幕前2
1−Gに机が一つ増えて一ヶ月が過ぎたころ。ブラッドに関することは本当っぽいものから嘘っぽいものまで、ありとあらゆる
情報が飛び交っていた。
まずは事実、と若草萌が思うこと。
ブラッドは第18代アメリカ副大統領ミシェル・ヒューストンを先祖にもつ、このうえなく由緒正しい家柄に生まれた五人兄弟の末っ子。年齢は萌より二つ上の18歳。4月24日生まれ。牡牛座のAB型。祖父はチューイングガムから宇宙ステーションまで手がける「ワールドヒューストン社」の社長。二人の兄は後を継ぐべく会社内で修練し、二人の姉はデザイナー、システムエンジニアとして、それぞれ成功している。
ブラッドの日本での住まいは千葉と神奈川の県境にある一戸建てで、本国から連れてきたマレーシア人の執事と2人で暮らしている。登校は地下鉄。ルックスは抜群。運動神経も抜群。成績も抜群。反面、手先はやや不器用。部活はなし。オープンな性格で、思ったことがすぐ顔にでる。誰に対しても人当たりがよく、女子には特に親切。学食でよく食べるのは丼物とうどん。嫌いなものは納豆とタコ。同じクラスの女子はもちろん、違うクラスの女子や上級生たちまでアタックしたが、親密な仲どころか、プライベートのメアドを教えてもらった子すら一人もいない。それと、アキバ系。
ここからは噂、と萌が思うこと。
ホモ疑惑(本場だし)。本国に恋人がいる。隣のお嬢様校に将来をちかい合った許婚がいる。すでに結婚。子持ち。実はバツイチ…………
けれど、少なくとも、今はフリーのはず! と萌はかたく信じている。
この一ヶ月、たとえ席替えで離れ離れになろうとも、萌の両目は一途に彼の姿をもとめていた。なのに、口をきいたのはたったの一度。休み時間、廊下ですれ違ったときに、他愛ない質問をされただけなのだ。
「やあ、若草さん。次の時間は古典だっけ?」
「う、うん……そうだけど……」
「ありがとう」
そういって彼は優しい微笑みを向けてくれた――――――、と萌の心には刻まれている。
そう。若草萌はブラッドリー・ダグラス・ヒューストンに恋をしていた。身分が違っても国籍が違っても、ライバルが何十人いても、
小さな胸にともった燃えさかる恋の炎は消えることはないのだ。
とはいえ、萌は純情系だった。中学時代、Hどころかキスしたことも、デートしたことも、手をつないだことも、告られたことも告ったこともなく、そもそも男の子と口をきいたことも殆どなかった。
萌が異性に積極的になれないのには、理由がある。
素顔だと確実に小学生に間違われる童顔と、それに準じたちんまりとしたプロポーション。妹とならんで歩くと常に年下にみられ、姉とならぶと親子に間違われたことすらある。そんなちょっと幼い容姿が災いして、中学時代、密かに憧れていたテニス部の先輩に「若草ってランドセル似合いそうだよなー」となにげに牽制されたことは、いまでも軽いトラウマになっているし、それでなくても目立つボディなのだ。素顔のまま制服を着ると、通行人の視線を独り占めにする自信がある。だって、小さな子供が制服を着てたら、だれだって目をうたがうだろうから・・・・・。
そんな萌が彼にしたアプローチは、髪を変えてみたり、マスカラをかえたり、シャドウをひいてみたり、ルージュを目立つ色にしたり、授業中にチラ見してみたり、わざとケシゴムを落として拾ってもらったり――――――それが精一杯で、他のライバルのように普通に話しかけることができなかった。
もちろん、なんの進展もしないまま日々は過ぎていき・・・・・・・・・・・・・
季節は春から夏になった。