第四章 「晴れの日も、雨の日も。健やかなる時も、病める時も…」
この数奇な話を聞き終えられた竜太郎さんは、声もなく呆気に取られた顔で、ガラス種板の写真と私の顔とを見比べるばかりでしたの。
「すると僕は…真弓さんの御先祖様に、初恋をしていたという事になるのでしょうか?」
やっとの思いで呟かれた竜太郎さんに、私は笑って頷かせて頂きましたの。
「その通りですよ、竜太郎さん。私の先祖が新妻への愛を仮託したガラス種板が、巡り巡って竜太郎さんの手に渡り、今を生きる私共の縁となった…これ程ドラマチックな馴れ初めも、そうそうある物では御座いませんわ。」
口に手を当てて笑いながら、私はある事に思い至りましたの。
今こうして私共が語り合っている古民家カフェは、もしかして…
「この写真の町屋だったのですね!もしや竜太郎さんったら、この町屋を御探しで御座いましたの?」
こうして会計を終えた私と竜太郎さんは、カフェの店員さんに御願いして、軒先でツーショット写真を撮らせて頂きましたの。
着物姿の私と、ブレザー姿の竜太郎さん。
そんな取り合わせの私共が寄り添う姿は、あのガラス種板の構図にそっくりでしたわ。
もしかしたら竜太郎さんも、私とのツーショット写真の撮影を期待されていらっしゃったのかも知れませんね。
だって竜太郎さんのブレザー姿って、ガラス種板に貼り付けられていた少年時代の写真にそっくりですもの。
しかしながら、社燕秋鴻とはよく言ったもの。
私共が写真を撮り終えたのを見計らうかのように、パラパラと小雨が降り始めたのですわ。
「あら、まあ…人力車で哲学の道を辿っていた時は、晴れておりましたのに…」
「車夫さんに帰って貰ったのは失敗だったかなぁ…予報を信じたから、傘の用意は無いし…」
竜太郎さんったら、私以上に困惑されていらっしゃるのね。
私と致しましても、竜太郎さんの狼狽する御姿を眺めるのは、本意では御座いませんもの。
ここは一計を案じさせて頂きましょう…
「傘なら御座いましてよ、竜太郎さん。」
そうして私が広げたのは、古民家カフェで土産として販売されていた赤い和傘でしたの。
記念撮影の小道具として御借りしたのですが、結局購入する事になりましたね。
「この程度の雨でしたら、漫ろ歩きをしているうちに上がる筈ですわ。和傘を広げながら歩く京の街も、情緒があって素敵でしてよ。雨に濡れた紅葉も、艶やかな美しさが御座いますし…」
「そ…そうですか、真弓さん?それでは、御言葉に甘えまして…」
竜太郎さんを手招きで和傘に迎え、私は歩みを始めたのでした。
同じ傘の下で寄り添う相合傘の状態となった私共は、周囲の人々の目にはどう映っているのでしょうか。
「晴れの日も、雨の日も。健やかなる時も、病める時も…」
そんな事に思いを馳せておりますと、このような軽口がついつい出てしまうのですね。
いずれにせよ、御先祖様によって巡り会わされた私と竜太郎さんの仲は、きっと上手くいくに違いない。
小雨がぱらつく秋の京都で、私はそう確信したのですわ。
私が竜太郎さんのプロポーズを御受けして、この生駒家へ輿入れする切っ掛けとなった経緯は、大体このような流れで御座いますわ。
結婚して生駒姓となってからの私が、和服を普段着として愛用している理由も、これで御分かりですわね。
竜太郎さんが喜ぶから?
京都デートの思い出だから?
二つとも正解で御座いますが、もう一つ大きな理由が御座いますの。
和服に身を包んだ状態で生駒の御屋敷に居りますと、不思議と温かい気持ちになってくるのですよ。
それはきっと、私と竜太郎さんの恋路を、御先祖様が温かく応援して下さっているからなのですわ。