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第ニ章 「人力車で辿る哲学の道」

 真っ赤に色付いた並木の紅葉と、傍らを流れる琵琶湖疎水の眩い水面。

 秋頃に訪れる哲学の道は、実に風情が御座いますのね。

 銀閣寺から南禅寺までの二キロ余りを結ぶこの散策路は、ブラブラと漫ろ歩きをするのに最適なのですが、こうして人力車に腰を下ろして眺めてみるのも、なかなかに趣深いのですよ。

 徒歩よりは速くて、自動車よりは緩やか。

 この絶妙な速度で風を切りながら進むというのは、爽快感に満ちた贅沢な時間と言えますわね。

 また、密閉された自動車とは違い、街の空気を直接感じながら景色を愛でる事が出来るのも、人力車の魅力に挙げられるでしょう。

 御寺さんから漂ってくる御線香や白檀の馥郁たる香りに、茶室から漂ってくる抹茶の雅やかな芳香。

 それらに負けじと漂ってくる金木犀の豊潤な甘い香りも、京の町に訪れた秋を感じさせますわね。

 京の歴史を感じさせるそれらの香りが風に乗って流れてくると、否応なしに旅情を掻き立てられますわ。

「風情があって良う御座いますわね、竜太郎さん…」

「仰る通りですよ、真弓さん…全く以て、良い景色です。」

 溜め息混じりに呟いた(わたくし)の一言に応じては下さったものの、竜太郎さんの真意は他にある模様でしたの。

 首をキョロキョロと左右に振っては、移り行く景色を確認したり、大事に首から掛けたカメラのファインダーを覗き込んだり。

「ああっ、車夫さん!ここで一旦停めて下さい!この紅葉の下で!」

「またですか、お客さん?」

 そうして停車した人力車から降りては、カメラで写真を撮影して。

「首の曲げ具合は、今の角度で大丈夫です。それでは真弓さん、笑って下さい!」

 風景だけではなく、(わたくし)の写真も撮影して頂けるのは有り難いのですが、ポーズや構図に並々ならぬ拘りが御有りのようで、(わたくし)への注文も随分と事細かなのでした。

−竜太郎さんは今回のデートに、何か特別な情熱を注いでおられる。

 そんな疑問と好奇心とが、(わたくし)の胸中で次第に成長し始めたのですわ。


 その疑問が解き明かされる時は、存外に早く訪れましたの。

「あら…?」

 今では古民家カフェとして余生を送っている町屋の前で停車した人力車から降りた瞬間、竜太郎さんのポケットから小振りのノートが転がり落ちたのでした。

「何かしら、これは?」

 好奇心に駆られてパラパラと捲ってみると、ノートには写真の切り抜きが何枚も貼られていたのですわ。

「清水寺に二の丸御殿、銀閣寺も御座いますのね…」

 ノートにスクラップされていた写真は全て、今回のデートで訪れた京都の名所ばかりでしたの。

 このスクラップ写真のアングルを参考に、記念撮影をされていたのでしょうか。

 しかしながら、それは随分と風変わりな写真でしたよ。

 かなりの年代物なのか、カラーではなくてモノクロで、オマケに画像の周囲に黒い縁があるのですからね。

 この写真はどうやら、幻灯機のガラス種板をコピー機にかけた物のようで御座いますわ。

「ああっ!真弓さん、それは…」

「あら、まあ…」

 落し物に気付かれた竜太郎さんとページを繰っていた(わたくし)とが同時に声を上げたのは、ノートの最後のページを開いた瞬間でしたの。

 一軒の京町屋を背にした舞妓さんの写真。

 その舞妓さんが私に瓜二つなのにも驚かされましたが、それ以上に驚かされたのは、件の舞妓さんの傍らに立つ人物でした。

 現代的なブレザーとスラックスを身に着けた少年は、竜太郎さんに良く似ていたのですから。

「この写真を何故御持ちなのですか、竜太郎さん?」

「いや、これは…隠し立てするつもりは無かったんですが…」

 (わたくし)の問い掛けに、竜太郎さんは気まずそうに後頭部を掻くばかりなのでした。

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