第10話・「きゃ~~~~~~~~~~っ」
「ヘルウィングっ」
掛け声と共に背中から大きな翼を広げ、ヘルは飛翔していた。
すると、眼下に広がるリンゴ園から巨獣の雄叫びらしき奇声が聞こえてきた。
「あそこか」
一刻を争う状況に、彼女は躊躇することなく急降下していた。
そして、バランスの取り方も姿勢の制御も、ましてや減速の仕方も分からない彼女はそのままリンゴの木に突っ込み、そこから地面に落ちていた。
「いたたたたっ」
「ヘル様」
「ヘル様」
「ヘル様」
そんな彼女のところに、リンゴ園で働く女性たちが集まってくる。
「みんな、ケガはない?」
「はい、私たちなら大丈夫です」
「えっ!?」
その返事に一番驚いたのは他ならぬツカサ自身だった。
「でも、お城に助けを求めにきた子が、巨獣がって」
「あ、それなら、確かに巨獣たちは大変かもしれませんが・・・」
「えっ!?それってどういうこと?」
「ギャギャギャギャ~~~~~っ」
その時、ヘルの声を遮るように断末魔の絶叫が聞こえた。
「なに?」
慌ててそちらを見ると、リンゴ園から飛び出してきた蔦が触手のように巨獣の身体に“ぐるぐる”に巻き付いていた。
「な、なに、あれ?」
すると、リンゴを木をなぎ倒しながら姿をあらわしたのは花の怪物だった。
ラフレシアのオバケみたいな花の頭を持ち、女性のウエストほどもある蔓が幾つも“ぐるぐる”に絡み合って形作られた身体から、細い蔓が絡まるように捻れながら伸びて腕や脚になっているそれらが、蔦を触手やムチのように使い、巨獣たちの動きを封じると、そのまま引き寄せ、花びらの中心にある大きな口を開いて頭から丸飲みにしていた。
「な、なに、あの、春日部に住む幼稚園児がメキシコに引っ越す映画に出てきそうな花のオバケは?」
「なにって、あれはヘル様が私たちと一緒に埋めた熊よけの実です」
「は?」
女性の口から出た思わぬ一言に、ヘルは素っ頓狂な声でそう聞き返していた。
「で、ですから、さっき私たちが埋めた熊よけの実の種が、ヘル様が帰られた後すぐに発芽して、それからはもう、あっという間に3メートルほどに成長したんです」
「マジで?早すぎない?」
「そこに、さっきの巨獣が仲間を連れて帰ってきて」
「ホントに来たんかい」
「そしたら熊よけの実の花たちが、根っ子を足みたい引き抜いて歩きながら巨獣を襲いはじめて」
「襲うっていうか、食べてるじゃん」
ヘルたちがそう会話している目の前では、泣き叫びながら逃げ惑う巨獣たちが、熊よけの実の花に次々に捕まり食べられていた。
「なんというカオス」
阿鼻叫喚の地獄絵図状態を、ヘルたちはただ見ていることしか出来ないでいた。
すると、1体の巨獣がリンゴ園から脱兎のごとく逃げ出して行くのが見えた。
「あっ!!」
その様子をたまたま目撃した女の子が悲鳴をあげた。
「どうしたの?」
「今、巨獣が走って行った先は、街の大通です」
「えっ!?」
「大変、今日はお祭りで、たくさんの人が街に来てるんです」
「えぇぇっ!!」
それを聞いたツカサは巨獣の後を追って駆け出していた。
その頃、街はお祭り騒ぎになっていた。
今日は祝日となり、祝賀行事として国をあげてのお祭りが行われていたのだ。
昨日まで恐怖と絶望の空気に包まれていた街の人たちも、今朝ヘルがアイリを命がけで救おうとした姿に、その感情が変わりつつあった。
「ね~ね~お母さん」
「なに?」
リンゴ飴を手にした幼い女の子エリシアが、まだ赤子の妹アンを抱く母親に訊ねていた。
「ヘル様って悪魔姫なんでしょ?」
「そうよ、さっきお城に向かって飛んでくのを見たでしょ?」
「なんで悪魔なのに人間を助けたの?」
「ヘル様はね、人間を食べないんだって」
「うそ!!そんな悪魔はいないって、本当は食べてるって隣のおじさんが言ってたよ」
「もう、ヘレンズさんたら・・・」
“どごごごぉぉぉ~~~んっ”
その瞬間、木々や建物を破壊しながら、大通りに巨獣が飛び出してきた。
「ギャギャギャギャ~~~~っ」
「きゃ~~~っ」
それを目の当たりにした人たちはパニックになり逃げ惑った。
ただ一組、さっきの母子を除いて。
「お、お母さん?」
そう、母親が恐怖のあまり腰が抜けてしまい身動きが取れなくなってしまっていたのだ。
「お母さん」
「エリシア、アンを抱いて逃げて」
母は震える唇から絞り出すようにそう言うと、幼い娘に赤子を差し出していた。
「いや、お母さんと一緒がいい」
「わがまま言わないでお母さんの言うことを聞いて。いい子だから、ね?」
「いや」
エリシアは母と妹を守るように、両手を広げ巨獣の前に立ち塞がった。
「なにしてるの?逃げて」
そこに、巨獣の鋭い鈎爪が振り下ろされた。
「ヘルキィ~~クっ」
その瞬間、ヘルの渾身の飛び蹴りが顔面にクリティカルヒットした巨獣は、頭が弾け血を花火のように撒き散らしながら倒れていた。
その時だった。
突然の地響きと共に大地が揺れ始めた。
「え?地震?」
だが次の瞬間、森の木々をなぎ倒しながら熊よけの実の花の群れが大通りに飛び出してきて、怒濤の勢いのままヘルに突進していた。
そしてバケモノの大群に飲み込まれ、ヘルの姿はあっという間に見えなくなっていた。
「ヘル様」
「ヘル様」
「ヘル様」
ヘルがいた場所に、大きな花のバケモノが我先にと群れをなして襲い掛かる光景に、その場にいた誰もが彼女の死を覚悟した。
「ふふっ、きゃははは~っ」
その時、バケモノの群れの中心から突然笑い声が漏れた。
「ひゃはははっ、や、やめてやめて、くすぐったいから舐めないで」
笑い過ぎて苦しいらしく必死に息継ぎしながらなおも笑い続ける。
「はっ、はっ、はっ、離れなさいっ」
ヘルが笑いをこらえながら、振り絞るような声でそう叫んだ刹那、バケモノたちは瞬時に背後に飛び退いていた。
そして、“モゾモゾ”と動くなにかがゆっくりと立ち上がっていた。
「あ~、びっくりした」
それはヘルだった。
熊よけの実の花に舐められていたらしく、彼女の全身は唾液らしき粘液で“べとべと”だった。
「もう、犬じゃないんだら・・・え!?犬?」
自分を遠巻きに見守るように“うろうろ”するその姿に、彼女は実家で買っていた犬を思い出していた。
「おすわり」
ツカサがそう号令した瞬間、バケモノたちは一斉に“おすわり”していた。
「お手」
すると、今度は一斉に“お手”をし、
「ちんちん」
「伏せ」
彼女の号令に従い、バケモノたちが次々にポーズを決めていた。
「・・・やっぱり」
そんなヘルの元に赤ん坊を抱く幼女、エリシアが歩み寄ってきた。
「ねぇヘル様、あれってなに?」
「熊よけの実の花たちよ。私のこと飼い主か何かだと思ってるみたい」
そう言いながら幼女の方を見ると、彼女が抱く赤ん坊、アンと目が合った。
その瞬間、
「ふぇええええええ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~んっ」
アンは号泣していた。
「えっ、えっ、えぇっ!?なんで??」
ツカサは大慌てでアンに顔を近付けると、
「ね、ね、いい子だから泣かないで。ほら見て、べろべろば~。いないないば~。だぁるまさん、だぁるまさん、にらめっこしましょ。笑ったらダメよ、あっぷっぷ」
と、思いつく限りの方法で彼女を笑わせようとした。
が、アンは笑うどころか泣き止む気配さえなかった。
「なんでよ~」
その時、困り果てる彼女をよそになにかがアンの視界を横切った。
「!?」
それは、“ゆらゆら”揺れるヘルの尻尾の先だった。
すると、アンは“ぴたっ”と泣き止み、逆ハートマークの彼女の尻尾の先を目で追い掛けながら、その紅葉のような小さな手でそれを掴もうとする仕草を見せた。
「えっ!?これが気になるの?」
ツカサは尻尾の先を彼女の目の前へと動かした。
アンはそれをしっかり掴むと、そのままちっちゃな口に咥えて“ぺろぺろ”舐め始めた。
「可愛い~~っ」
そして、生えたばかりの歯で“がぶっ”と噛んでいた。
「ぎゃ~~~~~~~~~~っ」
その、あまりの激痛にツカサは飛び上がると、そのままのたうち回っていた。
「ヘル、大丈夫!?」
そんな彼女にエリシアが慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫よ」
ヘルは涙目になりながら、尻尾の先に“ふ~っ、ふ~っ”と息を吹きかけていた。
「ねぇヘル?」
「な、なに?」
そんな彼女にエリシアは、さっきから疑問に思っていたことを投げ掛けた。
「さっきから思ってたんだけど、どうして裸なの?」
「えっ!?」
ヘルは慌てて自分の身体を見た。
すると、エリシアの言った通り彼女は全裸だった。
そう。彼女は知らなかった。
熊よけの実の花の唾液が、下着を溶かすぐらい強力な酸だということを。
「きゃ~~~~~~~~~~っ」
ヘルは咄嗟に正座したまま裸を極力見られないよう、上半身を太股に密着するように身体を折り曲げ、伏せていた。
(なんで裸?どうして?いや、私、いつから裸だったの?)
「お願い、見ないで~~~~~~~~~~~っ」
彼女の絶叫が、今度は街中に響き渡っていた。
〈つづく〉




