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もしも浪漫竒譚~あやかしと生きる民らの黄昏  作者: よーじや
第五章 もしも昭和モダン竒譚(後日譚)
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異国の花札と「人ならざるもの」終幕/大連の夜明け

逢坂おうさか町を背に、稲菊いなぎくがポツリと呟いた。

「……先輩、あの話をおれに聞かせたくて、あの場に連れてきたんやな?」

朝の冷え切った空気の中、美吉野はすっきりとした顔でわずかに微笑み、うなずいた。夜明けの太陽が海面みなもから顔を出しつつある時刻、稲菊いなぎくと美吉野は坂道を歩いて大連市街地に戻る途中だった。

「ほや。君にも、知ってもらわないかん事が沢山出てきてしもたさけェに、連れてきたんや。見苦しい姿も見せてもたがのォ。……稲菊いなぎく君、僕らには僕らの戦争が待ってる。君が殺し合いが嫌だったことも、そのせいで軍隊で上手くいかんかったのは知ってる。が、そうも言ってられんと思ったでの。ーーそして、その戦争を更に不利にしつんたのは、この僕や。すまんかったの。」

稲菊いなぎくかぶりを振ると、コツンと足元の石を小さく蹴飛ばした。

「はは……先輩こそ、こんなみっともない男が相棒で、困ってなるやろ。すんませんなぁ」

今の稲菊いなぎくのできる精一杯の笑顔で、努めて明るく謝る。稲菊いなぎくにとって、明るさだけが唯一の取り柄だった。それも失ってしまえば、本当にただの木偶でくの棒と成り果ててしまう気がして、怖かったのだ。穏やかな美吉野にすら、異国の地で見捨てられたらえられない。けれど、自分をいつわって彼の隣にいるのもまた、えられそうになかった。

「いいや、僕は君を買ってるんや。君が信用に足る相棒やさけェ、逢坂町おうさかちょうまで連れてきたんやざ。通じる相手と通じない相手がいるとはいえ、君の一番の武器は、その優しい心と口かもしれん。勿論もちろん君は、異能の力も強いんやが」

「買い被りすぎや。おれ……本当に殺すのが嫌なんじゃ。怖いんじゃ。そのせいで、お国のためにも働けん。ずっと弱虫って馬鹿にされ続けてきた。……先輩にもきっと迷惑かける。」

稲菊いなぎくは足を止め、軍隊時代を思い出してうつむいた。きしむ心を無視して道化ピエロを演じ続けてきたが、そんな稲菊いなぎくを上官は嘲笑あざわらい、激しく「罰した」。そんな目にってもなお稲菊いなぎくは「敵兵」とされる異国の農民達を襲うことはできなかった。そしてその稲菊いなぎくの迷いは、仲間の悲劇を引き起こしてしまった。




稲菊いなぎく脳裏のうりに浮かぶのは、極寒の地の闇にまぎれ、仲間達と煉瓦れんが造りの民家の扉の前にひかえていた冬の夜。

身体は冷え切り凍え死にそうな程で、寒さと恐怖で歯の根が合わないのを、無理を押し通して、上司の無茶な命令に怯えて銃剣を構えたあの時。稲菊いなぎくは、弾けた号令に腰が引けたまま突撃した。多くの仲間も、何の為に「敵兵」を殲滅せんめつするのか分からなかった。が、それでも自分自身が無事に生き残る為に、皆で闇の中をうごめく影を探したのだった。


カサリ。


「どうか、誰も現れないでくれ」という稲菊いなぎくの切なる願いに反して、火の気のない暖炉の中から微かな音が聞こえてしまった。

「……稲菊いなぎく、聞いたか?」

上司の念押しする声に、稲菊いなぎくはただただ青い顔で頷いた。自分も敵兵も、最早逃げられない。喉がカラカラに乾くのに、うまくつばが飲み下せない。真っ白な頭のまま、稲菊いなぎくは義務感と恐怖に背中を押されて、よろよろと暖炉に近づいた。

暖炉を覗く。

ぎょろ、と青い目をした少年とかち合ってしまった瞬間、稲菊いなぎくの身体は凍りついてしまう。自分は今から、彼を殺すのだ。稲菊いなぎくを睨む目が、死に迫られて闇の中で強くギラギラと輝いて……稲菊いなぎくはその強さに圧倒された。怯えてしまった。

「……Чёрт(チョルト)Пропадать(プロパダッ)!Японская(ヤポンスカヤ) сука(スーカ)!」



ッ……ダーン!!!



耳をつんざくような銃声、硝煙しょうえんの臭い、そして阿鼻叫喚あびきょうかんの悲鳴が、冷たい部屋に響き渡る。


(そうだ。おれは、銃剣を奪われて……その矛先は……)




稲菊いなぎくはそこまで思い出しかけてギュッと目をつむり、唇をギリリと噛む。それでも涙は目蓋まぶたの間から流れ落ちるし、情けなくもはなすすらなくてはならない。一度思い出してしまえば、悪い記憶は止まらない。

「ーー戦いの中に身を置かんといかん間は、おれは……本当ほっこし、ただ迷惑をかけるしかできんのや。もしその迷惑のせいで、先輩達にもしものことが有っつんたら……おれは……」

震える稲菊いなぎくの、しぼり出したような声に、美吉野は「分かった。分かったから」と言って優しく背中を叩く。

「なら、僕ができる限り、君が誰かを殺さんでもいいようにするが。ほれで無理な時は、諦めるか、逃げるか選びねま。のォ、それで我慢できるけ?君が「殺す側」に回ることは、避けられんけども。」

「でも、ほしたら先輩は……」

ただでさえ様々な葛藤かっとうに苦しむ美吉野に、更なる面倒をかけてしまうことを懸念けねんして、稲菊いなぎく躊躇ちゅうちょした。しかし、美吉野は穏やかに笑う。

「やってみるだけや。もし上手くいけば万々歳、試す価値はあるが。でもその分、稲菊いなぎく君のことはこきつかわして貰うざ?勿論もちろん、タダではやらん。僕の言う通り、修行もしてもらう。どうする?」

「……修行?」

稲菊いなぎくは、目を丸くして美吉野を見た。美吉野は目を細めて頷く。

「僕にばっかり幕引きを任すんなら、君には幕引きまでの流れは作ってもらわんといかんからのォ。その為に、君には仕事でもない修行を強制さして貰わんと、この戦争には勝てんが。ーーそして、「勝つ為に君が僕に協力する」……つまり君に修行してもらうって取引を稲菊いなぎく君が受けるなら、僕にとっても旨味がある。「家族に会うための一歩を踏み出せる」っつったなァ」

美吉野は、すぅ、と一つ深呼吸すると、目を閉じた。美吉野は異能の力を練り上げ、自身に宿る「櫻上幕簾インシャンムーリェン」の付喪神つくもがみ顕在化けんざいかさせる。美吉野はかなりの力を使ってしまったのか、少しひたいを押さえてから、顕在化させた「彼女」の手を取る。

「な……?!凄……」

からすの濡れ羽色の髪に冬桜花とうおうかを飾った、美しい花神かしんのような女性が、ふわりと宙に浮いている。しかしその姿は、稲菊いなぎくにとってどこか見覚えのあるものだった。

「……あ。もしかして、おれが写真を盗み見した時の、あの女の人け?」

「はは、バレてもうたけのォ。恥ずかしい話、桜札は僕のさい・美吉野薫子と、時々息子・わたるの姿を取ってなるんや。花札が取る姿は、自分自身が花札かれらに何を見るかによって、それぞれ変わってくるからのォ。……それを知っているのは、世界中で僕だけやが」

櫻上幕簾インシャンムーリェン」は、音もなくクスクス笑っているようだ。そして、彼女は宙に浮いたまま、苦笑いを浮かべる美吉野の肩に寄りかかる。そんな圧倒的な力と、圧倒的な力を証明する嘘みたいな光景を見せられて、稲菊いなぎくは思わず胸が熱くなった。自分も美吉野のようになれば、本当に人を殺さずにいられるのではないかという、そんな希望に打ち震えた。このご時世、直接人に手を下さないで済むというだけでも、稲菊いなぎくは有り難かったのだ。

「……ありがとうございます、先輩!その話、乗らしてもらうざ。どうか、宜しくお願いします!」

ビシッと頭を下げた稲菊いなぎくの前に、手が差し出された。稲菊いなぎくが不思議そうにその手を見ていると、美吉野と「櫻上幕簾インシャンムーリェン」が笑う。

「ほら、握手。これから頼むざ、相棒。そしてーー僕の初弟子!」

稲菊いなぎくは、美吉野の目を見て、力強い瞳に応えて、差し出された手を握り返した。

「望むところやが、老師せんせい!」

そうして決意を新たに固い握手を交わしていると、遠くから聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。

「……ワタシ置いてけぼりで遅い思たら、何の話してるネ?老菊重ラオジューチョンに、何か教わるつもり?晶哥ジンガー!」

「ちょ……梅麗メイリィ!何でおれに怒ってるんだよ?!」

むくれた顔の梅麗メイリィは、稲菊いなぎくに怒鳴った。美吉野を一晩中取られたことへの、完全な八つ当たりだ。

「すみません、梅梅メイメイ。君とも話をする約束だったのに」

「全くヨ!こんな可愛いの女の子置き去りして、煙花巷イェンファーシャンなんて行く、頭可笑し!そのあとワタシ置き去りのまま、内緒で二人して、女の人出してる。許さないネ!ワタシ混ぜるヨ!!」

「あ、あはは!」

美吉野は、声を出して笑い転げた。梅麗メイリィ不服ふふくそうにしているのが可笑しくて、稲菊いなぎくもまた爆笑する。空元気ではあったが、笑えた。

「はぁー……くくく。確かに、側から見たらそうですよね。ふふふ。梅梅メイメイ、これは桜札の付喪神つくもがみです。稲菊いなぎく君とは、逢坂町おうさかちょうで情報屋さんに会ってきただけですよ。その帰りに、もっと修行しようという話になっただけです。貴女も一緒に修行、します?」

「ははは!ま、おれは絶対お前には負けねーし?小梅シャオメイ!」

梅麗メイリィは悔しそうな顔をして、稲菊いなぎくを睨みつける。そして、美吉野の手をぱっとつかんだ。

「修行なら、ワタシの方がちゃんとするネ!桃福娘娘タオフーニャンニャンの修行、毎朝続けてる。老菊重ラオジューチョンの生徒は、ワタシの方が相応しヨ!你看ニーカン!!」

そう言うと、梅麗メイリィは巨大な薬匙スプーンを出現させる。そして、異能の力を見せつけようと集中し始める。それを見かねた美吉野が、梅麗メイリィの肩を軽く揺さぶる。

「はいはい。分かったから、落ち着きなさい。梅梅メイメイ、君ともきちんと話をして、その上で君が納得したならば、僕は君の老師せんせいにもなりましょう。でも、いいですか?寂しいからって僕の話を適当に聞いて、適当に僕の生徒にならないこと。分かりましたか?」

好了ハオラ〜!大丈夫だいじょぶネ!!」

軽く返事をする梅麗メイリィ。とても前日に、落ち込んでいた少女だとは思えないが、この切り替えの速さに稲菊いなぎくは救われてきた。

「はは、全く……本当かよ?……でも、マジで心強いわ。この三人なら、おれも大丈夫かも。」

稲菊いなぎくのほっと緩んだ顔に、美吉野も頷く。

「本当にそうかもしれんのォ、稲菊いなぎく君。さ、かく、署に戻りますよ!二人共。」

好的ハオダ晶哥ジンガーも、早く帰るヨー!」

再び歩き出した美吉野と梅麗メイリィが、稲菊いなぎくを振り返る。稲菊いなぎくも頷いて、歩き始める。

「うん……帰ろう。」



これは、帝国と化した日本の陰で、新時代を迎える者達の竒譚おはなし

帝国化が進む日本と、滅びた過去の王朝のわだかまりから成る、世界大戦の裏の暗黒の歴史の序幕プロローグ


そして、人それぞれの隠れた「勇気」の物語。

第三ルートも、ついに終わりです!

どうしても設定が出来上がっている菊重あきしげ主体の話になってしまいましたが、第三部として連載できるようになったあかつきには、晶君の設定をしっかり組んで主人公として押し出していけたらいいな〜と妄想しています。

相変わらずのwiki頼りの適当歴史が背景のお話ですが、書いていて楽しかったです!


【突然のロシア語】

「……くそっ!消えろ!日本の(雌)犬め!」と叫ばせてるつもりです。元々「……チョルト!プロパダッ!ヤポンスカヤ・スーカ!」とルビも入れてましたが、なろうの限界を見た(=キリル文字にルビ対応してなかった)ので諦めました。

※9/10 他のルビ入れる方法を知ったので訂正しています※

罵る相手、女じゃなくない?とお思いの方へ。一応英語でいうbitchと同じように、情けない奴・腰抜けって意味で犬呼ばわりしている感じと受け取ってください。

色々と合ってるかどうかは知らない。



☆☆☆



ここまで読んでくださって、ありがとうございました!

これにて『もしも浪漫竒譚〜あやかしと生きる民らの黄昏〜』完結と相なります!


7ヶ月半の時間分、お付き合いしてくださった皆さん…本当にありがとうございました。

もし皆さんが興味を持ってくださるならば、またやばいやつこと自分の厨二妄想に付き合ってくださると嬉しいです!


次は、ムーンライトノベルズ/ノクターンノベルズでエロいお話を書いて、キチゲ発散していこうと思います。

浪漫竒譚もエロい雰囲気のシーンは何度かあったけど、ここいらで一度ヤバさを爆発させてください。笑


というわけで次回の更新は、

現在放置中の『Nの指環 改造少女達の戦いの記録』を完結させる

or

新連載『ハイカラ修羅の気狂いハレム/ハイ修羅』の更新を始める


のどちらかになると思います!多分。

『Nの指環』は荒廃した近未来の科学者が主人公で、『ハイ修羅』は明治時代の時計店の成金跡取りが主人公です。


新しいお話を投稿するまで、(18歳以上の方は)よければ、同じくムーンライトノベルズで連載していたエロファンタジー戦記(?)『豊穣神の妻』も是非覗いてみてください〜

こちらはエロ巫女兼皇女が主人公です!


エッセイと呼べる程のものではありませんが、なろうで現在休載中の『アラサークズ社会人♀のイマココ!』も、これからは無理せず月一更新予定で復活させようと思っています。



また機会があれば、お会いしましょう!

ではでは〜!!

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やばいやつの短編もよろしくお願いします♡
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