1.お姫様と非売品
むかしむかし、ある所に世界一お人好しなお姫様がおりました。
優しいお姫様は、困った人がいれば、いくらでも手を差し伸べます。
お腹がすいていれば食べ物を与え、服が足りなければ自分の服を裂いて、みなに分け隔てなく心を配ります。
そうした様子が民から慕われ、その髪の色からとって、心優しき銀糸の聖女と呼ばれていました。
そんなある日、いつもの通り街を歩いているとガシャンという音を耳にします。
音のしているほうをみると、そこには普段は危険だと言われて近づけない狭い通りがありました。集う民衆の間をかきわけ、恐る恐る近づくと……そこには薄汚れたぼろぼろの格好をした男の子が倒れておりました。
その側には、フランスパンを持ったコック服の大男と、大柄の女の人が怒った顔をして男の子を睨んでいます。
「あなた、怪我をしているのですか?」
ぼろぼろの男の子はよく見ると傷だらけでした。
お姫様が驚いて駆け寄ろうとすると、側にいた大男がお姫様の肩を掴みました。
「お姫様、こいつに触っちゃいけません。
この者は私が丹精込めて作ったパンを
盗んだ薄汚い泥棒です」
「きっとお腹がすいていたのですわ。
ねえ、そのフランスパン、
私に買わせていただけませんか?」
お姫様の頼みとあらば断るわけにはいきません。
パン屋の大男は大人しくお姫様にフランスパンを渡します。男の子はその様子をまじまじと見つめました。
「あなたにさしあげます」
フランスパンを差し出された男の子はまん丸い瞳をパチクリと瞬かせました。そうして開かれた瞳を見て、今度はお姫様が驚きました。なんと、汚れてボサボサの黒い髪の間からちらりと見えた男の子の瞳は……薔薇のように真っ赤な色をしていたのでした。
「あなたの目……」
思わず見とれて、「きれいな色ですね」とそう続けようとしましたが、真っ赤なバラ色はすぐにバサっとしたまっ黒いつるに隠されてしまいました。
男の子はお姫様の視線から逃げるように、ふらふらとした足取りで奥の裏通りへと姿を消しました。
「あ!! アイツ逃げやがった!! ……オイ待て、ガキ!
それはお姫様のパンだぞ!!」
「……あら?」
大柄のコックの声にハタと自分の手を見ると、お姫様のフランスパンはいつの間にか消えておりました。
☆☆☆
お姫様が街へ出かけるたび、国王であるお父様やお母様はいつも不安げな表情をしていました。
「自分のモノを簡単に人にあげてはいけないよ」
難しい顔をしたお父様や教育係に、そう言われるのですが、お姫様にはそれが理解できません。
「どうしてですか? こまっている人がいたら、
わたしは助けてあげられるのに」
お父様もお母様も、その先の答えを教えてはくれませんでした。
☆☆☆
お姫様には大きな夢がありました。
それはまだみたことのない広い世界を自分の足で見て回ること。
お姫様は、お父様から送られた世界の不思議なものを集めた図鑑が大好きでした。
例えば、
入口が巨人の喉仏に見えることから名のついた大あくび洞窟。
四百九十九の骨で動く深海のボーンフィッシュ。
呪いの花だとも幸運の印だとも言われる、糸のような赤い花。
古来の魔王が根城にしていたという魔王島。
広いベッドの上に寝転び、目を閉じてよく空想していました。
あのお魚はどんな味がするのかしら?
このお花はどんな匂いがするのかしら?
実際に見た景色と違っていようと、それは新たな知識としてお姫様の脳内に蓄積されていくのです。
続かない可能性、中です。
よろしくお願いします。