真の切り札は秘匿事項です。
最近になって、メモ帳のアプリを使い始めました。それを使って外出先での待ち時間などに少しずつ書いていたら、思ったより早く書けましたので投稿します。
============
今回の決闘は当初、セレーネが絶対に勝つと思われていた。魔法の才が高いセレーネと魔法が一切使えないリンとでは差が大き過ぎて、そもそも決闘にすらならない。それ以前にいつもの同じようにセレーネの伝家の宝刀によってリンは降参するだろうと生徒達はおろか、教師でさえもそう思っていたのだった。
しかし、蓋を開けてみたら全くの想定外の出来事の連続だった。セレーネの伝家の宝刀である軍を動かせる権利を行使する素振りの途中でリンは彼女の顔をぶん殴り、自分にそれは通用しないと言い切った。セレーネの魔法はリンの持つ槍の能力によって次々と打ち消された。セレーネの命令を受けた生徒達は観客席のエルム達を捕まえようとするが、ミシズとガロンドには軽くあしらわれ、上空に逃げたエルムとヒータには魔法を使って攻撃するが、全て避けられた上に放った以上の魔法を返されたのである。
高い魔法の才と軍を動かせる権限という絶対的な権力を保有するセレーネには誰も勝てないと生徒達は思っていたが、それが今、魔法が一切使えないリンによって覆されようとしている。
生徒達の大半は、まだセレーネが勝つと信じていた。……しかし、一部の生徒達はこの決闘で、もしもリンがセレーネに勝ったのなら、この魔法学院の何かが変わるかもしれない。そんな淡い希望を抱きながら決闘を見守っていたのであった。
============
リンとセレーネの決闘は終盤へと差し掛かっているようであり、決着の時は近いようだ。
「……どうやら貴方には、小手先の魔法では通用しないようですね」
「小手先だろうが何だろうが、魔法なら全部打ち消してやるよ」
「減らず口を……、分かりましたわ!そこまで言うのならば、私が編み出した最大の魔法を私の全ての魔力を込めて放ってあげますわ!」
魔法学院の首席であるセレーネは実技や筆記の試験などを免除していながらも、自分の最大の魔法を入学してから編み出しており、それを残り全部の魔力を使って行使するようで、その為の詠唱も始めている。
「セレーネがあれを使うみたいだ!」
「いくらあの人でも、あれは消せないよね!」
「あれが決まればセレーネの勝ちだ!」
セレーネが詠唱をしているのを見た生徒達は彼女が最大の魔法を放つと分かり、魔法を打ち消す能力を秘めた槍を持つリンであっても、それは消せないと言い切った。
「魔法が使えない貴方に教えて差し上げますわ。複数の属性の魔法が使える者は、それらを組み合わせての行使が可能なのですわ」
「それは知ってるけど?」
「……と、とにかく、私の最大の魔法は火と風を組み合わせた魔法ですわ!」
セレーネを始めとした複数の属性の魔法を使える者は修練を積めば、それらを自由に組み合わせた魔法が使用可能である。セレーネは火と風を組み合わせた魔法が使え、それが自身の最大の魔法であると宣言した。
セレーネは杖を上に掲げると上空に火が集まり始め、渦を巻きながら巨大な物になっていき、炎の嵐と呼べる物へとなっていく。
「……」
リンはセレーネの上で形成されていく巨大な炎の嵐を見ていたが、取り乱したりはせずに槍を手に身構えている。
「その槍一本でこれを消そうとは無謀にも程がありますの!逆に貴方を消し炭にして差し上げますわ!」
自分の最大の魔法を見ても決して退かないリンに対し、セレーネは全力を持って彼女を叩き潰そうとしている。その方法はリンが打ち消せない程の魔法を放つだけだ。ディオネス魔法学院の首席である自分が魔法が一切使えない彼女に敗北するなどは絶対にあってはならない。それはセレーネのプライドが許さなかった。その思いが込められているであろう炎の嵐は、音を立てて激しく燃え盛っている。
「熱っ!?」
「このままじゃ火傷しちゃうよ!?」
「セレーネが勝つまで耐えるんだ!」
舞台はおろか観客席まで上空を覆う炎の嵐は熱風を四方八方に発生させている。それはとても熱く、その熱さに苦しむ生徒達が現れ始めた。
「ピィ!」
「凄く熱いです!ガロンドさんは大丈夫ですか!?」
「無事だったか。……大丈夫とは言えない、この熱さは身体に応える」
生徒達に捕まらないようにと上に避難していたエルムとヒータが、炎の嵐に飲み込まれないようにとガロンドの近くに降りてきた。
「……俺の後ろに隠れていろ。少しは熱さが和らぐ筈だ」
「私達は大丈夫です。あれはリンさんが消してくれるですよ!」
「ピィ!」
ガロンドは身を挺してエルムとヒータを熱風から守ろうとしたが、彼女達はリンが炎の嵐を消し去ってくれると信じていた。
「ミシズさんは大丈夫なんですか?」
「あの様子だと熱さは気になっていないようだから、心配しなくていい」
「分かりましたです」
「ピィ」
ミシズは今も生徒達を相手に無双しており、熱さなど全く気にせずにである。その様子を見ていたガロンドは手助けは無用だと判断した。
「さぁ、私の最大の魔法を消せるのならば消してみなさい!……《フレイムテンペスト》!!」
熱風を生み出している炎の嵐を制御しているセレーネは、それをリンに向けて放つ。上空で停滞していた炎の嵐がリンを消し炭にしようと動き出した、……まさにその時であった。
「だったら、……消してやるよっ!!」
セレーネが魔法を放つと同時に、リンは槍を持ち替えて投擲の体勢をとった。リンは特訓の時に槍を投擲して魔法を打ち消せるのかを試しており、投擲してから最初に触れた魔法のみが打ち消せると分かった。ちなみに槍の回収は、リンが念じれば彼女の手元に戻ってくる能力があるので紛失や盗難などの心配は皆無である。
リンは少しの助走を付けた後に、槍を自分に落ちてくる炎の嵐に向けて渾身の力を込め、それを投擲した。この状況を突破しない限り、自分は勝利を掴めない。魔法を確実に打ち消す為にセレーネが放った後を狙って投擲した。勝負は投擲してから、槍が最初に魔法に触れるまで。リンには負けられない理由があるからこそ、その思いを乗せて投擲したのである。
セレーネが放った彼女の最大の魔法である《フレイムテンペスト》に向けて、リンが投擲した槍が一直線に向かっていく。それぞれの思いを乗せたその二つが接触した瞬間に、
「……なっ!?そ……んな、……そんな馬鹿な事がっ!?」
セレーネの最大の魔法である《フレイムテンペスト》は、リンの槍によって跡形も無く消滅したのだった。それと同時に熱風は収まり、周囲の温度は徐々に元に戻っていく。炎の嵐を消し去ったリンの槍はその後、放物線を描いて誰も居ない観客席へと突き刺さったのであった。
セレーネは膝から崩れ落ちて決闘の舞台に座り込む。自分の最大の魔法でさえも、いとも簡単に消された現実を受け入れたくなかったのだ。魔法学院の首席である自分が編み出した最大の魔法が、魔法が一切使えないリンに消されてしまった現実を受け入れたら、自分の価値が失われてしまうだろうと恐れているからである。
「私は消せると信じてたです!ヒータもですよね?」
「ピィ!」
「……あの槍は巨大な魔法でさえも消せるのか。あれは街の冒険者達には伝えないでおこう」
上空を覆っていた巨大な《フレイムテンペスト》を一瞬で消し去ったリン。それを信じていたエルムとヒータは歓喜し、ガロンドはリンが冒険者達からの勧誘などの騒動に巻き込まれないように配慮をするようだ。
「セレーネ!槍は取ったぞ!」
「早くそいつに負けを認めさせて!」
数人の魔法学院の生徒が観客席に突き刺さっているリンの槍に近づいて、一人がそれを抜き取った。
「……ふふっ、まだ運は私に味方しているようですわ。さぁ、あの槍を返して欲しければ降参しなさい」
「何言ってんだ?オレは降参はしねぇよ。何故なら……」
セレーネは槍の返却の対価として決闘の敗北を受け入れろと要求するが、リンは動じずに右の手の平を上に向けて、手元に来るように念じる。
「……これはここにあるからな」
次の瞬間、生徒が手に持っていたリンの槍は姿を消し、持ち主である彼女の右手に現れた。
「あ、貴方達は何故それを返しましたのっ!?」
「セレーネ違うんだ!しっかり握ってたのに消えたんだよっ!」
「私も見てたよ!本当に消えたんだって!」
セレーネはせっかく取った槍を何故返却したのかを問いただすが、離さないように握っていたのにも関わらず、忽然と姿を消したと返答された。
「……くっ、まだですわ!もう一度、私の最大の魔法で!」
セレーネは何とか立ち上がると、再び自分の最大の魔法を使用する為に杖を上に掲げて詠唱を始めた。
「……な、な、何故魔法が出ませんのっ!?」
しかし、セレーネの最大の魔法の炎の嵐は現れる様子が無かった。
「お前さっき、自分の全ての魔力を込めた魔法を放つって言ってたよな?それをしたらどうなるかは、オレだって分かるぞ」
「わ、私が魔力切れ?まさかっ!?」
先程の《フレイムテンペスト》をセレーネは残っていた全ての魔力を使用して放ったので、今の彼女は魔力を回復するまでは一切の魔法が使えない状態だ。使用した魔力の回復の速さは人によって異なり、時間の経過で全て回復するが、すぐに回復したい場合は魔力回復薬などの道具を使えば良い。しかし、今のセレーネはそのような類いの物は持っていないので、魔力を回復する手段は無いのだ。
「……さてと」
「えっ!?て、手を放しなさい!」
リンは魔力が切れて魔法が使えないセレーネに近づき、彼女の胸ぐらを左手で掴むと力任せに引きずって舞台の端へと向かっていく。セレーネは抵抗するが思ったように力が入らず、リンにされるがまま引きずられていく。セレーネは先程の最大の魔法を放った反動で、いつものように動けなくなっていたのであった。
「お前の魔力が思ったより早く無くなってくれて良かったぜ」
「まさか貴方は、これを狙っていましたの!?」
「その通りだ。魔法が使えないオレが決闘でこの学院の首席のお前に勝つ方法は三つの条件の内の一つ、舞台から落とすだけだ。……でも、すぐには落とせないだろうから、魔力が無くなるまで煽ったりとか、そういった事をしてたんだよ」
リンが突きつけられた三つの条件の中で自分が達成可能の見込みがあると思ったのは、相手を舞台から落とすという条件だけであった。しかし、いきなり落とさせてはくれないだろうと考えた後にリンは、様々な状況を考えられるだけ捻り出し、考えられるだけの全ての組み合わせを頭の中で行っていたのだ。
「早くこの手を放しなさい!」
「分かったよ。今放すからな」
「ま、待ちなさいっ!?今じゃなくてえぇーーっ!!?」
自分を引きずっているリンに対してセレーネは再び手を放すように言うが、その時には舞台の端に辿り着いている。手を放すように言われたリンは、セレーネの望み通りに掴んでいる手を放した。
……その手を放したらセレーネが舞台から落ちるようにである。セレーネは悲痛な叫びを上げながら、舞台の外の地面に背中を打ちつけて落ちたのであった。
============
セレーネが舞台から落ちたのを見たエルム達は、リンの勝利を確信した。魔法が一切使えない最弱のリンが魔法学院の首席であり、この学院で最強のセレーネに打ち勝つという下剋上が果たされたと思ったからである。
「リンさんが勝ったです!」
「ピィ!」
エルムとヒータは純粋にリンの勝利を喜んでいる。
「リンが勝ったのね。一時はどうなるか心配してたけど大丈夫なようね」
「ミシズ、落ち着いたか?」
「えぇ。久しぶりに暴れたから、とてもすっきりしたわ」
魔法学院の生徒達を相手に無双していたミシズが、ガロンド達の元に戻ってきた。落ち着きを取り戻したその顔は、暴れ回った後であった為に晴れ晴れしい表情をしていた。
「……」
「ガロンド、一体何処見てるのよ?」
「……いや、何でもない」
ガロンドは暴れ回ったミシズに倒された生徒達が山のように積み上がっているのが視界に入ったが、余計な詮索はしないように目を逸らした。
「別に良いわ。リンが勝ったのなら……、ん?何か様子が変じゃない?」
「言われてみればそうだな……」
「え?何がですか?」
「ピ?」
リンが決闘に勝利したのにも関わらず、それに反応しているのは自分達だけであり、違和感を抱いたミシズとガロンドの二人に対し、エルムとヒータはそれが何だか分からなかった。
「審判、決闘は終わったぞ。何してんだ?」
「……」
セレーネが舞台から落ちたので、今回の決闘の勝者はリンとなる。しかし、舞台の外で見守っている審判は沈黙を保ったままだった。
「……貴方、何を言っていますの?決闘はまだ終わっていませんわ!」
舞台から落ちたセレーネは、最大の魔法を使った反動による影響が残っているので、ゆっくり立ち上がると決闘は終了していないと宣言する。三つの敗北の条件の内の一つ、舞台から落ちるという条件を満たしたセレーネが何故自信を持って言ったのか、それにはある秘密があったのだ。
「いや、お前こそ何言ってんだよ?舞台から落ちたんだから、決闘での三つの敗北条件の内の一つを満たしてる。つまりはお前の負けだろ?」
「それは貴方の敗北条件ですわ。私の場合は、三つ全てを満たさない限り負けではありませんわ!」
「……うわ~、出た出た。自分ルールってやつだ」
「何とでも言いなさい。貴方が決闘を受けたその時点で、既に貴方の負けは決まっていましたの」
セレーネには決闘の三つの敗北条件を全て満たさないと敗北しないという、魔法学院の首席である彼女のみ適用が許される独自のルールが存在するのだ。セレーネはそれを適用し、舞台から落ちても自分は敗北とはならないので決闘を続行しようとする。
「そんなのずるいです!」
「ピーッ!!ピーッ!!」
「違和感の正体はこれだったか」
「魔法学院の首席が、こんな卑怯な手段を使うなんて……」
伝えられていた決闘の敗北条件がリンとセレーネで異なる事にエルムとヒータは非難の声を上げ、ガロンドは先程の違和感の正体に気づく。ミシズに至っては卑怯とも言える独自のルールを使ったセレーネに失望する。
「……それがお前の切り札か?」
「そう思って頂いても構いませんわ。私の勝利は何があっても揺るがない物ですの。貴方には降参するしか選択肢は残されていませんわ」
セレーネは万が一、自分が敗北条件の内の一つを満たしてしまった場合に、独自のルールを適用して敗北を回避するという切り札を用意していたのだった。
「そうだ、セレーネにはこのルールがあったんだ」
「でもさ、何気に使うのは初めてだよね?」
「これであいつも終わりだね。セレーネに勝てないのが分かったんじゃないの?」
この独自のルールは魔法学院の生徒と教師に審判も周知の事実であった。今まで使用していなかったのだが、今回の決闘で初めて使用したのである。
「……」
「さぁ、降参しなさい。それが貴方自身と仲間の為になりますわ」
もはやリンに打つ手は無い。セレーネはそう思っているからこそ、リンに降参を促した。これ以上リンが何をしても無意味に終わるだけだからである。
「……ふふっ、はははっ、はーっはっはっはっは!!」
セレーネに降参を促されたリンは左手で目を隠すように覆って顔を上に向けたと思ったら、突然大声で笑い出した。
「い、いきなりどうしましたの?」
「いやぁな、オレは驚いてんだよ……」
「貴方に打つ手が無いからですか?」
「それは違う、……教えてやるよ」
それはセレーネの敗北条件が三つ全てを満たす場合ではなく、自分が敗北を受け入れるしか選択肢が残されていないでもない。それらとは全く異なる事象が起こっているのを驚いたので、リンは思わず笑ってしまったのだ。
リンは右手に持っている槍の穂の反対側にある石突で舞台を三回叩いた後に、目を覆っていた左手を外し、顔をセレーネに向けると自信満々にこう言い放ったのだ。
「…………決闘が始まってからのほぼ全てが、オレの筋書き通りに進んでるからだよ!!」
「なっ!?」
……そう、この状況でさえもリンは想定していたのである。物事は自分の思い通りに行かない場合が多いのだが、決闘が始まってから今までの殆どが描いた筋書き通りになっているので、リンは思わず笑ってしまったのである。
「あ、貴方はこの状況も想定していましたの?」
「そうだよ。お前が決闘の敗北の条件を自分だけ甘くするのは、それを聞かされた時には既に想定してたぜ。……経営はあらゆる事態を想定しなければならないし、不測の事態は常に起こる。教わったこの言葉を思い出して、それを今回の決闘に応用したんだ」
経営というのは次に何が起こるかは分からない。不測の事態は常に起こると先代の店長から教えられていたのをリンは思い出した。そして、経営を決闘に置き換えると自分が思いつく限りの事態を想定したのである。
「……ですが、今の貴方に打つ手が無いのは紛れもない事実ですわ」
「あのな、その対策もしてるに決まってるだろ?今回の決闘に向けての下準備は入念にしたからな。……本当は使いたくなかったが、そうも言ってられない状況だ。オレの真の切り札を見せてやるよ」
リンは今の状況を打破する真の切り札を用意していたのである。リンは決闘でこれを使わないように心掛けていたが、状況が状況なので使わざるを得なかった。その為の下準備は入念に行われ、既に終わっている。
「真の切り札?今更何をしても無駄ですわ!」
「無駄かどうかはお前が決めるな。オレはそれを使って、この状況をひっくり返してやるよ。……そろそろ来る頃だな」
リンが用意した真の切り札は、この場に居る自分以外には誰にも知らせていない。リンはそれを使って、誰が考えても打つ手は無いと思われているこの状況を打破するようだ。
……そして、リンの真の切り札はセレーネの後方から姿を現した。
「全員動くなっ!!」
一人の男性か現れたと同時に勇ましい声が舞台と観客席に響き渡る。その男性は金髪で、身に纏っているのは黒い軍服であり、それには勲章が飾り付けられている。男性が現れたすぐ後に、彼の近衛兵らしき人物達が五人現れると、男性と一定の距離を保ちながら護衛に入る。突如としてこの場に現れた彼らに、この場に居る全員が動きを止めて注目する。
「あ、……あの人って、まさか!?」
「な、なな、何でこの学院に!?」
「う、嘘だっ!?どうしてっ!?」
その正体が分かるや否や、観客席の生徒達は全く予想だにしていない人物の登場に動揺する。
「……何故今になって現れたんだ?」
「私も分からないわよ!?」
「あ、あの……、今出てきた人って誰ですか?」
「ピ?」
「エルムちゃん、あの人はね……」
ミシズとガロンドも男性の正体に気づいたが、エルムとヒータは誰だか分からなかった。ミシズがその男性について説明しようとした時に、決闘の舞台の外に居るセレーネがその答えを言った。
「お、……お、……お父様っ!?ど、どど、……どうしてここに!?」
決闘の舞台に乱入する形で現れたのはセレーネの父親であり、ラゼンダ王国の軍の総司令でもある男性の名はドレイク。セレーネは父親であるドレイクの突然の登場に激しく狼狽えている。
「セレーネが総司令を呼んでたんだ!これであいつも終わりだ!」
「……それにしては驚きすぎじゃないかな?」
「呼んでたならあんな反応はしない筈だよ、どうしてだろ?」
魔法学院の生徒達はドレイクが現れたのはセレーネが呼んでいたからだと思ったが、今の彼女の様子を見て、それを疑問視する声が出始める。
「あの人はお父さんなんですね」
「ピィ」
「そうよ。……でも、セレーネが呼んだんじゃ無さそうね」
「彼女ではないとすれば一体誰が……」
エルムとヒータはドレイクがセレーネの父親だと理解する。しかし、エルム達もドレイクが現れた理由が分からず、彼の娘であるセレーネが呼んでいないのであれば、一体誰が呼んだのか全く見当もつかない。ドレイクと彼の近衛兵以外の誰もが困惑したのだった。
「……お忙しいところ来てくれて本当に助かるよ、総司令さん」
……ただ一人、舞台の上で平然としているリンだけを除いては。そのリンの呟きを、彼女の一番近くに居るセレーネは聞き逃さなかった。
「……ま、まさか貴方が!?」
「そのまさかだ。総司令さんをここに呼んだのは他でもない、……オレだよ!」
「「「「「……えーーーっ!!?!?」」」」」
軍の総司令であるドレイクをこの決闘の場に呼んだのは、親子の繋がりがある娘のセレーネではなく、彼とは何も繋がりがないと思われているリンであった。
決闘が行われている舞台に、この日一番の驚愕の声が響いたのであった。
============