油断は大敵です。
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舞台への通路をリンは進み、セレーネとの決闘の舞台となる場所へと出た。
屋外に設置された舞台は小高くて円の形をしており、リンが進む道と舞台を挟んだ真向かいの道は石畳で舗装され、上り下りする為の石の階段がある。舞台の舗装されていない周囲は土で固められているようだ。リンは立ち止まらずに舞台へ足を進める。
「……あの人がセレーネとの決闘を受ける人なの?」
「何だあの顔?傷があって汚いな」
「槍なんて持ってるし、魔法が得意な奴じゃなさそうだな」
舞台を囲むように観客席があり、座席は階段状になっている。既に多くの生徒が着席し、舞台に進むリンを見て口々に感想を述べているが、それらの殆どがリンを嘲笑い、その顔の傷を見て蔑む内容だった。しかしリンはそれらを聞き流して進む。
「……よく逃げずに来ましたね」
舞台へ続く階段を上るとセレーネが待ち構えていた。セレーネは内心、リンは決闘に挑むと言ったものの怖気付いて自分が手配した直行便に乗らないだろうと思っていたからだ。
「オレは決闘を受けるって約束をしたからな。大きい小さい関わらず、約束を守れない奴は商売の世界はやっていけないからな」
「そうですの。その心意気だけは認めてあげますわ」
リンはセレーネとの約束である決闘を受ける事をしっかり守り、それを果たす為に学院に来たのだ。
「リンさん、頑張って下さいです!」
「ピィ!」
「負けるんじゃないわよ!」
リンの後方からエルム達の声が聞こえ、彼女は振り返ると観客席にエルム達三人と一羽がおり、その周囲の席には誰も居ない。リンはセレーネが配慮をしたのだろうと推測する。
「……フェアリーって本当に居たんだな」
「何であいつが持ってるんだ?セレーネの方が相応しいだろ?」
「何処で手に入れたの?……まさか闇商売とか?」
「あんな傷が顔にあるんだから、絶対にやってるよ」
「あの赤い鳥はペットかな?」
「鳥の警備員を雇ってるって噂を聞いたけど……」
「それは冗談だろ?鳥が警備員なんか務まらないって」
学院の生徒は希少種族であるフェアリーのエルムをリンの所有物として見ている者が多いようだ。また、リンがエルムを助けた事実を知らないのを良い事に様々な憶測を飛び交わし、ヒータについては警備員という役職は冗談ではないかという憶測も飛び交わしている。
「……最後に言っておきますわ。私に誠心誠意謝罪するか、観客席に居るあのフェアリーを渡すのかのどちらかを選ぶのなら、許してあげますわよ?」
「オレがここに来たのは謝罪するためじゃないし、エルムを渡すためでもない。ましてや、負けるためでもない。……オレは勝つために来たんだ」
セレーネはリンに謝罪するかエルムを自分に渡すかのどちらかを選択するのを迫るが、彼女は決闘に勝つために来たと言い返す。二人は既に火花を散らしていた。
「私が今回の決闘の審判を務めさせて頂きます。決闘のルールについては、お二人はご存知のようなので説明は割愛致します」
ディオネス魔法学院の守衛である男性が二人の間に割って入り、決闘を始める為の準備をする。彼は今回の決闘の審判を務めるのだ。
「決闘で持つ武器は今お持ちの物でよろしいですね?」
「はい」
「そうだ」
決闘の際に武器は一つしか持てないルールとなっているので、審判は二人に確認をとる。リンは槍を、セレーネは杖をそれぞれ手に持って審判に見せる。
「確認が取れましたので決闘を開始致します。それでは、…………始めっ!!」
決闘の開始を告げる鐘が鳴らされ、遂に決闘の火蓋が切って落とされた。審判は決闘の邪魔にならないように、舞台から降りて二人の決闘を見守るようだ。リンは槍を持ち直して身構える。
「さてと、………ん?」
セレーネがどう動くのか様子を伺うリンだが、彼女が何も身構えていないのを見て、思わず崩しそうになるのを何とか堪える。
「……おい、何してんだ?」
「ふふっ、魔法が全く使えない貴方が私に勝てる訳がありませんの。せめてもの情けとして、貴方の攻撃を一度受けてから私は攻撃しますわ」
「そうか、……言質は取ったからな」
セレーネは三つの属性の魔法が使える自分とは対照的に、魔法が全く使えないリンを何とも哀れに思ったようで、彼女の攻撃を受けてから自分は攻撃すると言ったのだ。余裕綽々の言動をするセレーネを見たリンは、持っている槍を舞台に突き刺した。
「待って下さい!攻撃したら駄目です!」
「そんな事したら……」
「黙りなさい!貴方達が決闘に口を出すのは許しませんわよ!」
セレーネの誘いに乗ろうとするリンに、先程決闘を止めようとした生徒達が乗らないように声を上げる。しかし、セレーネに一喝されると彼らは黙り込む。
「それじゃ、お言葉通りにさせてもらうぜ」
リンはそう言って、セレーネに向かって走り出す。わざわざ攻撃の機会を与えてくれたセレーネに対し、せっかくなので様々な気持ちを込めて攻撃しようと決めたのだ。
「今回の決闘もセレーネの勝ちだな」
「セレーネにはいつものあれがあるんだから、負ける訳がないでしょ?」
魔法学院の生徒の多くはセレーネの勝ちは揺るがないと確信していた。彼らはセレーネがいつも決闘で行う唯一の手段で今回も勝つからだ。
「……どうしよう、このままじゃ……」
「もう何も出来ないよ……」
セレーネとの決闘を止めるためにリンに懇願した生徒達は、これから起こるであろう悲劇を想像して諦める者が多かった。
「……ふふっ」
セレーネはというとリンとの決闘の最中であるにも関わらず目を瞑っている。セレーネからすれば、リンが決闘を受けると選択した時から今回の決闘がそれだけ余裕でいられる程に簡単な物になると考えていたのだ。今もそれは変わらず、自然と笑みがこぼれる。
いつもの決闘と同じ手段を使えば、自分は他に何もしなくても勝てる。セレーネはいつも通りに手段を行使する。
「……いいですか?貴方が私を攻撃すれば軍が…」
「えっ!?セレーネ危ない!避けてっ!」
「一体何を……、え?」
セレーネは「貴方が私を攻撃すれば軍がここにやって来る」という、いつもの決闘で言う台詞は途中で一人の生徒によって遮られる。約束された勝利に優越感に浸っていたセレーネは何事かと思って目を開けると、彼女が全く想定していなかった光景が飛び込んできた。
「な…」
セレーネが目を開けた時にはリンの右の拳が自分の目の前まで迫っていたのだ。セレーネは目を瞑っていたのでリンの姿は見えず、足音は観客席の歓声によって掻き消されて聞こえなかったので、彼女は接近に気づけなかったのだ。……そして、次の瞬間、
「ぐぶっ!!?」
リンが助走をつけながら渾身の力を込めて放った右の拳は、セレーネの鼻っ柱をへし折るが如く、彼女の顔面の中央に深くめり込んだのであった。
「おらぁっ!!」
「がっ!?」
リンはその勢いのまま、セレーネを吹き飛ばした。勢いがあり過ぎたのか、少し宙を浮いた後に決闘の舞台に背中を打ちつけながらセレーネは倒れる。
「「「「…………」」」」
信じられない光景に魔法学院の生徒達は静まり返る。観客席に集まった全員が呆然としてしまったからだ。
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魔法学院の生徒達が呆然としているのとは対象的に、ミシズとガロンドは呆れた顔をしていたのだ。
「……あいつ、何してるのかしら?」
「御意」
「え?リンさん何か大変な事したんですか!?」
決闘を見ていたミシズが苦言を呈し、ガロンドはそれに同意するとエルムは慌て出した。しかし、ミシズはエルムを諭すように言葉を続ける。
「エルムちゃん、私が言ったのはセレーネの方よ。……決闘の最中に余裕綽々と目を瞑るなんて、どうかしてるわ」
「決闘などの勝負というのは一瞬の油断によって勝利が敗北に変わってしまう場合がある。セレーネは分かっていないようだな」
「私は冒険者達に常日頃から弱い魔物であろうと油断は禁物って言ってるの。今のセレーネは油断して魔物にやられた冒険者に似てるのよ」
ミシズが苦言を呈したのはリンではなくセレーネであった。弱い魔物であっても油断すれぱ命を落とす時もあるので、ミシズは冒険者達に常に言っているのだが、その忠告を軽んじて魔物と戦って命を落とす冒険者も少なからず出ている。今のセレーネはそんな彼らと似ていると感じたミシズであった。
「……さてと、そろそろ準備しないといけないかしら」
「御意」
「ん?……あ、あれですね。ヒータ、よろしくお願いしますです」
「ピィ!」
観客席の三人と一羽は現在の状況を把握し、ある準備に取りかかった。
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セレーネの顔を思いっ切りぶん殴ったリンは、自分の武器の槍を刺した場所に小走りで戻り、それを引き抜いた。
「いや~、すっきりした。溜まりに溜まってたのを発散させてくれてありがとな」
リンはセレーネに対して笑顔で礼を言う。セレーネが来店してからというもの、今日まで目まぐるしい毎日を過ごしていたのでリンの中でストレスが溜まっていたのだ。それを発散する機会に決闘を選んだリンだが、それまでは発散しないようにしていた為に、ストレスが溜まりに溜まってたのである。
「……おーい、いつまで寝てるんだ?決闘はオレの勝ちで良いのか?」
リンは仰向けで倒れて動かないセレーネに、決闘の勝者は自分で良いのかと尋ねると、彼女は拳が当たった箇所を押さえつつ鼻血を流しながらも立ち上がる。
「……よ、……よくも、私を攻撃しましたね!!」
「攻撃を受けると言ったのはそっちだろ?だからオレは言われた通りに、その顔を思いっ切り殴っただけだ」
「しかも、か……顔を殴るとは、何を考えてますの!!?」
「別に何も。……顔を殴られたくなかったなら、顔以外を攻撃しろとかオレに言えば良かったと思うけどな」
セレーネは自分の顔を攻撃されるとは思っていなかったが、リンは自分に言ってくれれば顔には攻撃しなかったと返す。リンはセレーネに言われた通りに行動しただけなのだから。
「な、何してんだあいつは!?」
「し、信じられない……」
「……どうなるんだ?」
唖然としていた生徒達はようやく理解が追いついたようだが、未だに受け止めきれていないようであった。
「セレーネ。お前はいつもそうやって軍の存在をちらつかせて、決闘の相手を降参させるように仕向けてたんだろ?お前の伝家の宝刀ってやつか?」
「そ、そうですわ!私を攻撃すれば軍がここにやって来ますのよ。その軍を私の指示一つで貴方の街に向かわせて壊滅させるのも簡単ですの!」
リンの指摘通り、セレーネはこのディオネス魔法学院で他の生徒に決闘をする際に軍を動かす権限を行使する素振りを見せて相手を降参させるという方法で、自分では他には何もせずに勝利していたのだ。
「……残念だが、オレにはそれは通用しない。この学院で通用する事が、同じように社会で通用すると思うなよ?」
「わ、私は本当に軍を動かす権限を持っていますの!」
「だから、オレには通用しないって言ってるだろ?それが無理なら、やる事は一つしか無いよな?」
セレーネの伝家の宝刀はリンには全く通用しなかったのである。魔法学院という狭い場所で通用する事が、社会という広い場所で通用するとは限らないのだ。その厳しさをセレーネに教えたリンだが、彼女には届いていないようであった。
「……そこまで言うなら、この魔法学院の首席である私の力を貴方に見せてあげますわ!覚悟しなさい!」
「いや、最初からそうしろよ」
セレーネは自分の伝家の宝刀が通じない相手は現れたの初めてだったが、それでも彼女はディオネス魔法学院の首席である事に変わりはない。この決闘で力を見せつけて勝利を掴もうとセレーネは杖を構える。
それを見たリンは始めから普通に決闘をしていれば自分に殴られなかっただろうと考えながら、槍を構えたのだった。
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中途半端ですが、決着まで書こうとするとかなり長くなりそうなので、ここで一旦区切ります。