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気付くこと。

作者: あおい。

淡いピンクから緑に変わる木々たちは、何を思うのだろうか。

日傘を差し、談笑する貴婦人たち。

わたしはあの人たちを見て、何を思う。

排気ガスを撒き散らしながらも、人間の足となり、空気を汚す車たち。人間が欲しいっていうから、そこにいて働いてるのに、排気ガスだなんだーって人間はとても失礼だわ。

ただ毎日昇って沈むを繰り返す太陽は綺麗だのなんだの言われて。そりゃたまにはおめかしをして綺麗って言われたい日もあるよね。でも毎日おめかしもつかれるからたまには雲に隠れてみたりするのよね。


気付かない。そのことに私たちは何も感じない。


「この世界に悲しいことなんてあるとは思ってないんだけどさ」

わたしは足元の猫に喋りかける。すると猫は尻尾を揺らして答える。答えてるんだと思う。

「何にも気付かないことって、とっても悲しいことだと思うわ」

猫はとってもおおきな欠伸をする。

わたしが言ったことの大切さなんてこの猫は分かっていないんだわ。

「でも、気付かないことって幸せよね」

ぼそっとでた一言。

深い意味なんて特にないと思う。

思う。この地球のアジアの日本の関東の東京の板橋のマンションのたった1人の私。こんな狭い世界に閉じ込められてる小学5年生の私にはわからない。

でもきっと、気付かないことっていうのは幸せなことなんだわ。

だって、今私の真横で人が殺されたとして、気付かなければ怖いと思うこともないし、叫ぶこともないんだもの。

みゃお。

ぼーっとしてるわたしに、どうしたのとでもいうように足元の猫が鳴く。わたしはしゃがみこみ猫をなでる。

例えばこの猫が病気にかかっていて、明日には死んでしまう。そのことも知らなければ、私はいつも通りにこの猫とおしゃべりしてお散歩して笑ってる。

でも知っていたら、悲しさのあまりに泣いてしまって何もできないと思うの。

「やっぱり気付かないって幸せなんだわ」

足元の猫を抱き抱えると、猫は嫌そうに手足をばたつかせる。

それでも私が無理に抱きしめると観念したかのように大人しくなった。ふわふわの毛が風で揺れてわたしの腕をくすぐる。

さーっと、草木が揺れる音も聞こえるくらいにここは静かだ。

静かな場所は好きだけど嫌い。たくさんいろんなことを考えられるけど、寂しさがわたしを包むから。

「なんでねこは猫なのよ。あんたが人間だったらきっと楽しくお話しできたわ」

わたしの腕の中でねこは私を見る。

「わたしはお話しするわ。でもあんたは喋らないじゃない。きっとわたしの話を聞いて馬鹿にしてるんだわ。そうなんでしょう」

みゃお。

まあ、なんて憎たらしい。こういうときばっか返事して。

わたしは無言で猫を手から離した。

急に離したっていうのに、ねこは綺麗に着地をして、毛繕いを始める。

「ずるいわ。あんたは。高いところから突き落とされたってそうやって着地できるんでしょう」

ねこが毛繕いをやめてわたしを見た。

その透明な水晶玉のような瞳が不思議。

ほんとはわたしのことちっとも分かってないくせに、わたしの全部を見透かされてるような気持ちになる。

「わたしはあなたじゃなくてよかったわ」

そう呟くと、わたしのことをじっと見つめる猫の頭を撫でる。

するとねこは立ち上がる。構って欲しそうなくせに構うと逃げる。猫ってツンデレね。

ねこにも分かるようにわたしは大きく呆れたようなため息をする。

「おいで、ねこ。帰ろう」

わたしはねこにそういうと、さきに歩き始める。

もちろん自由気ままなねこはついてこない。

いつものことだ。

1時間ほどの家への道を淡々と歩く。

何台も通り過ぎる車、近くの学校から出てくる人々の笑い声。

わたしの真横をとおる人々。

変なの。

わたしはこうしてみているのに、他の人はなにも見てない。わたしのことなんかまるで視界に入っていないみたい。変なの。

わたしは本当は今ここにいないんじゃないか。

そんな恐怖感にかられ、走り出す。

見慣れた道、見慣れた風景、見慣れた人々。

全部全部全部全部全部、変。

4階建のアパート。ピンク色の外壁のちょっと可愛らしいアパート。

わたしは自分の家がある4階にダッシュで向かう。

わたしは扉の前まで着くと、上がった息を整える。

ドアノブに手を触れると、冷たい感触がわたしの手にあった。

それを確かめると、ホッとする。

大丈夫。わたしはここにいる。

そして扉を開け、ただいまあ、と挨拶をする。

玄関を抜け、リビングに入ると妹がテレビを見て笑っていた。

「あ、お姉ちゃんおかえりい」

妹はそれだけいうとまたテレビを見て大きな声で笑う。

わたしの家は両親共働きで、家族みんなが揃うことなんて滅多にない。

だからわたしも妹も好きに過ごしている。

妹はわたしのこと好きだって言ってくれる。

でもお父さんもお母さんも妹の方が好きみたい。

わたしはこの家に居場所を感じられない。

そのことに誰も気付いてない。

わたしが夜にこっそり泣いてることも、誰も気付かない。だってみんなに会うとわたしは笑うから。

だからこの家はみんな笑っていられるの。

わたしは妹にご飯いるか確認すると妹は首だけで返事する。

わたしは冷蔵庫の中身を確認し、作れるものを考える。

11歳のわたしが作れるものなんてたかが知れている。

だけど、誰かが作らなきゃごはんは夜中までお預け。

豚肉と玉ねぎがあることを確認すると、今日の晩御飯は生姜焼きで決まり。

わたしの得意料理。

醤油とお酒とミリンと生姜にお肉と玉ねぎをつけて、その間にお味噌汁を作り出す。

我ながら手際がいい。自分を褒めながら、料理をする。

料理をすること45分。あっという間に生姜焼きとお味噌汁ができる。妹の分とわたしの分をお皿によそう。

お父さんとお母さんにもちょっと残しておこう。

そう思いフライパンの上に生姜焼きを残すと蓋をした。

妹にキッチンから食卓に運ぶのを手伝ってもらおうと声を掛けたが、テレビに夢中な妹は手伝おうともしない。

しょうがなくわたしは自分で食卓をセッティングして生姜焼きとごはんとお味噌汁を並べる。

妹にも生姜のにおいや味噌汁のにおいが届いているはずだが未だに動こうとはしない。

仕方なく「食べよ」とだけ妹に声をかけた。

すると妹はテレビを見ながらご飯の前に座り、いただきますとだけ言って食べ始める。

私の家ではテレビを見てご飯をたべることが禁止されている。だけれど妹の反応が気になりそんなことどうだっていい。

美味しくできたかな。

わくわくしながら、妹の反応を待つ。

しかし何もかえってこない。妹はテレビを見ながらごはんを箸でとり口に運ぶ。この作業を淡々と続ける。

わたしは少しショックを受けたんだと思う。

そのあとからちょっと食欲がない。

でもごはん全部食べたの。わたしえらいでしょ。

今日のごはん美味しくできたよ。

おいしいね。

わたしはわたしの心とおはなしする。

黙々と食べてると妹がご馳走さまといって茶碗を片付けた。

わたしもそれに続きご馳走さまと言い茶碗を片付ける。

そのあとは学校からの宿題。

しばらく宿題してるとお父さんから電話がかかってくる。

「もうすぐ帰るけど、なんか家にある?」

「今日しょうがやき作ったよ!」

「作ってくれたんだ。ありがとう。じゃあお酒だけ買って帰るよ」

そういうと電話が切れる。

ありがとうって言われたわたしは少し気分が良かった。

妹にもお父さんが帰ってくることを伝え、片付けを手伝ってもらう。

しかしテレビを見てるせいか妹は手がとまりがち。

わたしはそれを見て片付ける手を早めた。

しかし当然終わるはずもなく、汚いところが目立つ。

そう思った時にお父さんとお母さんが一緒に帰ってきた。

お父さんは部屋をみるなり

「うわあ、きたなーい」

と言い着替えに行く。

お母さんはわたしが料理した匂いに気がつくとつまみ食いしに行く。

母が箸を持ち、生姜焼きを口に入れた。

その瞬間、美味しいって言ってもらいたくてドキドキした。

「んー、これはもうちょっと生姜いれるべきだね」

またしてもわたしはショックをうけた。

片付けおわんなかった。

おいしくなかったのか。

そう思うと涙がでそうになった。

気分をかえようと他の話題を持ち出そうとする。

「いもうとがまたテレビ見ながらごはん食べてたの……」

ああ、わたし最低だ。妹を構ってもらう出汁にするなんて。

「お姉ちゃんでしょ。注意しなさいよ」

母はそれだけ言って仕事着から部屋着に着替えに行く。

「お姉ちゃんでしょ」

その言葉がわたしの心を刺した。

その間ずっとわたしは泣くのを堪えて笑う練習をする。

時間は夜の22:00を回ろうとしてる。

着替えた母親に「いつまで起きてんのよ、寝なさいよ」と怒られ、笑顔で返事をするとわたしは寝る準備をして寝床に入る。

布団に入った瞬間今まで溜め込んだものが一気に吹き出してきた。

わたしなんて、いてもいなくても一緒じゃない。

美味しくないなら作らなきゃよかった。

誰もわたしなんて見てないんだ。

さまざまな思いが涙になって出てくる。

わたしは声を殺して泣いた。

するといつのまに帰ってきたのかねこがすり寄ってきた。わたしは思わずねこに喋りかける。

「ねこ……。やっぱり気付かないって幸せだけれど、気付かれないっていうのはとても悲しいわ……」

自分でも気づくほど情け無い涙声でねこに訴え、ねこを抱きしめる。

普段なら嫌がるねこが今日は大人しく抱きしめられてくれる。

「やっぱりこの世界に悲しことはいっぱいあるわ」

そういうとわたしはねこに顔を埋めて目を閉じる。

暗い世界の中で、猫のふわふわの毛と、父と母が談笑する声がやたらと感じられた。

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