされたのですか?」
掛布団に顎まで入ったまま、ミセリが心配そうに訊ねると、ヘルの手が彼女の頭へと伸び、そのしなやかな指が、汗で額に張り付く髪をやさしく掻き分けていた。
「へ、ヘル様?」
「ミセリ」
そう言いながら、ヘルの顔がどんどん近付いてくる。
「へ、ヘル様、待ってください。シーツがまだ換えてなくて・・・」
「よく眠れた?」
「えっ!?」
「身体の具合はどう?」
「は、はい。大丈夫です」
“こんこん”
その時、再びドアがノックされた。
「だ、誰?」
そう言うだけなのに、思わず声を裏返らせてしまい赤面するミセリに返ってきたのは妹の声だった。
「お姉ちゃん、入っていい?」
「アイリ!?どうしたのこんな時間に?」
ヘルと一緒にいることを知られたくない彼女は、なんとか断る理由を探そうとするが、
「いいわよ、入って」
その前にヘルが彼女を招き入れていた。
“ガチャ”
「えっ!?」
ドアが開き部屋に入ってきた妹を見てミセリは驚きの声を漏らしていた。
アイリもガウン姿だったのだ。
対するアイリは、ヘルが中にいることに驚かなかった。
「どうしたの?」
「廊下でヘル様をお見かけして・・・」
そう。アイリは特製ローションを作り、大浴場でヘルが来るのを待っていた。
けれど、待てど暮らせど彼女はあらわれず、心配になってヘルの部屋まで様子を見に行った。
そこでガウン姿のまま部屋を抜け出すヘルをみつけ、こっそり後をつけた彼女は衝撃の光景を目撃する。
なんとヘルが姉の部屋に入っていったのだ。
アイリはどうしようか迷ったが、居ても立ってもいられずドアをノックしたのだった。
「後をつけてきたの?」
ミセリはそう責めたが、
「ヘル様が心配で」
アイリはそう返していた。
それは彼女の本心だった。
ヘルを姉と密室で2人きりになんてできるはずがない。
「ちょうどよかったわ。アイリにも話があるの」
「えっ!?」
「2人共、すぐ終わるから私の話を聞いて」
だがその時、アイリが我慢できずあくびを噛み殺すのをヘルは見逃さなかった。
「ごめんなさいアイリ」
だが、主人にあくびを見られてしまったことにアイリも動揺を隠せないでいた。
「い、いえヘル様。私の方こそ申し訳ありません」
そう言って頭を下げる彼女に、
「謝らなくていいの。今日は1日中、私に振り回されて大変だったんだから、誰もアイリを責めないわ。もしそんな人がいたら私に言いなさい。とっちめてあげるから」
「ヘル様」
「ミセリ」
「はい」
「アイリもベッドに入れてあげて。姉妹なんだからいいでしょ?」
「えっ!?」
驚いた様子のミセリに、
「だめ?」
ヘルがそう言うと、
「いえ、でもヘル様はいかがなされるのですか?」
ミセリはそう投げ掛けていた。
「えっ!?わ、私?・・・」
「そうです。私達姉妹がベッドに寝て、姫であるヘル様を立たせておくなんてできません」
「そうなの?」
「あ、あの、ヘル様」
2人の会話を聞いていたアイリは、清水の舞台から飛び降りるぐらいの勇気を振り絞って口を開いた。
「そ、それならヘル様も一緒に、3人でベッドに入りませんか?」
「えぇっ!?」
その提案にミセリは声を裏返らせ、
「あ、アイリ、自分が何を言っているのか分かっているの?」
と叱ったが、
「えっ、いいの?」
そうヘルが返すと、
「は、はい。ヘル様さえよければ」
と一瞬にして踵を返していた。
「あ、でも、私、その・・・」
すると、ヘルは急に恥ずかしそうに“モジモジ”し始めた。
「どうかされたのですか?」
「実は、その、このガウンの下、裸なんだ」
「「えぇぇぇぇ~~~~~っ!?」」
その、全く予想もしていなかった告白に、コルデ姉妹は完璧にハモって驚きの声をあげていた。
「だ、だって、また何か起きて翼を広げると、ネグリジェが破れちゃうでしょ?だから裸にガウンで、・・・どうしよう?」
「ど、どうしようとおっしゃいますと?」
動揺し過ぎて話し方がおかしいミセリに、
「だから、その、裸でベッドに入ってもいい?ダメ?」
と、ヘルが言うが早いか、
「だ、大丈夫です」
間髪入れずにそう返したのはアイリだった。
「でも」
「わ、私もヘル様と同じですから」
そう言って彼女は、慌ててガウンを脱ぎ捨てていた。
すると、中からあらわれたのは、一糸纏わぬ生まれたままの姿のアイリだった。
「あ、アイリ、なんで裸なの?」
「いえ、これはその・・・」
『大浴場でヘルにローションマッサージするため』なんて、姉の前で口が裂けても言えるはずがない。
「そ、それなら私も」
だが、そんな妹に渡りに船とばかりに、ミセリも掛布団を捲り上げ、全裸のまま立ち上がっていた。
「み、ミセリも?なんで?」
「いえ、その、まだ身体が熱くて・・・」
「・・・じゃ、じゃあ、3人で寝る」
「「はい」」
こうして3人は1つのベッドで寝ることになったのだが、
「ミセリが真ん中で寝て、私は横でいいから」
そう言うヘルに、
「何を言ってるんですか?ヘル様が真ん中です」
とアイリが猛烈に進言していた。
「えっ!?でも」
「そうです。横で寝たヘル様がベッドから落ちてケガでもしたら、私達姉妹の責任になるんですよ」
ミセリにもそう言われ、
(ベッドから落ちたぐらいで・・・?)
と思ったが、2人の剣幕に押され、
「わ、わかったわ」
ヘルはそう言ってベッドの真ん中に寝そべっていた。
「こ、これでいい?」
「「はい」」
「じゃあ、2人もきて」
「「は、はい」」
そう言って2人はヘルの左右に寝そべったが、シングルサイズのそれに3人はやはり狭かった。
しかも2人は、遠慮しがちというか、窮屈そうにベッドの両端に寝ていた。
「2人とも大丈夫?ベッドから落ちないように、もっと身体を寄せていいのよ」
そんな2人にヘルがそう声を掛けると、
「えぇっ!?」
「い、いいのですか!?」
そう声をあげて驚く2人に、
「もちろんよ」
ヘルがそう笑顔で返すと、
「じゃ、じゃあ」
とアイリが、
「そ、それでは、失礼します」
とミセリも横向きになり、左右からヘルを挟むように身体を密着させると、その身体に手を寄せ、ヘルもそんな2人の腰に手を回して抱き寄せていた。
それによって2人は、まるで抱き枕に身を寄せるようにヘルに抱きついていた。
「ふふっ、2人の身体、柔らかくて温かい。2人はどう?」
ヘルは無邪気にそう聞くが、2人はそれどころではなかった。
「いえ、あの、その、ヘル様の身体、とても温かくて柔らかくて・・・」
「肌も〝すべすべ″で、とてもいい匂いがします」
「あ、あのね、2人にどうしても話さなきゃいけないことがあるの?聞いてくれる?」
だが、そんな2人の夢のような時間はすぐに終わりを告げた。
ヘルの口から語られたのは15人の王子様の噂だった。
「確かに、私も気になってはいました」
それを聞いたミセリが重い口を開いた。
「今まででも、王子様たちに直接謁見させていただくことはなくても、何かの機会に遠くからそのお姿を拝見させていただくことはありました。ですが、ヘル様のお輿入れが決まってからは、それが明らかに減っていき、最近は全くお姿を見ておりません」
「私もです」
そう言う姉に妹も追随する。
「王子様達だけでなく、その側近の方々や身の回りのお世話をするメイドや近衛の人達もさっぱり見なくなりまりした」
「てことは、私は明日になったらお役御免で悪魔国に出戻りかぁ」
「へ、ヘル様。帰ってしまわれるのですか?」
それを聞いたアイリが驚きの表情を見せる。
「分からない。それを決めるのは王様やお妃様だから。でも、どうなるか分からないから2人にちゃんとお礼を言いたかったの。ありがとうミセリ」
「へ、ヘル様」
「ありがとうアイリ」
「ヘル様」
ツカサは、2人の頭に手を沿え引き寄せると、その髪を優しく撫でていた。
「2人に会えて本当によかった」
「やめてくださいヘル様。そんな今生のお別れみたいなことは言わないでください」
そう言うミセリは涙ぐんでいた。
そしてアイリも、
「そうです。私なんかヘル様にご迷惑をかけてはがりで・・・」
そう謝っていた。が、
「なに言ってるの2人とも?私が男だったら2人をお嫁さんにしたいぐらいよ」
ヘルはそう言って2人にウインクしていた。
「も、もう、ヘル様ったら・・・」
「ね?今夜はこのまま寝ましょう」
「「えっ!?」」
ヘルが発したその一言に、2人は驚きのあまり声を裏返らせていた。
「だめ?」
「いえいえいえ、ヘル様さえよければ、ね?」
と、姉が同意を求めると、
「は、はい。ヘル様がどうしてもとおっしゃるなら私達は全然OKです」
と、妹もしどろもどろになりながら同意していた。
「ありがとう。じゃあ、寝ましょう」
ヘルは2人を抱き寄せ、2人も彼女に抱きつくように3人は身を寄せ合うと、しばらくは女子トークに花を咲かせていた。
が、よほど疲れていたのか、こうして女の子同士で身を寄せ合うことで感じる体温に安心したのか、ヘルは“あっ”という間に寝落ちしていた。
「お姉ちゃん、ヘル様寝ちゃったよ」
「無理もない。今日は1日中走り回って飛び回った上に、お城と悪魔国を2往復もされたのだからな。疲れたのだろう」
そう言いながら2人は、“すぅ、すぅ”と可愛いらしい寝息を立てて眠るヘルの顔に見とれていた。
「ヘル様ってこんな顔して寝るんだ。可愛い」
「そうだな。本当に天使みたいだ」
だが、2人はただヘルの寝顔を見つめているワケではなかった。
その寝顔を間近で見るために、2人は身体を起こし、その半身をヘルの身体に覆いかぶさるようにしていた。
その結果、2人の瑞々しく実る果実ような膨らみが、ヘルの上向きになっても全く形の崩れない豊潤に実る果実のような膨らみに密着し、互いに圧し潰し合いながら弾き返さんと〝たわわ″に弾んでいた。
そして、その密着する膨らみに埋もれながらも自己主張するかのように〝つん″と尖る蕾同士が〝こりこり″擦れていた。
しかも2人は、腹筋や可愛らしいおへそや下腹部までヘルに密着させながら、まるで抱き枕にしがみつくように、それぞれの脚をヘルの左右の脚に絡ませて、〝つるつる″で〝ぷにぷに″の双丘を太股に擦り付けていた。
(な、何をしているのだ私は?)
だが、ミセリは自分を止めることが出来なかった。
(へ、ヘル様の胸、〝もちもち″の〝ぷにぷに″ですっごい弾力、それに〝つん″と尖る乳首同士が〝こりこり″擦れて、ヘル様の胸と私の胸が、んぁ、キスしてる。ぁん。ち、違うのですヘル様、こ、これは身体が勝手に、はぁん)
これがいけないことだと彼女も分かっていた。
けれど、明日になったらヘルとお別れすることになるかもしれない。
こうして肌を重ねられるのも、これが最後かもしれない。
その思いが、彼女から冷静な判断力を奪っていた。
そしてそれは、アイリも同じだった。
(ヘル様の胸が、んんっ。それにすべすべ″の脚が、あそこに〝こりゅこりゅ″擦れて、ぁあん、すっごく気持ちいい。んくぅん。あぁん、だめ、私ったらなにしてるの?こ、こんなのだめ、こんなことしてるって知られたらヘル様に嫌われちゃう。ひぁあん)
だが2人は、それでも自分を押さえることが出来ず、そのままヘルの唇に吸い寄せられるように顔を近づけていった。
そして偶然にも同時に、彼女の唇に“ちゅっ”とキスしようとした。
“バタンっ”
「ミセリ隊長、大変です!!」
その瞬間、そう叫びながら、近衛の1人がドアを勢いよく開けていた。
「どうしたの?」
それを聞いてヘルが飛び起きるのと、ミセリとアイリの姉妹がベッドに突っ伏すように狸寝入りを決めたのがほぼ同時だった。
「へ、ヘル様?なぜ隊長の部屋に?」
そして、まさかミセリの部屋にヘルがいるとは思ってもいなかった近衛は、驚きを隠せないでいた。
「ミセリのことが心配で、それより何があったの?」
「悪魔国からの使者と名乗る者が来て、ヘル様に謁見したいと申しております」
「えっ!?」
(まさか、破談のことがバレたんじゃ・・・)
「ヘル様?」
「えっ!?あ!!わ、分かったわ。私が会います」
ヘルはそう言って裸のまま“そっ”とベッドから降りると、
「ミセリはぐっすり眠ってるから起こさないであげて」
「はい、分かりました。ヘル様、こちらです」
そう近衛に案内され裸のまま部屋を出ていく彼女を、ミセリとアイリは寝たふりをしながらただ見送ることしかできなかった。
今起きたら、ヘルと全裸で同じベッドに入っていたことがバレてしまうからだ。
(申し訳ありませんヘル様、すぐに追いかけます)
2人は起きるタイミングを見計らいながら、寝たふりをし続けるしかなかった。
ヘルが全裸なのもお構いなしに城内を駆け抜け、辿り着いた城の中庭は物々しい雰囲気に包まれていた。
そこでは、中庭の真ん中に立つ人物を、完全武装した近衛たちがドーナツ状に“ぐるり”と囲んでいた。
「みんな、包囲を解いて」
ヘルがそう言うと、近衛たちが包囲網の一部を解きながら彼女が通る道を開けていた。
すると、その人物も膝を着き頭を下げていた。
それは悪魔族の女性だった。
「ヘル様、初めてお目にかかります。マゾンと申します」
だが、その格好はどう見てもSMの女王様にしか見えなかった。
「М!?Sじゃなくて?」
「は!?」
「あっ!?ごめん、こっちの話。ていうか、何の用で来たの?」
だがマゾンは“ふっ”と笑っていた。
「なに?」
その態度にヘルが訝しむと、
「いえ、もうすぐ夜が明けるこんな時間まで裸とは。と思いまして。まさかあのヘル様が人族の、しかも男性に興味がおありになるとは夢にも思っておりませんでした?そんなに人族の男はよいのですか?」
そう興味津々の様子で訊ねてくるマゾンに、
「な、な、なにバカなこと言ってるの?まだ相手の顔も知らないわよ」
と、ツカサは思わず言ってしまっていた。
「えっ!?」
(しまった)
彼女の驚く顔を見てそう思ったツカサは、
「し、心配しないで、顔も名前も知らないけど王子様とは上手くいってるから」
と言いながら、吹けない口笛を“ふぃ~ふぃ~”と吹いていた。
「そ、それで、わざわざ何の用なの?」
「ダンテ様から、ヘル様の力になれと仰せ使いました」
(ダンテが!?てことは、やっぱり破談のウワサがお母様たちの耳まで届いたんだ。さすが悪魔族、なんという地獄耳。いや、褒めてる場合じゃない。なんとかしないと)
「そ、そうなんだ?でも、その、申し訳ないんだけと、な、なんとかなりそうだから、ね?帰ってもらってもいい?」
「はっ!?」
「だめかな?」
「ヘル様がそうおっしゃるなら私は構いませんが、ヘル様1人で大丈夫なのですか?」
(や、やっぱりバレてるぅ)
「だ、大丈夫よ」
ツカサは笑顔をひきつらせながら話を続ける。
「私には親身になってくれる人達が何人もいるし」
「人族が何人いても、どうにもならないと思いますが?」
“ぎくぅ”
そう言われただけで、心臓が口から飛び出そうになるぐらいの緊張に耐えながらツカサは言葉を振り絞る。
「そ、そうかなぁ?信頼があれば、どんな困難もきっと乗り越えられると思うけど、マゾンもそう思わない?」
「ふっ、そんなのは夢物語です」
だがその言葉は、けんもほろろに一蹴されていた。
「・・・なんで夢だって思うの?」
それでも食い下がろうとする彼女に、
「では、何故ヘル様は具体的にどうなさるおつもりなのですか?」
と、訊ねていた。
「だ、だから、心を通わせる方法ならいくらでもあるでしょ?」
「例えば?」
「た、例えば野球のチームを作るとか」
なんとしても誤魔化し通さねばならないツカサは、もうなりふり構わず話し始めた。
「野球?」
「べ、別にサッカーでもバスケでもバレーでも卓球でもいいんだけど。
私、どれも体育の授業ぐらいでしかやったことはないけど、でも、イケメン揃いで水泳のメドレーリレーのチームが結成されたらマネージャーとかやってみたいかな?
あ!!じゃあ自転車競技部なんてどう?マゾンさんは悪魔族なんだから舌と胴体をカメレオンぐらい長くして超前傾姿勢で走るとか、上半身だけ風船みたいに膨らませたり、逆に下半身だけムキムキにして走るとかできるんじゃない?」
「はっ?」
「ならテニスは?マゾンさんは悪魔族なんだから超高速で動いて一人でダブルスやるとか、ラケットで空間を斬り裂いて、そこで止まったボールを打ち返すとかできるんじゃない?」
「なんですか、それは?それをやると分かり合えるのですか?」
「そう。そして最後は砂浜に一列に並んで、夕陽が沈む海に向かって『ばかやろ~~~っ』って叫ぶの」
「それは、ヘル様がおやりになればよろしいのでは?」
「わ、私!?私は飛ぶことしか覚えなかったから。空飛ぶお届け物屋さんでのやろうかと思うの」
「はぁ?」
「あ、あとは、スポーツが苦手なら歌劇団を結成するとか、・・・あ!!吹奏楽部とかどう?私とミセリとアイリでユーフォニアムやるからマゾンさんはトランペットで、・・・だめ?」
「トランペットとは何ですか?」
「・・・じゃ、じゃあ、皆で協力して同人誌を作るとかどう?」
「同人誌?」
「誰かの家に集まって徹夜で原稿を描くの。お泊り会みたいで楽しいわよ。
でも、大抵推しアニメを見ちゃったりマンガ読んだりして、肝心の原稿はあまり進まないんだけど。・・・学生の時はテスト期間中の休みに勉強会ってウソついてよくやってたなぁ。あれでよく卒業できたなって我ながら感心するわ」
「それは無理なのではないでしょうか?」
それを聞いたマゾンは半ば呆れたようにそう返していた。
「なんで?なぜ無理だと思うの?」
人の言う事をあまりに否定し続ける彼女の言い方に、ツカサがそう突っかかると、
「なんでもなにも、相手が熊避けの実の花だからです」
マゾンは半ば呆れたようにそう返していた。
「えっ!?」
「ですから、熊避けの実の花たちにそんな理想論が通じるワケないと言っているのです」
その瞬間、彼女の時間が止まった。
「・・・えっと、マゾンさんだっけ!?」
「はい」
「何しに来たの?」
「ですから、ダンテ様からの依頼を受けて、ヘル様の熊避けの実の花たちの訓練に・・・」
その刹那、ヘルは腰が抜けたように“へなへな”と崩れ落ちるようにその場に座り込んでいた。
「ヘル様、大丈夫ですか?」
そう言って駆け寄ってきた彼女のベルトからムチがぶら下がっているのを見つけ、
「訓練?調教じゃなくて?」
ツカサは思わずそう呟いていた。
〈つづく〉




