幕前3
7月3日(水)。
高校に入って2回目の中間考査がせまってきた。中学のときとはテスト範囲も比べものにならないし、こないだの中間考査では、自分ではよくできたほうだと思ったのに平均点以下だったから、今回はちょっとがんばらないといけない。
「ただいまー」
梅雨にふられて帰宅すると、誰もいないはずの玄関先に見覚えのない真っ赤なブランドもののピンヒールがあったが、若草 萌はとくに疑問をもたなかった。朝から雨なのに、こんなものを履いてくる女は思いつく限り一人しかいなかったからだ。
薄暗いリビングにはいると、はたしてそのとおりだった。床には無造作に旅行鞄がなげだされ、テーブルには空になったスナック菓子と、飲みかけなのにフタがあいたままの500ミリペットがあった。そして、ソファーには部屋を散らかすだけ散らかして後片付けもしない女が、胸元をはだけたままスヤスヤと行き倒れていた。
萌は電気をつけると、先にジュースのふたをきっちりとしめてから、ソファーに眠る半裸の美女に声をかけた。
「おーい、お姉ちゃん、おきなよー」
「……ん」
半裸の美女――――若草冬眞は、けだるげに目をこすると、自分をのぞきこむ妹の顔をぼーっとみた。
「おお〜、ひさしぶり〜、もえ〜」
「……もお、かえってくるならメールくらいしなよ」
「めんどうなんだもーん」
姉は手をひらひらさせると、ごろん、とソファーにうつぶせになった。その拍子に服がまくれて紫色の下着がのぞいたのを、萌は「だらしないんだから」と、なおしてやりながら、内心でため息をついた。身体はほそいのに、主張するところはしっかり主張しているモデルスタイルの姉。いつみても、自分と血がつながっているとは思えない。
冬眞は横浜の電子大学に通う、萌とは6つも年のはなれた姉で、去年から2つ下の彼氏と同棲していた。だが、ずぼらなところは相変わらずらしく、
部屋だけでなく、開いた鞄のなかも化粧品やら小物やらがゴチャゴチャになっていた。
「お姉ちゃん」
萌が小言でも言ってやろうとしたとき、姉が機先を制して口をひらいた。
「そういえばさー、萌」
「なによ。今日の晩ごはんならイワシをつかって・・・・・・」
「あんた、もう裂けた〜?」
いきなりの下ネタに萌はコケた。
姉は身をおこして、ケタケタ笑った。
「もおっ! お姉ちゃんだけ、晩ごはんカニスパなんだからね!」