スパロボ戦記 4
赤。それは燃えさかる炎。
夕陽。それは沈みゆく色。
血。それは生命そのもの。
名前を与えられなかった、小さな港町。
名前を与えられなかった、小さな廃校。
ここは壊された世界。
わたしがころしたせかい。
わたしがあいしたせかい。
残照ただよう赤い海に、腐り、崩れたコンクリートの塊が浮かんでいる。かつて学校と呼ばれたソレには無数の亀裂が這いずり回り、古びた土塀は老人の歯のようにところどころ欠落している。錆ついて赤茶けた鉄条網。侵入者を拒むべき校門はだらしなく涎を垂らしたままで、もはやその役目を果たさない。
屋上には一人の少女。
潮風に髪を弄ばれ、フェンスによりかかった身体は、今にも地上におちそうに、儚い。
少女は虚ろな目で赤いソラをうつす。
自分を、世界を、壊してしまう風を。
それは愛。
それは憎しみ。
ソコニナニガアルノ?
そっとつげる。
少女:「さあ、はじめましょう。おわりのはじまりを」
今度の敵は、香澄と「もみじ」のいた廃校舎そのものだった。
四人の機体は鴉を思わせる闇色の鳥型機械に変更され、着ているものはセーラーの夏服になっていた。
萌 :「こわがらないで」
夏希:「一つに」
冬眞:「一つに」
楓 :「一つになりましょう」
萌 :「参。弐。壱。融合開始」
三人:「融合開始」
四羽の鴉は融けあって一つになって最終汎用人型決戦兵器に変化した。
背中に透きとおった羽根をはやして翔んでくる巨人の姿に、廃校の屋上にたつ少女が疲れたようにつぶやく。
少女:「低劣なその姿態・・・・・・・人の業がなせるというのね」
ふぞろいな羽根を不様にばたつかせ、人型兵器は少女のたつ廃校めがけて赤い海をゆらゆらゆらゆら翔んでくる。
醜いものに、少女は手を翳す。
少女:「人は現実を受け入れることはできないわ。現実の世界は欺瞞と憎悪で満たされているもの。
ほら、このコの叫びに耳をかたむけてあげて」
キィンコォンカア ンコォンキィンコ オンカァンコオン キィィンコォォォン
ひび割れた時計が
カアアアアンコオオオン キンコオオオオンカンコオオオオン キィンコオオオンカンコオオオオン
ひびわれた鐘の音をうちならす。
冬眞:「その音は嫌いだ。耳がイッちまうよ!」
夏希:「やめて、わたしにその音を聞かせないで!」
悲鳴と同時に、冬眞の宿る左腕と、夏希の宿る右腕が、黒く爛れて海におちる。
ボチャ。
ボチャ。
楓 :「夏希姉さん! 冬眞姉さん!」
萌 :「くっ・・・・・・」
両腕を失っても。
痛みに歯を喰い縛って。
人型兵器は校舎に侵入し、荒れ果てた校庭に着地する。
少女:「終着点にようこそ」
屋上の少女がつぶやいた。
その顔は逆光に隠れていて、髪が長いことしかわからない。
楓 :「香澄さん!」
ハッチを開いて楓が雑草だらけのグラウンドに飛び出した。
楓は涙声で屋上の少女に懇願する。
楓 :「香澄さん! もうやめて!」
少女:「そう。わたしは北条 香澄。足立信愛女子学院に通う一年生。けど、いまはちがう。
いまのわたしは、いわば夢という名の永遠を紡ぐ出来損ないの糸車」
しゅっ。
少女が手をふると、校舎の時計が夕陽に瞬いた。かと思うまもなく、人型兵器の胸部ハッチが爆発する。
萌 :「きゃあああっ」(この子、信愛の一年だったのか・・・・・・・)
少女:「大丈夫。あなたは死なないわ。まだやることが残っているもの」
楓 :「香澄さん! 香澄さんはなにがやりたいの!」
少女:「いいえ、楓ちゃん。わたしはなにもしたくないの。これは、そのための夢よ」
萌 :「夢はいつか覚めます」(このシナリオ・・・・・・ブラッド君じゃない・・・・・?)
少女:「夢のなかで時間は相対的なものでしかない、絶対ではないの。一秒が一年かもしれないし、一秒が百年かもしれない。
あなたは長い時間、旅を続けてきたけれど、目が覚めれば7月4日の木曜日に決まっているもの。
ここは時が凍りついた世界。不老不死の世界」
萌 :「わたしは永遠を望みません」
両腕を失くした人型兵器に、夢を打ち砕く破壊の腕が生える。マルスの両腕が合わさると、それは滅びを奏でる裁きの銃口となって
屋上の少女を射程に捉える。
萌 :「さあ。現実に還りましょう。狂った夢に終止符を」
少女:「ここも現実よ。わたしという個人の意識はここにあるもの。あなたがそうであるように」
楓 :「香澄さん・・・・・・」
少女:「楓ちゃんと初めて会ったのは、この廃校だったね。うれしかった。それまで、わたしとあなたは
ネットのBBSで言葉をかわすだけだったもの」
楓 :「うん。わたしもうれしかった」
少女:「一目で『momi』があなただと分かったわ。わたしはあなたを同じ位の歳の子だと思っていのに、不思議なことに一目で確信できた」
楓 :「わたしも。『nebel』が香澄さんだと一目でわかりました。何回か掲示板でやりとりしただけなのに。不思議でした」
少女:「クスクス。いまは敵同士だけどね」
楓 :「香澄さん・・・・・・」
少女:「わたしが敵なのは、きっと目を覚ましたくないから・・・・・・・」
そういうと、屋上の少女は夕陽に手をのばした。
すると、萌の通信画面にパソコン室のような教室内が映し出された。
萌 :「教室にパソコンあるってすごいね・・・・・・これはあなたの高校?」
少女:「そう。あなたに醜い現実を思い出させてあげる」
それは休憩時間。
信愛の制服を着た女子生徒たちが、めいめいにグループをつくってお喋りにふけっている。信愛はテレビとかによく出るお嬢様校で、生徒たちは規律を破ると簡単に退学させられてしまうので、髪を染めたり、ピアスをしている子はもちろん、おそろしいことに服を裾から出している子も、ネタクイをゆめるた子さえ見当たらなかった。お嬢様養成学校、という評判どおりの光景だった。
それでも、とぎれとぎれに聞こえてくる話の内容は、世間話とグチとコイパナと教師の悪口とかで、こういうところはお嬢様もかわらないな、と萌はなんとなく安心した。
みんながお喋りに興じてる中、ぽつんと、一人だけクラスの輪から離れている子がいた。顔はよくみえないが、眼鏡をかけた、いかにも大人しそうな子だ。予習をするところなのだろうか。その子は数学の教科書を手にしていた。
いや、ちがう。
その子の教科書は糊かなにかでページがくっつけられていて、その子はページを破かないように、それをはがそうと苦心しているのだ。
少女:「クスクス。その子はとっても困っていたわ。だって、その教科書だけじゃなくて、鞄の中が全部ベタベタになっていたもの」
楓 :「二人とも、なにを話しているの?」
機体をおりて、グラウンドにいる楓がいった。
楓には二人のやりとりは聞こえていないようで、それが香澄という子なのだ、と萌は感じた。
萌 :「この子が、あなたなの?」
少女:「いいえ。わたしはその横で、みてみぬふりをしている子。後ろ姿だけど、気まずく目を伏せて微笑みをうかべているの」
たしかに、途方にくれている女の子の隣には、その子に背を向けてだべっているグループが映っている。ストレートの黒髪の子が香澄なのだろうが、みんな黒髪のストレートだから後ろ姿では区別がつかない。
少女:「あなたも同じような経験、したことあるでしょう」
萌 :「それは・・・・・・」
日本全国、いや、きっとアメリカでもどこの国でもイジメはある。言い方は悪いけど、仕方ないではないかと萌は思う。見てみぬフリはいじめているのと同じだというけれど、仕方がないではないかと萌は思う。
楓 :「二人とも、どうしたの?」
萌 :「楓ちゃん・・・・・・。もう少し、香澄さんと二人で話をさせて」
少女:「クスクス。おもったとおり、あなたは話が通じる人ですね」
萌 :「だから、姉さんと夏希を追い出したというの」
少女:「ええ。わたしはあなたとお話がしたかったの。でも、いまはモニターをみて」
モニターでは、糊をはがそうとしていた子が「ヒッ」と短い悲鳴をあげて教室を飛び出した。同時にモニターが暗転して、クラスメートの笑い声がこだまする。「アハハハハケッサクー」「オニイケテルッテ」「オカシー」「アハハハハハ」「キモーイ」「テユーカ」「アハハハハハ」「キモッ」「ハヤクヤメロヨ」「アハハハハ」「マジクセー」「キガツケッテヨ」「アハハハ」「イマノトッタゼ」「ワラエル」「ウケルー」「アーメン」「アハハハハハハ」「アハハハハ」「ハライテエ」「アハハハハハハハハハ」「マジデマジデ」「オモシレー」「アハハハハハハハハ」「アタマガタリナイヨナ」「アハハハハハ」「コレイジメジャネ」「アハハハハハハハ」「オモシロイ」「アハハハハハハハハハハ」「アハハハハハ」
萌は顔をゆがめた。
萌 :「小学生か、あんたらは」
少女:「うふふふ。これでも、みんな勉強はできるんですよ。みんな、いい大学に入って、いい人間になって、いい生活を送るでしょう。
これはほんの息抜き。だって、わたしたちは本物のお嬢様じゃないのだから。これは、日常に変化をつけるための一粒のスパイス。
ほら見て。みんな心から笑っているでしょう。笑顔は女の子の武器よ。いつも笑っていないとさび付いちゃう」
萌 :「ハァ。わたしは公立でよかった。ほんとうに」
少女:「クスクス。ところで、どうして彼女は席をたったか分かる?」
萌 :「さあ」
少女:「鞄の中にかけられていたの、ただの糊じゃなかったの」
萌 :「じゃあ、何だったの」
少女:「精液」
モニターをみる萌の顔がかたまった。
暗転したモニターが再び灯って、今度は清潔なタイル張りの更衣室がうつしだされる。
少女:「クスクス。だれが、どうやって持ち込んだのでしょうね。もしかしたら使用済みのコンドームがあっただけなのかもしれないけど。クスクス」
更衣室ではワイワイとお喋りをしながら、女子たちが体操服から制服に着替えている。
ロッカーの片隅で、さっきの女の子がうつむき加減に短パンを下ろしてスカートをはこうとしたところで、物凄い悲鳴をあげる。
「ドウシタノ」「ウッサイナー」
「ナニガアッタノ」「ドウシタノ」
「ナニガアッタノ」「ネエ」
「コタエテヨ」「ネエ」「ナニガアッタノ」
少女:「みんなお芝居が上手でしょう? クスクス。ほら、みんな本当に何も知らないみたいな顔してる。
だから、この子は涙をぬぐってこういうの。【なんでもないよ、ごめん】」
萌 :「・・・・・・・・・・」
少女:「こんな現実が、あなたはそんなに好きなの?」
萌 :「・・・・・・けど、夢は醒めるよ。夢なんだから」
少女:「そうね。所詮、夢は夢だもの」
よくみると、屋上の少女は信愛の制服を着ている。
顔はみえなくとも、少女が微笑みを浮かべているのが、萌にはわかった。
少女:「さあ。わたしを撃って。夢を終わらせて・・・・・・」
萌は目標をセンターにいれた。
裁きの銃口が、夕陽に佇む少女をロックする。
あとはスイッチを押すだけだ。
A.押す。
B.押さない。
やめてうたないで、と楓が叫んだ。
萌はためらった末、決断した。
長く伸びる校舎の影に、滅びの音が奏でられる。
「!!」
コックピットごと灼けるような光に突き刺され、萌の意識が遠ざかってく。カスミゆく世界のなか、最後に聞いたのは楓の悲鳴と、
なじみのありすぎる笑い声だった。
「オーホッホッホッホッホッホ! こんな猿芝居にひっかかるなんて、ほんと、あなたは救いようのない、底なしのお人好しですわ!!
オーホッホッホッホッホ! オーホッホッホッホッホッホ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」