第17話・「な、な、な、なんじゃそりゃ~~~~~~~~~~っ」
「・・・ヘル様」
ミセリは3つの月明かりに照らされた薄暗い部屋の中に1人いた。
ヘルが裸のまま飛び去るのを見送った後、厩務員たちから事情を聞いた医師や看護師たちが部屋に押し掛け診察を受けたが、当然のことながらどこにも異常は見られず、彼女は勧められた検査入院も拒否していた。
その後、修理工の人達が壊れたドアを応急処置してくれたこともあり、彼女は裸のままカーテンにくるまって窓の外を見つめながら、ヘルの帰りをひたすら待ち続けていた。
だが、時間だけが虚しく過ぎていき、地平線の向こうから夜空が白み始めた。
「・・・ヘル様」
もうすぐ点呼の時間だ。
よほどの理由がない限り隊長である自分がその場にいないワケにはいかない。
彼女は制服を着るため、ため息まじりにその場を離れた。
いや、離れようとした瞬間、白み始めた空をこちらに向かって飛んでくる小さな影が見えた。
「!?」
その、どんどん近付いてくる影にミセリは見覚えがあった。
いや、彼女が見間違えるはずがなかった。
「ヘル様っ」
そう。それはヘルだった。
「ヘル様~~~っ」
ミセリは裸なのも忘れてベランダに飛び出ると、彼女に手を振っていた。
そして、それに気付いたヘルも笑みを浮かべて手を振り返しながら更に近付いてきて、大きく広げた翼を羽ばたかせて彼女の上空に静止していた。
そのまま着地しなかったのは、失敗してミセリにぶつかりでもしたら大変だと思ったからだ。
「ミセリ、大丈夫?ていうか、なんで裸なの?」
「ヘル様。こ、これはその、・・・そ、それより、その衣装はどうされたのですか?」
裸なことを突っ込まれたミセリは、速攻でそう切り返していた。
「あ、これ、どうかな?」
そう嬉しそうに、そして恥ずかしそうに微笑む彼女の笑顔に、ミセリは自分まで嬉しくなっていた。
「ヘル様、その衣装、すごく可愛らしくて、とてもお似合いですよ」
「そ、そお?」
ミセリに太鼓判を押されたのがよほど嬉しかったのか、ヘルは安堵と照れが入り雑じらせながら、
「よかった。ちょっと露出が多すぎな気がしてて、お城に着いたら着替えようかと思ってたんだけど、ミセリにそう言ってもらえて安心したわ」
そうお礼を言っていた。
「き、着替えるなんて勿体ない。その衣装、本当に素敵です」
「で、でも、ちょっと見え過ぎない?」
「い、いえ。私的にはもっと見えてもいいかと・・・」
「えっ!?」
「いえ、なんでもありません」
「そお?それならいいけど、降りるから後ろに下がって。ぶつかったら大変だから」
そう言うと、ヘルはゆっくりと下降し始めた。
だが、今のミセリはそれどころではなかった。
彼女が下降し始めたことで、大きくスリットの入ったズボンが風を受けてパラシュートのように膨らんだのだ。
「!?」
しかも彼女が空中でバランスをとろうと脚を開いていた為、ミセリはヘルの“つるつる”で“ぷにぷに”の肉丘や、その真ん中を艶かしく縦に走るスリット、更にはその後ろで“きゅっ”と絞まるちっちゃなすぼみまでもを、ほぼ真下から見上げる格好になっていた。
そして、ヘルが彼女の頭上の高さまで降りてきた時、それは起きた。
“ヒュ~~~っ”
突如吹いた突風にヘルはバランスを崩していた。
「えっ!?えぇぇっ!!」
「ヘル様!?あぶないっ」
「あぶない、ミセリどいて」
そして、
“どがっ”
鈍い激突音がして彼女はベランダに尻餅を着いていた。
「いたたたたた、あれ!?」
そこで彼女は、自分のお尻が床に激突しておらず、なにかに跨がるように着地していることに気付いた。
しかも脚の付け根に、なにか生暖かいものが密着していることにも気付き慌てて床を見ると、脚の付け根からこちらを見上げるミセリと目が合った。
「「!?」」
その瞬間、2人の時間が止まった。
そう。ヘルは着地する際にミセリの顔に跨がるようにぶつかり、そのまま彼女を床に押し倒すように尻餅を着いていたのだ。
しかもズボンが風で捲れあがっていた為、露になった“つるつる”で“ぷにぷに”のそこが、ミセリの唇に密着していた。
「ご、ごめんなさい。大丈夫!?」
ようやく事態を理解したツカサは、慌ててミセリの上から飛び退いてした。
「い、いえヘル様。私なら大丈夫です」
そう言いながら唇を丁寧に舐め回した直後、彼女は鼻からギャグアニメのように鼻血を吹き出していた。
「み、ミセリっ!?」
それを見たヘルは裸のミセリをお姫様のように抱き上げていた。
「へ、ヘル様!?」
ミセリはいきなりお姫様抱っこされ驚いた様子で、
「いけません。服に血が付いてしまいます」
そう言ったが、
「血は洗えば落ちるわ。いいからしっかり掴まって」
そう言われ、彼女はしっかりヘルの首に腕を回していた。
「あ、あのヘル様、これからどうなさるつもりですか?」
「ベッドまで運ぶから、頭を動かしちゃだめ」
「えぇぇっ!!」
その言葉にミセリはハンパないぐらい動揺していた。
「そ、そんなヘル様、待って下さい」
だが、彼女がそう言い終えるより早く、ヘルはミセリをベッドに寝かせていた。
「ミセリ、聞いて」
だがミセリはヘルの顔を見ることが出来ず、耳まで真っ赤に染まる顔を両手で覆い隠すようにしていた。
「待ってヘル様、せめてシャワーを浴びてから・・・」
「いい、お医者さんを呼んでくるからじっとしてて。動いちゃだめよ」
「えっ!?」
そう言い残すと、ヘルは部屋から出て行ってしまった。
「・・・ヘル様」
ミセリは彼女の名を呼びながら唇をなぞると、その指先をゆっくりと滑らせていた。
上向きになっても全く形の崩れない、瑞々しく実る果実のような膨らみから鍛え抜かれた腹筋、そして可愛いらしいちっちゃなおへそと引き締まった下腹部を経て再び脚の付け根へと潜り込ませていく。
「はぁん、ヘル様ぁ」
彼女はそのまま第3ラウンドに突入した。
いや、突入しようとしたまさにその時、
“ばたんっ”
部屋のドアが勢いよく開いた。
「!!!??????」
ベッドに全裸で寝ていたあまりに突然の出来事に、彼女は全裸のままドアに背を向けるようにして身体を縮めることしかできないでいた。
「ミセリっ」
「ヘル様!?」
そう。突然ドアを開けたのは、今部屋を出て行ったばかりのヘルだった。
「へ、ヘル様、と、どうなされたのですか?」
状況が飲み込めずしどろもどろになる彼女を他所に、ヘルはこちらにどんどん近付いてくると、枕元にしゃがみ込んだ。
「ミセリ」
名前を呼ばれ振り返ると、鼻の頭同士がくっつくぐらいの近さに、自分を見つめるヘルの顔があった。
しかも彼女の顔は、恥ずかしそうに赤く染まっていた。
「ミセリ」
そう言いながら、彼女の顔が更に近付いてくる。
「お、お待くださいヘル様、まだ心の準備が・・・」
「お医者さんてお城のどこにいるの?」
「えっ!?」
「えっと、その、私、お城の中のことが全然分からなくて・・・」
顔を真っ赤に染めて、そう恥ずかしそうにはにかむ彼女の笑顔に“どきっ”としながら、城内医院の場所を教えると、
「ありがとう。すぐに呼んでくるから待ってて」
彼女は再び部屋を飛び出て行った。
数分後、ミセリは城内医院のベッドで勤務医の診察を受けていた。
最初は近衛の隊長である自分が休むことなど出来ないと拒否していたが、それを見かねたヘルが彼女を再び抱き上げ、私が連れて行くと言うと観念したかのように従い、お姫様抱っこで医院に運ばれた。
もちろんその間中、彼女の頭の中でウエディング・マーチが鳴り続けていたことは言うまでもない。
そして診察を受けたが、幸いにもどこにも異常は見られなかった。
そう、着地しようとするヘルのそこが顔にぶつかった時、ミセリは逃げるどころか逆に顔を密着させていた為、後ろ受け身をとる格好になり、後頭部は床に激突せず無傷だったのだ。
彼女の身体、特に頭にケガがなく、背中とお尻を打ったぐらいだと知り“ほっ”とした瞬間、
“バタンっ”
勢いよくドアが開いた。
「ミセリっ」
「お姉ちゃん」
「ミセリお姉ちゃん」
「隊長っ」
それは、ミセリがまた負傷したと聞き、慌てて駆け付けたサクラとアイリ、そしてメアリの3人と非番の近衛たちだった。
「サクラ様、みんな・・・」
「みんな、ごめんなさい」
皆への感謝を言おうとしていたミセリの言葉は、ヘルの謝罪の言葉に掻き消されていた。
「ヘル様!?」
突然頭を下げた彼女に、皆が言葉を失っていた。
「どうなされましたヘル様?」
「私が着地に失敗してミセリにぶつかっちゃったの。本当にごめんなさい」
「ヘル様、頭をお上げください」
「でも」
「ヘル様は謝る必要ありません。あなた様は悪くありませんから」
「えっ!?」
その、すぐ横から聞こえた冷静過ぎる口調にツカサが顔を上げると、彼女の隣にハヤテが立っていた。
「ヘル様が着地する直前に、ミセリ隊長は自ら前に歩み出ていました。あれは明らかに隊長のほうからぶつかりに行っています。隊長?何をなさっていたのですか?」
「えっ!?」
『風を受けて帆のように広がるズボンのスリットから見える、ヘルのそこを注視するあまり、無意識に足が前に出てました』なんて口が裂けても言えない彼女が必死に言い訳を考えていると、
「あ!!もしかして、私がいつも着地に失敗するから受け止めようとしてくれたの?」
ヘルがそう助け船を出していた。
それ以外の理由をツカサが思い付かなかったからだ。
「そ、そうです。それですヘル様」
ミセリは、またもやしどろもどろになりながら、渡りに船とばかりに彼女の手を握っていた。
「それで、お姉ちゃんのケガは?」
メアリが心配そうに訊ねると、
「大丈夫よ、あなたのお姉さんは倒れる瞬間に受け身をとったの。さすが近衛隊隊長、といったところね。でも、今日1日は念のために入院してもらうけど安心して」
看護師の女性が安心させるようにそう話し掛けたが、
「でも、それじゃあ、お姉ちゃんはお祭りに行けないね」
返ってきたのは寂しそうな答えだった。
「えっ!?あ!!」
それを聞いてミセリの表情が一変していた。
そう、今日はサクラ様とアイリとメアリがヘル様とお祭りに行く。
当然自分がその護衛につくと決めていた彼女は、
「いえ、私なら大丈夫です。ヘル様にご一緒します」
そう訴えたが、
「ごめんなさいメアリ、今日は行けないわ」
その言葉は、ヘルからメアリへの謝罪によって遮られていた。
「えっ!?どうして?」
「私はお医者さんでも看護士さんでもないから何もできないけど、ミセリを看病させてほしいの。今日はずっとミセリのそばに居たいの。だからお祭りは明日にして。だめ?」
「えぇぇっ!!?」
その瞬間、ミセリの脳内は妄想暴走のお花畑状態に突入していた。
(注)ここからはミセリの妄想です。しばらくお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
「ミセリご飯よ」
「ヘル様」
横たわっていたベッドの上で、上半身だけを起こしたミセリの横に、食事が乗るトレイを持ったヘルが腰を降ろしていた。
彼女はメイド服に身を包み、用意した食事をスプーンに掬い、ミセリの口元へと運んだ。
「ほら、あ~んして」
「へ、ヘル様」
「だめ」
そう言いながら、ヘルは彼女の唇に立てた人差し湯を当てていた。
「えっ!?」
「私のことはヘルって呼んでって、いつも言ってるでしょ」
「そ、そんな・・・」
「ほら、あ~ん」
「は、はい。あ、あ~ん」
「美味しい?」
「は、はい。とても」
「よかった」
そう嬉しそうに微笑む彼女の顔を見とれながら食事が終ると、
「次はお薬ね。あれ?」
「いかがなされましたか?」
「おかしいな、グラスがないわ」
「えっ!?」
「困ったなぁ。お薬は食後すぐに飲むようにってお医者様から言われ仕たのに・・・仕方がない。ミセリ、お水は口移しでてもいい?」
「えっ?ぇぇっ!?」
「だめ?」
「い、いえ、ヘル様なら・・・」
するとヘルは、注ぎ口に尖らせた唇をつけたままピッチャーを持ち上げ、口の中に水を含むと、そのままミセリにキスしていた。
(ヘル様)
彼女の温かい唇が自分の唇に触れている。
その感触に戸惑いながらも唇を重ねていると、そこを何か生暖かく滑る何かが這うように突っついているのに気付いた。
「!?」
それがヘルの舌だと気付いたミセリが、それを受け入れるように唇を開くと、彼女の舌と一緒に水が口の中に流れ込んできた。
「んんっ」
舌を絡ませながら味わうように吸い合うたびに、2人の口の中で混ざり合う唾液を水と一緒にミセリが飲み干していく。
けれどそれは重なり合う唇から溢れ、顎から細い首筋を伝い、その下の鎖骨の窪みに溜まって溢れ、2人の服の胸元を濡らしていた。
「ミセリ、ごめんなさい。パジャマが・・・」
ヘルが慌てて彼女の胸元を拭く。
「いえ、大丈夫ですヘル様」
「でも」
「すごく汗をかいたので、ちょうど着替えようと思っていたのです。ですから気になさらないでください」
それを聞いたヘルの顔がみるみる赤く染まっていく。
「着替えるの?」
「はい」
「じゃあ、私にミセリの身体を拭かせて」
「えぇぇっ!?」
その、思いもかけないお願いに彼女はベッドから落ちそうになるぐらい驚いたが、
「だめ?」
鼻の頭同士がくっつくぐらいの距離で見つめられながらそう言われ、
「お、お願いします」
顔を真っ赤に染めながらそう返していた。
「じゃあ、パジャマを脱がせてあげる」
「えっ!?ダメです」
だがヘルは、そう言うミセリを他所にパジャマのボタンを外していく。
「へ、ヘル様」
肝心のミセリも、口ではそう言いながらも抵抗する素振りは全くなく、彼女はあっという間に裸にされていた。
「へ、ヘル様見ないで、恥ずかしい」
彼女はあまりの恥ずかしさに、ベッドの上で顔を両手で覆い、ヘルに背を向けていた。
けれどヘルは、そんなミセリを後ろから抱きしめるように身体を密着させていた。
「ミセリ、ミセリの身体、ちゃんと見せて」
「ダメです。恥ずかしくて、そ、それに私なんて・・・」
「そんなことない。ミセリの身体、すごくキレイよ」
「ヘル様」
「だめよミセリ。私のことはヘルって呼んで」
「で、でも、あなたは姫で私は近衛で、身分が・・・」
「そんなの関係ない。今度ヘル様って呼んだらお仕置きだからね」
「は、はいヘル様・・・」
その瞬間、ミセリの言葉は途切れていた。
彼女の唇をヘルが唇で塞いでいたのだ。
「ミセリ、お仕置きって言ったでしょ?」
「えっ!?」
「ミセリの身体、私が舐めてキレイにしてあげる」
耳元でそう囁くヘルに、耳の中を舐め回され耳たぶを甘噛みされた瞬間、
「へ、ヘル様っ!!!!!」
妄想が限界突破し、ミセリはまた鼻血を吹き出していた。
「ミセリっ」
「隊長っ」
「隊長っ」
「隊長っ」
「ミセリお姉ちゃん!!」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
“バタンっ”
その時、再びドアが開いたかと思うと、そこにはお妃が立っていた。
「お母様」
「お妃様」
「お妃様」
その場に居合わせた、医者と看護士とサクラとヘルを除く全ての者が床に膝を着き頭を下げた。
そして、
「ミセリ、ベッドから出てはいけません。横になったままにしていなさい」
ベッドから飛び出て膝を着こうとしたミセリをお妃が制止していた。
「はい、お妃様」
その口調は、アイリを公開処刑しようとした元法相を断罪した時と同様に凛としており、誰も逆らえないオーラを纏っていた。
「先生、ミセリの具合はどうですか?」
「はいお妃様、怪我や骨折や脳内出血などもありません。ですが、原因不明の発熱と鼻血が続いています」
「ミセリに限らずこの国の民は誰1人として失ってはいけない大切な命ばかりです。さぁ入って」
「はい」
お妃に促され医務室に入ってきたのは、アイリと同い年ぐらいの女の子だった。
その姿を見た瞬間、医務室がどよめきに包まれた。
そしてそれはツカサも同じだった。
彼女はその少女が着ているのと同じようなコスチュームを、転生もののアニメやマンガでよく見ていたからだ。
(あのコスチュームってまさか!?)
「医療魔導士のクレア?」
「王宮魔導士のクレアがどうしてここにいるの?」
皆が口々にそう戸惑いの声をあげる中、ツカサは感慨の声をあげていた。
(医療魔導士って、やっぱりヒーラーなんだ。初めて本物見た)
ヒーラーがあらわれたことでミセリが助かると確信したせいか、ツカサはテンションが上がりまくりだった。
「クレア、ミセリを治療してあげて」
「はい、お妃様」
クレアがミセリに両手をかざして呪文を唱えると、彼女の両手首のブレスレットに埋め込まれた宝石が光り輝き、それが掌からミセリへと照射されていた。
「ミセリ、気分はどう?」
心配そうに訊ねるヘルに、
「はい、身体がすごく楽になっていくような気がします」
ミセリもリラックスした表情でそう返す。
やがてクレアが治療を終えると、
「クレア、ミセリの容体はどうなのですか?」
そうお妃様が改めて質問していた。
「はいお妃様。身体の何処にも異常はありません。ただ疲労の蓄積が凄くて、今日は休養した方がよろしいかと思います」
「ミセリ、聞きましたね?今日は1日休養すること。いいですね」
自分の為に医魔導士まで連れてきてくれたお妃様のお願いを断れるはずがない。
「は、はい」
ミセリはそう返事するしかなかった。
「あの、お妃様」
そして、それを待っていたかのように、ヘルがお妃様に話し掛けていた。
「なに?」
そう振り向いたお妃の顔も口調も、ツカサの知るいつもの彼女に戻っていた。
そんな彼女にツカサはある疑問をぶつけた。
「ヒーラー、いえ、医療魔導士を私は初めて見ました。昨夜、ミセリの搬送に呼んだ馬車には何故医療魔導士が乗っていなかったのですか?」
「それは、我が国には彼女1人しか医療魔導士がいないからです」
「えっ!?なんで?いえ、何故ですか?」
「それは、医療魔導士の仕事が命がけで、しかも育成に莫大なお金がかかるからです」
お妃は苦渋の表情で話し始めた。
「えっ!?」
「本人の魔力にもよりますが、医療魔導士は治療に膨大な生命力を使います。例えば身体の一部、四肢や内蔵を欠損するほどの傷を治癒すれば、40リグルの距離を全力で走ったぐらい体力を消耗します」
「40リグル?」
「40リグルはフェアデリアの外れのサルザスの村からヘル様の故郷ぐらいまでの距離です」
リグルが分からないヘルにアイリがそっと耳打ちした。
「そ、それってフルマラソンぐらいあるじゃん!?そんなに疲れるの?」
「ですから、本当に必要な治療の時にしか魔導士に治癒は頼めません。ですが、何より問題なのは育成するための学校の学費が高く、しかも全寮制で、かなり裕福な家庭の子でなければ入学できないという事実です」
「ま、マジか!?」
その、異世界転生から余りにかけ離れたリアルな現実に、ツカサは言葉を失っていた。
「国が補助金や奨学金を出せばいいのではないですか?」
ツカサはそう食い下がったが、お妃様の口から語られたのは悲しい現実だった。
「1人にそれを認めれば全員に認めなければならなくなります。
それに例え魔力があっても家庭が困窮していたら、後から返さないといけない奨学金をもらって、なれるかも分からない魔導士の学校に行かせるより、就職させることを選ぶ親も少なくありません。
確かに医療魔導士は必要です。けれど、飛竜族や獣人族、それにサラマンダーたちとも戦争状態にあるこの国では、数十人、数百人を毎年援助し続けてくことは現実的に無理があります」
(だからか!!)
勇者のパーティーにはヒーラーがいるはずなのに、なぜ獣人や巨獣との戦いで全滅したのか?何故ミセリたち近衛が獣人の操るサラマンダーとの戦いで何人も命を落としているのか?
それがツカサには不思議で仕方なかった。
が、その理由がやっと分かった。
まさかヒーラーがいなかったとは思いもしなかった。
「じゃあ、お金があれば学校に通わせれるんですね?」
「ええ、その通りよ。でもそのようなお金はどこにも・・・」
「私が持ってます」
「えっ!?」
ヘルのその一言に医務室は水を打ったように静まり返った。
「私がドラゴンドロップで払います。だから将来有望な子を学校に行かせてあげてください」
「それは構いませんが、親御さんが反対するかもしれませんよ?」
「なら、親御さんにもドロップをあげてください。そうすれば絶対に反対しないと思います」
そういうヘルに、
「そんなことをしたら、ヘル様が人身売買をしているという疑いや、そういう悪い噂が流れますよ。いいのですか?」
皆がそう言って反対したが、
「それ、悪魔族への最高の褒め言葉よ」
ヘルはウインクしながら笑顔でそう返していた。
「ヘル」
そんな彼女にお妃が話しかけた。
「はい?」
「どうして私たちのためにそこまでしてくれるのですか?」
「昨日、ミセリが死んじゃうんじゃないかって、すごく心配だったんです」
「ヘル様」
それを聞いただけで、ミセリの顔がみるみる赤く染まっていく。
「それだけじゃない。ミセリや近衛のみんなが命がけで戦っているのに私には何もできないのが悔しいんです」
「そ、そんなことありません。ヘル様はアイリを救い、獣人を倒し、花たちから馬を助けたではありませんか」
そう言葉をあげる近衛に追随するように、
「そうよヘル、私もあなたに何かしたいわ?何かしてほしいことがあったら遠慮なく言って」
お妃もそう言っていた。
「何か、ですか?」
すると彼女は、メアリが自分に“ぴたっ”と身を寄せ、ズボンを“ぎゅっ”と握っていることに気付いた。
「じゃあ、マリアやアイリやメアリたちとお祭りに行ってきていいですか?」
「えっ!?」
そう驚くお妃に、
「お母様、行ってきていい?」
マリアもそうお願いすると、
「分かったわ。でも1つだけ条件があります」
お妃は皆にそう返した。
「条件?」
「ミセリがずっと行きたそうにしてるの。だから彼女に何かお土産を買ってきてあげて」
「お、お妃様!?」
ミセリが恥ずかしそうにそう声をあげると、
「じゃあ、私がミセリお姉ちゃんの大好きなチョコバナナ買ってきてあげる」
そんな彼女を元気づけようとメアリが発した一言に、
「め、メアリ、それ言っちゃダメ」
アイリが慌ててそう言って止めようとした。
が、時すでに遅く、
「えっ!?」
それを聞いた近衛たちは鳩が豆鉄砲を食らったかのように“ぽかん”となり、肝心のミセリは顔を真っ赤にして隠れるように布団を頭から被っていた。
「チョコバナナがどうかしたの?」
何故皆がそんな反応をするのかが分からないヘルが不思議そうに訊ねると、
「そ、その、チョコバナナは幼少の時は皆食べますが、小学校に入学する頃には卒業するといいますか・・・」
近衛の1人が困った様子でそう返していた。
どうやらこの世界では、チョコバナナは幼児の食べ物で、大人になっても大好物というのはありえないものらしい。
「えっ!?そうなの?私もチョコバナナ大好きよ?」
「えぇぇぇっ!?」
ヘルがそう言った瞬間、医務室はひっくり返らんばかりの驚きの声に満たされ、肝心のミセリもベッドの上で飛び起きていた。
「ほ、本当ですか?」
そう驚きを隠せないミセリに、
「うん。じゃあ、お見舞いにチョコバナナを買ってくるから、後で一緒に食べよう。いい?」
そう言いながらヘルは“にこ”っと微笑んでいた。
「えぇぇっ!!?」
だがミセリは驚きの声をあげ、またしどろもどろになっていていた。
「どうかしたの?」
「い、いえ」
だが、ミセリは明らかに挙動不審だった。
そう、彼女の頭の中では、ヘルが言った『チョコバナナを一緒に食べよう。いい?』が針の跳んだレコードのように繰り返されていた。
(わ、私がヘル様と・・・)
ミセリはヘルの唇を見つめながら再び妄想モードに突入していた。
彼女はヘルは見つめ合うように向き合い、木の棒を抜いた1本のチョコバナナの両端を咥えていた。
そして、一口ずつ噛む度に互いの距離を縮めながら近付いていき、最後の一口を食べながら2人はキスすると、そのまま舌を絡ませ合っていた。
「へ、ヘル様っ」
ミセリはまたしても鼻血を吹き出していた。
ヘルとマリアにメアリ、そしてアイリの4人は街のお祭りに来ていた。
「ヘル様、うちの肉料理も美味しいですよ、一口いかがですか?」
「ヘル様、よかったらうちのも食べていってください」
「ヘル様~っ」
昨日までとは打って変わって、皆がヘルに声をかけてくる。
それは、すれ違う人達も同じだった。
「ヘル様、そのお洋服、とてもお似合いですよ」
「ありがとう」
「背中が随分と涼しそうですが・・・」
「これだと翼を広げても服が破れないでしょ」
もし人族のお姫様がこんな格好で街を歩いていたら、破廉恥だとか姫としての自覚が足りないとか抗議が殺到しただろう。
だが、それがこうも好意的に受け入れられているのはいくつか理由があった。
まず大きかったのは、サクラやアイリを助け、獣人を倒しサラマンダーを追い払った件だった。
あれで彼女を見る皆の目が明らかに変わってきつつある上に、一瞬で瀬戸物の地位を復権させたり、リンゴ飴やリンゴ酒が好きという意外に庶民的なところも好意的に受け止められていた。
そして何より一番大きかったのは、彼女は悪魔姫なのだから、こういう衣装を着ていても不思議ではないという人々の先入観だった。
「その服、どこで買われたんですか?」
「ちがうの、実家から持ってきたの」
そんな会話をしながら歩いていると、
「ヘル、チョコバナナのお店あったよ」
マリアとメアリに手を引かれて行った先に、チョコバナナのお店があった。
「ホントにあるんだ・・・」
彼女がそう驚きの声をあげた時だった。
「あ、あの、ヘルお姉様」
「お姉様!?」
突然そう声をかけられ、彼女が慌てて振り返ると、目の前にアイリと同い年ぐらいの、眼鏡がとてもよく似合う、いかにも文学少女といった感じの女の子が立っていた。
「ヘルお姉様」
それを聞いたツカサは後ろを振り返って自分以外誰もいないことを確認すると向き直り、『それって私のこと』と、自分を指差していた。
「はい、そうです」
眼鏡っ娘はそういうと、耳まで真っ赤に染める顔を恥ずかしそうにうつ向けながら、A4サイズぐらいの粘土板をヘルに差し出していた。
「こ、これ、受け取っていただけますか?」
「えっ!?」
そう言われ、彼女は思わずそれを受け取っていた。
「あ、ありがとうございます。それ、私の気持ちです。読んでください」
彼女はそう言うと、逃げるように走り去っていった。
「ヘル、どうしたの?」
いつの間にか後ろを向いていた彼女にマリアたちが声をかけると、
「それが、今こんなものをもらって・・・」
と言いながら振り返った彼女が持つ粘土板を見て、
「へ、ヘル様~~~っ」
とアイリが飛び上がらんばかりに驚いていた。
「ど、どうしたの?そんなに慌てて」
状況が飲み込めず、そう聞き返した彼女の耳に飛び込んできたのは衝撃の事実だった。
「そ、それ、ラブレターです」
「えっ!?えぇぇっ!!?」
ツカサは大慌てで粘土板に書かれた文字を読み始めた。
異世界の文字のはずなのに、日本語みたいに“すらすら”読めるそれには、ヘルが公開処刑されかけていたメイドの女の子を下着姿なのも憚らず助け、元法相に啖呵を切ったその姿に心を惹かれたこと。そしてサラマンダーに乗った獣人を倒す姿を見て、それが恋だと気付いた。と言う内容が超情熱的に書かれていた。
「あ~、私にもこんな乙女な頃があったなぁ」
「えっ!?ヘル様もラブレターを書いたことがあるのですか?」
ヘルの思いがけない告白に、アイリたちは、いや、それ以外の人達も興味津々の様子で聞き耳を立てていた。
「うん。相手は2次元人だったけど。・・・せめて2.5次元だったらよかったんだけどね・・・」
「2じげん?2.5?それ、人の名前ですか?」
「兎にも角にも現実は厳しくて・・・」
ツカサはそうしみじみ言いながら続きを読み始めた。
「え~っとなになに、『15人いた王子様たちも「悪魔姫なんかと結婚できるか~」と言って養子に行ったり、自ら廃嫡して出家したりして、王家にはもうマリア様しか残っていないという噂を聞きました。ヘル様もお嫁入りのことはキッパリ忘れて、私と禁断の恋に落ちてみませんか?お返事お待ちしております。
愛しのヘル様へ。
あなたのルシア・フローシュより』だって。
若いっていいよね~、こんな厨二なラブレター、アラサーのOLには書けないよ。でも大変だよね~王子様が1人も残ってないなんて。このヘルっていう娘、どうするんだろうね?
・・・えっ!?ヘル???・・・ヘルって私じゃん。・・・えぇぇっ~~~っ!??????」
ヘルは飛び上がらんばかりに、ではなく、またしても驚きの余り飛び上がっていた。
「ヘルっ」
「ヘル様」
「ヘル様~~~~~~~っ」
そして成層圏まで飛び上がった彼女は、
「な、な、な、なんじゃそりゃ~~~~~~~~~っ」
月に向かってそう叫んでいた。
〈つづく〉




