飛び出て、落ちて、救わて、そして…………
短編の歴史物を作ろうとしたら、短編になりませんでした。
…………というところから出来た作品です。
新田義貞。
私は群馬出身なので、昔から『上毛カルタ』で知っていましたけど、全国的な知名度はどうなんでしょうか?
歴史に興味がある人が調べる、知るきっかけになれば、幸いです。
『歴史に名高い新田義貞』
「新田義貞は日本で初めて倒幕をした凄い人なんだ」
パパは笑いながら言う。
「もう何度も聞いたよ」
私は素っ気なく言った。
「そして、パパたちは新田義貞の…………」
「末裔なんでしょ? 一応、ね。あんまり信用できない文献でだけど」
「なぁ、お前は小学生にしちゃ達観しすぎてないか?」
「そう? パパが子供っぽいだけじゃない?」
私は笑う。
パパは歴史が好きだ。その影響で私も歴史が好きになった。
八年後。
「この年の文化祭、私たち歴史研究部の発表、新田義貞はどうかな?」
智香が提案する。
「えっ、それはないんじゃない?」
私は即答した。たぶん嫌な顔をしていたと思う。
「一昨年は真田一族。去年は長野業正と上泉秀綱。なら、その流れで今年は群馬で一番有名な武将を紹介すべきじゃないかな? 今年で私たちも卒業だし!」
「有名って…………大したことしてないじゃん」
「倒幕して、南朝の総大将になった人だよ」
「倒幕は足利氏の協力があったから。南朝の総大将に成れたのは足利尊氏と同格の血統を持っていたのが新田義貞しかいなかったから。新田義貞に力量があったわけじゃない」
「さすが先祖のことは詳しいですな、新田夏義さん。私たちも高校三年。私たちの代で新田義貞をやろうよ」
智香はからかうように言う。
「智香、私が新田義貞の嫌いなこと知っているでしょ?」
「もちろん、夏義が新田義貞の末裔だって自慢していた小学校の時からの付き合いだからね」
あ~~~~、私の黒歴史!
「とにかく新田義貞だけは却下!」
「部長とは言え、それは横暴じゃないかな」
「別に来年やれば良いでしょ。私がいないところで。新田義貞をやるなら私、文化祭は来ないけどね!」
みんなは苦笑する。私が新田義貞を嫌っているのは、みんなが知っている。
新田義貞。
日本で初めて討幕を行った武将だ。なのに、新田義貞を英雄と認識している人は少ない。当然だ、新田義貞なんて、運よく偶々討幕しただけの凡人だ。
鎌倉幕府を攻め滅ぼした手順は神懸かっている。
しかし、その後が惨めだし、愚かだ。
武士たちは無位の新田義貞よりも足利尊氏を支持し、味方の楠木正成は朝廷に新田義貞を見限り尊氏と和睦すべきだと進言するし、後醍醐天皇には見切られて北陸へ落ちることになった。
最期は戦死して首を晒された。
身の丈に合わない武功あげたばかりに悲惨な末路を迎えた凡人。一発屋だ。
結局、この日は知香が新田義貞を推して、私がそれを拒否していたら部活が終わっていた。
「もう、いいじゃん、新田義貞で」
帰り道、知香が言う。
「嫌だ。私は新田義貞が嫌い。何が嫌い、って京の女と別れるのを惜しんで出兵の時期を遅らせて戦いに負けるとか、ありえない。ほんと恥!」
「にしては本当に詳しいよね。知ってる? 好きの反対は無関心。嫌い、じゃないんだよ」
「でも『好き』の類義語が『嫌い』って訳でもないでしょ?」
「まぁ、そうだけどね。と、今日はお使い頼まれていたんだ。じゃあね」
知香は別れを告げて、去って行った。
「…………ただいま」
帰宅すると嫌な人の靴があった。
「お、お帰りなさい」
その人は緊張した声で言った。
「…………あなたに『お帰り』なんて言われる筋合いはないですけど?」
敵意をむき出しにした声で言った。目は合わせない。
「ごめんなさい…………」
「父さんは?」
「今、書斎にいます」
「そう、じゃあ、ごゆっくりどうぞ。私はちょっと出かける予定があるんで」
本当は予定なんてない。
「待って!」
引き留められたのは初めてだ。
「なんですか?」
「今日はあなたにも話があるの」
「…………なんですか?」
ついに来たか、と思った。
「私、あなたのお父さんと結婚しようと思っているの」
ほら、やっぱり。
私は頬がピクリとした。でも、それだけだった。
「そうですか。私には関係ないことです」
立ち去ろうとする私に対して「待って!」とこの人『一条光』は尚も食い下がる。
「まだ何かあるんですか?」
一刻も早くこの場から離れたい。
「私は夏義ちゃんとも家族になりたいの」
うるさい…………
「そうしないとあなたのお父さんは困ると思う」
うるさいうるさいうるさい!
「父さんの為に私と仲良く、ですか」
一条光はハッ、としたようで「違う!」とすぐに否定した。
「ひとつ良いですか?」
私は一条光の顔を見る。怯え切っていたが、容赦するつもりはなかった。
「な、なんですか?」
「その不自然な標準語、やめたらどうですか? イライラします。京都の人なら京都弁を使えばいいじゃないですか?」
「えっ、だって…………」
「だって?」
「何でもないです…………」
知っている。京都弁でしゃべるな、って言ったのは私だ。
一条光。
京都出身。父さんが教授をしている大学の元学生。現在は同大学の大学院を経て、28歳の助教授である。そして、私の父さんと交際している。
「とにかく結婚するなら勝手にやってください。私は大学に進学したら、この家から出ていきますから。その方があなたも楽でしょ?」
「そんなこと言わないで。この子にだってあなたのことをちゃんと言いたい」
「…………この子?」
背筋がゾワッとした。
一条光は自分のお腹を擦っていた。
「だから、私はあなたと仲良く…………」
「私に触るな!」
近づく一条光を思わず、突き飛ばしてしまった。
その衝撃で一条光は机の角に額をぶつけた。額から血が出る。
「あっ…………」
そこまでするつもりはなかった。
「なんの音だ!?」
父さんが書斎から飛び出てきた。
状況を見た父さんの顔が赤くなる。普段、優しい父さんのそんな顔を見た私は怖くなった。
「ち、違う、私は…………」
声が震える。
「違うの。私が悪いの」
一条光は額を抑えながら、立ち上がる。
「こんな話をいきなりされたら、混乱するよね。ごめんね」
なんでこの人は…………悪いのは私じゃん…………!
「とにかく止血をしよう。夏義、話があるから待っていなさい」
「待たない…………」
「なんだって?」
「パパは私とママのこと忘れて、その人と仲良くすればいいじゃん! 私なんていらないんでしょ!」
言い放って私は家を飛び出した。
「待ちなさい!」
「待って!」
父さんと一条光の声が聞こえるけど、止まらなかった。
行く場所なんて考えていなかった。
所持品だってほとんどない。
咄嗟に掴んだ学校のバックの中に財布とスマホ、それと何冊かの本が入っているだけだ。
「791円…………」
たったこれだけでどうしろと?
智香のところはどうだろう?
駄目だ。父さんが真っ先に考えそうな潜伏先だ。だけど、智香以外に泊めてくれそうな友達なんていない。
こうなったら、どこか知らない土地に行ってみようかな。例えば東京とか?
どうせ、私は必要ないんでしょ?
夕方に特集を組まれているような「家に帰らない不良少女」の仲間入り。
「…………雨?」
気持ちに整理がつかなかったので、気付かなかったけど空は真っ暗だった。遠くに稲光が見えた。
「どこかで雨を凌がないと…………それにあんまり人に見られたくないな」
私は雑木林の中へ入る。大きな木を見つけて腰を下ろした。
膝を丸めて小さくなった。
「寒いな…………」
六月中旬、この時期の雨は冷たい。
「分かってるよ。全部、私が悪いんだ」
私は一人、呟く。
「光さんは良い人だ。パパにはもったいないくらい。私なんかにも優しくしてくれて…………でも、やっぱり無理だよ。パパにはママがいたんだ。私まで光さんを受け入れたら、ママを忘れちゃう…………ママを過去にしちゃう…………」
私は久しぶりにお財布に入れている古い写真を見た。
小学校四年生の入学式、パパとママと撮った最後の家族写真だ。
病気だったママはお世辞にも顔色が良いとは言えないけど、嬉しいそうに笑っている。私も笑っている。パパも少し泣きそうだけど笑っている。
「ねぇ、ママ、私はどうしたらいいの?」
辺りが昼間のように明るくなったと思ったら、目の前の木が燃えた。雷が落ちたのだ。
私はハッとする。私が雨宿りをしている木はこの辺じゃ一番高い。次に落ちるのはこの木かもしれない。
「離れないと…………」
慌てた私は足を滑らせた。斜面を転がり落ちる。
この下は確か用水路だ。普段なら膝下ぐらいの水量だけど、聞こえてくる水の後からして増水しているのは明らかだった。
止まろうと努力してみたけど駄目だった。雨で足場は悪くなっていて、勢いの付いた私の体は止まらなかった。そのまま用水路へ落ちる。
ヤバいって…………!
水の勢いは凄い。私の抵抗なんて全くの無駄だ。息が出来ない。
私、このまま死ぬのかな。死にたくないな。
誰か助けて…………!
私は必死に手を伸ばした。その手を取ってくれる人なんていない。私は伸ばされた手を払ってしまった。
これはその罰なのかもしれない。
「掴まれ!」
突然、強い力に引っ張られた。地上に引っ張り出される。
「おい、大丈夫か!?」
「ゲホッ、ゲホッ…………ありがとうございます…………んっ?」
私を助けてくれた人を見る。なんだか時代劇に出てくる武家の人みたいな格好だ。
「こんな晴れの日に川で溺れる奴がいるなんてな」
男は馬鹿にして笑う。
「晴れ? あなたこそ何を言っているんですか。夕立で…………あれ?」
空は晴れている?
地面は乾いている??
なんで???
「女、この辺の人間じゃないな。なんだ、その奇抜な服は?」
「はぁ、何言っているんですか? 私はこの町の人間です。あなたこそ、変わった格好ですね。何かの撮影ですか?」
「さつえい? お前は何を言っている? で、お前はどこから来たんだ?」
「それは秘密…………」
「まさか、どこかの間者か?」
男は腰の刀(偽物?)に手をかけた。
「ちょっと、おじさん、いい年して中二病ですか?」
「さつえいとか、ちゅうにびょうとか、お前は何を言っている。まぁ、間者にしては間抜けすぎるか。それに俺はまだおじさんなんて言われる年じゃない。19だからな」
19歳? 私と一つ違い? 見えないな。
それに話が噛み合わない。
「そうだ、えーっと」
「左之助だ」
「左之助? 随分、古風な名前ですね。じゃあ、左之助さん。今夜、泊めてくれませんか?」
「はぁ?」
「行くところなくて。大丈夫、女が男のところに泊まる意味くらい分かってますよ」
私は出来るだけ軽い感じで、自然に言ったつもりだ。
「意味が分からないが、行くところがないなら、いいぞ。部屋は余ってる」
交渉は驚くほど呆気なく成立した。私はぎゅっ、っと自分の体を自分の腕で抱く仕草をした。
「どうした?」
「い、いえ、ありがとうございます。私は新田夏義って言います」
「新田?」
左之助さんは不審そうに私を見た。
本名、不味かった。
「お前は御屋形様の縁者なのか?」
「んんっ!!?」
話が噛み合わないってレベルじゃない。なんかおかしい。
私は右見て、左見て、後ろを見て、遠くをぐるっと見渡した。
山の形には見覚えがある。でも知っている建造物が全くない。
そもそも、そんなに流されたわけじゃない。辺りに見覚えのある建物がないのはおかしい。
「さ、左之助さん、今って何年ですか?」
これを聞くのが手っ取り早い。
「どうした急に? 今は元弘3年の5月5日だろ?」
私は自分が歴史の勉強をしていてよかったと思った。だって元弘3年5月5日をすぐに1333年6月中旬と変換できたから。
………………って!
「なんで私、タイムリープしてんのぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
私は絶叫した。
「うわぁ、どうした急に?」
左之助さんは驚いていた。