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もしも浪漫竒譚~あやかしと生きる民らの黄昏  作者: よーじや
第一章 京城事変/京都編
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④自愛と視線の先の愛/重陽の節句 後編

菊重あきしげ松鶴しょうかくの部屋でしばらく過ごした後、のろのろと風呂に入ってから、宴会に顔を出した。

和洋折衷わようせっちゅうのこの屋敷だが、その奥にある仏間は広くて縁側もあった。皆はそこで酒や料理を食べながら、わいわいと騒いでいた。

「おっ!菊重あきしげ〜。遅かったな!もう殿と若殿も来ているぞ!」

そろりとふすまを開けた菊重あきしげ。それに気づいた赤ら顔の八橋やばせが、手招きして下座しもざぜんの前に座らせる。松鶴しょうかくが、床の間の前の席からこちらに笑いかけてきた。

「これで全員揃ったようだね。……ああ、いのはもう寝てしまったけれど……改めて、簡単ながら乾杯をしようか」

松鶴しょうかくさかずきかかげると、皆もそれに倣って盃を掲げる。

「皆の長寿を願ってーー乾杯!」

乾杯!という声が弾け、菊重あきしげも隣に座っていた鹿島と乾杯をした。盃には菊の花が浮かんでいる。しかし、去年は気づかなかったが、いつも菊重あきしげが異能の力で飲んでいるものとは、かすかに味が違うようだ。しかしすっきりとした飲み口はとてもよく似ていて、旨い。おそらく、この近くの酒蔵のものだろう。

「やっぱりシゲはザルだなぁ〜!飲むの速すぎるって。」

そう言って、鹿島がしゃくをしてくれる。

「ぼ、僕は自分で入れますから!」

「遠慮するなバカ。俺の酒が飲めねぇのか?」

既に宴会が始まっていたからか、鹿島は赤ら顔でそうのたまった。

「毎日仕事!仕事!で、いい人もできやしない。そんな俺の楽しみを奪うんじゃねぇ!」

「あはは……でも、紳士な楓助ふうすけ兄さんのそのキャラを見たら、女の人は爆笑しますね」

「そんなのは求めてねぇんだよな〜……」

鹿島は嫌そうに顔をゆがませながら、吸物をすする。

そもそも、兄さんはどういうひとに好かれたいんです」

菊重あきしげも、菊花のあんがかかった真薯しんじょをつまみながら酒を飲む。美味しいご馳走ちそうに、思わず顔が輝く。対照的に、鹿島の顔はくもっている。

「うーん……俺は〜……俺は〜……!!どんな所が好きなんだ……?一体何が好きなんだ……?」

菊重あきしげは、ちらりと上座かみざの方を見る。隣り合って座る姉妹の、桜子の方だ。今彼女は、松鶴しょうかくと談笑している。

(正直、理想の女性つったら、桜子さん一択やと思ってたが。)

そんなことを思いつつ、もぐもぐと口を動かしていると、鹿島が目敏めざと菊重あきしげの視線の先を辿たどってきた。

「……何だ?シゲはあの姉妹が好きなのか?」

耳元でこっそり聞いてくる鹿島に、菊重あきしげは必死で首を横に振って否定した。

「ち、違いますよ!けど、男は誰だって桜子さんみたいな人に惹かれると思っていたから……。」

あぁ、と鹿島は納得したように呟いた。

「俺は、あの二人なら薫子の方がいいな。桜子も可愛いんだけど、強くあろうとする女の姿の格好よさ……っていうのか?そういうのが好きなのかもなぁ。はぁ……そういうひとに甘えられてみてぇかも……」

菊重あきしげは、思わずどきりとして、飲んでた酒にせてしまう。不意に、発電所で薫子と二人、小野姉弟と対峙たいじした夜を思い出したのだ。眠そうなとろんとした顔に、香の甘い匂い、服越しに伝わる体温ーー酒が変なところに入ったのか、菊重あきしげせきは止まらない。

「お、おい。大丈夫か?!」

鹿島が慌てて菊重あきしげの背中を叩く。そこに、もう一つ手が加わった。ふわりとあの夜の香りが、菊重あきしげの鼻をくすぐる。

「あほ。鹿島さんが飲ませはるからや」

「これは俺のせいじゃないぞ?!」

菊重あきしげが落ち着くのを見て、薫子が菊重あきしげの顔を覗き込む。薫子も顔がほんのり桜色に染まっている。こうして見ると睫毛も長く、おでこもすべすべとして綺麗だ。

「顔、真っ赤やね。早速飲み過ぎや、あほ。少し休みよし」

飲んだせいか、薫子はいつもより顔を寄せてきた。しかし、すぐに離れて席に戻っていった。菊重あきしげは心臓をバクバク言わせ、動揺して更に残りの酒を飲んでしまった。そしてそのまま、無言で大根のなますを、もそもそと食べ始める。

宴会の様子を見ると、今は薫子と鹿島が隣同士話している。桜子と鶯梅おうばいが向かい合わせに話し、松鶴しょうかく八橋やばせが酒を呑んでいる。菊重あきしげの目の前は、いのの膳だ。しかし、菊重あきしげがいないうちに騒いでいた間に、食事を済ませて寝てしまったのだろう。

(ほや、蝶さんもたまァに協力してくれるさけェ、呼んであげれば良いのにの。何か理由があるんやろか)

菊重あきしげは今でも、気晴らしにカフェー・ピボワンヌに通っている。蝶は菊重あきしげとは仲がいい友達だし、いのや楓助ふうすけとも仲がいいが、不思議と蝶の方からこの屋敷を訪ねることはない。

「何ぼーっとしてるんだ?」

「ん。蝶さんのこと考えてての。何でこの屋敷に遊びに来んのやろって」

鹿島は、うーんと唸り、何から説明しようか考えているようだった。

「蝶子は、一度ここに入らないか勧誘しているんだ。けれど、……松鶴しょうかくさんと話して、何かの理由で断ったみたいなんだよな……。」

うなんか……何か知らんけど、あんまし藪蛇やぶへびつっつかんほうが良いんてなや。」

「あー、酔ってるのか、お前が何言ってんのか分かんなくなってきたわ……。畿内このあたりの人なら、何となく分かるのかも知れないけどなぁ。」

「ほうけ?ほんなら、僕を迎えに来なった時はどうしなってたんや?」

菊重あきしげは、焼いたいわしや里芋の煮物をちびちび食べながら、酒を身体に流し込む。

「んー?ああ、面倒だから、異能に頼りまくりだったよ。ありゃ疲れたし、もう勘弁して欲しいなぁ……。ああ、俺もう無理。眠……っ」

鹿島はよろよろと立ち上がり、部屋を出ていこうとする。

「すいません。俺、もう寝ます……。おやすみなさい……」

「酔うたァ情けねぇなぁ!ははは!俺の勝ちだ!!」

笑う八橋やばせの声に、しっしっと手で追い払う仕草をしてから、鹿島はふすまを閉めた。立ち上がった八橋やばせは、そのまま鹿島の居た場所にどかりと座る。

「よう、呑んでるか〜?」

八橋やばせはかなり呑んでいるらしく、酒臭い。総髪そうはつ、つまりオールバックにして髪を高く結っているせいで、茹でダコになった顔がよく見える。

「全く……若殿は、呑んでも呑んでも顔色一つ変わらねぇから面白くねぇ。菊重あきしげェ!代わりに呑め!」

確かに、若殿と呼ばれた鶯梅おうばいは、いつもの様子で酒を呑んでいる。とても今まで八橋やばせに付き合って、呑みまくっていたとは思えない。

(って……!先生、楓助ふうすけ兄さんと大概たいげえに同じやが!)

同族嫌悪という奴なのか、なんだかんだで八橋やばせと鹿島はよく似ている。

「あほ、止めよし!もう酒向さこう君も、もうようけ呑んでるんやし、何より未成年よ!」

「ええ〜。薫子に怒られるなら、やっぱり若殿と呑も……」

八橋やばせがしゅんとして、元の席に戻ろうとした時、鶯梅おうばいが立ち上がって、八橋やばせの肩をつかむ。

「また今度な」

そう言って、不満をこぼす熊のような八橋やばせを、細身だが大柄の鶯梅おうばいが引きずっていく。しばらくして、鹿島の爆笑する声と八橋やばせの荒げた声が聞こえたので、おそらくしばらくは大人たちも寝ないだろう。

菊重あきしげはご飯との味噌汁、そしてかぶの酢の物を食べて一息つく。柿も全て頂く。

「ご馳走っつぉさんです」

「よお食べはるね、菊重あきしげ君」

桜子が笑うと、菊重あきしげは少し恥ずかしくなって俯く。

「食い意地張っつんてて、僕、えろう食べてまうんです」

「いいじゃないか。食べたいだけ食べて、次に頑張る気力になる。それなら、食べる甲斐があるよ」

松鶴しょうかくがにこにこと笑って言う。

「さ、これはもう宴もたけなわってところかな?皆、明日からもよろしく頼んだよ。」




解散となって、菊重あきしげは自分の部屋に戻り、いい気分で布団に潜り込んだ。冬が近づき、少し布団が冷えているが、身体が温まっているから平気だった。

菊重あきしげは、すぐに深い眠りに落ちていった。

【補足】

食べ残しは、お手伝いさんの食事になっています。

警邏団のみんなは貴族ではないですが、それと同じ考え方で残しています。残りはスタッフがおいしくいただきました。って奴ですね。

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やばいやつの短編もよろしくお願いします♡
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