第一章 「女学生スタイルの社長令嬢」
挿絵の画像を作成する際には、「Gemini AI」を使用させて頂きました。
御見合いの席で御見知り置き頂いてから三度目のデートで訪れた、古都・京都。
多くの寺社仏閣や京町屋が歴史情緒を醸し出すこの古都こそ、私が今の夫である竜太郎さんと結ばれて生駒の家へ輿入れする決め手が生まれた、運命の土地と呼べますわね。
独身時代の私共にとって、京都は三度目のデート先として妥当な場所で御座いましたの。
この生駒家の屋敷がある堺県からも、私の実家である大阪の船場からも、京都は日帰りで来訪出来る土地で御座いましたからね。
私と致しましても、三度目のデート先には京都か神戸辺りを候補地として思い描いておりましたもの。
それに京都市内には、銀閣寺や下鴨神社のような寺社仏閣や美術館や動物園といった名所が沢山御座いますし、祇園の方へまで足を伸ばせば、雰囲気の良い料亭やレストランには事欠きませんし。
ですから、デートの候補地として京都を打診された時も、私は特に深く考えずに快諾致しましたの。
−旧家の御曹司である竜太郎さんとしては、神戸の異国情緒よりも京都の歴史情緒の方が御好みなのかしら。
もっとも、この私の無邪気な認識は、後に大きく改められる事になるのですけれどね。
竜太郎さんにとって、京都が如何に思い入れ深い土地であるか。
この時の私には、まだ知る由もない事なのでした。
従って、「今回のデートでは和装でいらして欲しい」という竜太郎さんの御願いも、古都散策の気分を盛り上げるためのドレスコードと解釈していたのですよ。
秋の京都に合わせて、御着物は芥子色の紅葉柄を御用意させて頂き、散策で疲れないよう、足元は深緑の袴とブーツでコーディネート。
この女学生みたいな和装とのバランスを取るため、髪型も大正初期のレトロモダンとさせて頂きましたの。
折り曲げた三編みをリボンで結んだマガレイトは、地毛が栗色な私が和装するには好都合な髪型なので、何かと重宝しておりますわ。
ところが、待ち合わせ場所である京阪本線の北浜駅に到着した私は、そこで肩透かしを受ける羽目になってしまいましたの。
「よくお似合いですよ、真弓さん。まるで明治半ばから大正初期の、良家の女学生さんみたいじゃないですか。」
「えっ!?ああ、竜太郎さん…」
何故ならば、笑顔で佇む竜太郎さんの装いは、紺のブレザーにチェック柄のスラックスという至って現代的な洋装なのですから。
その上、白いワイシャツの襟元を飾るネクタイも無地の赤色。
良く言えばトラディショナルで折り目正しく、悪く言えば堅苦しい。
幾ら仕立てが良いとはいえ、どことなく私立高校の男子学生を彷彿とさせる装いでしたわ。
しかしながら、この堅苦しい御召し物は、ひとえに竜太郎さんの生い立ちに依る物なのだろう。
娘時代の私は、そのように解釈致しましたの。
何せ竜太郎さんの御実家である生駒家は、戦国武将として名高い家宗公の血脈を現代に伝える華族の家柄で、名門校として名高い私立鹿鳴館大学の創設者一族なのですから。
華族の跡取り息子として、また教育関係者として、折り目正しい装いをするのは当然至極の事。
「御褒めに与り恐縮で御座います、竜太郎さん。竜太郎さんこそ、実に折り目正しくて生真面目な出で立ちで…」
それを踏まえているからこそ私は、服装から感じられる生真面目さを、竜太郎さんの美徳として肯定させて頂きましたの。
それに私とて、明治の御代より教科書や学習教材を取り扱ってきた小野寺教育出版の社長令嬢。
人様の装いをとやかく言わない分別は、相応に持ち合わせておりますわ。
このような具合に多少の戸惑いこそあったものの、私と竜太郎さんのデートは恙無く幕開けしたのですわ。