第12話・「あれ!?」
「おまたせ~っ」
屋台の簡素なカーテンが開き、民族衣装に身を包んだヘルが近衛たちの前に姿をあらわした。
「!!」
そのあまりの可愛さに近衛たちは皆 言葉を失っていた。
「ヘル様、その服とてもお似合いです」
「そ、そお?」
ミセリにそう言われ、ヘルは顔を耳まで真っ赤に染めながら、照れを隠すようにその場で“くるり”と1回転した。
「!!」
そして、風で“ふわっ”と舞い上がったスカートを慌てて手で押さえていた。
「ヘル様?どうしたのですか?」
スカートを押さえたまま動かないヘルに、ミセリが怪訝そうに訊ねる。
すると彼女は恥ずかしそうにミセリの耳に手を当て、
「ごめん。実はね、下着つけてないの」
と、小声で耳打ちしていた。
「は!?」
「その、下着が熊避けの実の花の消化液で溶けちゃって」
「そ、そうなんですか?」
「今、1回転したら物凄く“す~、す~”してビックリしちゃった」
ヘルはそう言いながら、顔を赤く染めたまま気まずそうに頭を掻いていた。
そこでミセリは、ヘルの大きな2つの膨らみが押し上げる生地の先端が、“つん”と小さく尖っていることに気付いた。
(あ、あれってヘル様の、・・・いかんいかん、こんな時に何を考えてるんだ私は)
「おばあさん、ありがとう。アデルさん、後のことはお願い」
「おまかせくださいヘル様」
アデルはごきげんだった。
服とポンチョの代金にドラゴンドロップは高価すぎて受け取れないとおばあさんが固辞したため、仕方なくヘルはアデルにある交換条件を持ちかけた。
それは、ドラゴンドロップを一粒無償提供する代わりにおばあさんに代金を支払って欲しいというもので、アデルは速攻で了承していた。
「ヘル~~~っ」
そこに母親や妹と屋台を見に行っていたエリシアが帰ってきた。
「あ、エリシア」
その時、エリシアが手にするある物が彼女の目に留まった。
「エリシア、それなに?」
「え?これ?知らないの?リンゴ飴だよ」
「リンゴ飴!!」
その、あまりの驚きように、
「ヘルどうしたの?リンゴ飴がどうかしたの?」
エリシアは怪訝そうに彼女の顔を見つめていた。
「リンゴ飴って子供の時は普通に買ってもらってたけど・・・、小学校の高学年になると、お父さんが『買ってあげようか?』って言ってくれてるのに、ホントは食べたいのに、無意味に大人びて、要らないって言っちゃって」
「悪魔の国にも小学校ってあるの?」
それを聞き、エリシアは目をまん丸にして驚いていた。
「そうこうしてる間に中学生になって高校生になって益々買えなくなって、大人になったら尚更買いづらいのよね」
「大人?ヘルはまだ子供でしょ?」
そう。その小柄ながらグラマラスな身体に対して、ヘルの顔は中学生ぐらいにしか見えない。
「子供なんだからリンゴ飴買ってもいいと思うよ」
エリシアにそう諭され、ヘルの顔が“ぱっ”と明るくなった。
「そうよね。『リンゴ飴買ってただろ』ってバカにするレベルの低いイジワルな男子がいるワケじゃなし、久しぶりに食べたい。ね、エリシア。リンゴ飴の屋台まで案内して」
ヘルがそう言うと、
「いいよ。私が連れて行ってあげる」
エリシアはそう言って彼女の手を握り歩きだそうとした。
が、
「お待ち下さいヘル様」
それをミセリが止めていた。
「どうかした?」
ミセリはヘルの前に盾になるように立ちはだかり、
「我々が護衛します」
そう言って、彼女の周りに完全武装の近衛たちが円陣を組むように集まっていた。
「えっ!?」
「さぁ、参りましょう」
ミセリが彼女をエスコートしようと手を伸ばした。が、
「待ってミセリさん」
ヘルはそれを止めていた。
「どうかされましたか?」
「ミセリさんや近衛のお気持ちは嬉しいんだけど・・・」
「何かお気に召さないことでも・・・」
「ち、ちがうの」
自分を見つめるミセリの瞳に不安そうな色がよぎるのを見て、ツカサは慌ててそれを否定しながら、自分が着ている服を指差した。
「みんなもこういう服に着替えない?せっかくのお祭りなんだから、みんなにも楽しんで欲しいの。その甲冑じゃ楽しめないでしょ?」
「しかし、ヘル様のお命を狙う不埒者がいつまた現れるとも限りません。そのような装束では剣や槍を受け止められません」
「大丈夫よ、私には剣も槍も通じないから」
ヘルはそう言って胸を“どん”と叩いた。
「ヘル様がそこまでおっしゃるのなら・・・ですがあいにく私たちは替えの服を持ち合わせておりません」
「だから、みんなに服をプレゼントしたいの」
その、思いがけない提案に、ミセリたちはひっくり返らんばかりに驚いていた。
「い、一国の姫が近衛に服を贈るなど、聞いたことがありません」
だが、ツカサにはどうしてもプレゼントしたい理由があった。
「昨日、橋の上でみんなを裸にしちゃったでしょ。そのお詫びに、ね。受け取って欲しいの。みんなの甲冑は馬車に積んで帰ればいいし。だめかな?」
そう言いながら、顔の前で両手を合わせ頭を下げていた。
「お願い」
「わ、分かりました。分かりましたから、頭をお上げください」
そんな彼女に、ミセリはすっかり根負けした様子でそう返していた。
「よかった」
ヘルは“ほっ”とした様子でおばあさんを見た。
「おばあさん、アデル、ここにいるみんなにも服を買いたいの。いい?」
そう聞かれおばあさんは、
「ああ、もちろんだよ」
と、優しい笑顔で言い、アデルも、
「ど~ぞど~ぞ、バンバンお買い上げください」
と笑顔で返していた。
こうして近衛たちは、「キャハハ」「ウフフ」と年頃の女の子らしく服を選び始めた。
が、なぜかミセリだけがその輪から外れ、“ぽつん”と立ち尽くしていた。
「どうしたの?」
ヘルにそう話し掛けられミセリは最初は困惑した様子だったが、やはり彼女に隠し事は出来ないと思ったのか、その場に立ち尽くす理由を話し始めた。
「じ、実は私、その、もう何年も私服を着たことがありません」
「えっ!?なんで?」
年頃の女の子の口から出たとは思えないその言葉に、ツカサは戸惑いを隠せない。
「その、実は私たち姉妹は孤児でして」
「えっ?」
「メアリが生まれてすぐに両親が事故で他界して、私たちは父の親友だったヘルシングさんに引き取られ、剣術を習いました」
「剣術を?」
「ヘルシングさんは、師匠は、お城で兵士たちに剣術を教えていて、その縁で妹共々お城で働かさせていただけることになったんです」
「そうだったの」
「私は師匠に引き取られた時から私服は着ていません。
師匠は好きな服を買ってあげると言ってくださったのですが、なんだか申し訳なくて。
それに、近衛隊の長となった今は、いつでもお城に馳せ参じれるよう常に軍服を着用して暮らしております。ですから、どんな私服を選んだらいいかなんて想像できません」
心底困った様子でそう言うミセリは、
「だ、だから、もしよろしければ、その、私にどんな服が似合うかヘル様に選んでいただけないでしょうか?」
と、清水の舞台から飛び降りそうな表情で言っていた。
「えっ!?私?私なんかより近衛のみんなに選んでもらった方がいいんじゃない?」
ヘルはそう言ったが、
「いえ、これだけの人数がいては逆に意見がまとまりません。私が着せ替え人形にされてしまいます。ここはヘル様に選んでいただきたいのです」
そう頭を下げられ、
「わ、わかった」
「ありがとうございます」
ミセリの顔が、まるで花が咲くように“ぱっ”と笑みに満たされる。
その輝くような笑顔の破壊力に“どきっ”としながら、ヘルはミセリと一緒に服を選んでいった。
そして、ヘルたちが待ちわびる中カーテンが開いた。
そこには、彼女のボーイッシュさを肯定しつつ、ガーリーさも損なわないミニスカート姿のミセリが恥ずかしそうに頬を赤らめながら立っていた。
「キレイ」
「ステキ」
「隊長、お似合いです」
近衛たちの憧れと羨望の眼差しとどよめきにも似た感嘆の声に、ミセリはどうしたらいいのか分からない様子で顔を耳まで真っ赤に染めていた。
「ミセリさん、可愛い。思った通り、そのスカート、とっても似合ってる」
そう言ってヘルが微笑みかけた。
が、
「で、ですがヘル様」
彼女は消え入りそうな声で、何やら訴えたそうだった。
「なに?」
「す、スカートって、こんなにも無防備で“す~、す~”するものだったのですね」
と、困惑した様子の彼女に、
「大丈夫よ、私なんかノーパンノーブラなんだから」
ヘルはそう言ってミセリの手を握りウインクしていた。
「ヘル様」
「じゃあ行きましょう」
そして、はしゃぐように、ミセリの腕にしがみついていた。
「!!」
その瞬間、彼女の豊潤な膨らみがミセリの二の腕に“むにゅ”と押し付けられていた。
「へ、ヘル様っ」
その、生地越しに伝わる温かさと張りと弾力に、ミセリは思わず彼女を見た。
するとそこには、鼻の頭同士がくっつかんばかりの近さで自分を見つめるヘルの顔があった。
「なに?」
そう言いながら、更に“ぎゅうっ”と押し付けてくる。
「い、いえ、人混みの中を参りますから、その、わ、私から決して離れないでください。よろしいですか?」
そう言うので精一杯のミセリにヘルは、
「うん」
と、返事をしながら“ぎゅうぎゅう”胸を押し付けていた。
「で、では参りましょう」
もはや警護の任務のことも上の空のミセリをよそに、ヘルは目の前に立つ幼女に手を伸ばしていた。
「エリシア、案内して」
「は~い」
エリシアはヘルの手を握ると、元気一杯に歩き始めた。
その後ろを、近衛たちと一緒にアデルもついてくる。
「わぁ、すごい」
お城へと続く石畳の大通りの両端に屋台がずらりと並び、数え切れないほどの人で溢れ返っていた。
「すごい。ねぇ、今日って何のお祭りなの?」
「えっ!?」
ヘルが発したその一言に、皆“きょとん”としていた。
「何って、ヘル様のお嫁入りを祝うお祭りです」
「えっ!?そうだったの?」
その事実に一番驚いたのは、他ならぬツカサ本人だった。
「ヘル何言ってるの?昨日、この大通りを馬車で通ったんでしょ?」
エリシアにそう言われたが、
「えっと、昨日はそれどころじゃなくて・・・」
彼女の思いがけない問い掛けに、ツカサは昨日の失態を思いだし赤面していた。
「いえ、ヘル様はサクラ王女様と妹を助けてくださったのです。ですから、その後のことは気になさらないでください」
と、ミセリがフォローするが、
「でも、見たんでしょ?」
そう問いかけられた彼女は、頭から“ぴゅ~~~っ”と蒸気が出るくらい顔を真っ赤に染めていた。
「やっぱり見てるじゃん」
そんな会話をしながら歩いていたので彼女自身は気付いていなかったが、大通りを埋め尽くす人たちはヘルに声をかけようとはしなかった。
だがそれは、決して彼女のことを避けているのではなく、この前まで戦争していた国の、しかも悪魔姫にどう声をかけたらいいのか分からず戸惑っていたのだ。
「!?」
その時、ヘルの視線が、前から歩いてきた人たちに釘付けになっていた。
人混みの中にいてもすぐに分かる頭二つ抜きん出るぐらいの巨体。
身長が2メートルはあるであろう彼らの正体は、カップルらしき2体のリザードマンだった。
(り、リザードマン!!本物だ!!)
だが、ツカサが驚いたのは彼らの風貌とその大きな体躯だけではなかった。
彼らはリンゴ飴を食べていた。
問題はそれが、ハロウィンのがぼちゃほどもある巨大サイズなことだった。
「なに、あれ?」
「なにって、リンゴ飴だよ」
エリシアが、『なんでそんなことも知らないの?』と言いたげな顔で言い返す。
「あ、あれが?」
「そうだよ。ほら、お店に着いたよ」
そこには、エリシアが食べている小さなものから、ダチョウのタマゴサイズのものまで色とりどりのリンゴ飴が並ぶ、いかにも職人気質そうな店主が店番をしてるお店だった。
「美味しそ~~っ」
そんな色とりどりのリンゴ飴の中でも一際目を引いたのが、ハロウィンのカボチャほどもある大きなリンゴに細い手摺ほどもある棒が突き立てられたリンゴ飴だった。
「ほんとうにこれもリンゴ飴なの?」
戸惑い気味にそう訊ねるヘルに、
「そうですよ。我が国が独自に作り出した品種で、甘くて美味しくて、諸外国にも輸出してるぐらい評判がいいいんです」
ミセリが自慢げに説明していた。
「へぇ」
「その代わり、と言ってはなんですが、美味しいがゆえに巨獣に荒らされたりして大変なのですが・・・」
「ふぅん。でも、こんなに大きいと一人じゃ食べれないわよね?」
「たしかに私たち人族はホールケーキみたいに取り分けなければ無理ですが、地竜族とかはおやつ代わりに食べています」
「地竜族?」
「先程すれ違ったリザードマンたちです。バリバリ食てたの見ましたよね?」
「あ、リザードマンのこと地竜族って呼ぶんだ」
だが、そんなミセリの話しを聞きながらも、彼女の視線は、そのカボチャほどもあるリンゴ飴に釘付けだった。
(ど、どうしよう?これ、めっちゃ食べたい)
「あ、あの、これください」
「えぇ!?ヘル、それ1人で食べれるの?」
エリシアの言う事ももっともなのだが、まる2日何も食べていないせいか、彼女はその衝動を押さえることができなかった。
アデルが代金を支払いヘルがそれを受け取ると、『悪魔はリンゴ飴をどうやって食べるのか?』が気になる皆の視線が彼女の口元に集中していた。
だがヘルはそんなの気にしない様子で、“あ~ん”と口を開けた。
「いっただきま~す」
その瞬間、彼女の口がヘビのように大きく割り開かれ、口元に並ぶ鋭い牙を突き立てるようにカボチャほどもあるリンゴ飴に“ぱくっ”とかじりついて丸飲みにしていた。
そして、一口齧っただけのつもりの彼女が棒をリンゴ飴から引き抜きながら、それを“ごくん”と飲み込んだ瞬間、ヘビがダチョウのタマゴを丸飲みしたみたいに、ヘルの首がリンゴ飴の大きさそのままに“ぼこん”と膨らんでいた。
「あれ!?」
「ヘル様っ」
「ヘル様っ」
「ヘル様~~~っ」
それを見た近衛たちが悲鳴にも似た声をあげるなか、ミセリは近くの瀬戸物を扱う屋台へと駆け込んでいた。
幸い(?)と言っていいのか、壺族騒動で閑古鳥が鳴く店内からピッチャーを持ち出すと、飲み物を売る屋台に置かれた樽にそれを腕ごと突っ込んで汲み上げ、ヘルの元へと一目散に舞い戻り、彼女の口元に差し出していた。
「ヘル様、これを飲んでください」
ヘルは言われるままにそれを受け取ると、注ぎ口に口をつけ、ゆっくりと飲み干していった。
“ごくん”
すると、彼女の喉が鳴るのと同時に、まるでギャグアニメのように、リンゴ飴は喉から滑り落ちていた。
「あ~、ビックリした」
そう言って目を丸くする彼女に、
「それはこちらのセリフです」
ミセリが怒っていた。
「死んだらどうなさるおつもりですか?」
「ご、ごめんなさい」
そのあまりの剣幕に、ヘルは平謝りだった。
「い、いえ、分かっていただければ結構です」
そして、素直に謝られてしまったことで、ミセリもそれ以上叱れなくなってしまっていた。
“ぐぐぅ~~~~~っ”
その時、またしてもヘルのお腹が鳴っていた。
「ヘル、まだお腹すいてるの?」
エリシアが呆れるようにそう言いながら“クスクス”笑い始めると、緊張から解き放たれ“ほっ”としたせいか、彼女に釣られるように、近衛たちからも笑いが溢れていた。
「だって、ここのリンゴ飴が美味しすぎるんだから仕方ないでしょ?おじさん、これ、もう1個ちょうだい」
と、顔を真っ赤に染めながら超特大サイズのリンゴ飴をまた買っていた。
「ヘル様、また食べられるのですか?」
ミセリが心配そうに話しかける。
「ううん。みんなへのお土産にお城に持って帰ろうと思って」
「みんな、と言いますと?」
「お妃様に午後のお茶に招待されてたの。これだけあればお妃様やサクラやアイリやメアリも一緒に食べれるでしょ?」
それを聞いた瞬間、屋台のおじさんがひっくり返っていた。
「おじさんどうしたの?大丈夫!!」
そして、おじさんを抱き起こそうとして、自分がピッチャーを持ったままなことに気付いた。
そして、おじさんもそれどころではなかった。
「へ、ヘル様、私のリンゴ飴を王家の皆様と一緒に食べようって言ってるんですか?」
「えっ!?えぇ、そうよ。だって美味しいんだもん。きっとみんなもよろこんでくれると思うわ」
「め、滅相もございません。私が作っているのは只のリンゴ飴で、・・・王族の皆様に食べていただけるような代物ではありません」
「そんなことない。スッゴく美味しかったから、きっとお妃様も喜んでくれると思う」
笑顔でそう言われ、おじさんは意を決したように、
「わ、わかりました。今から私の職人としての全てを賭けた、一斉一代のリンゴ飴を作ります。少し待っていただけませんか?」
そう言うと、リンゴを浸す飴を新たに作り始めた。
「わかりました。じゃあ、また後から来ます」
ヘルがそう言い残して向かったのは、瀬戸物の屋台だった。
そこには、壺族騒動でお客を失ったであろう店主が複雑な表情で待ち構えていた。
「おじさん、ありがとうございました。このピッチャーのおかげで命が助かりました」
そんな彼に対し、ヘルはそう言いながら頭を下げていた。
“ざわざわざわざわっ”
その瞬間、それを見ていた群衆からざわめきが漏れた。
それはツカサにとっては当たり前の行為だった。
けれど、王族が人前で一般市民に頭を下げるなど人族の世界でも有り得ない行為で、それを目の当たりにした人々は困惑していた。
「このピッチャー買います」
「えっ!?」
てっきり使用料とか言って気持ちばかりの小銭を渡され、ピッチャーは返却されるものだとばかり思っていた店主は素っ頓狂な声をあげ、
「そ、そのピッチャーを買ってどうなさるおつもりですか?」
思わずそう質問していた。
「えっ!?もちろん私がお城で使うの」
「えぇっ!!」
その言葉に店主はひっくり返らんばかりに驚いていた。
「そ、それは私が作ったもので、王家の方に使っていただけるような代物ではありません」
「えっ!?これ、おじさんが作ったの?」
それを聞いた途端、ヘルは嬉しそうに、
「じゃあ、これと同じ物をもう1つ売ってくれる?」
と店主に迫っていた。
「そ、それは構いませんが、同じものを2つも買ってどうなさるのです?」
「決まってるじゃない。お妃様にプレゼントするの」
ヘルが満面の笑みを浮かべてそう言った瞬間、店主は口から泡を吹いて気絶していた。
「お、おじさん、大丈夫?」
「ねぇヘル」
慌てふためくヘルにエリシアが話し掛けた。
「なに?」
「そのピッチャーって壺族じゃないの?」
「えっ!?」
「おかあさんが言ってたよ。壺族が怖いから、もう壺は買わないって」
そう言って、不安そうな視線を送ってくる。
「だ、大丈夫よエリシア、この国に壺族はもういないから」
それを見たツカサは思わずそう言っていた。
「それ、ホント!?」
「えぇ、私には本物か壺族か分かるから、壺族は私に見つかると割られちゃうって思って逃げちゃったみたい」
嘘をつくのはさすがに気が引けるが、そもそもの原因を作ったのは元法相だし、何よりこんな幼い子の瞳が不安に満ちているのを放っておけるはずがなかった。
「そうなんだ。あ~よかった」
エリシアは心底“ほっ”とした様子で胸を撫でおろすと、
「これでまた今夜からお風呂に入れるし、朝に顔も洗えるね、おかあさん」
そう言いながら母の脚に抱きついていた。
そんな幼女の頭を撫でながら、ヘルは、さっきミセリがピッチャーに汲み上げた飲み物を売る屋台へと赴いていた。
そこには、髪にタオルか何かを被り、Tシャツにジーンズ、そしてエプロン姿の、いかにも元気そうな女性店主がいた。
「どうだい?私が作ったリンゴ酒の味は?」
「えっ、あれお酒だったの?甘くて飲みやすくてジュースかと思っちゃった」
「旨かったろ?」
「はい。それで、さっきいただいた代金と、そのリンゴ酒をまた売っていただきたいのですが?」
「いいよ。そのピッチャー1杯分で10シリングだ。で、あとどれくらい欲しい?」
「樽ごといただきます」
「えぇ~~~~~~っ」
女性も、腰を抜かさんばかりに驚いていた。
「ヘル、こんなにたくさんのお酒を一人で飲むの?」
それは、エリシアも同じだった。
「エリシア。私ね、休みの日に腐女子仲間で集まって、焼き鳥を肴に甘いカクテルの炭酸割りを飲みながら、溜め録りしたアニメを見て薄い本の妄想を、いえ構想を練るのが楽しみだったの」
「えっ!?」
「働く女性にとってお酒は本音をさらけ出せる大切なアイテムなの。まあ諸刃の剣なんだけど。だから、女子会というか私の新歓コンパも兼ねて近衛やメイドのみんなと一緒に飲もうかと思って・・・。
大丈夫よ、エリシアも大人になったら分かるから」
「ヘルって子供なのに、なんだかお母さんより年上みたい」
「やめてよ、そんなに褒められると照れちゃう」
「ヘル、もう酔ってる?」
そんなヘルの様子を、アデルは遠巻きに見ていた。
「さすがだなヘル様は」
「そうだね」
そう相槌を打ったのは、ヘルたちに服を売ったおばあさんだった。
「近衛の子は彼女を助けるために両腕ごとピッチャーを樽の中に入れていた。あれじゃ中のお酒はもう商品にならない」
そう話すアデルの言葉をおばあさんが引き継ぐ。
「けれどそれはヘル様の命を助けるためで、あの娘の咄嗟の行動を誰も責めることは出来ない」
「だからヘル様はお店に損を出させず、近衛の子も傷つけないようお酒を樽ごと買った」
「リンゴ飴もそう、あそこでもう1つ買わなかったらあの店は潰れてた。それに瀬戸物も・・・」
そう言いながら“チラっ”と視線を動かすと、リンゴ飴の屋台も瀬戸物の屋台も、さっきまでの閑古鳥が嘘のように客が押し寄せていた。
「確かに、もし仮にヘル様があのリンゴ飴を喉に詰まらせて窒息でもしていたら、あの店主、ヘル様への暗殺未遂容疑ぐらいはかけられていたかも。それはともかく、ピッチャーを2つ買うだけで瀬戸物への疑念を払拭しちまうなんて、あの悪魔姫、只者じゃないね」
「それを言うならおばあさん、あなたも只者じゃないわよね?」
「なんのことだい?私はただの行商人だよ。それならあんただって只の宝石商には見えないけど」
そう言って、“ふっ”と笑うおばあさんに、
「只の行商人ね。・・・まぁいいわ。今日のところはそういうことにしといてあげる」
アデルはそう言いながら肩を竦めていた。
〈つづく〉




