第16話・「これって、只の露出狂じゃん」
夜も更けた悪魔の国のお城では、魔王ルシファーと妃が眠りにつく前の一時を楽しんでいた。
既に寝間着に着替え、メイドも近衛も退出して2人きりになった彼らは、寝室のソファで就寝前の一杯をひっそりと楽しんでいた。
が、妃の一番の気がかりは、やはり人族に嫁がせた娘のことだった。
「あの娘、ちゃんと眠れてるのかしら?」
「そんなに心配なら伝聞鳩でも送ったらどうだ?」
“ガッシャ~~~ンっ”
その時、バルコニーの大きな窓ガラスを突き破って寝室に飛び込んで来たなにかが、ガラス片を撒き散らしながら、カーテンごと絨毯の上に転がり落ちていた。
「狼藉者だ、出会え~っ」
魔王が妃を庇いながらそう叫んだ瞬間。
「も~、なんで真っ暗なの~」
目の前でカーテン越しに“もぞもぞ”蠢くなにかがそう言いながら起き上がると、その中から姿をあらわしたのはヘルだった。
「ヘル!?」
「あなた、また戻ってきたの?」
「えっ!?」
「と言うか、なんで裸なんだ?」
「えっ!?」
魔王の言葉に視線を下げた彼女は、そこでようやく自分が全裸なことに気付いた。
そして、
「とにかく何か着なさい」
そう言いながら近付いてきたルシファーの頬に
「いや~~っ、見ないでエッチ」
と叫びながらビンタしていた。
「ぎゃん」
その衝撃彼がドアまで吹き飛ばされた瞬間、
「王様、お妃様、ご無事ですかっ」
と、叫びながら兵士たちが開けたドアが顔面を直撃し、
「きゅう」
悪魔王はドアと壁の間に挟まれて気を失っていた。
「父上、母上、ご無事ですか?」
そして、兵士達と一緒に駆け付けたダンテが見たのは、ヘルにカーテンを羽織らせる母の姿だった。
「もう、あなたはいつになったら着地が上手くなるの?」
そう言いながら羽織らせたカーテンで胸元を隠すように交差させた時、妃はあることに気付いた。
「ま、まぁ、ヘルったら」
そう言う彼女の顔がみるみる赤く染まっていく。
「どうしたの?」
その、恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに自分を見つめる視線に、ツカサは怪訝そうに訊ねた。
「初夜からローションプレイだなんて、あなた、いつからそんなに積極的になったの?」
そう言って、顔を耳まで真っ赤に染める妃に、
「ば、バカなこと言わないでよ。まだ顔も見てないわ。これはメイドの女の子がエステをしてくれたの」
と、ツカサは必死に否定していた。
「あら、そうなの?」
「それより姉さん、こんな遅くに何か用?」
そんな2人に割って入るようにダンテが話し掛けた。
「あ!!ダンテ、ちょうどよかったわ」
ツカサはミセリのことを彼に話した。
「おかしいな?そんなはずはないんだけど・・・」
だが、弟から返ってきたのはけんもほろろな返答だった。
「でも、本当に熱が・・・」
「なに言ってるの姉さん。ボクたち悪魔が病気になるわけがないよ」
「そ、そうなの?マンガやアニメじゃ悪魔も虫歯とか水虫とかぎっくり腰になってたわよ?」
「少なくともその人が熱があるのは、違う理由なんじゃないかな?」
「え~~~、どうしよう?あんなに辛そうなのに」
そう本心から心配している姉の様子に、
「多分その人自身も気付いていないだけで、潜在意識の奥底で悪魔を怖がってるんじゃないかな?」
ダンテはそうアドバイスしていた。
「えっ!?」
「もしそうなら薬じゃなく対処療法の方がいいと思うよ」
「対処療法?」
「そう。恐怖心を克服するためのね」
「例えば?」
「例えば、姉さんの唾液か体液を毎日少しずつ飲ませるとか」
「えぇぇっ!?!!!!」
それを聞いたツカサは飛び上がらんばかりに驚いた、ではなく、驚きのあまり本当に飛び上って天井に突き刺さっていた。
「ヘル!!」
「姉さん!!」
妃と弟が足首を掴んで引っ張ると、彼女は天井から“すぽん”と抜け落ち、その勢いのまま尻餅を着いた2人の上に覆い被さるようにぶつかっていた。
「いった~~~い」
「母上、大丈夫ですか?姉さん早くどいて、重い」
「何サラっと失礼なこと言ってるの?」
「お妃様、ヘル様、ダンテ様、大丈夫ですか?」
兵士やメイドたちが3人を次々に立ち上がらせていく。
「ヘル様、お召し物が!!」
「えっ!?」
天井にぶつかった時にどこかに引っ掛けたのだろう。
ヘルが羽織っていたカーテンはビリビリに破れ、肝心なところが見えまくりになっていた。
「きゃ~~~っ、見ないで~~」
そう叫んで慌ててダンテの後ろに隠れる娘に見かねた妃が、
「誰か、この娘の部屋からお気に入りの服を持ってきてあげて」
そう言うと、何人かのメイドたちが慌てて部屋を出ていった。
「姉さん、今日来た目的はそれだけ?」
「えっ!?」
それを聞いてツカサは“はっ”と我に返った。
「そうなのよダンテ。熊避けの実の花たちが馬とか襲って大変なの。ちゃんと躾とかしてくれる施設とかないの?」
「あぁ、それならいい訓練師を知ってるから紹介するよ」
「ホント!?」
「うん。明日の朝にでも連絡してみる」
「お妃様、ヘル様のお召し物です」
そこに、彼女の服を持ったメイドたちが帰ってきた。
するとその中にメイド長やデスブリッジで見送ってくれたメイドたちの姿があった。
「ヘル様っ」
「ヘル様っ」
「ヘル様、お帰りなさいませ」
「メイド長、みんな!?」
彼女たちがヘルの元に駆け寄ると、皆が互いの手を“ぎゅっ”と握りあっていた。
「ヘル様、お元気そうでなによりです」
そう言って涙ぐむ彼女に、
「もう、メイド長たら何言ってるの?まだ2日しか経ってないわよ」
ヘルも笑顔でそう返す。
「ごめんね、ホントはメイド長のことを“ぎゅっ”て抱きしめたいんだけど、見ての通り私、今“ぬるぬる”で」
それを聞いたメイド長は、
「へ、ヘル様があちらの王子様とラブラブそうで安心しました」
そう言って頬を赤らめていた。
「め、メイド長まで何言ってるの?これは、命を助けた女の子がお礼にエステを・・・はっ!?」
そこでツカサはあることに気付いた。
「ヘル様、いかがなされました?」
「姉さん、どうしたの?」
突然黙り込んだ彼女を、メイド長やダンテが心配そうに見つめる。
「・・・元法相」
「えっ!?」
「すっかり忘れてた。元法相は今なにしてるの?」
そんな彼女の口から飛び出したのは、あの男の消息だった。
「あぁ、あの人なら姉さんのお客様だし、何より父上がすっかり気にいって国賓として接待してるよ」
「えぇぇっ!?なんで???」
「自分の保身や出世の為なら王族だろうが親友だろうが罪をでっち上げてでも排除する。それがダメなら暗殺もやむなし。そんなことを当たり前にやる人なんて悪魔族にもなかなかいないって父上が感服して・・・」
「それって褒めてるの?貶してるの?」
「ヘル、それより早く服を着なさい。メイド長、お願い」
いつまでも経っても服を着そうにない愛娘にお妃は痺れを切らしたように注意していた。
するとメイド長がメイドたちから服を受け取り、ヘルへと差し出していた。
「ヘル様、お召し物を」
「ありがとう」
ツカサはそう言って受け取り着ようとするが、
「???」
それは、どうやって着たらいいのか分からない形をしていた。
生地の布面積の比率が明らかにおかしいのだ。
「???」
それを持ったままどうしていいか分からず“もたもた”しているヘルに助け船をだしたのはメイド長だった。
「ヘル様、私がお手伝いします」
「えっ!?でも?」
「いいえ、私にお召し変えさせてください」
「ありがとう」
そして、メイド長から服を着せてもらいながら、何故その着方が分からなかったのかをツカサは衝撃をもって理解していた。
服の布面積が少ないのだ。
上着の生地は前しかなく、首と肩と腰のところを紐で結んで留めるタイプで、上半身は後ろから見たらほぼ裸だ。
下半身も、昔のアラビアを舞台にしたアニメなんかで皆がよく穿いている、脚を覆う生地が洋梨や茄子のように膨らんでいて足首で絞るタイプのズボンなのだが、その生地の太股の外側は腰の下から足首まで、内側も脚の付け根から足首までスリットが入っているのだ。
更にそれに加えて、ズボンの後ろもお尻が半分近く見えるぐらい生地がなかった。
どうやら尻尾を出すためらしい。
しかも下着がないため、上は胸の2つの膨らみを覆う生地の先端で、ちっちゃな蕾が自己主張するかのように“つん”と小さく尖っているのが分かるし、
ズボンのスリットも深い為、歩くだけで大きく捲れ、脚の付け根にある“つるつる”で“ぷにぷに”の肉丘や、その真ん中を艶かしく縦に走るスリット、果ては可愛いらしいお尻までもが“チラ見え”ではなく“まる見え”になりそうな気がしてならない。
「な、なにこれ!?露出プレイ?」
「なに言ってるの?それ、あなたのお気に入りでしょ?」
「えぇぇっ!?そうなの?」
お妃にそう言われ、ツカサは又もや飛び上がらんばかりに驚いていた。
「でも、布面積少な過ぎない?」
「なに言ってるの?ペットの熊避けの実の花たちの唾液でも溶けない特注品の希少な生地だからでしょ?」
「えっ!?溶けない?」
「なに驚いていてるの姉さん?それにこれなら翼を広げても服が破れないし、降りるときもズボンが帆みたいに膨らんで空中でブレーキが掛かって上手く着地出来るっていつも言ってたじゃない?」
「で、でも下着は?下着はないの?」
「下着?姉さんは下着は履かないんじゃなかったの?」
「えっ!?」
「そうよ。ペットたちの唾液で溶けるからって、ずっと着なかったでしょ?。お嫁入りの時もドレスだけで下着は着けないって言ってメイド長たちを困らせてたじゃない?でも当日になって着てくれてよかったわ。皆、“ほっ”としてたのよ」
「ノーパンノーブラでこれって、只の露出狂じゃん」
「ヘル様、とてもお似合いですよ」
そう戸惑いを隠せないヘルに、メイド長が話し掛けた。
「そ、そお?」
「はい、鏡をご覧ください」
言われるままに姿見を見ると、その衣装を見事に着こなしているヘルが写っていた。
「か、完璧すぎる」
その姿にツカサは思わず見とれていた。
そして、
(こんな完璧なコスプレは見たことない)
そう思っていた。
そう、何故ツカサが裸に抵抗がないのか?
その理由がヘルの容姿だった。
普段からイベントでコスプレしている彼女にとってこの姿は、ヘルに転生したというよりヘルのコスプレをしているという感覚が強かったのだ。
だから裸になっても、それが自分の裸ではないため、ヘルの裸のコスプレをしているという認識が強く、人の命に関わるようなそれどころじゃない事態になると、誰かに指摘されるまで裸なことを自覚できないでいたのだ。
そんなワケで、こんな完璧な悪魔姫ヘルのコスプレが出来たとなれば、誰かに見せたくなるのがオタクの性だ。
(うぉ~~~、イベント行きて~~~っ。この姿のまま再転生できないかなぁ?いや待て、これってスタッフに思いっきり怒られるやつ?それともギリギリセーフ?)
そんなことを考えながら姿見の前でポーズを決めまくるヘルに、
「姉さん、訓練師のことは任せて、ちゃんと手配するから」
ダンテがそう話し掛けると、
「えっ!?あ!!ありがとう。じゃあ帰るわ」
ヘルはそう返していた。
「えっ!?もう帰るの?」
「うん。花たちがまた誰かを襲わないか心配だし、このカッコいい衣装を早く見せたいし」
そうご機嫌の娘に、
「ヘル、あなた、まさか・・・」
お妃がまた頬を赤らめながら話し掛けていた。
「なに?」
「それを誰に見せるの?あなたまさか、その衣装で王子様と・・・」
そう言いながら、顔を耳まで真っ赤に染めるお妃の顔を見て、何が言いたいのかをツカサは察した。
「な、なにバカなこと言ってるの?見せたいのは近衛やメイドのみんなよ。てか、コスプレしたままってどんなプレイよ?」
「あら、そうなの?」
「もう、お母様ったら」
ヘルはそう言うと、さっき自分が突っ込んできたバルコニーへと出た。
「ヘルウィング」
そして背中から翼を広げ、何回か羽ばたくような仕草をしてみた。
「ホントだ。これ、いいかも」
ヘルは“ぐっ”と親指を立てた拳を皆に見せると、そのまま飛び上がった。
「お母様、ダンテ、メイド長、みんな、ありがとう。またね~~~っ」
そう言って皆に手を振ると、フェアデリアに向けて羽ばたいていった。
そして、夜空に輝く3つの月に照らされながら遠ざかっていく彼女に手を振るお妃たちの遥か後ろで、やっと意識を取り戻した悪魔王が、ドアと壁に挟まれたまま愛娘を見送っていた。
「ヘル、お父様は?なんでお父様にだけ『またね~』がないの?」
彼は悲しそうにそう呟いていた。
〈つづく〉




