Too Heart5
朝がきた。
本当は悩む必要などないのだ。最初から「夢を終わらせるため」に、恥ずかしいのをがまんして台本通りに演じてきたのだ。けど、バッドエンドでも目が覚めるのならば、こんなものは破り捨てればいい―――――――――
それなのに。心のどこかで『萌』の恋を叶えてあげたいと思っている。でも、場合によってはキスどころか一気に最後までもえあがってしまう、とお姉ちゃんがいっていた。いくら夢でも、それはいやだ。ぜったいにいやだ。そうなったら逃げよう。でも昨日は役にはいりこみすぎちゃったし、もしも電話がならなければどうなっていたことか・・・・・・・・・・・
(あーん、どうしよう)
行くか、行かないか。
ETっぽい地底人さんの頭部をかたどった目覚まし時計の長針が一周する間、萌は抱き枕をギュっと抱きしめながら大いになやみ、
そして決めた。
もうちょっと彼に近づいてみることに。
「よし。いこう」
萌は身支度を整えて家を出た。
表に出ると、たばこをふかして待っていた冬眞が顔をあげた。
「行くんだね」
「うん。がんばってみるよ」
「そっか」
「お姉ちゃんも来てくれるよね?」
「まあ保健の先生だからね。あたしの出番、あれから一度もなかったけどさ」
二人は裕之の家にむかい、インターホンをおした。
ピンポーン
ピンポーン ピンポーン ピンポーン
萌は呼び鈴を何度もならしたが、家からは何の反応も帰ってこなかった。
「先に行ったんじゃない?」と冬眞がいった。
「うーん。待ち合わせの時間に遅れちゃったからね」
それに昨夜のことが気まずかったのかもしれない。
時間もなかったので、二人は先を急ぐことにした。今日は学校につづく坂道ではなく、駅前につづく路地を歩いていく。早朝なので町に人気はなく、なんだか肌寒いと思ったら霞がでてきた。
不意に、セリフが心にうかんだ。
萌:「ひどい霞・・・・・・・・・前がみえないよ」
自分の発したセリフに萌はぎょっとなった。【霞】【急ぐ少女】
歩くほどに霞は濃度を増していき、少し先の電柱もみえなくなった。この辺りは住宅地で、ここから駅までは歩道と車道のない路地を抜けていかなければならない。【霞】【急ぐ少女】【見通しの悪い路地】
「このパターン、まじやばくない?」冬眞がいった。
「同感・・・・・・・・」
安っぽい筋書き。示された予兆。
転がるボールをおって車道に飛び出す幼児のように。
たまたま遅刻しそうになって、見通しの悪い路地をわき目もふらずひた走る少女はどうなる?
萌:「急がなきゃ。電車はまってくれないよー」
萌の口が独り言をつぶやき、萌の脚が走り出す。「と、とまらない!」
冬眞は立ち止まった。「くそっ! うごけない!」
萌:「ハァ、ハァ。どうして寝坊なんてしちゃったんだろ」(やめてぇっ!)
かすみゆく世界。背中から、自分の名を叫ぶ姉の悲鳴だけが聞こえてくる。
萌は立ち止まらない。
まちにまった修学旅行。急がないと待ち合わせにおくれちゃう。
萌:「ハァ、ハァ。なやんだのが、いけなかったのかな」(とまってぇ!)
萌は走る。
かすみのなかをひたすらに。
前がみえなくても、周りがみえなくても。
期待に胸をはずませ、この先にまつのは幸せだけだと信じて。
【霞】【急ぐ少女】【見通しの悪い路地】【車】
破滅の音は萌の耳にとどかない。
二つのヘッドライトが白いやみを円くきりとって、萌はあまりのまばゆさに手で顔をおおう。迫り来る光の奔流のなか、
萌の目にとびこんで来たのは漆黒の鉄塊だった。
「きゃあああああああああ」
??:「オーホッホッホッホッホッホッホッ・・・・・・・・・・・・・・・・・!」
BAD END
裕之の世界は白い終わりを告げた。
その後。裕之と友人の美保は、交通事故で植物人間となった萌の看病にあたるが、三年にわたる看病生活のあいだに愛が育まれて、二人は結ばれる。そして、二人が晴れて恋人同士になったある日、萌が奇跡的に意識を回復してしまい、萌・裕之・美保の間でどうしようもない三角関係が展開されるのだが、それはまた、萌とは別のお話。