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Y恋慕

作者: 不二、

※この作品は一作目「十人X色」と関連しています。ですが、そこまでの繋がりはありませんのでどちらから読んでいただいても、どちらかだけでも読んでいただけると嬉しいです。

道端で猫が死んでいる。まるで嘘のように死んでいる。海波(みなみ)は何か“予感”めいたものを感じざるを得なかった。生前はあいきょうがあり(私はそうは思わないが・・・)ペットとしてもよく飼われるが、死んでしまうとここまで、醜悪なものに成ってしまうのだ。動物とは不思議で奇妙なものである。例えば植物が死に、枯れはてたとして、そこには醜悪さなんてものは微塵も感じない。“動作”もまた、生命なのかな。なんて、少し言葉に酔っている海波は心の中で両手を合わせ、帰路を行く。家は嫌いではない。私の家は生きるためには充分なほど裕福であるし、絵に描いたような両親だ。祝福されるように生まれ、幸福に育った。そして15年が経った。友人もいて恋人もいて、ごっこ遊び程度だが中学卒業・高校入学までに孤立することはないだろう。なんてことを考えていると、もうすぐ家だ。嫌いではないと確かにそうは思うのだが、なんというか・・・。

「おかえり!」

「ただいま~」

「学校はどうだった?」

「まぁ、楽しかったよ」

「なに?少し元気なさそうに見えるけれど?」

「帰り道に猫が死んでいたんだ。」

「まぁ・・・かわいそうに。それは辛かったでしょう?」

「まあ・・・ね」

帰ってきてから何気ない会話を終え、いつものように部屋着に着替え、二階の自室に向かう。すると思い出したように母が私を呼び止めた。

「あ!そうそう!あなたに手紙よ。」

「誰から?」

「んー、字が読みにくくて・・・しかも、名前が書いていないのよ。忘れたのかしら?」

「?」

母は首を傾げながら、私にその手紙入りの封筒を渡した。表には私、三枝縫みえぬい海波みなみ様へとあり、この住所を簡単に流し字で書いてある。しかし、妙なことに裏には名前はおろか、住所も書かず、なぜか油性ペンで左上部から右下部へ、右上部から左下部へまっすぐ線が引かれている。海波は恐る恐る封を切り、中を覗くと二つ折りの紙が入っていた。綺麗な二つ折りで簡単に開かぬように糊付けしてあった。(・・・・?何か書いてある?)

すると横から母が「もしかしてラブレター?」とにやにやしながら煽る口調で聞いてきた。なぜかドキッとして「知らない!」と少し声を荒立てて、そっぽを向いて自室に飛び込んだ。鍵をかけて外から母のクスクス笑う声が聞こえ(そんな気がして)無性に腹立たしく思った。そのイライラを抱えたままベッドに寝転がり、部屋のライトに謎の封筒を照らすような姿勢で、しばらくはそのままジッとしていた。・・・・・しばらくして、もう一度中身を確認しようと海波は思いゆっくり封筒を開けた。そして、糊付けされた一枚の紙を取り出した。すると、二つ折りになった紙の片側に


海波みなみ様が、お一人でお読みになられるよう、ご協力お願いたします。”


と流し字であるが、読めないほどではない字で書かれていた。海波は少し怖くなった。が、思春期の好奇心を止めることができる訳もなく、丁寧に糊付けされた箇所を開いた。


「偉大なる我が盟友、そして、どこにでもいて、どこにもいない“X”へ。」

第一の手記 ――愛さえあれば

本当になんて事のない一日を終え、眠りにつく。すると、鮮明な夢を視た。それは、私にとって女神ともいえる美女だった。その美女が私の手を取り、笑っている。これだけで永遠とすら思える幸福な時間だった。それから、白い扉を開け、私が彼女を連れ出すのではなく、彼女に私が連れ出されるように外へ出る。・・・ただそれだけの夢だった。しかし私がこうすること、こうなることで彼女は生涯の温かな幸せを得る、“確かな自信”があった。そう、これが運命なのだと私は・・・思ったのだ。

目が覚めるとすぐにメモを取った。外見の詳細、そして風景。そしてそれらの絵を描いた。自分の才能を疑うほど(今から絵描きにでもなろうかと思うほど)に鮮明だった。私はこの時、大学生だった。バイトでお金を得て、その学年で卒業するための最低限の単位を取る、その繰り返しを二年続けていた。すると、出来過ぎた偶然のような、それこそ運命的に出会ったのだ。夢で視た彼女に“酷似”した女性に。

場所は大学内の離れにある図書館で、館内二階の奥のテーブルに数人が座っていて、そこにいたのだ。雑草に咲く一凛の花のように彼女だけがはっきりと見え、そして私は石になったようだった。運命だと思った。もう、足音や服の布すれ音などを掻き消すように心臓の鼓動のみが耳元で爆発していた。足がすくみ、一時間経った。何をしていたかなんて、全く覚えていない。運よく彼女たちも長い間、楽しくお喋りしているようで、その間、私はおそらく遠くから見つめていたのだろう、“動作”せずに。もしその光景を誰かに見られていたとしたら、ゾッとする。そうしていると彼女たちが席を立つ動作を始めた。もうここしかないと覚悟を決めて、私は少し早足で声をかけた。朧気の記憶の中に驚きの顔とうっすら笑われている光景がある。そこで私が何を言ったのか、どんな顔だったのか、どんな“動作”だったのか。どれも覚えてはいない。ただ覚えていることは、彼女が優しく笑い、聞き心地の良い声で「いいですよ。お友達からで」の一言。全身が幸福に包まれていたように思う。もう死んでしまっていいとすら思った。・・・“私は幸福な「家族」はおそらく描けるが、幸福な「恋人」はどうしても描けない。”なのであらかじめ断っておこう。これから第四の手記まで、不自然な時系列になってしまうだろう。そのため文末に事が起こった年月を示す。(1997年5月)


海波みなみは混乱した。全く意味が分からない。私宛に届いた手紙に、全く知らない人の全く知らない時代に起こった恋慕れんぼを読まされ、さらにこれから3枚の手紙が続編?としてやってくるかもしれない。そう“予測”する海波は親に内容を報告するか迷っていた。しかし、海波みなみはまだ幼い。無知と好奇心が相まって、結局親には内緒にすることに決めた。次の日の朝、また同じような手紙が家に届いたら、中身を見ずに私へ届けるよう強く念押しした。母親は「わかった、わかった」とバカにするように半笑いで承諾していた。些細ささいなことで腹が立ち、長引くお年頃だ。海波は朝食を終え制服に着替えて「行ってきます」に至るまで、すべての行動に荒々しいとげが含まれていた。いつもの通学路。昨日は“異常な”通学路。何気なしに前と同じ場所に視線を送る。すると猫の死体は少し血の跡を残して消えていた。“誰か”がどこか土のある所へ埋めてくれたのだろう。治りつつあるいつもの通学路に安心して学校に向かう。道中に海波はふと、昨日読んだ第一の手記冒頭に書かれた文を思い出す。「どこにでもいて、どこにもいない“X”へ」。これはいったい、誰の事だろう。

「おはよ、海波」

「あ、佳奈かな。おはよう」

唯一無二の親友、佳奈だ。私ほどかわいいわけではないが、あいきょうがある。なので、同級生の中では一番と言っていいほどに人気だった。私の細かな変化にも敏感な心の優しい親友である。これまでとこれから、もし友人の名を挙げろと言われたらまず、真っ先に彼女を思い浮かべるだろう。

「何か嫌な事でもあった?」

「ないよ、この星が抱えるほどの嫌な事は」

「なにそれ?ふふっ」

「ふふっ、冗談。ちょっとヤな夢を見た、そんな感じかな」

「夜更かしでもした?自律神経が乱れて、眠りが浅くなったりするから気をつけなよ」

「ありがと。・・・佳奈、悪夢は心の病なのかな?」

「んー、違うんじゃない?頭の整理をしてるらしいから、組み合わせの偶然・・・かな」

「知らない人が出てくるのはいったい?」

「どこかで見た“他人の顔”じゃないかな、さらにその組み合わせ」

「ふーん、確かにそうかもね」

「どんな夢だったの?」

「・・・忘れちゃった。何か運命的だった気がするんだけど」

「なにそれ?今日の海波、言葉選びが変わってて面白いわ。ふふっ。」

毛一本ほども疑ってはいないが、可能性が0と言えるわけではない。ただ、このやりとりであの謎の手紙を送ってきたのが佳奈ではない事は明確と言って良いだろう。・・・良かった。と思えたら人間的なのだろうか。「偉大なる我が盟友」そんな人は私にはいない。やはりあの手紙は直接的な私宛ではなく“何か”を意図しているように感じる。

佳奈ほど一緒によく喋る友人はいないが、付き合いとして喋る知人には一通り、探ってみた。しかし、そんな素振りを見せる者(隠しているだけかもしれない)は見当たらなかった。嫌がらせにしてはあまりに特殊過ぎる。海波みなみはやはり別の何か「忘却」した世界に答えがあるような気がしているのだった。学校はいつものように終わり、いつものように帰路につく。今日はやたらにカラス(RAVEN)が多い。ゴミの日なのだろうか。・・・気のせいか、その中の数羽は私を注視しているようだった。気のせいだろう。まるで獲物を狙うように・・・。私の真横を黒い“スーツ”を着て白杖をついた老人がゆっくりと通り過ぎた。少し妙だったが、それが何かは分からない。ただ、一瞬のことで、いつもの帰路だった。カラス(R)もいなくなっていた。・・・・・家に着くと手紙が届いていた。帰宅直後の習慣のち、すぐ自室で開封した。


第二の手記 ――風の如き愛よ

私は器用ではなかった。全てを話すことでしか、恋の動機を伝えることができない。この時の私に友はいない。相談し慎重に行動を起こすその余裕もまた、なかっただろうけれど。夢で視た運命の人はあなたに違いない。今、出会ったのも運命なんじゃないか。と心に思っている事をとにかく吐き出し続けた。それに対して彼女は一―――(黒く塗りつぶされている)全てを受け入れる寛容な面持ちで私の話を聞いてくれていた。全て聞き終えると彼女は微笑み「運命の人・・・か。うん、何となく私もそんな気がするわ。」と優しく呟いた。この感情を言葉にすることができるはずがない。私には彼女しかいない。今持つ私のすべてを投げ捨ててでも、彼女のためであるのならば一抹いちまつの苦痛すらないのだろう。完全に惚れていた。こうなる前に君と出会えていれば、君は―――(黒く塗りつぶされている)私は私があることを思い出し、名前を聞いた。彼女は「田中朋子たなかともこ」と名乗った。実に普遍的で特徴はないのだが、私は彼女の発する言葉を全て記憶するつもりでいたのでまったく問題はない。彼女は姉妹が居らず“一人っ子”だと言っていた。それにしては落ち着いて余裕があるなと、不思議に思っ・・・いや特に思わなかった。環境が人を作るのだろう。そういうギャップもまた素敵に思う。それから一年、幸福な夢の中のように人生を過ごした。私は小説家ではないので、うまく例えることができないわけだが、これを読んでいる君はここより先にしか興味がないから、むしろ好都合だろう。あと、その癖は考え直した方がいい。名作にも駄作にも、細部に神(もしくは悪魔)が宿るものだから。そして出会ってから一年経った、五月下旬。すでに交際関係にあった私と彼女はいつものように待ち合わせをして、おしゃべりをしていた。するといつもと違い、何か暗く、気に病んでいるようであった。私は「いったい何があったのか」と尋ねると彼女はしばらく言いよどみ、そして口を開いた。それからゆっくりと言葉を紡ぎ、そして文章を作り出した。それを聞き終えることを待たずして、私は理解した。彼女は子を身籠もったのだということを。(1998年5月)


海波みなみは手紙を読み終えると、“動作”せず心を落ち着けて気持ちを整理した。平穏が瞬く間に異質なものに揺れ動いているような感覚が海波の中に粘っこく残り、そして、もしかしたら何らかの形で私自身が関わっているのかもしれないという、恐怖にさいなまれていた。この手紙は海波みなみ宛ではあるが、おそらく海波に向けた手紙ではない。海波の母、三枝縫みえぬい朋子ともこの旧姓は「田中」なのだから。海波は最後の一文によって私も部外者ではなくなってしまったように感じた。いや、しかし・・・これはいったい・・・。海波は思う。この手紙が真実の告白であるなら何故、私のみをわざわざ指名してこの手紙を送りつけたのだろうか。これは“予測”の域を出ないのだが、この作者はおそらく手紙を送ってきた人物とはまた違うように思う。ところどころ黒く塗りつぶされているし、作中で語られる「君」は私(海波)でないことは確かだから。その人物は作者の「盟友」なのか、どこにでもいて、どこにもいない「X」なのか。もしくは・・・その“両方”か。海波はこれから来るであろう第三、第四の手記をひどく恐れた。と同時に悪魔のささやきのような好奇心が体中を駆け巡った。もしかしたら私の出生の秘密や由縁ゆえんを知ることになる。いや、おそらく「確実に」だろう。頭がぴりぴりと痺れ、背筋がぞわっと震えた。

その日の夕食。リビングの中央に置かれた薄茶色のテーブル。テレビ向かって右側に海波みなみ、左側に母(朋子)が座っている。父は仕事で今日は帰って来ないとのことだった。海波は平常通りの素振りを殺すことなく、黙々と飯を食う。母は珍しくテレビに夢中でいつもの学校のアレやコレを聞いては来なかった。さっさと食べ終わり、二階にある自室に向かおうと思い立った時に、手記に書いてあった一つの疑問を聞いてみることにした。極力自然体を意識しつつ、声を出した。

「ねぇ、――――――――――?」

「ん?どうしたの急に。ええ。――――――――――。」

「そうなんだ。いや、何となく気になって。」

「あら、そう」母はテレビ視聴を続けながらあっさり答えた。

自室に向かう階段で、海波みなみは足が震えた。自室に入り、落ち着かない体を静めるために窓から空を眺める。すっかり黒に塗り潰されていて、目の下に入り込む街灯の光は妙にうっとうしく思えた。その光から逃れるために、月(MOON)を探して、闇と共存する光を見つけた。海波は一瞬、見下げる月(M)に・・・笑われた気がした。“綺麗な三日月”だった。

ベッドに腰を下ろし、一日ごとに送られてくる封筒を見つめていた。何かに気づき海波は封筒を手に取った。表は相変わらずこの家の住所と私の名前だ。裏も変わらず二本の交差する線が「X」を想像させる。もう一度表に返す。住所が書いてあるといっても、あまりの雑さでこれでは郵送されないのではないかと海波は思った。と同時に、直に投函とうかんしている可能性に体が震えた。いや、そっちの方が自然ではないか。一日毎に送られる手紙。何かしら“過激”な思いを持って送ってきているはずなのだから。海波みなみは抑えきれぬ動揺に頭の中がぐるぐると回り、船酔いのように気分が悪くなって、眼を閉じてその上を手のひらで覆った。手の甲が目の役割をになっている。・・・明日は熱が出る気がする。

翌日。天気は曇り。海波みなみの“予測”通り高熱が出た。学校を休むことになって、母は学校に電話をして、海波は携帯で佳奈に体調不良を告げた。・・・大袈裟に心配してくれる佳奈にわずかな“ぬくもり”を感じた。熱を帯びて弱っているからかもしれないが。佳奈とは一生の付き合いになりそうな“予感、予測?”が色濃く残った。彼女になら話してもいいのかもしれない。・・・彼女になら。それから、私はゆっくりと熱さまシートをひたいにぺったりと貼り付け、寝るしかなかった。ただし、今日は昨日の続きであり、またあの“手紙”が来るはずだ。そして、おそらく(これも“予測”の域)あれは郵送ではない。ならこの機会に「犯人」をこの目で確認するまではまだ休まれない。目の奥が痛み、しばらくすると頭痛に変わる。やはり、「しんどさ」というのはこのような陰湿な痛みの継続によって感じると改めて痛感した。人間関係も然りだね。海波みなみの部屋は窓から下を覗くと外壁に設置されたポストを確認できる。ここ(二階の自室)でカーテンの隙間から覗いていればいずれ見つけ出せる。そこで海波は今までに来た二枚の手紙を思い出した。二枚とも学校へ行く朝には届いておらず、帰ってくると届いていた。ということは海波が登下校する間に投函されたということになる。・・・決められた期間に監視すればいいわけだ。自宅で張り込み気分を味わえるとは思わなかった。海波はワクワク、ドキドキしていた。なんかちょっとだけ楽しい。朝、年寄りの散歩や犬の散歩、車やバイクの通過が目立つ。ポストに近づく人はこれといって、いなかった。昼、住宅街は静かだった。海波はあまりに変わらぬ景色に飽きて、少し眠ってしまった。午後3時、小学生のはしゃぐ声で目が覚めた。3時間ほど眠っていたようだ。海波みなみは慌てて窓を覗いた。目につきやすい色取り取りのランドセルを背負って・・・「十人“X”色に輝いている。十人十色なんざ、色の無い“クソ”がほざいたのだろう。自分には色があると勘違いでもして。」小学生の何も知らない純朴じゅんぼくさに海波みなみは微笑ましい感情とこの一節を思い出した。これは誰の文章だったっけ?何かの小説?それとも・・・私自身の日記に書いていたような気もする。それこそ小学生の頃に。もしそうならば“X”に触れたのは最近が初めてではない。ずいぶん昔から、“私自身”が望む世界にあったのか。そんな脱線思考を熱っぽい頭でしながら、外を見る。ふたりで楽しくお喋りしている子供、三人で一人をあおっている子供。猛ダッシュで帰る子供二人。一人でうつむいて歩く子供。この光景は変化がないな、と思いながら海波は水を取りに下の階へ向かった。自室へ戻ってくるとまた、先ほどと似たような小学生の群れが帰っていた。あ、あの子はお隣の。久しぶりに見たけれど、大きくなったね。などと海波は思う中、ポストを監視することが私の任務であったことを思い出して、少し焦った。見ると誰も近づいてはいなかった。いや、小学生の集団は横に広がり過ぎて、厳密には「小学生以外」は近づいていなかった。そんな中、即刻外に遊びに出ようと集まる子供たちがいた。とてつもない着替えの速さだなあ。どうやら隣の子を遊びに誘っているようで隣にたむろしていた。ただ、隣の子供は着替えが遅いのか、子供たちはジッとしてられず三枝縫みえぬい家のポスト前までウロチョロしていた。サッカーボールを抱えた子供、何も持たず喋っている子供。キックボードに乗って8の字に動き回っている子供、虫網を持った“スーツ”の子供。なにやらテーマの決まらなさが子供っぽくて微笑ましかった。隣の子供の着替えが終わり、出てくると「遅いぞお」なんて言いながらどこ行くか会議が始まっていた。これだけ子供がたむろしていたら手紙の差出人は躊躇ためらうだろうと思い、海波みなみはまた重いまぶたを閉じ、眠ってしまった。

夕方。・・・・・・・手紙が届いていた。


「君には私を見つけられないよ。安心して、最後に私の居場所を教えるから。」

第三の手記 ――愛なんて“クソ”

それからの彼女はというと、豹変したように私を突き放した。何を間違えたのか。私には分からない。それとそのお腹の子はおそらく―――(黒く塗りつぶされている)私の夢が間違いだったのか、それとも“別人”だったのか。その告白の後、彼女は私が浮気をしたのだ、暴力を振るい始めたのだと訴え、私は多額のお金を請求された。前述したとおり全てを投げ捨ててでも、彼女のためならば私は。私は大学を辞め、家も失い、全てお金に換えられるものは換えて、全て彼女に渡した。

そして私は“人の底”に落ちたのだ。

(1998年6月)

(ここから少し筆跡が違う。)

鮮明な夢を視た。小さい女の子が公園で遊んでいる。砂場で誰かと遊んでいる。その女の子をよく見ると、何か懐かしい感覚だった。あの運命を変えた始まりの夢。運命の女神、その幼少期を示す夢のような。この少女は私ではない“誰か”が迎えに来て、それに気づき笑顔を見せて、手をつなぎ公園を出て行った。それが彼女にとって幸せな一生を遂げる、確かな感覚。目が覚めると私は泣いていた。今寝るためだけに利用するこの場所で視た公園。これが本当の“予知夢”なのではないか。初めて見た夢が「理想りそう」でこの夢が「現実げんじつ」。・・・最初の夢も主観が“私”であると思い込んでいただけかもしれないのだ。

“美しき彼女にとって最も不必要なものは・・・・・「私」だったのか。”

私=Yとする。


Yは体を起こそうとするが、体の節々が悲鳴を上げて難しい。やっとのことで体を起こすと夢で視たあの子供が砂場に居た。ビクッと体を震わし、Yは硬直する。こんな早く夢が実現するとは。夢で視たままの子供だった。かわいらしさを多分に含みながら美しく、そしてこれからも美しい。それがYの“確信”だ。少女はこちらに気づかず黙々と砂城を作っていた。それを手伝っている友人?・・・友人にしては大きな影だなと思い、Yはそちらに向くと、その人物がその少女の母親であることが分かった。そして、その母親は・・・

“Yが全てを注ぎ破滅を刻む要因の人物・・・「田中朋子たなかともこ」だった。”

そんな、馬鹿なことがあっていいのか。Yはすぐに寝ていた時の姿勢に戻し、顔を隠しながら動揺を抑えた。Yは少ししか間違っていなかったのか。

“「運命の人」の母親を「運命の人」と思い込んで。”ただ、一世代早まってしまっただけなのか。最初の夢は少女のさらに未来を示すのだろう。そんなもの気づけるはずがないじゃないか。

―――Yが“視た”のは本物の未来夢だったのだ。

(2006年8月)

(写真が同封されていた。一人の男性と田中朋子が写っていた。そして裏には「こいはまるで、削蹄さくていごとし。」と書かれていた。)


今日でも明日でも明後日でもないが、三枝縫みえぬい海波みなみは家出を決意した。「親」というのは血の繋がっただけの「他人」であることを証明しなければならない。私に罪はない、私に罪なんてものは・・・。ただ気になるのは、ひとつ“致命的な嘘”があることだ。これが誤字であるなら、問題はない。しかし、そうでないなら・・・いったい、どういうことなの。(・・・途中から筆跡が変わっているのも、かなり気がかりだ。)様々なことを思考しながら、海波は最初の一文を思い出す。「君には私を見つけられないよ。安心して、最後に私の居場所を教えるから。」

こちらの行動は読まれている。そして敵対しているわけではないのか。最後とは「第四の手記」を示すのか。それともまさか・・・私(海波)の“最期さいご”なのか。頭によぎる最悪を必死に振り払い、海波は冷めゆく発熱とともに心と“動作”を小さく冷ましていく。まさかこれまでの作品すべてが私を泳がし、惨殺するためのものだとでも?そんな馬鹿な。私は何もしてはいない。ただ、普遍的な「生」を過ごしているだけだ。このことで頭がいっぱいで、気づけば夕食を終え、その後の“動作”を終え、残るは睡眠のみとなっていた。・・・念のために戸締りは(窓だけだけど)確認しておこう。カーテンを少し開け、鍵が掛かっていることを確認した。・・・外にいるカラス(R)と目が合った。そんな気がした。

翌朝。嘘のように体調は優れている。仮病は使えない。まったく、つまらない。朝食を済ませ、学校に向かう。今日は、道中にある花壇の外枠にホームレス?(JOKE)のような容姿の男性が座って、笑っていた。なにか、遠くを見てブツブツ呟いている。なんだろう?気持ちが悪い。・・・ただ、それは容姿ではなく。なんというか・・・“演じて”いる?その刹那せつな、殺気を感じた。が、それは気のせいだったようだ。何も起こることなく、彼(J)の前を通り過ぎた。外部に向ける意識が過剰になっているのだろう。なにせ謎の手紙は今日で終わるはずなのだから。他にはこれと言って何事もなく、学校に着いた。幸次(彼氏)を遠くに見つけ、今日はデートの約束をしていたことを思い出した。金曜日だからね。

海波みなみ、体調はもう大丈夫か?」

「うん、すっかり元気。ありがと」

「ん。」幸次こうじは照れくさそうに「またあとで」と言って先に教室へ向かった。胸が高鳴る・・・なんてことはあるはずがない。今置かれている状況と比べると余計ごっこ遊び感が浮き彫りになってしまう。私は「謎の手紙」と「恋」ならば、前者を青春と呼んでやろう。あまりにつまらないことは時が経つのが遅い。そして、放課後。幸次は昨日の今日で体調が心配だからというので、おしゃべりだけのデートとなった。公園のベンチに腰掛ける男女、軽く肩が触れる薄ピンクの雰囲気。なんてつまらないことか・・・。

「幸次はHより気持ちが良くて、ドキドキして興奮することってあると思う?」

「・・・え?なに、なんて?」

「セックスよりも上の快楽があると思う?薬物とかは抜きにして」

「え・・・ま、まぁ。・・・あ、あるんじゃないかな」

「そう。私は無いと思う。」

「急になんでそんな話?」

「なんとなく。」

「・・・そっか、海波みなみがそんなこと言うとは思わなくて、びっくりした・・・」

「たまにはこんな話もいいじゃない?」

「あ、ああ。」苦い顔をした。ただ、海波は続ける。

「人は色々なことで快楽を得るわ。ただね、それ以上の快楽がないことは、不快なの。」

「・・・」幸次は沈黙する。

「だから、抗うんでしょう。幸次が言ったように何か上があると」

「・・・」

「それもまた、快楽に酔っているの。だから私はそれを人間性とは言いたくない」

「自己犠牲が人間性というのかい?」・・・幸次は沈黙したままだった。誰かが言ったのか。もしくは幻聴か。海波みなみの目の端に黒い”スーツ”がチラついた。

「それすらも、つまらない。」


幸次とのおしゃべりが終わり、帰宅するとスカートのポッケに違和感があった。探ると手紙が入っていた。いつもの“動作”をさっさと終え、自分の部屋に入り手紙を開く。


第四の手記 ――最後は愛らしく。

私は真実の代償を払わねばならない。それがどういうことか君は理解しているだろう。慣れぬことを長らく続けたせいもあるが、あまりに命をすり減らしてしまった。今や動くこともままならない。金もない。ここで終わることを君と“X”には伝えたい。“X”には君から伝えてくれ。彼は今、強く優しい女性と少女に救われている。だから・・・やっぱり彼は後でいいや。君だけが記憶してくれれば良い。そんなことを書かずともこの手紙に触れただけで充分だったね、君は。それともう一つ。これからは君が“Y”を名乗ってくれ。そうすれば、“彼ら”に面目めんぼくが立つ。「NO FACE」でもあるからね、君は。ふっ、少し死にたくなくなってしまったよ。だが、もう君(新“Y”)がこれを読んでいる頃には私(旧“Y”)はもうこの世にいない。それは揺るがない絶対の事実だ。ただ、少し“可能性”も秘めていてね。まぁ、それはこの手紙に触れた君だけが知ればいいか。あぁそう、この手紙も君の好きにしたらいい。・・・うむ、何か書き忘れがあったかな。ああ、感謝を忘れていたね。我が盟友“X”そして“Y”、君たちがいなければ私はここまで生きてはいなかった。深淵の中で君たちは光だったんだ。感謝しかない。ありがとう。そしてお別れだ。(2010年)

(裏面には或る喫茶店の住所と時間が丁寧に書かれている。――「喫茶ロマンス」10:00~16:00入口から最奥のテーブル窓側)


海波みなみは手紙を折りたたむと、落ち着いて目をつむった。この4つの手紙は「日記」などではなくて、ひとつの「遺書」だった。・・・こんなものは「自殺」ではない。私の母親が引き起こした(さらには父親も関係しているかもしれない)「間接的殺人」だ。その渦中の中心にいる私もまたそうなのだろう。「生まれて、無知で幸せであったこと」がこの「間接的殺人」の成功を意味しているわけだ。なぜこの手紙が大筋おおすじ嘘でないと海波みなみは思うのか、本人もわからないが。これを嘘と思えるほど、人が好きではない。ただ、疑問は残る。そこは明日、通学路にある「喫茶ロマンス」で犯人・・・新“Y”に聞くとしよう。すべて(彼、旧“Y”)の顛末てんまつを。ああ、それと確認しておかなきゃ。海波みなみは階段を駆け下り、リビングへ行き、晩御飯の準備をしている母親に問うた。

「ねぇ、私に姉妹は居る?」

「どうしたの?急に・・・」

「答えて。」

「・・・・・いないわよ。」

「私より先に生まれる予定だった子も?」

「?ええ。貴方が最初で唯一よ。どうしたの・・・」

「そう、わかった。明日遊びに出かけるわ、昼から。」

「ええ、いいわよ。・・・誰と?」

「・・・・・“運命の人”」


土曜日。午前11時10分。喫茶ロマンス。三枝縫みえぬい海波みなみは鈴の音とともに入店した。店内は薄暗く、外の光が強く差し込むようにテーブルごとに窓が設けてあった。曇天時は照明をつけるのだろうか。入店して左手にカウンター、薄い毛量の白髪に丸縁メガネの人の良さそうなおじいさんが手元をせかせかと動かしている。この店のマスターだろう。右手側にテーブル席が並んでいる。窓ガラスの模様が少し神秘的だ。店は伽藍がらんとしていて、静かだった。「いらっしゃい」マスターがボソッとほんの少し口角を上げて呟く。人見知りで不器用なのが一目でわかった。客はカウンターにひとり、一番手前のテーブル席に女性ふたり。海波みなみは軽くお辞儀をして、テーブル席の最奥へ向かう。“誰か”がいる。近づくにつれ人の顔というものはハッキリしてくるはずが、おかしい。距離が関係なく“顔が定まらない。”約2メートルまで近づいてもなお、年齢はおろか性別すらよく分からない。服装は黒い“スーツ”に黒い薄手袋をしている。海波みなみは背に伝う冷汗を感じながら、近づいてゆく。すると彼?はこちらに気づき、左手の手袋を脱ぎ、ペンを握った。それと同時ぐらいに顔が定まった。30代後半で細身の作家風の髪とひげを生やした男性だった。男前なおじさん、という顔立ちだ。目もはっきりしてキリッとしている。顔は好きなタイプのど真ん中だ。少し頬はこけて、軽く歯を見せ微笑んでいた。彼はゆっくりと、こう言った。

「君が、三枝縫みえぬい海波かいはさんだね?初めまして。」

楽しそうに微笑んでいる。なぜか分からないが、海波を「みなみ」ではなく、「かいは」と呼んだ。まるで違和感なく。ペンを軽く握り、一定間隔ごとにトントンと音を立てている。メトロノームのように。

「あの、あなたがこの手紙の送り主・・・ですか?」

「ああ、そうだよ。うんうん。まずは僕が名乗るべきだよね。ごめんごめん。・・・といっても名前が無くてね、“X”で勘弁してもらおうかな。あ、違うや。今は“Y”だった。へへ。」

(なんだコイツ・・・)これが、海波かいはの思った“Y”の第一印象だった。顔と真逆の腰の低さ。本当にこの人が、この手紙を送ってきたのか疑わしくなるほどだった。

「ほんとうに・・・あなたが?」

「ん?そうだよ。・・・そうか。疑っているのか。うーん、そうだなぁ。“猫でも殺そう”か。」

何も変わらず、笑っている。・・・あぁ、少し警戒を解いたのが間違いだった。

「冗談冗談。そうだね、海波かいはちゃんは手紙の内容を覚えているかい?」

「ええ。すべて」

「賢いな。なら、NO FACEというのはどういうことか知りたいかい?」

「・・・ええ。知りたいです。」

「よし、教えましょう。」

“Y”はペンを横に置いた。すると海波は“Y”の顔が分からなくなった。ここに理屈は通らない。そしてその左手で喫茶ロマンスのコーヒーカップを持つと、顔がマスターそのものに成った。そしてまた、ペンを持つ。顔がまた作家に戻った。

「どう?分かったかな。」

「は、はぁ。・・・マジックか何かですか?」

「種も仕掛けもございません。」

「・・・・・はあ。」よく分からない。まぁ、こんなことはどうでもいいや。海波はここでようやく“Y”の対面に座って、呼吸を整えた。そして問う。一つ目の嘘。

「本題に入らせていただきます。私のこの見た目がもう、致命的な疑問があるでしょう?」

「あぁ、そうだね。」

「・・・だって、今は“2025年”だもの。」

(第二の手記より)田中朋子が身籠ったのは1998年。今が2025年であるなら、その子供は20歳を超えている。海波はまだ中学生なので残る選択肢は、“その子供は海波ではない。”もしくは、そのとき子供を身籠っては“無かった”。そのどちらかだ。そして前者は昨晩、確認した。・・・ということは。

「分かりやすかったかな。さすがに。」

「はい。それは早い段階で気づいたんですけど、そうなると第三の手記で途中から筆跡が違うところが疑問になって・・・」

「ああ、あれは僕が書いた。」“Y”はあっさりと答えた。

「え?な、ならあの部分はただの“創作”ってことですか?」

「そうなるね。ただ、旧“Y”が至った結論は同じだ。好きな人・・・とここでは軽く表すけれど、その人のために不必要なのは“私自身”だった。というのは。」

“Y”は真面目な顔つきで、海波を睨みつける。

「それとおそらく、あれは付け足しだけでなく、省いたのでしょう?旧“Y”の手記のままではもう一つの嘘とぶつかるから。」おくさず海波は話す。旧“Y”を呼び捨てる許可を得ずに。

「ほう、鋭いね。というより、よく調べたなぁ。」“Y”は目を少し見開いた。

「・・・もう一つの疑問が一番大切なの。あたしには姉妹はいないから、旧“Y”に血の存続はなく、ただお金だけをだまし取られた。“死ぬほどに。”」

「ああ。」海波は“Y”の胸元辺りを見ながら話す。目なんて見れやしない。

「姉妹がいない。・・・・・私には。」そう“私には”。・・・海波は続ける。

「母、朋子ともこは・・・姉妹がいる。姉妹どころか“双子”姉妹の妹が。」海波は少し声が震える。

「私の母は、旧“Y”を二度殺している。第二の手記、中頃にある“一人っ子”というのが実は旧“Y”を狂わす第一の嘘なの。」

「・・・うん。」“Y”は目をつむり、聞いている。

「第三の手記途中からは“創作”と言いましたが、旧“Y”の未来を視るというのは・・・」

「“本物に違いない。”ということだね。」

「ええ、“予測”の域を出ないですが。」

「いやぁ、驚かされるね。やはり人は“性格”の遺伝はないようだ。ここまで偽りを嫌う子供があんな女性から生まれるなんてね。反面教師というやつかな。」Yは少し毒のある笑顔を見せた。

「私は私なので。」

「良いことだ。それと補足だが旧“Y”はそのことに気づいたんだ。その最初の嘘に。なにせ本物だからね。」

「!?」海波は驚愕きょうがくした。

「ならどうして!?自身の破滅も見えていたというのですか?」

「ああ。だが、遅かった。未来視とは可能性に過ぎない。これは君に、海波かいはちゃんにも送っていないが、彼が視たのは二回。最初と全てを失ってから。」そのまま、コーヒーを一口飲み、Yは続けた。ちゃん付けが少し恥ずかしい。

海波かいはちゃんも知っているだろう。君の母とその双子の“妹”の関係性を。」

「いや、双子の“妹”は病弱で、ずっと病室にいると・・・」

「あれ?そうか、自分の娘にも嘘をつくのか、まったく。」Yは少し殺気を放ち、問う。

「・・・聞くかい?」

「ええ。お願いします。」海波はつばを飲み込む。

「彼女達、姉妹は妹の方が優秀だったんだ。それを嫉妬した“朋子”は“妹”の有りもしない嘘を振りまいた。“妹”は唯一、心だけが“朋子”よりはるかに弱かった。・・・そして、今は精神病者だ。その中で言うと病室に居るのは真実だったね。」

「・・・」海波は沈黙する。

「続けて大丈夫かい?」

「・・・ええ。」

「旧Yは“妹”との幸せの“確信”を視て、“朋子”と出会った。そしてすべてを失った後、もう一度同じ夢を視たんだ。その時、ようやく気づいたんだ。」“Y”は続ける。

「ただ、最初の夢から二回目の夢を視るまでに10年以上経っていた。それこそ海波かいはちゃんが言ったように二度目の死が訪れたわけだ。それを真実の代償と彼は言ったのだろう。彼はそれまでに命をすり減らし過ぎた。寿命ともいえる自殺だよ。」

「そんな・・・こと」海波はハッキリ喋れない。

「なにか、飲み物でも注文しようか?」“Y”は淡々とそんなことを言う。

「み、水を」

「なら、僕はトーストでも頼もうかな。む、いろいろあるね。」“Y”はマスターを呼び、注文した。海波は二度目の(なんだコイツ・・・)と思った。彼(新“Y”)の立ち位置が分からない。

しばらくして海波は落ち着き、水をちびちび飲みながら“Y”に問いかけた。

「一度目は自分自身の未来視で、二度目はなぜそんなに遅れたのでしょう?」

「う~ん。うまいのかよく分からないが、うまい。」トーストを食べていた。なにかはぐらかされた気がした。まぁ、いいか。

「あの、聞きたいことはまだあって、“X”って何のことですか?」

「あぁ、それは“僕ら”のことさ。あ、そうか・・・説明がいるね」少しめんどくさそうだ。

「私は家が無かった時期があってね。旧“Y”の遺書で言うと“人の底”だね。その頃に出会ったんだ。旧“Y”そして“X”。最初は僕も“X”だったんだけどね、二人で“X”。」

「“X”が二人で“Y”が一人。・・・いやその、“X”や“Y”の意味が分からなくて。」

「あぁ、それは“石の英雄”・・・じゃなかった“色気ある異常者達”を示すんだよ。」

「?」海波はポカーンとした。

「まあ、何かの仲間たちとでも思ってくれたらいいよ。」

「はぁ・・・わかりました。」海波は一応、納得しておいた。

「その・・・“X”は今何をしているんですか?」

「・・・・・」今までの“Y”とは思えぬ、哀しそうな顔だった。

「すみません。大丈夫です。」

「いや、いいよ。彼は・・・“X”は、ようやく掴みかけた平凡すらも許されず、事故に巻き込まれ意識不明の重体だったんだ。数日前、意識が戻ったらしいが、現実を教える役目が僕だなんてね・・・彼はもう、ダメかもしれないね」そして、しばらくの間が空いた後、「なんで、いつも僕だけが生き残るんだ。」と吐き捨てた。まるで、死ぬことすら許されないかのように。手元ではレシートの裏に“X”の右下が“Y”の左上に連結した「モノグラム」を書いていた。

「ああ、そうそう!」“Y”は急に何かを思い出したように、声を上げた。

「どうしたんですか?」海波はビクつきながら聞いた。

「“X”の病院に君の母の“妹”、叔母がいるらしいんだ。どうだい会いに行くかい?僕は会えないけど君なら大丈夫だろう。」

「・・・あ、あの。」

「ん?」

「なんで、私を恨むどころか歓迎しているのですか?私は、私の家族はあなたの盟友を間接的に殺したと言ってもいいはずなのに」手が細かく震えている。

「・・・りたくてもできないんだよ。僕に行動意思なんてものはないから。」

「え?」

「僕はね、左手に持つ物の意志でしか自分を保てない。」

「・・・」海波はよく分からなかった。ただ、嘘は言っていない。そして、殺意もまた事実。

「だから、例えば君の母を刺し殺す意志を持つナイフがあれば、私は完全犯罪を成せるわけだ。ナイフから手を離すだけで、私は見つからない。だが、そんなものは無くてね。復讐のため、旧“Y”の持ち物にとにかく触れてみたがどこにも、君たち三枝縫みえぬい家を破壊しようとする意志は見当たらなかった。」淡々としているが、これが事実なら、彼は左手に持つ物で鬼にも仏にもなれるということだ。殺戮さつりく兵器にも。

「あと、君と喋ると、そんな気は全く無くなったよ。やはり、旧“Y”の言う可能性はここか」

「なんですか?」

「何でもないよ」“Y”は少し柔らかくなった。希望が残っているんだ、と言わんばかりに。

「・・・それで、家のポストに手紙を入れていたわけですか。」

「ああ、そうだね。」

「なら、まったく行動意思がないってこともないですよ。」

「ほう・・・というと?」

「“何者でも”私に手紙を届けたからです。」

「・・・・・あ。確かに。うん、そうだね。それは、盲点だった!」“Y”は笑った。海波はなぜか嬉しくなった。

「“Y”さんとは何か、また会う気がしますね。」

「Yでいいよ。上下とか年齢すら僕にはないから。」

「へぇ。」

「まだ、信じてないね。」

「なら女性にも成れるんですか?」

「もちろん!」

「また、会った時見せて下さい。」

「いいよ。」

「僕はもうそろそろ行くよ。君には旧“Y”が残した君の“叔母”を示した絵と特徴メモ、病院の住所を渡しておくよ。」Yは大きめの封筒を海波に渡した。

「そうだ、お別れに良い言葉があった。海波かいはちゃん。」

「・・・・・一緒に来るかい?」とYは言う。

「・・・絶対に嫌です。あと私、“みなみ”です。」海波は即答した。

「かぁ~。フラれちゃったね。じゃあ、気をつけて。またどこかで会いましょう。」Yはペンをポケットにしまい、五千円を右手でテーブルに置き、顔の分からない男(NO FACE)は軽い足取りで傘立てに刺してあった白杖を左手に持ち、店を出ると同時に老人と成りて病院向かった。「誰であろうとも」もうどこにいるか、全く分からない。


病院に着いた。知らない病院。ただ、家からそんなに遠くはなかった。まさかこんなところにいるなんて。私の母はいったいどれほどの嘘にまみれて、あの環境を手に入れたのか。そんな苛立ちを抱えながら、入り口に立つ。・・・ん?室外機の上に「生きている」猫がいた。尻尾がなく、毛も整わずに太々しく座っている。猫は綺麗好きではなかったか。まぁ、そんなことはさておき、入り口に立ったからには中に入るしかない。知らない病院に海波は足を踏み入れた。受付に「田中たなか夢花ゆめかの姪ですが・・・」と言うと何を疑うこともなく、こころよく聞き入れてくれた。「病室は――階の――の部屋です。」と言い、その指示通りに歩く。そして、ひとつのドアの前に辿り着いた。白い扉。田中夢花の文字がある。海波はすごく緊張していた。部屋に入る前に、Yに貰った資料をもういちど目を通した。・・・不思議とこれまでの事柄全てが私を中心に動いていた、そんな気がしている。どういう意図があるのかそんなことは関係ない。面白い方に私は行くのです。・・・コンコン。中から「はーーい」と明るい声が聞こえた。扉を開けた。窓際の椅子に女性が座っていた。

「あら?ずいぶん、かわいらしいお客様ね。」老いてはいるが、美しい。

「・・・初めまして。三枝縫みえぬい海波みなみです。」

「初めまして!」女神といえる美声と共に微笑みもまた、美しかった。

「・・・姉さんの?」夢花は、不思議そうに見つめる。

「はい。失礼を承知で会いに来ました。すいません。」何を言われようと、構わない。しかし彼女は笑っていた。

「そんな硬くならなくていいよ。退屈していたし。ふふっ。運命的ね。ちょうど昨日、“誰か”が会いにくる夢を視たのよ」

「でも不思議ね。夢では私と同じ年齢くらいの男性だったの・・・」海波の“予測”は“確信”に変わった。なるほど、彼(旧“Y”)の未来視は・・・死後の未来すら範囲内ということか。海波は不思議と気が緩み、夢花に近づいていく。その容姿はまさに情報通り、“誤差”はなく彼女こそが運命の女神にふさわしい。そして旧“Y”の描いた絵。それもまさしく・・・病室のこの場所だった。そんなことを想いながら、気づけば真正面、至近距離まで近づいていた。

「あなたは私を恨んではいないのですか?」海波は分かりきったことを問う。

「まったく。そんなこと、つまらないでしょう?」海波の手を握った。

それから、お互いの日常を質問しては答え、質問されては答える。その繰り返し。その間ずっと私の手を握っていた。弱弱しくもどこか気高い。そして何よりも温かかった。海波は気づくと目から涙が流れていた。悲しさではなく嬉しさが、容量を超えてあふれ出している。夢花はスッと立ち上がり、白い扉に向かい手を引っ張った。おそらく私に気を使って緊張をほぐそうとしてくれているのだろう。その涙じゃないんだけどね。

「外の空気を吸いに行きましょう。私も久しぶりに元気だから。」私のためにウキウキ、ワクワクしているその姿は・・・・・20歳の若き乙女に成っていた。

そして、この一連の“動作”は旧“Y”が記述した夢のままで、その流れに準ずることが彼女(田中夢花)と私(三枝縫海波)の温かな未来を約束するような、“確信”めいた「何か」が私たちを包んでいたのだった。(2025年7月)


旧Y自殺。(2010年5月)

三枝縫みえぬい海波みなみ誕生。(上記同2010年5月)


<顔の分からない男(J)は、にやにやしている。とある高架下。腰を下ろし深淵に染まった空を見上げ、そして呟く。「三枝縫みえぬい海波かいは。解は見えぬ。違うなぁ。あ、そうだ。みえぬい・・・MIENUI。かいは・・・KAIHA。KAIHA・・・。おお!HAKAI!破壊!・・・んー、MIENUIか・・・ん?お!UNMEI!運命!これはこれは!運命破壊。いやぁ~、今日は頭がさえているねえ。解(海)は見えぬ。運命破壊。・・・ただねえ。これじゃあ、ダメなんだよ。楽しくないんだよなぁ~。だってどちらにも・・・・・・・・・“I(愛)が邪魔だ。”」

夏の終わりに近づいている頃、海波みなみの父親である三枝縫みえぬい達海たつみ(Individualist 個人主義)が死体で発見された。>


<A:×| B:×| C:×| D:〇| E:〇| F:〇| G:〇| H:〇| I:〇→×| J:〇| K:-| L:〇| M:〇| N:〇| O:〇| P:〇| Q:-| R:〇| S:〇| T:〇| U:〇| V:×| W:-| X:〇| Y:×→〇| Z:?|>

〇=生存

×=死亡

-=不在

?=所在不明

※なお、アルファベット一つに対し”単独”である必要、”人”である規定は無い。

お別れは「愛」の後に。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。これで5作目とかになるんでしょうか。まだまだ慣れませんが、創作はやはり楽しいものです。よろしければ、これからの「色気ある異常者達」を“予測”していただけると幸いです。「十人X色」「Y恋慕」は連載せず、個々が独立しつつ繋がっている作品として作者自身考えており、未定ですがおそらく“Z”が題名に付いた時、このシリーズの完結だと思います。あと今作に対してコメントなどしていただけると嬉しいです。最後にもう一度、お読みいただきありがとうございました。

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