人の繋がりは目に見えないです。
書いてる途中で長くなったので二つに分けました。
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軍の総司令であるドレイクをこの場に呼んだのは娘のセレーネではなく、リンであった。その事実を未だに受け入れられないセレーネ達は二人の繋がりが全く見出せないでいた。
ドレイクは舞台に続く階段を上がって舞台に立つと、五人の近衛兵も同じように移動して囲んで護衛を続ける。リンは持っている槍を舞台に置くと、ドレイクに近づいていく。リンは五人の近衛兵に会釈をすると彼らは会釈を返し、彼女を止めずにドレイクの元へ向かわせた。
「総司令さん、お忙しいところ来てくれて本当に助かったよ」
「礼には及びません。貴方の力になるという約束を、私は果たしに来たのですから」
「……本来なら総司令さんの力を借りずに決闘を終わらせたかったけど、あの状況では無理があった」
「それも貴方の想定の内の一つで、私にとってはそれが貴方の力になる絶好の機会でしたよ。貴方が槍の石突で舞台を三回叩いたら私達が舞台に向かうという、決めていた合図を出してくれましたよね?」
「それもそうか…」
リンとドレイクは互いに会釈をした後に親しげに言葉を交える。小さな雑貨屋の店長と王国の軍の総司令という立場が全く異なる二人の対話を、近衛兵達は静かに見守っている。
「何であの人は総司令と親しげに話してるのっ!?」
「近衛兵達も会釈してたよねっ!?見間違いじゃないよねっ!?」
「あ、頭痛くなってきた……」
魔法学院の生徒達は予想外の出来事の連続で、混乱が広がっていく。総司令のドレイクがリンと親しげに話しているのを見せられているので、それが収まる気配がない。
「リンさんは凄い人と知り合いなんですね」
「ピィ」
「……エルムちゃん、もうちょっと驚いても良いのよ?」
「……総司令は凄いの言葉だけでは済まない人だ」
エルム達も生徒達と似たような反応をしている。しかし、総司令のドレイクを何故か凄いという言葉だけで済まそうとするエルムにミシズとガロンドは戸惑っている。エルムは社会経験が乏しいが故にドレイクのような有名人は知らない場合が多く、ヒータも同様である。
「誰の許可を得てお父様に気安く近づいていますの!貴方達も何故止めないのですの!そこに居るのは信じられない程の無礼者ですわ!今すぐ切り捨てなさい!総司令の娘である私の命令が聞けないというのですの!」
セレーネはドレイクと親しげに話しているリンを無礼者だと決めつけ、気安く近づいた彼女を排除しろと近衛兵達に命令する。総司令の娘である自分は、彼と同等の権限を持っていると考えているのである。
「……失礼ですが、総司令の御令嬢である貴方には私達に命令する権限はありません」
「あの御方を切り捨てるなどという命令は、たとえ総司令が出したとしても私達は受けません。それ以前に、総司令がそのような命令は絶対に出しませんよ」
しかし、近衛兵達はセレーネの命令を真っ向から拒否する。セレーネは総司令の娘という肩書きがあるが、ただそれだけである。総司令の娘だからといって近衛兵達に命令する権限は付与されていないのだ。それに総司令がリンを切り捨てる命令を出したとしても自分達は従わないし、そもそも総司令がそんな命令を出すなどあり得ないと言い返したのだ。
「……セレーネにあの事は話していないのですか?」
「それに関してはオレの口から話す事じゃないと思ってるし、仮に話したとしても総司令さんがその場に居ないと絶対に信じてくれないと思う」
「ごもっともな意見ですね。……分かりました、私からセレーネと皆さんに話しましょう」
ドレイクはリンにある一つの事実をセレーネに伝えたのかと尋ねる。リンは自分がセレーネに伝えても信じてくれないだろうと返すと、ドレイクはそれに納得して、自分の口からここに居る全員にその事実を伝えるようである。
「ただその前に……、セレーネ」
「は、はいっ!?」
ドレイクは先程までリンと話していた時の穏やかな表情とは打って変わり、厳しい表情でセレーネを見る。その鋭い眼光で見つめられたセレーネは身体が縮こまった。
「……先程は無礼者と言っていたが、一体誰が無礼者なんだ?」
「そ、それは……、今お父様の隣に居るその女ですわ!私が欲しい商品を用意していなかったり、私の顔を殴ったり、挙げ句の果てにはお父様と親しげに話をして…」
「……無礼者なのはお前だ、セレーネ!!」
「ひぃ!?」
リンを無礼者と言ったセレーネに対してドレイクは、彼女自身が無礼者だと怒りを露わにする。
「……命の恩人に向かって、お前は何たる無礼を働いたのだ……」
「お、恩人?」
「そうだ。リン殿は私の妻のミレーユを、……つまりはお前の母親の命を救った恩人なんだぞ!」
「お、お母様をですか!?」
リンを命の恩人として扱うドレイクに、セレーネは当然の事ながら疑問が生じる。リンがドレイクの妻であるミレーユを、つまりはセレーネの母親を救った恩人だと知らされた。
「あ、貴方がお母様の命を救ったなんて、私は聞いてないですわよ!?」
「あぁ、オレは言ってないからな。まぁオレも、お前から総司令の娘だって初めて聞かされた時は内心驚いたけどな」
「だ、だったらその時に恩人だと言ってくれれば……」
「そういうのは自分から言うと恩着せがましくなるし、その時に言ったとしても嘘だと否定されるのは分かりきってたから、オレは言わなかったんだよ」
リンが自分の母親の命を救った恩人だとは全く聞かされていなかったセレーネは、何故自分に教えてくれなかったのかと尋ねる。それに対してリンは、自分からそれを言うと恩着せがましく思われるのと、セレーネが初めて来店した時に言ったとしても嘘だと一蹴されるのは明らかだったので、あえて言わなかったと返した。
「……セレーネ、その件に関しては手紙を送った筈だが、読んでいないようだな?」
「そ、それは……」
「あの手紙には事細かに記しているが、この際だから、その時に何があったのか私から話そう。……あれは、今から二年と少し前だったな…」
セレーネの母親であるミレーユの命を救ったのは、リンであった。命の恩人であるリンについてドレイクはセレーネに手紙を送って紹介していたが、彼女は手紙を読んでいなかったのである。
そしてドレイクは、今から二年と少し前に起きた出来事を話し始めた。
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それはリンがまだ一人で雑貨屋を切り盛りしていた、ある日の出来事だった。普段と変わらない時間が流れていた雑貨屋に、出入り口の扉を勢いよく開けて入店してきたのはドレイクで、彼の後に続いて近衛兵達も入店する。リンは軍の総司令が入店してきたのを内心驚きつつも、彼に呼ばれたので対応にあたる。
「何をお探しですか?」
「はい。ある薬を探してまして……、『奇跡の霊薬』をご存知ないでしょうか?」
「『奇跡の霊薬』?……それって確か、どんな病気も治せる幻の薬だって聞いた事がある」
「はい、それの情報だけでも構いませんので教えて下さい!」
ドレイクは薬を求めて来店したのだが、彼が求めているのは『奇跡の霊薬』という名の薬である。それはリンが言った通りの代物で、どんな病気でも治してしまう幻の薬である。ドレイクは実物がここに無かったとしても、その情報だけでも必要としているようだ。
「総司令、このような店に『奇跡の霊薬』の情報があるとは到底思えません。それにその薬は、既に製法が失われているのですよ。現物もあるかどうかさえも…」
「……ミレーユの病気を治すには、もうその薬しか手段は無いんだ!『奇跡の霊薬』でしか、その病気は治らない!」
ドレイクの妻であるミレーユはこの時から三年前に不治の病を患い、この時も床に伏している。日に日に弱っていく妻を助けようと、ドレイクは総司令の職務の間を縫って『奇跡の霊薬』の在処を自ら探しているのだ。
……しかしそれは、見つかる可能性が限りなく低い幻の薬なのだ。『奇跡の霊薬』が幻の薬と言われている理由が幾つかある。それは、製法などが時代の流れの中で消滅し、今やそれを知る者は誰も居ない。それらが書き記された書物も今や存在しないのだ。そして、その現物は既に存在しないとまで言われているのである。
その幻の薬の情報が小さい雑貨屋にあるとは思えない近衛兵達だが、ドレイクは藁にも縋る思いで雑貨屋を訪れたのだ。リンはというと、すぐに返答せずに何やら考え込んでいる。
「ど、どうしましたか?」
「……『奇跡の霊薬』の名を最近どこかで見たような、それか聞いたような気がする」
「そ、それは本当ですか!?一体どこで!?教えて下さい!」
「そ、総司令!少し落ち着いて下さいっ!」
「ちょ、ちょっと、揺さぶるなって!?」
リンは『奇跡の霊薬』の名を、つい最近見たか聞いたか、あやふやながらも覚えているようだが、それを思い出そうとした時に総司令に詰め寄られて身体を前後に揺さぶられる。近衛兵達は二人の間に入って引き離した。
「あぁもう、頭の中こんがらがった」
「す、すみません。手に入ると思ったら身体が……」
「……お気持ちは察しますが、それをされると思い出せなくなるので少々お待ち下さい」
ドレイクに揺さぶられて思い出そうとした記憶が分からなくなってしまったリンは、彼が何とか落ち着いたのを確認すると、その記憶を再び思い出す作業に戻った。
(……最近聞いたのは一体いつだ?『奇跡の霊薬』の名前も一体どこで見たんだ?思い出せ。この街で、というのは確実なんだ。問題はそれをどこで見たか聞いたかだ……)
リンは記憶を捻り出して、『奇跡の霊薬』の在処を思い出そうとしている。レクトイの街の中で見たか聞いたかは確実なのだが、それが一体どこなのかが曖昧になっていたので思い出そうとする。
「……総司令、他の店にも情報提供を呼び掛けた方が良いのではないでしょうか?」
「そうだな。待っているだけでは時間が過ぎるだけだ」
ドレイク達は他の店にも情報提供を呼び掛ける為に、退店しようとしていた。
(……もう少しで思い出せそうなんだが……、何かが足りない。一体何が足りないんだ?)
リンはあと少しで思い出せそうなのだが、その何かが分からずにいる。
「『奇跡の霊薬』は見つかるのでしょうか?」
「……灯台下暗しという言葉がある。もしかしたら近くにあるかもしれないな…」
(……灯台下暗し?……下?)
ドレイクが近衛兵達と出入り口に向かいながら灯台下暗しと口にした言葉に、妙な引っ掛かりを覚えるリン。ふと足元を見ると、そこには自分の店の床があるだけだ。……しかし、
「………あっ!!?」
自分の店の床を見たリンは『奇跡の霊薬』の在処を思い出して声を上げ、雑貨屋から出ようとしていたドレイク達は足を止める。
「思い出した!」
「ほ、本当ですか!?『奇跡の霊薬』はどこにあるのですか!?」
「……ここにある」
「この街のどこにあるですか!?」
ドレイクは『奇跡の霊薬』の在処をリンから聞き出そうとする。ドレイクはここにあると聞いて、この街のどこかにあると判断し、そこに向かおうとしているのだ。
「……オレの店にある」
「え?」
「だから、オレが持ってるんだ。……『奇跡の霊薬』は、一つだけある」
しかし、ドレイク達が移動する必要は無かった。……何故なら、リンが言ったここにあるというのはレクトイの街のどこかではなく、自分の店にあるという意味なのだ。
偶然立ち寄った小さな雑貨屋に幻の薬の在庫が一つだけあるという、またとない奇跡。ドレイクはこれを逃す訳にはいかなかった。
「ほ、本当ですか!?」
「本当だ!今それを出すので、少々お待ち下さい!」
リンは『奇跡の霊薬』を渡すために店の倉庫に向かい、そこの奥にある一つの箱の蓋を開けると中を覗き込んで手を入れる。
「……これじゃない、……これでもない、……これも違う、……あった!!」
リンは箱の中を探し、その中から『奇跡の霊薬』を見つけ出す。リンはそれを手に持ち、その商品名が書き記されている帳簿も引っ張り出して、ドレイクの元に戻る。
「お待たせしました。こちらが『奇跡の霊薬』になります!」
「こ、これが……」
リンはドレイクに『奇跡の霊薬』が入った一つの小瓶を、帳簿にその名が記載されているページを見せながら差し出した。
「こ、これを貴方は一体どこで手に入れたのですか?『奇跡の霊薬』は幻の薬といわれている代物なのは、ご存じですよね?」
「それは知ってますけど、これをどこで手に入れたのかはオレは分からない。これはじい……先代の店長が仕入れた物で、それを聞こうにも半年前に亡くなってるから全く分からずじまいだ」
「……そ、そうですか。これは失礼しました」
『奇跡の霊薬』をリンは一つだけ仕入れていたのではなく、その在庫を先代の店長から引き継いでいたのだ。どうやって仕入れたのかなどを聞こうとしても、先代の店長はこの時から約半年前に亡くなっており、真相は謎のままである。
「とにかく、『奇跡の霊薬』はこちらに…」
「……何を考えているのですか?」
リンはドレイクに『奇跡の霊薬』を渡そうとした時に彼らの間に一人の近衛兵が割って入り、帯刀している剣を抜き放つと切っ先を彼女に向ける。
「何をしている!剣を下ろせ!」
「総司令、私はこれが偽物だと思います。この者は弱みにつけこんで総司令から大金を巻き上げようとしているに違いありません!こんな簡単に幻の薬が出てくる筈がないですし、現に『奇跡の霊薬』の名前があっても、効能などがどこにも書いていないではありませんか!」
割って入った近衛兵は、リンに対して『奇跡の霊薬』を持っていると言った辺りから疑いの目を向けており、彼女が持ってきた『奇跡の霊薬』を偽物だと判断する。幻の代物がこうも簡単に見つかるとは思えない、信じられない高値で偽物を売りつけようとしていると結論を出して、リンに剣を向けたのだった。
「……そう思われても仕方ないか。オレも本物かどうか分からないし、それの効能とかも全く分からない」
「開き直るのですね?」
「だけどな、……オレに商売人としての心構えとかを教えてくれた師匠でもあるじいさんが、こんな嘘を書き記したとはオレは思わない」
開き直りと思える発言をしたリンに近衛兵は剣の切っ先を更に近づけるが、彼女はそれを向けられても臆する事なく言い返す。リンは自分の師である先代の店長が嘘を書き記したとは微塵も思っていないからだ。
「早く剣を下ろせ!」
「……申し訳ありません」
「いや、オレも熱くなりすぎたよ。申し訳なかった」
総司令に強く注意を受けた近衛兵は渋々剣を下ろし、リンも少々熱くなりすぎたと謝罪した。
「一つ提案があるんだけど……、代金は後で良いので、この薬を持っていって下さい」
「え?」
「これを使って、もしもその人の病気が治ったら払いに来て下さい。治らなかったら代金は頂きません」
「……分かりました、貴方を信じましょう。私はその約束を守ります」
リンは『奇跡の霊薬』の代金を今ここで徴収するのではなく、それを使ってミレーユの病気が治った場合は払いに来てもらい、治らなかった場合は代金は受け取らないという提案を出した。リンは先代の店長を信じて賭けに出たのである。
その意志を汲み取ったドレイクは約束を守ると誓い、『奇跡の霊薬』が入った小瓶を受け取った。
「……先に言っておきますが、その薬の代金は銅硬貨二枚だから」
「「「ど、銅硬貨二枚ぃっ!?」」」
リンは後で揉め事にならないようにと先に『奇跡の霊薬』の代金をドレイク達に伝えたが、それは銅硬貨二枚という信じられない程の破格の値段であった。
「や、安過ぎます!『奇跡の霊薬』はとても稀有な代物ですよ!?それを銅硬貨二枚だなんて……」
「これはさっき言い過ぎたお詫びと、オレを信じてくれた礼を込めた代金だから気にしないで。待ってる人がいるなら早く行ってあげてください」
「……分かりました。ありがとうございます」
リンは破格の値段を設定した理由は、先程熱くなって言い過ぎたお詫びと、会って間もない自分を信じてくれたドレイクへの御礼の二つの気持ちを込めたのであった。ドレイクはその心遣いに礼を述べると近衛兵達を引き連れて退店していった。
「……次から薬の効能とかをきちんと調べておこう」
ふと我に返ったリンは、次からは仕入れる薬の効能などをしっかり調べておこうと決めたのだった。
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それからしばらくの時間が経過して、リンの提案の答えは一つの形となって彼女の前に姿を現した。
「私の病気を治してくださり、誠にありがとうございます」
今のリンの前にはドレイクと彼の隣にある車椅子に座っている一人の女性が居る。ドレイクの隣に居るのは、彼の妻であるミレーユだ。車椅子に座りながらもミレーユはリンに礼を述べる。
「あの薬で病気が治って良かったよ」
「はい、その薬が私を救ってくれました。その味は想像を絶する程の苦さでしたが……」
「まぁ、良薬は口に苦し、って言葉があるから間違いはないと思いますけど」
「そうですわね。貴方のおっしゃる通りですわ」
リンがドレイクに渡した『奇跡の霊薬』は本物であり、ミレーユがそれを飲んだ数日後に病気は完治した。身体を蝕む病気による苦しみから解放された後に医師から完治の宣言を受けると、夫婦は抱きしめ合って喜び、近衛兵をはじめとした多くの人が喜びを爆発させたのだった。
「ところで、足の具合の方は?まさか、薬の副作用で?」
「いえ、足腰に関しては医師から長い間寝たきりの状態だったので筋力がとても衰えていると言われましたわ。まだ一人での歩行は出来ませんが、必ず元に戻します」
ミレーユが車椅子に乗っているのは薬の副作用ではなく、長期の闘病生活の影響で足腰の筋肉が衰えてしまっているからだ。ミレーユにはこれから長期間のリハビリが待っているが、必ず乗り越えて再び一人で歩ける強さを取り戻すと目標があった。
「……ドレイク、そろそろ本題に入りましょう」
「分かった。……この度はミレーユを救ってくださって感謝致します」
「どういたしまして。…でもオレは、自分の仕事をしただけですから」
「それがミレーユの命を救ったのです。この御恩は一生忘れません。……以前約束した薬の代金ですが、貴方の望む額をお支払いします。いくらでも申しつけてください」
ドレイクはミレーユの命を救った御礼として、リンの言い値で薬の代金を支払おうとしている。今ある財産を全て渡しても返しきれない程の恩を受けた二人に、リンは自分の望んだ額を伝えるのだった。
「分かりました。それじゃあ薬の代金として、……銅硬貨二枚をお支払いください」
「「「「……え?」」」」
「だから、薬の代金は銅硬貨二枚です。それだけでオレは充分だ」
一瞬聞き間違いかと思ったドレイク達。不治の病さえも治す幻の薬が、銅硬貨二枚という破格にも程がある値段を提示されたのだから無理はない。しかしリンは、薬の代金を受け取れれば充分だったのだ。
「オレが望むのは薬の代金だけ、それ以上は何も望まない」
「し、しかしですね……」
「オレが言うのは少し変かもしれないけど、命が救えたのなら商売人冥利に尽きるって話だ」
「……分かりました。では、こちらをお受け取り下さい」
商売人としてのリンの確固たる意志を汲み取ったドレイクは、彼女が望んだ額の銅硬貨二枚と共に一枚の紙を手渡した。
「あの、これは?オレは代金だけを…」
「その紙は私の気持ちです。それには私への直通の連絡先が記してあります。何かお困りの事が起きましたらそれに連絡して下さい。その時は貴方の力になりましょう」
「……分かりました。これは頂戴します」
ドレイクは今後リンが困難に直面した場合は彼女の力になれるようにと、自分の直通の連絡先が書き記された紙を渡したのであり、リンはそれを受け取った。
「あの、話の途中ですが一つよろしいでしょうか?」
「え?別に良いけど」
「……先日の貴方に対する無礼、誠に申し訳ありませんでした!」
「え?あ、あの時の?」
話の途中で一人の近衛兵が割って入ると、リンに頭を下げて謝罪の意を述べる。リンは自分に謝罪する近衛兵が、先日のドレイクに『奇跡の霊薬』を渡そうとした際に剣の切っ先を向けてきたのを思い出した。
「それはオレが悪いんだよ。きちんと効能とかを記載していなかったから、剣を向けられても文句は言えないし…」
「いえ、私もあの時は剣を向けるべきではありませんでした。あれが偽物だと早とちりしたばかりに…」
「あの、私が口を挟むのはどうかと思いますが、過ぎた事ですので、ここらで終わりにしてはどうですか?そうしていても、何も終わらないと思いますよ?」
「「た、確かに……」」
二人が互いに謝っていては、いつまでも終わらないだろうと思ったミレーユは口を挟まずにはいられなかった。それを聞いた二人は互いに頭を下げて終わりにした。
「総司令、そろそろお時間が…」
「そうか…。では、私達はこれで失礼します」
「誠にありがとうございました」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
話は続いていたが、次の場所に向かわなければならない時間が来てしまい、ドレイク達は各々礼を述べて退店していった。
「……これはなるべく使わないようにしよう」
ドレイク達を見送ったリンは、本当に必要な状況になった場合にのみ、これを使用すると心に決めたのだった。
そしてそれは、この時から約二年後にやって来たのである。
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時は戻って現在、ドレイクから語られた一連の出来事があったからこそ、彼とリンは繋がっているのだとセレーネを含めたこの場に居合わせた全員が知った。以前リンが世間は案外狭いと呟いていたのは、この出来事が起因していたのである。
「その時に私は、直通の連絡先を書き記した紙をリン殿に渡していたのだ」
「その紙をオレは受け取ったけど、お前がオレの店に来て総司令さんの名前を出した時までは使わなかったんだ。それを使った時の話もしておくか…」
リンは続けてセレーネが退店した後の出来事を皆に聞こえるように話し始めた。
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本当に中途半端な所ですが、区切ります。
それと、伏線回収って難しいですね。次の投稿はお待ちください。