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Air2

 文字通り、姉は消された。

 萌は姉がつけていた白いリボンを髪につけた。敵討ちというか、お(まも)りというか、そんな気持ちだった。

(これからどうしよう)

 昭和のような田舎町を見渡していると、萌の心に選択肢が浮かび上がった。


A.町外れに行ってみる。

B.川沿いを歩いてみる。


 野宿する場所を探す、という話の流れらしい。姉が消えていなければ、姉の家にホームステイするという筋書きになっていたのだろう。

 とりあえず、萌はAを選んで町を歩きはじめた。姉がいったように廃校があるなら、ちょうどいい寝場所になると考えたからだ。

 それにしても。

 いつの時代だ、と思う。

 家や道路は真新しいのに、ここにはコンビニもパチンコも俗悪なネオンも存在しない。すれちがう人たちは過疎(かそ)している町ではありえないほど人口バランスがよく、今も昔もいないでしょという無邪気な子供らが虫とり(あみ)をもって元気一杯に駆けずり回っている。きっとあの子たちには塾もイジメも将来の不安も親の離婚もないんだろうな、と萌は不機嫌に思った。

 しばらく歩くと、野ざらしになった廃線にでた。遮断機(しゃだんき)のない踏み切りをこえて更に歩いていくと、やがて一面の草地のむこうに鉛色のコンクリートの塊がみえてきた。

 近づいてみると、姉が予見していたとおり、それは廃校であった。

 雑草だらけのグラウンド。半壊した外壁からのぞく緑色に濁ったプール。建物の壁には無数のひび割れが()いずりまわり、校舎の正面には砕けて歪んだ大時計がいまににも落ちそうに垂れ下がってる。よくみると、()じれた針は1:00で止まっていた。

 非現実的な廃校。

 ひしゃげた校門をぬけて、校舎に足をふみいれる。

もえ:「暗いな」

 日の差さない廊下を、とりあえず宿直室めざして歩いていく。土台が腐っているのだろうか、一歩ごとにぎしぎしと床か(きし)む。照明のない廊下はそこかしこに暗がりがたまっていて、いまにも物陰から魔物が襲ってきそうな気配があった。

 さっきまでの不機嫌もどこへやら。少し怖気づきながらも、萌はどうにか宿直室のプレートがかかった部屋をみつける。

 ドアを開け、中に入ると――――――――

 ごんっ

 萌の後頭部に衝撃がはしった。

萌 :「な、なんだ・・・・・・」

??:「えーいっ、えーいっ」

 ごんっ ごんっ

 頭を抱えてうずくまる萌を、何者かが鈍器でなぐりつけてくる。

萌 :「いたた。やめ、ろ・・・・・」

??:「えーいっ、えーいっ」

 ごんっ。ごんっ。

 うずくまる萌を、何者かがめったうちにする。

 別なだれかが、制止の声をかける。

???:「香澄(かすみ)。もうそいつは動かない」

萌  :「きゅう〜」(この声、まさか・・・・・・)

?? :「あらあらまあまあ」

???:「おーい、(むすめ)。おーい、おーい」

萌  :「・・・・・・・」

???:「死んだか」

?? :「あらあらまあまあ。わたし殺し屋になっちゃいました」

???:「問題ない。ばれなければ罪ではない」

?? :「あらあらまあまあ」

???:「埋めよう」

萌  :「生きてるわっ」

 がばっ。

 跳ね起きる。 

 そこにいたのは二人の女の子――――両手で米俵(こめだわら)をかついだ少女と、小学5年生の女の子だった。

女の子:「ちっ。いきてやがった」

萌  :「なにかいったか」(楓ちゃん・・・・・)

女の子:「べつに生きていて残念だなんて思ってません」

 表情が変化しない小さな女の子を演じているのは、若草家の4女、若草 楓(わかくさかえでだった。

 しかし、萌が目配せしても、いもうとはなんの反応も見せなかった。  

少女 :「あらあらまあまあ。ご無事でなによりでしたわ」

 楓と一緒にいる少女は、学校の制服を着た、萌と同じ年くらいの女の子だった。

 おっとりした雰囲気のある子で、メガネの奥でにこにこと笑顔を浮かべている。

萌 :「な、なぜに米俵(こめだわら)・・・・・・・」

少女:「にほんの心です。これこのとおり、防犯にもお役立ち」

萌 :「死ぬわっ」(この子は知らないなー)

少女:「この子はケンくん。えらいえらい」

 なでり。なでり。

 よくみると宿直室の一角には、米俵が積み上げられていた。

萌 :「米俵を撫でてんじゃねーよ」

少女:「そして、この子はソゲくん。えらいえらい」

 少女はニコニコ微笑みながら、積み上げられた米俵の一つを撫でた。

萌 :「だから、米俵を撫でんなよ」

少女:「ケンくんは接近戦用。ソゲくんは遠距離戦用。えらいえらい」

 少女は微笑みながら物騒なことをいった。現実だと、5キロの米袋ももてそうにない女の子だが。

 そんなやりとりをしているすきに、萌のうしろに回り込んだ女の子が、にぎりしめた廃材を大きく振りかぶった。

女の子:「えい」

 ブゥンッ。

 萌はすんでのところで、廃材の一撃を回避する。

女の子:「ちっ」

萌  :「なにしやがる、このガキ」(楓ちゃん、意識がないのかな・・・・?)

女の子:「すぶりです。一番イキロー打率4割」

 ブゥン ブゥン。

 萌は白羽取り(しらはどり)で廃材をつかみとる。

女の子:「返しやがれ、この(あま)

萌  :「だれが返すか、このガキ」(まさか楓ちゃんまで夢のなかにいるなんて)


 その後、ちょっとした小芝居をやったあと、萌が強盗でも誘拐犯でも露出狂でもなく、ただの旅人だということを二人に納得させることができた。

萌  :「わたしは若草萌。何度でも言うが、ただの流れ者だ」

少女 :「北条香澄(ほうじょうかすみ)と申します。以後、よしなにお願い致します」

萌  :「オッケー。カスミン」

女の子:「なれなれしいぞ、女」

萌  :「おまえもな、クソガキ」(楓ちゃん・・・・・やっぱり意識がないみたい・・・・・・・)

女の子:「もみじだ」

萌  :「??」

女の子:「察しが悪い。わたしの名だ。田原(たわら)もみじ。よい名だろ」

萌  :「田原・・・・・・? もみじ・・・・・・?」

 それから更に内容のないやりとりが続いたあと、萌はここで寝泊りさせてもらうことになった。

 北条香澄は地元の高校に通う高校一年生。田原もみじは近所にすむ小学生で、二人はこの廃校を遊び場にしている、という設定だった。

 そして、舞台が暗転しても、萌は楓と会うことはできなかった。

 最初のほうで会った沙織(さおり)も「役名」を名乗っていたし、楓も他の人たちと同様に意識がないのだろう。でもまあ、こんな妄想に付き合わなくてすむのだから、めでたしめでたし、という他はなく、萌はけっこう本気で楓のことがうらやましくなった。



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