決闘を受ける準備は万端です。
今回はユーザーページのリニューアル後の初めての投稿なので、そのやり方の確認の為に短くしました。
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セレーネに決闘を受けると伝えた日から決闘の前日までは、リン達の生活は実に目まぐるしい日々だったと言えるだろう。
雑貨屋の業務はというと時短営業をしたので一日の業務量は減るのだが、リン達は決して手を抜かなかった。利用客に対して不利益を与えてはならないからである。
閉店作業の後に行う決闘にむけての特訓も同様である。リンの特訓にはエルムとヒータも付き添った。営業日の場合は開始は夕方からで訓練場の利用終了時間までの短い時間に特訓を効率的にしなければならなかったが、その特訓相手にエルムは適任だった。休日は休日で長く時間を設け、営業日よりも多く特訓をおこなっていった。
そして、決闘の日の前日の夕暮れ時、リンの姿は王都への直行便の車両の内部にあった。
「ミシズとガロンドもせっかくの休みの時に付き合わせて悪いな」
「いいのよ。マスターから長期の休暇を頂いたけど、これといって用事は無かったから」
「俺もだ。いつもは実家に帰省していたが、たまには実家以外で過ごそうと決めていたから丁度良かった」
一つの部屋と見紛う程の広さがある車両の内部にあるソファに腰掛けているリン。それに向かい合うように設置されている反対側のソファには、ミシズとガロンドの二人が腰掛けている。
何故二人がここに居るのかというと、二人はマスターから長期の休暇を同時期に与えられた。しかし、ミシズはこれといって予定を立てておらず、ガロンドはというと普段は遠方の実家に帰省していたが、今回は実家以外で過ごそうと考えていた。そんな時にマスターから決闘に挑むリンを手助けしてみてはどうかと提案された二人は了承し、出発の二日前に合流したのである。
「……それにしても、直行便を利用させてくれるなんて、セレーネって子は何を考えてるのかしら?」
「オレが逃げないようにする為だろうな。オレとしては移動時間の短縮と移動に掛かる費用の削減が出来て好都合だ」
本来なら王都への移動には乗合の馬車を利用しなければならないが、その場合は移動には二日の時間を要する。それを王都への直行便ならば半日で済むのだが、料金は乗合の馬車よりもかなり割高なのだ。セレーネは自分に決闘を挑んできたリンを逃がさない為に手配したのだが、彼女にとっては半日の時間で王都に行ける直行便を無料で利用させて貰えるので、都合が良かったのである。
「部屋の設備も何気に豪華でしっかりしてるわね」
「……この車両を引いているのは地上を走るドラゴンだから、竜車とでも言うべきか。飼い慣らすのは難しいと聞いているが、強力な故に魔物は寄り付かない。直行便が割高なのも納得だ」
部屋に設置されている設備などは豪華な部類に入る物ばかりである。また、直行便を引いているのは地上を走るドラゴンであり、それを飼い慣らすのは難しいとされているが、ドラゴンに恐れを成して並大抵の魔物は寄って来ない。ガロンドはこれらの情報を総合して、直行便の料金が割高になっている事を納得したようだ。
「それに、私達二人が急に参加を決めても手配してくれていたとはね」
「セレーネはそれだけ余裕なんだと思うぜ。せっかく用意してくれたんだから、使わない手は無いな」
リンはエルム達三人と一羽の運賃を自分が負担すると決めていたが、直行便の乗務員はリンを含めた五人分の運賃をセレーネから既に受け取っていると告げ、四人以内ならば誰であろうと乗せても良いという伝言を預かっているとリン達に伝えた。それを受けたエルムとミシズとガロンドの三人は直行便に同乗して、文鳥のヒータの運賃はというと彼の為に用意された簡易的な鳥小屋を持ち運べるようにリンとエルムが改良を施し、その中に入った状態で持ち込んだので、運賃は掛からなかったのだ。
「……クー……、……ピィ……」
「……それにしても、これだけ話してるのに、ヒータ君はよく寝れるわね」
「いつもは私を守ってくれてるですけど、ゆっくりさせてあげたかったです」
「こういう時くらい休ませてやらないとな」
今のヒータはリンの左手の平の上で寝ていて、リンと彼女の右肩に座っているエルムはそれを優しく見守っている。エルムの専属警備員であるヒータは常日頃から気を張って彼女を守っているが、今のようにリンが傍にいる時は気を張らずに休んでいる。リンは警備員といえど休みは必要だと考え、自分がエルムを傍にいる間はヒータを休ませているのだ。
「……警備員がそんな無防備な姿で眠るのはどうかと思うけど」
「御意」
「それだけ休めてる証拠だろ」
「……クー……、……ピィ……」
ミシズの指摘通りに今のヒータは腹を上に向けて寝る、所謂へそ天の状態で寝ているのだ。警備員が警戒心皆無の状態で寝ているのはどうかと思うミシズにガロンドは同意をするが、リンはヒータがしっかり休めているので問題は無いと思っているようだ。
「王都に着くまで時間はあるし、オレ達もゆっくりしようぜ」
「分かりましたです」
「それもそうね」
「御意」
「……クー……、……ピィ……」
その後、四人と一羽は王都に着く翌日の朝まで思いのままに過ごした。
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レクトイの街を出発した日の翌日の朝、無事に王都に着いたリン達はディオネス魔法学院へと向かった。直行便の発着場の出入り口から少し進んだ所に学院の正門があり、その前で守衛に呼び止められた。リンはセレーネとの決闘を受ける為に来たと伝えると、彼女達は学院の内部へと案内された。舞台への通路と観客席への通路の分岐点に着くとリンは舞台への通路に、エルム達は観客席への通路に別れ、それぞれ向かっていった。
ちなみにヒータの鳥小屋はというと、直行便を降りた後にエルムの魔法袋へと収納されたのである。
「待ってください!」
「ん?」
自分の武器である槍を右手に持って舞台へ向かっているリンは、後ろから自分を呼び止める声を聞いて立ち止まって振り返る。そこには複数人の男女がいて、身に着けている服装からこの学院の生徒だと判断した。
(セレーネの差し金……、って様子じゃなさそうだな)
リンは生徒達が最初はセレーネが自分を舞台に向かわせないよう邪魔者を送り込んだのかと考えたが、彼らの雰囲気から察してそれではないと推測する。
「セレーネとの決闘を受けに来たんですよね?お願いですから決闘を受けないでください!」
「は?何でだよ?」
決闘を受けないよう懇願されたリンは、どうも違和感が拭えなかった。邪魔が入るとは予想していたが、受けないように懇願されるとは予想していなかったからである。
「軍を動かされたら、あなたの住む場所も家族とかも失うかもしれないんだよ!」
「そうなってからじゃ遅い。今すぐ謝ってきて!」
「まだ間に合うから早く!」
生徒達はリンに対して決闘を受けるのではなく、セレーネに謝罪するように進言する。その後も口々に同じような内容を述べていく。
「……そうか」
必死に訴えてくる生徒達の様子を見たリンだが、彼女には引き下がれない理由が存在していたのだ。
「そ、それじゃあ…」
「だからといって受けない訳にはいかないんだ。オレにも守らなきゃならない物があるんだよ」
「私達の話聞いてた!?セレーネの指示で軍を動かされたら…」
「軍が街を消すような事は絶対にしないからな。そこは安心してくれよ」
「何でそう言い切れるんだよ!?セレーネは軍の総司令官の娘で…」
「それは知ってる」
生徒達の話を聞いても、決闘を受ける意志を貫くリン。生徒達は受けさせないように何度も食い下がる。
「あの、決闘でセレーネを一度でも攻撃したら軍を動かされるんです。私達はそれが嫌で…」
「……やっぱりか」
一人の生徒から、決闘てセレーネに攻撃した場合は軍を動かされると伝えられると、リンは自分が推測していた一つの事に答えを得られたようだった。
「え?」
「こっちの話だ。……そろそろいいか?」
リンは生徒達との話を切り上げ、決闘を行う舞台へ向かっていく。
「待って!?ま、まだ話は…」
「お前達が色々大変な目に遭っているのは話を聞いてて分かったよ。……だから」
生徒達の制止も聞かず、話ながら少し進んで再び立ち止まるリン。
「……オレが今日、それら全部を終わらせてやるからな」
リンはそう言って右手に持っている槍を右肩に担ぐと、舞台へ足を進めていった。リンの中で負けられない理由が一つ増えたのである。
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いろいろと至らない点があると思いますが、次の投稿も気長にお待ち下さい。