品切れの原因は多数です。
前の投稿から一年近く空いてしまい、申し訳ありませんでした。話の内容などを考えて、いざ書こうとすると手が止まったりするなど、様々な要因が重なって遅くなりました。それでも良ければ楽しんで下さい。
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休日であるにも関わらず一騒動あった雑貨屋であったが、少しすると普段とは大差ない休日の時間が流れていった。
リンの経営計画の見直しはというと、その後すぐに完了し、仕事が休みのエルムとヒータは特に予定が無かったので今後の仕事についての説明をリンから受ける事にしたようだ。
経営計画の見直しの発端となった『潤いの雫』だが、仕入れられなくなった旨のお知らせを記した紙を店の入り口や店の中の各所に貼り、店を利用する客に対して周知する事に決め、レクトイの街の掲示板にも同様の紙を貼りつけて貰えるように依頼する事にし、他の街から来るであろう客に対しては近隣の街の掲示板にも、その紙を貼りつけて貰えるように依頼する事にしたようだ。その紙には店の在庫も全く無い事を記載する事も忘れなかった。
また、『潤いの雫』を製造する工場が原材料の植物を育てる畑なども全滅して販売再開の目処が立たない状況であるので、『潤いの雫』の予約は受けない旨の文言を貼り紙に記載するようにしたのだ。いつ仕入れられるか分からない商品の予約を受け付けるよりも、最初から受けない方が問題は起こりにくいと判断したからである。
エルムとヒータには配達の時に貼り紙と同様の事が書き記された紙を配るように業務上の指示を出すと同時に、『潤いの雫』に関して尋ねられた時の対応方法を教えたのだった。
それらのリンの努力の甲斐あって、『潤いの雫』に関連した特に大きな問題は休日明けの営業日から起きてはいないのである。
「…ふぅ」
ある営業日の雑貨屋でリンは、知り合いの鍛冶屋に自分の武器である槍のメンテナンスを数日前に依頼していたのだが、先程引き渡されたのである。その時に聞かされた内容に彼女は物思いにふけっていた。
高度の『鑑定眼』のスキルを用いて調べられた槍には、リンが使用して刺した対象物に死をもたらす能力と、念じればどんなに離れていても手元に現れる能力があるのを彼女は知っているが、それとは別に一つの能力が備わっていた事が判明したのを聞かされたのだ。実はリンの武器である槍は色が黒である事と先述した能力が備わっている事以外は何も分かっておらず、どのような製法で作られたのか、素材は一体どのような物を使っているのかなどと不明な点がまだ多く残っているのである。
「…さて、仕事仕事」
高度の『鑑定眼』のスキルを使用しても分からなかった事が何故この時になって判明したのか疑問が残ってしまったが、分からない事を考えても仕事に支障をきたすので考えるのを止めて仕事に戻っていった。
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『潤いの雫』が仕入れられないお知らせの貼り紙を見た者は、大半は諦める者が多かった。何せメディス製薬と取引している商人は数がとても少なく、一つの街に二人居れば多い方であり、レクトイの街にいたってはリンだけである。……つまり、リンが仕入れられないという事は、レクトイの街では『潤いの雫』を販売している店は一つも無いという事なのだ。
ある日、一人の男性が『潤いの雫』を求めて営業中の店にやって来たのだが、品切れの事実を受けて肩を落とす。仕入れられないという情報を知って、店に在庫が全く無い事の情報も得ていたが、もしかしたら在庫が残っているかもしれないという一途の望みを賭けて来店したのが、結果は先述の通りである。男性は目的の物が品切れだと分かると他に用は無く、店を後にした。
「……なんだかなぁ」
リンは男性の反応を見て、何とも複雑な気持ちを抱いた。客が求めてられている物を用意したいが、自分ではどうしようもない事によって用意が出来ないのだ。そのもどかしさに無力感を覚えながらも仕事へ戻っていく。
「ここも無いというのは一体どういう事ですのっ!!」
それからしばらくして、店の入り口の方からこのような声が聞こえてきた。どうやら一人の女性が『潤いの雫』のお知らせの貼り紙を目にして不満を口にしたようである。リンは先程聞こえた声色から彼女に事情を伝えても、すぐには納得してくれないだろうと予測しながら対応に向かう。
「責任者はどこに居ますのっ!出てきなさいっ!」
「オレが責任者だけど、申し訳ないが大きな声を出さないでくれますか?」
リンが対応の為に扉に向かっている途中で、高貴な服装を身に纏い気品を漂わせている少女が入店してきたが、彼女の顔はリンを見るや怒りから驚きの表情へと変わる。
「な、何ですの!その醜い顔は!?」
少女はリンの顔を見るや醜いと言い放ったのだ。右の頬に三本の傷がある彼女の顔は、見る人によっては醜いと感じてしまう者も居るだろうが、少女は一目見た後の第一声から言い放ったのである。
「みにくい?……オレの店は雑貨屋だけど、眼鏡は扱って無いんで」
「その見にくいではありませんわ!!私は醜いと言いましたの!その顔で、よく私の前に姿を出せましたわね!」
しかしリンは、醜いを見にくいと聞き間違えたようで、眼鏡などの補助器具は扱っていないと答えを返すが、少女はそうではないと否定して彼女を罵倒する。
「……失礼致しました。人によっては醜い顔だろうけど、この顔だから覚えられやすいっていう利点もあるから、オレは特に困ってないね」
リンは傷がある顔は確かに人によっては醜い顔はだろうと彼女自身も思う所があるようだが、それを逆手に取って、傷があるからこそ顔を覚えられやすいという利点として受け入れているのだ。
「なんだなんだ、騒がしいな」
「なんかあったのか?」
「『潤いの雫』が無いって言ってたのが聞こえたけど……」
「なんだ、またか」
声を荒げる少女の声を聞きつけて、店の外には野次馬が集まってきた。その原因が『潤いの雫』であると分かると、先日もそれで騒いでいた客が居た事を思い出し、今回もその類の客だろうと、とばっちりを受けないように様子を伺っている。
「顔が醜いのはもう良いですわ。……それよりも、あの貼り紙はどういう事ですのっ!」
少女はリンの顔が醜い事は置いておいて本題に戻る。貼り紙を指差して『潤いの雫』が売り切れだというのはどういう事だとリンに問い詰める。
「そこに書かれている通りの事なので、何卒ご了承を…」
「何故売り切れですの!無いのならば、どうして仕入れないですの!」
「それもそこに書かれている通り、仕入れ先が壊滅的被害を受けて卸せないという連絡を受けているので…」
「そうであっても商品を仕入れるのがあなたの仕事ではないですの!いいから仕入れなさい!!」
(無茶苦茶言ってくれるな……)
少女は『潤いの雫』を求めて雑貨屋にやって来たが、目的の物が売り切れだと知るや声を荒げてリンに怒りをぶつけ出し、貼り紙の内容に文句をつけ始めた。売り切れならば仕入れを行えと言い、それが無理でも仕入れるのが仕事だと無理難題を言って来たのだ。
「何故あなたはこうなる事を予想していなかったですの!職務怠慢にも程がありますわ!」
「職務怠慢って、……流石に想定外の事を全て事前に想定するのは無理なので。商品を仕入れられなくなるのは稀にあるので、何卒ご了承を」
「無理でもそれをするのがあなたの役目ですの!今が無理なら未来に行ってでも仕入れなさい!!」
少女は『潤いの雫』が仕入れられないのはリンが想定外の事を前もって予想して行動していなかった職務怠慢だと言い、更には今が無理なら時間を越えて未来に行って仕入れろと、これまた無理難題を言って来たのだ。
「……時間を移動する魔法は禁術の一つであるので、使ってはならないという法律がありますから、お断りします」
時間を移動する魔法というのはこの世界では禁術の一つとして定められており、使用は法律によって固く禁じられているのだ。魔法が使えるか使えないか以前にそれを行えば重罪になるので、リンは断る旨を伝えた。
……余談になるが、禁術は他にも複数存在しており、その中でも最大の禁術というのが『勇者召喚の儀』だ。
「あなたは何なんですの!?あれもこれも無理ならば、一体何が出来ると言うのですのっ!?」
「オレが今出来る事は、『潤いの雫』以外のメディス製薬の商品を案内するくらい、かな」
「私は『潤いの雫』を求めてきましたの!それ以外の物には興味はありませんわっ!!」
リンは『潤いの雫』以外の物ならば用意が可能で勧めてみたが、少女はそれ以外の物には用は無いと言った。
「いいから早く出しなさい!客の要望に答えられないというのですのっ!?」
「……申し訳ないが、オレの店にはそちらが望む商品は用意出来ませんので、お引き取りを」
「私は出しなさいと言っているのです!出来なくてもしなさいっ!!」
「繰り返しますがお引き取りを。何度言われても仕入れられない物は出せないので」
リンは『潤いの雫』はどうやっても出せないので、少女に対して毅然とした態度で退店を促した。これ以上の問答は時間の無駄になり、これが続けば店の業務に支障が出るからだ。
「……あなた、私の要望を断るとは良い度胸ですわ」
少女は目当ての物が出してもらえないと分かると、急に不敵な笑みを浮かべたのだ。彼女は今から行う事をすれば、必ず自分の要望が通るという確信を持っているからである。
「はい?」
「私の要望を断るというのは、お父様の要望を断ると同様の事をしているのですわ。これだから庶民は……」
少女は呆れた表情で、自分の要望を断る事は父親の要望を断ると同じだと言ったのだ。ここで何故、自分の父親を出してくるのかをあまり理解出来なかったリンは、当然の事ながら質問をした。
「今回の件と父親にどのような関係が?接点も何も無い気がするけど?」
「私の要望はお父様の要望と同じなのですわと先程も申し上げましたの!……この私、セレーネの要望は、ラゼンダ王国の軍の総司令官であるお父様の要望なのですから!」
少女は話の流れからセレーネと名乗り、その次に自分の父親がラゼンダ王国の軍の総司令官である事も告げた。彼女は自分を軍の総司令官の娘である事をリンに明かしたのだ。
「そ、総司令官の娘って本当なのか!?」
「何でこんな所に?」
「これって、やばいんじゃないのか?」
店の外から様子を伺っている野次馬達も慌て始める。総司令官の娘がこの街に来ている事に驚いているが、もしそれが本当ならば先程の発言が現実になる可能性を感じたからだ。
「私にはお父様から軍を動かす権限が限定的ながら与えられていますの。私が指示を出せば、このような店は……いや、この街はすぐに無くなりますわ!」
セレーネは更に言葉を続けていく。総司令官である父親から限定的ながら軍を動かす権限が与えられていると告げ、彼女が一つ指示を出せばこの店はおろか、この街は簡単に消滅させる事も簡単だと告げたのだった。
「さあ、どうなされるおつもりで?あなたが私の要望を聞かなければ、この街は軍によって簡単に無くなりますわよ?」
「…………」
セレーネは軍を動かせる権利をちらつかせて、リンを脅した。『潤いの雫』を仕入れて渡すという、たった一つの要望を断れば街は軍の力によって容易く消滅するだろうとも揺さぶりもかけたのである。
リンはセレーネの口から軍の総司令官の娘だと聞いてから、考えを巡らせているようで一言も発していない。
少しの時間を置いてリンは口を開いた。セレーネからすれば自分の望んだ答えが返ってくると、この時までは思っていた。
「軍の総司令官の娘さんね。……それがどうかしましたか?」
「……ん?」
「総司令官の娘さんってのは分かりましたけど、だからといって出せない物は出せないので、お引き取り下さい」
リンはセレーネの揺さぶりに対して、さほど動揺した素振りも見せず、総司令官の娘と明かされる前と全く同じように退店を促した。総司令官の娘であろうとなかろうと、出せない商品はどうやっても出せないのだ。
そんなリンとは対照的にセレーネは予想に反した答えが返ってきた事に思わず動揺したが、自分の要望を通そうと再び揺さぶりを掛ける。
「あ、あなた、自分が何を言っているのか分かっていますの!?私の要望はお父様の要望だと申し上げましたのを聞いてませんでしたの!?」
「オレはしっかり聞いていたけど、そう言われても出せない物は出せないので、お引き取り下さい」
「ですから!あなたが私の要望を断れば、この街は軍によって跡形も無くなりますのよ!」
「何度も繰り返しますが、出せない物は出せないので、お引き取り下さい」
セレーネは自分の要望を断れば、レクトイの街は軍によって蹂躙されて消滅すると再度リンに脅しを掛けるが、彼女は繰り返し退店を促す。
「……話は変わるけど、軍がこの街を消滅させるっていうのは、天地がひっくり返っても起こらない事だから」
「それを何で言い切れますの?先程も申し上げた通り、私には軍を動かせる権利が……」
「軍は基本的に国民を守る為に動くけど、街を消滅させる為に動く事は無い」
ラゼンダ王国の軍というのは国民を守る為に様々な活動をしているのをリンは知っていて、犯罪組織に所属している事などを除いては、国民に攻撃する事は決してしないのだ。同じように犯罪組織が潜伏している建物などを除いては、建物を攻撃して破壊するといった事も決してしないのだ。
「……あと、総司令官の娘なら、さっきの発言はしない方が良いと思いますけど?」
「な、何を言っていますの?」
「軍の上層部の数人が結託して国民を脅して私腹を肥やしていたけど、それが明るみになって更迭されたのは有名な話だからな。偉い立場だからって犯罪をしても許される訳じゃない。総司令官の娘ならば尚更だ。さっきの発言は、聞きようによっては総司令官が脅しているとも取れるので」
リンはセレーネに対し、総司令官の娘ならば先程の発言は慎むように言う。彼女の発言は総司令官が脅しをしているとも取れるからだ。更に、数名の上層部の軍人が、あろうことか守るべき国民を脅迫して金品を巻き上げるなど私服を肥やしていたのだ。彼らは総司令官に悪事を知られないように周囲に圧力を掛けていたが、ある日それが総司令官の耳に入ると徹底的に調べられて事実が明るみになると更迭されたのだ。それはラゼンダ王国の大多数の国民が知っている事であるのだ。
「ここに潤いの雫が無いのは分かりましたわ。……代わりに、この店のフェアリーをお詫びの品として出しなさい」
セレーネは『潤いを雫』が手に入らないと諦めたように思えたが、稀少種族のフェアリーであるが店の従業員であるのを思い出し、なんとエルムをお詫びの品として差し出すように言ったのだ。それを聞いたリンは久しぶりにある対応をする事に決めた。
「そうですか。……でしたら、出入り禁止の措置を取らせて頂くので、二度と来ないで下さい」
「で、出入り禁止!?この私が!?一体あなたに何の権限があってそうしますの!?」
「オレの店の従業員を物としか見ていない人は、出入り禁止の措置を取らせて頂く事にしているので。貼り紙にも記載しているから」
リンがセレーネにした対応は、自分の雑貨屋を出入り禁止にしたのだ。以前、自分が営む雑貨屋の従業員を物としか見ない者は客として扱わずに退店させ、出入り禁止にする対応を取る事を決めていたが、それを決めた日以降は文面を記載した貼り紙の効果もあって、対応を取る事はつい先程までは一切無かったのだ。
しかし、リンはエルム達を物としか見ない者は必ず自分の目の前に現れると常に考えていて、その一人がセレーネだった。エルム達を守る為にリンは彼女を出入り禁止にした。たとえ総司令官の娘であっても、従業員を物扱いするのは絶対に許せなかったのである。
「こ、この私を、……総司令官の娘であり、ディオネス魔法学院の首席である私を出入り禁止にするとは良い度胸ですわね!」
「オレは当然の対応をしただけですから。総司令官の娘であっても、ディオネス魔法学院の首席であっても全く関係無い」
総司令官の娘であるセレーネは、レクトイの街から離れた王都にあるディオネス魔法学院の首席である事も自らリンに明かしたのだ。そのディオネス魔法学院というのは、在籍する生徒や魔法の技術などが国内ではトップに君臨する学院であり、全国から入学希望が後を絶たない有名な学院である。
「とにかく、あなたに選択の余地を与えますの。潤いの雫を無料で渡すか、フェアリーを譲るか、それとも私と決闘をするか。この三つから一つ選ばせてあげますわ!」
セレーネはリンに三つの選択肢を突きつけた。潤いの雫を仕入れて渡すか、フェアリーであるエルムを渡すか、王立魔法学院の首席である自分と決闘をするかの三つである。
「……まあ、すぐには答えは出ないでしょうから五日後に、この場に答えを聞きに来ますわ。私の慈悲に感謝しなさい」
セレーネはそう言い残すと、雑貨屋から去っていった。それと入れ替わるようにリンの事が心配になった街の住人が入ってくる。
「大丈夫か?総司令官の娘さんがとんでもない事を言ってたようだけど……」
「どうするんだ?何とかして潤いの雫を手に入れないと、エルムちゃんを渡さなきゃなくなるんだぞ?」
「言われなくても分かってる。心配してくれてありがとな」
街の住人が次々に心配を口にする。総司令官の娘がこの店に現れた事に驚いたが、彼らの癒しになっているエルムが街から居なくなってしまう事に不安でたまらないのだ。しかし、リンはエルムを渡す気は微塵も持っておらず、その為の行動を開始する。
「……世間って案外狭いんだな」
セレーネの対応を始めたリンのその呟きは、彼女以外の耳には聞こえなかったのである。
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次の投稿の予定は全く立っていませんが、気長にお待ち下さい。




