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勇者の方針

今回は勇者の話で少し短いです。

============


生き残った勇者達と共に撤退した帝国軍はナイメア帝国へと戻った。国王への報告が終わった後に次の進軍の為の準備に取り掛かっている。



「携行する食糧が全然足りないぞ!もっと出してくれ!」

「それが用意出来る精一杯の量だ!」

「なんで武具が直ってないんだ!?手配をするように言っただろ!」

「帝国のどの工房も資材が無いからと受けてくれません!」



……しかし、食糧や資材などの様々な物資が不足している今の帝国に次の進軍はおろか、部隊を維持する事さえもままならない状況となっている。なんとか捻出しても数千人の規模の部隊に対して数人分の食糧しか用意が出来ず、武具の修復も資材が行き渡らずに不可能となっており、次の進軍の目処が立っていないのが現状である。


また、それは帝国で暮らす庶民にも多大な影響を及ぼしていた。



「何か食わせてくれ!腹が減って死にそうだ!」

「……悪いが食材が手に入らないから、何も作れないんだ」

「それをどうにかして集めろよ!」

「どうにかしても何も変わらなかったから作れないんだよ!今やこの国じゃ、どこもかしこも色んな物が不足してるんだからな!あっても値段が馬鹿に高いから買えねぇよ!」



ナイメア帝国の一つの飲食店で起こっている出来事だが、この店に限った事ではない。食材や食器に調理器具などをはじめとした、あらゆる物が不足しているのだ。たとえ売られていても平常時の価格と比べて数倍に、または数十倍に跳ね上がっている物まで存在している。


そして、国王が恐れていた事態が帝国の各地で起こったのである。



「食い物を寄こせっ!」

「おい、それは私の物だっ!」

「こっちが先に見つけたんだから、こっちの物だよっ!」



一部の帝国の住民が暴徒となって店舗などを襲撃して破壊しては物資を奪っていく暴動が、ついに起こってしまった。彼らは物資を見つける為に見境なく破壊活動をし、少ない物資を分け合おうとせずに独占しようと暴徒同士で争っている。国王は鎮圧しようと軍を派遣しようとしても、彼らには鎮圧する力はおろか、その場所に行くまでの力さえも持ち合わせていなかった。暴徒となる住民は日に日に増えていき、彼らを止める手立ては無かった。



「……国王様、暴動は日に日に激しくなっています」

「言われなくても分かっている!軍を派遣して鎮圧せよと繰り返し言っているだろう!」

「で、ですが……、現状では軍を動かすのは不可能です!」

「それなら物資を掻き集めるのだ!」

「掻き集めても僅かしか集まりませんいので、仮に動かせても、片手で数えられる程度の兵しか向かわせられません!」



国王は次々と噴出する問題の対応についての報告を大臣から受けているのだが、それらは良くなるどころか日に日に酷くなっているので、国王は頭を抱える。



「……ここでこれ以上話しても解決はせぬようだな。ところで大臣よ、勇者達の状況はどうなっている?」

「彼らの多くは戦意を喪失していますので、戦線に復帰するには時間が掛かると思われます」

「肝心な時に役に立たないとは、これでは召喚した意味が無いではないか!」

「心中お察しします。戦意を喪失していない勇者達が励ましていると聞いたのですが…」

「どうせそれも、特に効果は無いのであろう」

「おっしゃる通りでございます」



国王は切り札である勇者達の状況を大臣に尋ねたが、多くの勇者達が先日の戦いで戦意を喪失しているので軍に編入しての派遣は不可能となっている。戦意を喪失していない勇者である和美と佑樹、拓也と麻衣の四人を中心に励ましているが結果は芳しくなかった。



「いざという時には今の勇者達の力を利用して、新たな勇者を召喚するという手段を取るのも検討せねばならぬな」

「国王様、それに関しての準備は他の作業と同時に進めておきます」

「くれぐれも直前までは勇者達には知られぬよう、内密に進めるのだ」



勇者召喚の儀によって召喚した勇者の力を使って勇者召喚の儀を行い、新たな勇者を召喚するという方法を取る検討をしなければならない程に帝国は追い詰められているのだ。国王は勇者達に知られぬように進めよと大臣に命令を下したのだった。


============


勇者召喚の儀によってこの世界に召喚された勇者達には帝国軍の兵士の宿舎の一つがあてがわれている。男女別の二人一部屋、共用の浴場や食堂などがあり、そこで寝食を共にしている。彼らは今、その宿舎の広間に集まっていた。



「おいっ!何で勇者である俺達が負けたんだよっ!!」

「し、知らないよ!こんな事になるなんて…」

「言い訳してんじゃねぇっ!」

「がっ!?」



拓也が一人の男子の勇者に詰め寄って胸倉を掴み、何故自分達が負けたのか問いただしている。彼からは異世界に召喚された自分達には強い力が宿っているので、この世界に勝てる者は存在しないと聞かされていたのである。しかし、先日の戦いで仲間が殺されて敗走したのが信じられない拓也は問いただしているのだが、その男子の勇者の返答が言い訳に聞こえたので、怒りに任せて殴ったのである。



「……いっ、てぇっ!?」

「大丈夫!?」

「拓也、殴るなんて何考えてんだよ!?」

「こいつが言い訳したのが悪いんだよ!文句あんのかっ!?」



殴られた男子の勇者に他の勇者達が駆け寄るが、拓也は言い訳した彼が悪いから殴ったと自分の行為を正当性を主張した。



「麻衣、怪我を治してあげて」

「……拓也に言い訳したのが悪いのに、どうして治さなきゃいけないの?」

「だ、だって怪我したんだし…」

「……私はしないよ。他の誰かに頼んで」



拓也に殴られた男子の勇者を魔法で治療するように麻衣に頼んだが、彼女は言い訳した男子の勇者が悪いと彼に同調して治療を拒否した。



「拓也、みんなが怖がってるからやめるんだ!」

「麻衣もそう言わないで治療してあげてよ」

「ちっ、分かったよ」

「……分かった」



騒ぎを聞きつけた佑樹と和美がこの場に駆け付けると佑樹は拓也を咎め、和美は麻衣に治療を促す。咎められた拓也は握り拳を解き、促された麻衣は彼に殴られた男子の勇者を魔法で治療した。


その後、四人はそこから離れた場所で現状の整理をする情報交換をしていた。



「……佑樹、様子はどうだったんだ?」

「慰めたり励ましたりはしたんだけど、立ち直るまだ時間が必要みたいだ」

「何だよ、弱っちいなぁ」

「そう言わないでよ。みんなが拓也みたいに強くないから。もう少し待ってあげないと…」

「佑樹、お前は優しすぎるんだよ」



いまだに立ち直っていない勇者達を蔑む拓也だが、佑樹は彼らの心の傷を癒すには時間を掛けなければならないと宥めながら告げる。



「帝国の色んな所で暴動が起きているって聞いたけど、本当なの?」

「……そうみたい。私達が進軍してた時に、その隙を狙ったかのように魔王軍が攻めてきて残ってた物資を根こそぎ奪っていったんだって」

「おいおい、タイミングが良すぎないか?」

「確かに。……もしかしたら、帝国のどこかに内通者でも潜んでいるのかな?」



帝国の現状についても情報交換が行われ、彼らが進軍していた時に魔王軍が隙をついて物資を奪っていった影響で、国民が不安に駆られて暴動が起きてしまっていると兵士から教えられたのだが、魔王軍が攻めてきたのは真っ赤な嘘であり、暴動の原因は帝国の無理な進軍が起因していた。しかし、魔王軍の仕業とすれば勇者達は疑わずに信じてしまう純粋な思いを帝国は利用したのだった。


彼らは彼らで帝国の内部に魔王軍と繋がっている内通者が居るのではないかと疑問を提示すると、和美は意味深な表情を浮かべる。



「内通者、……もしかしたら、あいつが?」

「和美、あいつってまさか…」

「ちょっと待てよ。あいつは俺達の居た世界で既に死んでるんだから、この世界に来てないだろ」

「そ、そうだよね」



和美が内通者について心当たりのある人物が一人だけ思い浮かび、佑樹と拓也もその人物を思い浮かべたのだが、その人物は彼らが居た世界で既に死亡しているので、その人物では無いと拓也は否定する。



「……異世界転生ならありえるかも」

「異世界転生?…そういえば、最近話題になってた漫画やアニメは異世界転生した人が主人公なのが流行ってるって僕は聞いたけど、……まさか、この世界にあいつが転生してるって言いたいの?」

「……それは分からない。でも、可能性は充分ある」

「そう言われるとそんな気がする」

「確かに、それなら合点がいくな」



自分達はこの世界に転移したが、その人物はこの世界に転生したのではないかと麻衣は仮定する。その人物が異世界転生をしたのなら、内通者となって魔王軍に情報を流している可能性は充分にあると彼らは答えを出したようだ。



「探してみようよ。魔王軍に協力するなんて間違ってる!」

「でもよ、探すったってどこをだ?」

「……見当がつかないけど、探すしかない」

「その前に、みんなを立ち直らせてからだよ。探す人数は多い方が良いと思うから」



和美はその人物を探し出すと決め、他の三人も同調する。魔王軍に協力するという愚行を止められるのは自分達しかいないが、居場所などの見当が全くつかない状況なので、頭数を増やす為に心に傷を負った仲間を立ち直らせるのが先になるようだ。



「立ち直らせる時にだけど、拓也はくれぐれもみんなを殴らないでね?」

「わ、分かってるって!いちいち言うなよ!」

「……でも、心配」

「無理もないよね、さっきもそうだったから」

「気をつけるから良いだろ!?さっさと行くぞ!」



佑樹は拓也に対して殴らないように注意すると麻衣と和美は冗談を言って茶化して笑みを浮かべ、彼は怒りながらも冗談を言い合える仲間に感謝して、他の勇者達の元へと向かっていった。





……彼らがこの世界で探し出そうとしている人物は、彼らが予測した通りこの世界に転生していたのだった。その人物は彼らが探し出そうとしているとは露知らず、生活しているのであった。


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