表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/43

第1幕 Too Heart

 おだやかな日差しにつつまれる朝の町並み。

 春の陽気に、なんとなく胸の高まりをおぼえて、若草 萌(わかくさもえはつぶやいた。

(もえ):「うーん。今日もいい天気だよー」


 うーん、と背伸びしたところで、若草萌は正気にかえった。

(…………え?)

 見たことのない路地。見知らぬ町のたたずまい。7月とは思えないやわらかな気温。ここはどこ????

 ふいに。

「!!」

 萌は自分の着ているものに気づき、大慌てで道路のミラーに自身をうつす。

 着ている服は薄いピンクのセーラー服。これでもかと開かれた胸元に結ばれた特注サイズのリボン。スカートは無防備な超ミニで、膝まであるハイソックスはまばゆいばかりの純白だ。

「なによ、これぇ・・・・・・」

 まるでアキバ系のコスプレ。しかも化粧してない。すっぴんだ。変な服をきて、ミラーに写ってる間抜け面のチビはどうみても女子高生にはみえない。じっとみてると自分があわれになってきて、なんだか涙がでそうになった。

(そんなことより、早く裕之(ひろゆき)ちゃんを起こしにいかなきゃ)不意に心のなかで声がした。

「??」

 わけがわからないまま、萌の足は目的地を知っているかのように路地をすすみ、「藤田」と表札がでた一戸建ての家でとまった。なんなのだろう、見たこともないのに、どこにキッチンがあって冷蔵庫になにが入ってるかまで熟知している家だった。

「??」

 萌は――萌の手が、インターフォンを押そうと指をかけた。まるで、自分の中にもう一人の自分がいて、そいつが指を動かしているかのようだった。

(えーい、もうどうにでもなれ!)

 ピンポーン

 ピンポーン ピンポーン ピンポーン ピンポーン

 やぶれかぶれにピンポン連打していると、「うるせえっ」と2階の窓から少年の声がふってきた。つづいて、階段を駆け下りてくる音がして、玄関のドアが勢いよく開けられた。

 家の中から現れた人物に、萌は黒目がちな目をパチパチとまたたかせた。

「あれれっ、なんで??」

 不機嫌そうな顔であらわれた少年は、萌が恋する相手だった。

 貴重なパジャマ姿はいいとして、なぜか髪も目も黒くなっていた。けれど、鼻は高いままなので、そこはかとなくエキゾチックな感じがする。

 ぽーっとする萌に、黒髪のブラッド君が上からどなりつける。 

「うるせえんだよ、萌っ! 何度も何度も鳴らすんじゃねえっ!」

「ブラッド君?? えっ、えっ??」

 バリトンのきいた声はたしかにブラッド君のものだったが、いきなり下の名前を呼び捨てにされるとか、シチュエーションが全くわからない。  

 けれど、エキゾチックなブラッド君は「はあ?」と首をかしげた。そんな仕種もいちいちカッコいい。

「おいおい、ブラッド君ってなんだよ。ああ、寝癖(ねぐせ)ついてるからか」

「いや、そうじゃなくて…………」

「おいおい、おれは藤田 裕之(ふじたひろゆきだぜ。新手の冗談か、萌?」

 本気でわからない様子のブラッド君をみて、萌は唐突に悟った。

 ああ、ここは夢のなかだ。夢のなかなんだ。

 だったらめいいっぱい楽しまなきゃ。どうやら、憧れのブラッド君と幼なじみという設定らしいんだから。

(よくやった、わたし)と、萌は心の中でナイスガッツをした。

「さっきから変だぞ、萌。朝から悪いものでも食ったか?」

「う、ううん、なんでもないよ」

 わざとらしくごまかすと、萌は心に浮かび上がった台詞(セリフ)をそのまま口にした。

萌 :「そんなことより、早くしないと遅刻しちゃうよ。ほら、はやくはやく」

裕之:「お前が無駄話(むだばなし)すっからだろー」


 数分後。

 詰め(えり)の学生服をきたブラッド君が、転げるように家から出てきた。そんなコミカルな仕草も、いちいちかっこいい。

裕之:「わりいわりい。すこし走るぞ」

萌 :「ちょっとまってよー、そんなに急がなくても」

裕之:「はやくしないと置いてくぞー」

 なにかが始まりそうな春空の下。

 萌は学生服の少年を追いかけて、桜舞う通学路をかけていく。






♪  ぐうぜんが いくつも つらなって

   あなたに であって こいにおちた

   第2ボタンに カノンを誓い

   夢のときめきで メモリアルをつむぐ…… 

 



(これ、ほんとうにわたしの夢なの?)

 どういう理屈か、頭の中に直接流れてくる主題歌(?)に目まいをおぼえながら、萌は幼なじみをおいかけて桜舞う公園を通り抜け、けっこうきつい坂道をのぼっていく。

「はあ、はあ・・・・」

裕之:「だいじょうぶか、萌?」

「はぁ、はぁ、なんで、自転車使わないの? それに、わたしたち、高校生でしょ? ちょっとくらい、ちこく、したって、いいんじゃ、ない、かな・・・」

 萌は肩で息をしながら抗議したが、ブラッド君は質問に答えなかった。

裕之:「そうだな、もう歩いても大丈夫だろう」

「・・・・・・」

 学校は町を見晴らす丘の上に建っているらしかった。少なくともここは23区外というか、どこか地方の町がモデルになっているようだった。

 坂道をのぼっていくと、萌のと同じ恥ずかしいピンクのセーラー服を来た姿が目につくようになってきた。その中にまじって歩いていると、不意にブラッド君が声をあげた。

裕之:「げっ、美保(みほ)だ」

美保:「げっ、とはなによ。こんな美少女をつかまえて、げっ、とは」

「うそ……」

 萌はおどろいた。

 ふくれっつらで登場したのは、萌と一番仲のいい友人の吉村 沙織(よしむらさおりだった。

「さぁりん!」

 しかし、沙織(さありん)は萌に目もくれなかった。萌と同じく、なぜかすっぴんで、つけ爪もマニキュアもなかったが、まちがいなく『美保』じゃなくて『沙織』のはずだ。

裕之:「朝っぱらからうるさいやつに会っちまったぜ」

美保:「うるさいっていう方がうるさいのよ」

 沙織はこんなこと言わない。ていうか、こんなやりとりは現実社会に存在しない。

(いったいどうなっているの・・・・?)

 それから3人で坂をのぼっていくと、校門のところに黒塗りの大きな乗用車(多分リムジン)が止まっていた。あっけにとられて見ていると、運転席からいかにもな老執事がおりてきて後部座席にまわり、うやうやしくドアをあけた。

裕之:「なんだ、あれは」

 空いたドアから、金髪の、でもどうみても日本人っぽい顔立ちのお嬢様がでてきた。お嬢様は不機嫌そうに眉をしかめて萌たちのほうを一瞥(いちべつ)すると、顔をそむけて校舎にむかっていった。

裕之:「あんなお嬢様、うちの学校にいたっけ?」

萌 :「えー、裕之ちゃん。北条(ほうじょう)さんを知らないのー」(セリフが心にうかぶ…………?)

美保:「かーっ。裕之。あんた世間知らずにもほどがあるわよ。北条香澄(ほうじょうかすみ)。あの北条グループの一人娘で――――」


(この夢って…………?)

 混乱する萌そっちのけで、物語は進んでいく。

 萌はブラッド=裕之と同じクラスで、授業シーンがスキップされる夢のような学校生活を送り、その途中で裕之が入れ代わり立ちかわり女子と出会っていった。萌が立ち会っている場面だけで6人いて、どのコも知らないコばかりだったが、みんなスカウトされるレベルで可愛い顔立ちをしていた。


北条香澄(ほうじょうかすみ)・・・・朝の校門であったお嬢様。廊下ですれちがったとき、「おーほっほっほ」と笑った。金髪をおさげっぽく(?)左右に垂らしてる。

青河(あおかわ)ことり・・・学園のアイドル。屋上で歌をうたっていた。

小巻 愛佳(こまきまなか・・・・クラスの学級委員長。と、思いきや副委員長だった。

松野 葵(まつのあおい・・・・昼休憩に部活動の勧誘をしていたブルマ姿(!)の下級生。下級生がいるということは、わたしたちは上級生なのだろう。

井坂 栞(いさかしおり・・・・病弱な後輩。「冗談です」が口ぐせ。

来栖名 芹香(くるすなせりか・・・ぼーっとした上級生。二人目のお嬢様。上級生がいることはわたしたちは下級生なのだろう。



 ここにきて、萌はようやく察しがついてきた。このふざけた夢の主人公は、萌ではなくて、ブラッド君なのだ。ブラッド君の夢のなかにわたしが迷い込んだのだ。ありえないけど、そうとしか思えない。なにがなんだかさっぱりわからない。マジであたまがいたい。

 放課後、裕之がさそいにきた。 

裕之:「帰ろうぜ、萌」

萌 :「うん」(ことわるセリフがでてこない…………)

 連れ立って廊下を歩いていると、不意に裕之がお腹をおさえてうずくまった。

 またしてもイベントが発生したのだ。今度はどんな女の子がでることやら。

裕之:「いたた。なんだか腹の調子が……昼くったカツサンドがいたんでたのか・・・」

萌 :「だいじょうぶ? 保健室いく?」

 ふつうはトイレだろうと呆れながら、萌はもう一人の自分が命じるままに演じた。

 現実の保険医は40過ぎのおばさんだが、ここの保健室にいるのは、バラエティーに出てくるようなセクシー女医だということを、もう一人の萌は知っていた。

 もはや展開にあらがう気もおきず、萌は〈もう一人の萌〉のなすがままに保健室のドアをあけて中に呼びかけた。

萌 :「すいませーん、先生いますかー」

女医:「あーいよ」

 椅子越しにくるりと保健医がふりかえると、萌は心の底からおどろいた。

 完璧な脚線美をほこるようにミニスカで組まれた長い脚。開いた白衣の胸元、みせブラからのぞく、こぼれんばかりの谷間。なぜかメガネをかけているが、どこかけだるげな表情は、萌がよく知る人のそれだった。 

「お姉ちゃん!」

 思わず叫ぶと、若草家の長女はメガネごしにウインクをよこしてから、芝居にもどった。

冬眞(とうま):「坊や、どうしたのかしら」

裕之:「すいません、なんか、腹の調子が悪くて……」

冬眞:「じゃあ、こっちにきて……ここに座って上着を脱いで……あん、そんなに恥ずかしがらないで。わたしまであ・つ・くなっちゃう」

 男のあごをなでたり、息をふきかけたりしながら(つや)っぽい手つきで聴診器(ちょうしんき)をあてがう姉は、ほとんど本職の人だった。その昔、歌舞伎町あたりで働いていたことがあるのかもしれない。

冬眞:「はい、お大事に。続きをしてきてほしかったら、またいつでもいらっしゃい。坊や」

裕之:「坊やはやめてください。おれは藤田裕之っていいます」

冬眞:「OK。ぼ・う・や」

裕之:「もう、どうせおれは坊やですよ」

冬眞:「あっはっは。じゃあお大事に。――――――あ、そうそう。彼氏には悪いけど、そこの子に用があるから、ちょっと表で待っていてくれないか?」

 ただの幼なじみですよと弁解してから、裕之は保健室を出て行った。

 ガラガラ・・・・ピシャ。 

 裕之がドアを閉めた瞬間、照明が落ちたように辺りが暗くなった。いうなれば、主役が退場し、一幕おりて「舞台袖(ぶたいそで)」に引っ込んだ感じだ。

 萌はホッと息をついて、姉に話しかける。

「お姉ちゃん……正気だよね?」

「うーん。覚えてるのは今ここで、あんたらに会ってからだけどね」

「ここって……夢のなか、なのかな?」

「夢……」

 冬眞はメガネに人差し指をあて、考える人よろしくいった。

「まさか、これが、そうなのか…………」

「お姉ちゃん、なにか知ってるの」

「ネットでは割と有名な伝説があってね」冬眞はメガネを中指でくいっといじった。「詳しくは省くけど、要は、眠っているときに見る夢を自由に創作

できる『夢の世界』ってサイトがあるんだ」

「夢をつくる? じゃあ、やっぱり、ここは夢のなか?」

「そうだよ。本当のあんたは腹まるだしでベッドの中さ」

 なにがなんだか。

 わけが分からないが、ここは現実じゃなくて、夢の中なのだ。まずはそのことを受け入れよう、と萌は思った。

「でも、これはわたしの夢じゃない」と、萌。

「そう。これはあのガキがつくった夢だ。あいつが望んだ『夢の世界』に、あたしと萌がいる」

「・・・・・・」

「あたしだって信じられないさ。けど、そのサイトの交流板は世界中にあるし、この目でみたこともある。この『夢の世界』はね・・・・・・・・・そうだね、例えば、あんたがアイドルの小野とデートしたいとする。すると、夢の中でそれが叶えられるのさ。パリでもストックホルムでも三ツ星レストランでも、あんたの好きな場所で好きなだけデートできる」

「夢のような話ね」

「けどね。そこに出て来る『小野』は『あんたが望む小野』だし、パリにいってもセーヌ川沿いの悲惨なスラム街はでてこない。つまり、そのサイトは、夢のなかで妄想をリアルに体感させてくれる装置にすぎない、はずなんだけど・・・・・・・」

「だったら、なぜわたしは他人の夢にいるの?」

「電波な説明があったが、あたしは読んでないから知らん。けどね、体験談のなかに、生き別れた恋人同士が夢の中で出会えたおかげで現実でも再会できたとか、夢のなかで上司を殺したら翌日から待遇がよくなったとか、夢が現実の人間関係に変化を与えた話があった」

「………………さっぱりわかんない」

「とりあえず、わたしは学校の美人保険医。あんたはクラスメート。まずは与えられた役割だけ、把握しときな」

「これからどうすればいいのかな?」

「いい命題だ」冬眞はメガネをくいっとした。けっこう気に入ったらしい。「夢は必ず覚めるものさ。あたしたちに出来ることは、つつがなくこのふざけた 夢 (プログラム)が終わるように役割をまっとうすることさ。にしても、あのガキは現実ではどんな奴なんだが。あんたの格好や、ギャルゲーっぽいやりとりからすると・・・・・・・・もてない金ないニートくんか? それとも彼女とうまくいってない大学生あたりか?」

「ううん、高校生だよ」

「知っているのか?」

「わたしの同級生。ご先祖様はアメリカ副大統領」

 萌がいうと、冬眞があんぐりと口をあけた。夢の影響からか、さっきからリアクションがオーバーになっている。

「あのガキ、洋物だったのか……」

「ブラッドリー・ダグラス・ヒューストン君。わたしの高校の有名人。本当は目が青くて金髪で、優しくて親切で頭がよくて、日本語がとても上手で……その、日本のサブカルチャーにとても関心をもっているの」

「わかったよーな、わからんよーな」

 冬眞はお手上げをした。

「とりあえず、あんたの好きな男が彼だってことは了承したよ」 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ