返答は時に想定外です。
久しぶりの投稿です。毎日少しずつではありますが、書き進めて終わりました。
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セレーネの退店の後のリンの行動は早かった。彼女から突きつけられた期限は五日であり、長いようで短い物である。何もしなければあっという間に過ぎてしまうだろう。
リンはその日の店の営業はこの時点を持って終了とする旨を周囲に伝えると共に、「所用の為、休業とさせて頂きます」と書かれた札を入り口にかけると、早々に閉店作業に取り掛かった。
「戻りましたです」
「ピィ」
その最中に、配達の業務を終えたエルムと彼女の警備をしていたヒータが戻ってきた。
「おかえり。今日はもう店閉めるから、この後は自由に過ごしてくれ」
「え?どうしてですか?」
「ピ?」
「……店の営業よりも、早急にやらなきゃいけない事があってな。詳しくは落ち着いたら話す」
リンはそう言いながらも手を止めずに閉店作業を進める。一刻も早く行動に移さなければ間に合わないとリンは分かっていたので、最低限の閉店作業だけを進めている。
「よし、あとは戻ってからで大丈夫だな。……急で悪いけど、ゆっくり休んでくれ」
「あの、私達も……」
「ピィ」
「着いていきたい気持ちは分かるが、これからする事はなるべく大人数には知られたくないんだ。犯罪とかじゃないから安心してくれよ。出掛けるなら戸締まりはよろしくな」
その作業を終えたリンは一息つく間もなく店から出ようとする。一緒に着いていきたいとエルムが申し出て、それにヒータも同調するが、リンは自分が行う事は犯罪などではないが自分だけの秘密にしておきたいと言って断り、街のとある場所へと足早に向かっていった。
「……ヒータ、出掛けるですか?」
「ピィ!」
残されたエルムとヒータは急遽与えられた休みに対し、街の中で過ごすと決め、協力して戸締まりをしてから出掛けていった。
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その日の夕方、エルムとヒータの姿は冒険者ギルドの受付近くの机の上にあった。彼女達は戸締まりをした後、冒険者ギルドに向かった。配達で何度も訪れていたのだが、どんな仕事をしているのか気になっていたエルムは、この機会によく見てみようと決めてやって来たのであり、ヒータはそれに付き添う形となっている。
その時に受付に居たのはミシズであり、冒険者達に対しては彼女が節度を持って接するように強く言い聞かせ、度が過ぎた場合にはこの場から叩き出す旨も伝えた。
「ありがとうございますです」
「ピィ」
「改まらなくていいのよ。あなた達が街に来てから、一層明るくなった気がするの。冒険者達も熱心にクエストを遂行してくれてるからね。……まぁ、一部例外も居るのは事実だけど……」
ミシズはエルムとヒータが街に来てからというもの、街の活気が良くなっていると感じている。冒険者達にも活力が漲り、以前にも増してクエストを遂行しているような気もしているのだ。
しかし、冒険者ギルドに配達にやって来るエルムを一目見ようと、クエストに行かずに日中居座る冒険者も少なからず存在しており、見つけ次第その都度注意をしているが、彼らには響いていないようだ。それが今の冒険者ギルドの悩みの種の一つとなっている。
「……そういえば、ヒータ君についてだけど、マスターが気になる事を言ってたわね」
「ピ?」
「ヒータがどうかしたんですか?」
ミシズは以前、ギルドマスターであるシーアからヒータについての一つの情報を聞いていたのだ。
「ヒータ君の性別はどっちなのかって話題に上がったのだけど、その時にマスターが『ヒータくんはおとこのこだよ!』って、何故か自信を持って言ってたのよ」
「え?ヒータって男の子なんですか?」
「ピィ!」
シーアからもたらされた情報というのは、ヒータの性別は雄だという事だ。それは先日、冒険者ギルドの受付達でヒータの性別がどちらなのか話題に上がったのだが、そこにシーアが割って入ると、ヒータの性別は雄だと自信を持って宣言したのだ。それを聞いたエルムはヒータに尋ねると、彼は肯定するように返事をしたのである。
「……でも、マスターの言葉に何か引っ掛かる物があるのよ」
「それってなんですか?」
「それが全く何だか分からないわ。マスターに聞いてもはぐらかされるのよ」
ミシズはヒータの性別を言い当てたシーアの言葉に、何とも表現しづらい違和感を抱いたのだ。それを解消する為にシーア本人に聞いてみても、彼女は答える様子は一切見せなかったのである。
それからは、ミシズや様々な人と世間話などをしていたエルムとヒータ。しばらく時間が経過すると、彼らの元に迎えがやって来た。
「エルム、ヒータ、迎えに来たぞ」
冒険者ギルドにリンが姿を現した。ミシズの傍に居るエルムとヒータを見つけると、彼女達に近づいていく。
「リンさん、用事は終わったんですか?」
「ああ、オレが思ってたより早く終わってな。あとはこれからの行動次第で変わってくるから油断ならねえけど……」
「それを詳しく教えて下さいです」
「それは店に戻ってから話すから」
「え~、今じゃ駄目なんですか?」
「今だと駄目だ」
「……分かりましたです。お店に戻ったら教えて下さいです」
「ピィ」
リンの用事は彼女が予想していたよりも早く終了したのだが、安心してはいられないようだ。油断すれば最悪の場合、自分の店は無くなる。それだけは避けなければならない。
エルムはというと店を休みにしなければならなかったリンの用事が、一体何だったのか気になったので聞いてみたが、彼女は今は話したくないようで、店に戻ってから話すと返されてしまう。エルムはその時に聞ければ良いと考えて了承するとリンの右肩に乗り、ヒータも続いて、彼女の頭の上に乗る。
エルムはリンの右肩に、ヒータは頭の上と彼女と共に移動する際に乗る定位置となっているようだ。乗られているリンはというと、悪い気はしていないようであった。
「ミシズ、エルムとヒータを見ていてくれてありがとな」
「どういたしまして。……何の用事だったのか分からないけど、頑張りなさいよ」
「当たり前だ、言われなくても分かってるよ」
リンはミシズに礼を言うと、用事について全く聞かされていなかったが、店の業務を休んでまでしなければならない程の事なのだと彼女は察して応援の言葉を送る。それを受けたリンは自分の店の未来を左右する程の事なので当然の事だと返すと、エルムとヒータを乗せたまま冒険者ギルドを出ていった。
「……さて、帰ろうか」
「仕事が終わったからね」
「よし、明日もここに集合だ」
リン達が帰った後に、三人の冒険者が席を立って各々の家に帰ろうとした。……しかし、それを許さない者が居た。
「……待ちなさい」
それはミシズだった。先程までの明るい雰囲気とは対照的に、今のミシズは近づき難い雰囲気が出ている。
「どこに行くつもりなのよ?」
「え?仕事が終わったから帰るだけですが?」
一人の冒険者が今日の自分達の仕事が終了したから帰るとミシズに返答したのだが、それが今の彼女の地雷を踏み抜いてしまったのである。
「……あなた達は今日は全く仕事してないでしょうがっ!!」
「「「ひいぃぃぃ!!?!?」」」
この三人の冒険者は今日は仕事をせずに冒険者ギルドに一日中居座っていた。冒険者ギルドに来るかどうか分からないエルムを待っていたのだが、彼女達が来てからは何があっても動かないと三人で誓い合い、エルムを見守っていたのである。
そんな三人に対してミシズはエルム達が帰った後にクエストを受けるのだろうと思っていたが、受けずに帰ろうとしたので呼び止めた。三人はそれでも受ける様子を見せなかったので、怒りが爆発したのだ。
その後、三人の冒険者は小一時間、ミシズから説教を受けたのである。
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それから五日が経過した日の昼過ぎ、雑貨屋の前にセレーネは現れた。
「五日前の答えを聞かせてもらいますわよ」
リンは店の入口の外で対応に当たる。リンはセレーネの事を出禁にしているからだ。周囲には様子を見に来た街の住人達が集まっている。
「『潤いの雫』を渡すか、この店のフェアリーを渡すか、私と決闘するかの三つですわ。この五日の間にどうするのかをしっかり考えまして?」
セレーネは随分と余裕の表情を浮かべている。セレーネは自分が提示した三つの選択肢の中で、リンが一つは選ばないと考えているからだ。
「念の為に決闘についてのルールを簡潔に教えて差し上げますわ。舞台の上で一対一、持てる武器は一つのみになりますの。審判に試合の続行が不可能と認められる、自ら降参する、舞台から落ちるの三つの敗北条件の一つでも満たした者は敗北となりますわ」
余裕から来る自信にセレーネはせめてもの慈悲として、決闘を行う際のルールをリンに分かりやすく伝えた。彼女はそれを伝えても決闘だけは選ばないと踏んでいるのだ。
「さぁ、どれにしますの?」
セレーネは再びリンに選択を迫る。セレーネはこの時までは三つの選択肢の中で潤いの雫を自分に渡すか、希少種族のフェアリーであるエルムを渡すかの二つのどちらかを選ぶのだと思っていた。
「決闘で」
「……け、決闘ですって!?」
しかし、セレーネにとっては想定外の答えが返ってきたので、彼女は驚きを隠せなかった。リンが決闘を選ぶとは全く思っていなかったのである。
「貴方、何を言っているのか分かってますの?」
「『潤いの雫』は仕入れられないから渡せないし、だからといってエルムを渡す訳にはいかない。オレとしては決闘しか選択肢は無かったから選んだだけなので」
リンの中では潤いの雫は出せない、お詫びの品としてエルムを差し出すのは絶対にしない。だからこそ、リンが選択するのは決闘しか無かったのである。
「そうですの。私に決闘を挑む選択をするとは、随分と勝つ自信がお有りなのですね?」
「決闘を選択する以上、オレは勝つだけだ」
リンには従業員であるエルム達を守らなければならない義務があり、提示された選択肢から決闘を選んだのである。
「……それで貴方、使える魔法の属性の数はいくつですの?」
「オレは魔法は一切使えないから、使える魔法の属性もないな」
セレーネは使用可能な魔法の属性の数をリンに尋ねるが、彼女は魔法が一切使えないと返される。
「……ふ、ふふっ、魔法が全く使えないのに三つの属性を使える私に決闘を挑むとは、貴方は自分の力量すら分からない愚か者なのですね?」
「そう思っていただいても結構です」
魔法が一切使えないと言ったリンをセレーネはあざ笑った。三つの属性が使える自分に挑むというのは無謀にも程があり、自分の勝利は絶対に揺るがない物だと確信したのである。
「……それで、決闘はいつ頃する予定ですか?」
「決闘は今から20日後にディオネス魔法学院で行いますわ。この街から王都には馬車では2日掛かりますが、私も利用している直行便を使えば半日で済みますので貴方にも特別に利用させてあげますので、その手配は致します。その便に乗らなかった時点で、決闘は貴方の負けになりますわよ」
セレーネは決闘をする場所をディオネス魔法学院で、20日後に行う事に決めたようだ。
ディオネス魔法学院は王都にあり、レクトイの街から王都へは馬車で2日掛かるのだが、最近になって運行が始まった王都への直行便を使えば半日で済む。しかし、利用には乗合の馬車よりもかなり割高な運賃を支払わなければならないので、主に富裕層が利用している。
セレーネがこの街に来る時は直行便を使ったので、それをリンに利用させる事で彼女が逃げ出さないようにし、乗車を拒否した場合はリンの敗北とするとまで伝えたのだ。
「……分かりました」
「では、魔法学院で待っていますわ。今から負けた時の言い訳を考えておくと良いですわよ」
了承したリンを見てセレーネは満足げに去っていった。セレーネはリンが負ける事が前提で考えており、20日後の決闘に対して余裕を見せつける程であった。
「リン、大丈夫なのか?」
「相手はディオネス魔法学院の生徒なんだろ?そいつに決闘を挑むなんて……」
「そうだよ。いくらエルムちゃんを守る為だからって……」
「従業員を守るのも店長であるオレの仕事の一つだよ。決闘には勝つ」
街の住人達からはリンを心配する声が次々と上がる。セレーネはディオネス魔法学院の生徒であるのを知られているので不安になる者もいたが、リンは店の従業員のエルムを守る為に負ける訳にはいかないのだ。
「リンさん、終わりましたですか?」
「ピィ」
店の入り口の隙間からエルムとヒータが顔を出し、心配そうに様子を伺っている。
「終わったぞ」
「……ごめんなさいです。私のせいで……」
「気にしなくて良いぞ。これはオレの問題でもあるからな」
「……あの、何か手伝える事ありますか?」
「手伝える事か……。それならあるぞ」
「ほ、本当ですか!?」
エルムは自分が原因で今回の事が起きた責任を感じていて、リンに手伝いを申し出る。
「決闘に向けての特訓を手伝ってくれ。やれるだけの事はやっておきたいからな」
「分かりましたです。その間はお店は休みにするんですか?」
「いや、休みにするんじゃなくて時間を短縮して営業するんだ。私用とはいえ全部休みにするのは申し訳ないからな」
「ピィ、ピィ」
「ヒータも一緒に手伝ってくれるのか?」
「ピィ!」
リンはセレーネとの決闘に何も準備しないで挑むのではない。決闘に負ける訳にはいかないので、特訓の時間を確保する為に店の営業時間を短縮するようだ。そして、その特訓をエルムとヒータに協力してもらうようだ。
「よし、そうと決まれば今日からやるぞ」
「え?今日からですか!?」
「時間が無いからな。既に訓練場の予約はしてあるし、時短営業のお知らせの貼り紙とかの準備はもう終わってる。決闘までは20日だけど、それが丸々使える訳じゃないからな」
リンの言うとおり決闘までに残された時間は多いように聞こえるが実際は少ない。店の営業をしながら決闘にむけての特訓をしなければならない。今日までは様々な手続きや計画を立てるのに時間を使わなければならなかったので、特訓が出来なかったのだ。
「……という理由で、今日から時短営業とさせて頂きますので何卒よろしくお願いします」
「分かった。応援してるぜ!」
「頑張るんだよ!」
「協力出来る事なら力を貸すぜ!」
リンは集まった街の住人達に決闘にむけての特訓をする時間を確保する為に営業時間を短縮する旨を伝えると、彼らは快く了承してくれたのだ。リンが何かをしようとしているのを邪魔しないように、彼らなりに協力するようだ。
「これから閉店作業するから、それが終わったら行くぞ!」
「分かりましたです!」
「ピィ!」
リンは今日から時短営業を開始し、今をもって本日の営業を終了して閉店作業へと入る。それが終わったら決闘にむけての特訓に、エルムとヒータと共に入るのだった。
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