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Air4

 翌日。

 萌は医院の雑務をこなすと、一人で町をふらつくことにした。

 夕暮れどき、目にうつるものは背景ごと夕焼け色に染まっている。

 テレビでよくみるけど、実際に目にしたことは数えるほどなので、港町の夕暮れはこんなにも赤いものなのかどうか、いまいちピンとこなかった。

 なんとなく、萌は海に沿って歩くことにした。

 たなびく雲まで淡く燃えているような夕焼け空。

 よせてはかえす波が、呼吸しているようにサワサワと残照にきらめいている。

 波の音。風の音。

 耳をかたむけて歩いていると、どこからか、軽やかな口笛がきこえてきた。

 Sinfonie Nr.9 d−moll op.125

 口笛のメロディーをたどって行くと、海面に突き出しているテトラポッドの岬に、カッターシャツを着た少年が海をみつめてたたずんていた。

 萌が近づいていくと、テトラッポットの少年は海をみつめたまま言った。

少年:「アニメはいいねえ。アニメは人の心を(うるお)してくれる。日本人が生んだ文化の極みだよ」

「はぁ?」

少年:「君もそう思わないかい、若草 萌(わかくさもえさん?」

 少年は振り向いた。今度は髪の色が銀色になっているが、間違いなくブラッド君だった。

 萌は―――――怒った。

「ブラッド君、もう止めてよ!」

少年:「くすくす。ボクは彼ではないよ」

「ごまかさないで!」

カオル:「ボクはカオル。(はかない)カオル。君と同じ仕組まれた役者。フィフス・アクターさ」

「!」

 萌は怒りのあまり声がつまった。けれど、今までの人生で本気で人を殴ったことがなかったので、目の前のバカにビンタをぶちかますという行動は思いつかなかった。

「いいから! さっさと夢を終わらせて!」

カオル:「残念だけど、それはできない」

「終わらせなさい!」

カオル:「彼はボクだけれど、ボクは彼ではない。ボクは[儚カオル]という役を与えられ糸の切れた人形に過ぎない。哀しいね」

「はぐらかさないで!」

カオル:「クリアーしなければ、ゲームは終わらない。次に続くだけさ」

「電源を切ればいいでしょ!」

カオル:「目覚まし時計があればいいね」

「こんな変な夢をみないでよ!」

カオル:「誰だって夢をみるさ。失礼だが、君はもう少し周りのことを知るほうがいい」

「どういうこと」

カオル:「選択肢をあげるよ」

 カオルと名乗るブラッド君は、リアルな外観の拳銃(けんじゅう)をポケットから取り出すと、カチッと音をさせてから萌に差し出した。

 うけとった銃は、小さいわりに重たかった。

 金属の確かさと冷たさが、これは危険なものだと伝えてくる。

 戸惑いながら銃を構えようとすると、カオルが手をそえて指導してくる。

カオル:「片手じゃなくて、両手でしっかりもつんだ。こう。足もふんばって」

 カオルのいうがまま、萌はオープンスタンスの構えをとらされた。

 そして、カオルは銃口のさき、5mほどの位置にたった。

カオル:「さあ。どうする?」


A.カオルを撃つ

B.カオルを撃たない


 映画のワンシーン。 

 構えた銃口が震えるのは、ほんとうに銃が重たいからだ。

 ガタガタ軸がぶれて、心臓につけていたはずの狙いがちっとも定まらない。

 ブラッド君はさっきからほほえんだ顔のままだ。

 萌は荒い息をついた。

 違う。そうじゃないと、頭の中で警告がなっている。

 この銃は本物だ。撃てば、姉のときとは違って美しい死に方にはならない気がする。

 萌は銃を下ろした。

「わたしにはうてない」

カオル:「君はそういうと思っていたよ」

「かんちがいしないで。わたし、こんなものうちたくなかっただけ」

 萌が拳銃を返すと、カオルはカチッと拳銃をいじったあと、海に放り投げた。

 カオルは優しげに目を細めた。

カオル:「夢の中でも、君は優しいね。ここでは人の本性が(あらわ)れやすいというのに」

「ほめられたのかな? あまり嬉しくないんだけど」

カオル:「くすくす。君は、いや、君たちはアニメをみなさすぎるよ」

「はい?」

カオル:「彼は失望したんだよ。日本に来ればもっとアニメについて語り合えると思っていたのに、みんなアニメをみていないんだ。どうしてゴールデンタ

     イムに流すアニメはあんなに安っぽいんだ。どうしてもっとお金をかけない。お金をかけなければいいアニメはできない。子供をバカにしている

     のかい? サザ子ちゃんでも視聴率とれるから、あれでいいのかい?」

「ブ、ブラッド君?」

カオル:「どうして全ての局がドラマとバラエティなんだ。有料放送はいいと思うけど無料放送が中途半端に充実しているから現状では逆効果だよ。そ

     もそもマンガを原作にしてるんだったら基本的にはアニメにすべきだよ。もちろん実写でもいいけどきちんとお金をかけてほしい。安っぽいCG

     と質の低いキャストはもうたくさんだ。うんざりする。大根役者を主役にするなんて作品に対してもファンに対しても許されざる冒涜だよ。なによ

     りアクションに挑戦するべきなんだ。藤岡さんや宮内さん。昔の人はみんなヒーローだった。映画だってそうだよ――――――」

「あのー、カオルさん?」

カオル:「だいたい宮井アニメはみんなみるじゃないか。国際的に評価されている作品は他にもたくさんだ。クオリティーの高いアニメは純然たる需要が

     ある。世界中でね。どうして誰もチャンスをつかもうとしない。リスクを恐れていては何もできないよ。ああもちろんボクは萌アニメも大好きだ。

     大好きだ。東都アニメーションは実に素晴らしい。あれこそが仕事だよ。他の製作会社も見習うべきだ。童目もいいね。原作付きだからといっ

     て手をぬかない姿勢がすばらしい。マットハウスも最高だ。のっけはいいアニメだと思うんだけど売れなかったなあ――――――――」

「おーい、もしもーし・・・・・・」

カオル:「逆に日本に来て驚いたのはマンガの多さだよ。少年向け少女向け中高生向け青年向け腐女子向け中年向け。テーマにそった雑誌もめじろ

     おしだ。書店のフロア全てがマンガで埋め尽くされているんだよ。この国では誰もがマンガの読み方を知っている。老齢の政治家がゴスロリも

     のを読むなんてステイツではありえないよ。けど同人誌は全年齢向けの作品をもっとふやすべきだよ。同性愛はマンガでもきつい――――」

「・・・・・・・・・」

 大いに語るアメリカ人をまえに、萌は切実に後悔した。

 やっぱりうっとけばよかった、と。


 


 夕陽が沈んで星がでたころ、やっとのことで話に区切りがついた。

「それで、どうすればクリアーできるの?」

カオル:「それは彼も知らないんだ。けど、推測することはできる」

「その喋り方、なんとかして・・・・・・・」

カオル:「彼の舞台に異を唱え、シナリオを書き換えた人がいる」

「その人が姉さんを撃った犯人ね」

カオル:「そう。君は犯人を見つけ出さなければならない。本来は彼が主人公で、君はそのリボンをつけたヒロイン役のはずだったんだけど」

 萌は頭につけたリボンに手をやった。やっぱり姉さんはミスキャストだったのだ。察するに、本来は夏希と暮らしている女医役だったのではなかろうか。まあ、それはそれとして、「萌ちん、ぴんち」「がお」などと()らずにすんでよかった。

「それで、今回はどんなストーリーなの?」

カオル:「もう登場人物は出つくしたはずだよ」

「えっ」

カオル:「君はすでに犯人と会っている。そういうことさ」

「うそ・・・・・・・・」

カオル:「今度こそ、君にこれを託すよ」

 カオルはポケットに手をいれると、するするとアニメチックな長い槍をとりだした。前の夢ででてきたマジカルバトンと同じように伸縮自在のアイテムらしい。

「あなたのポケットは5次元ポケットね」

カオル:「効果音、いれたほうがよかった? やりなおそうか?」

「皮肉に反応しないでよ・・・・・・・それで、この槍はなんなの?」

カオル:「ロンギヌスの槍さ。これで犯人を突き刺すと夢が終わるよ」

「じゃあ、さっそく」

 萌は槍を受け取ると、ねじれた先端を少年に向けた。

カオル:「クスクス、もし犯人じゃない人を刺しちゃうとBADENDだよ」

「不便ね」

カオル:「ホームズは関係ない人を問い詰めたりしないからね」

「どういう意味?」

カオル:「もちろん、君が倒されてもお終いだよ」

「わかってる」

カオル:「これがボクに許されたプロットの修正さ。でも気をつけて。

     君たちと同じで、犯人も演技をしているのだから。ぼくも含めてね。クスクス・・・・・・・・」


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