悪事の印象は強烈です。
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隊長の口からバウズ商会が今回の騒動の原因とフィテルが話した事を聞いた三人は、先程まで彼女達の頭の隅に置かれていた一つの疑問が解決しようとしていた。
「バウズ商会が原因なら、フィテルがあそこに居たのも頷けるな」
「でも、何で全部喋ったんですか?」
「普通なら話さ……いや、それ以前にこんな騒ぎを起こそうなんて絶対に考えもしないぞ」
「当然でしょう。こんな事をして街が壊滅したら、自分達も多大な被害を受けると分かっている筈です」
街の外に居る魔物はバーサーカーコングという強大な力を持つ魔物であり、それが二体も居る。もし、壁を壊されて街の中に入られた場合には、この街はあっという間に瓦礫の山へと変貌するだろう。その事はフィテルも分かっている筈だと三人は思う。
「まぁ、考えられるのはドルグがフィテルの為にやったんだろうな」
「隊長、バウズ商会の会長が娘の為にこの騒ぎを起こしたのですか?」
『まさしくその通りだ。時間が無いので手短に話すが……』
何故フィテルが隊長に自分達が騒動の原因だと話したのか。悪事をおおっぴらにはせず、限られた協力者のみに話すなど秘密にしなければならないのが普通だろう。……否、その前にこのような事を考えないようにするのが普通だが。
それなのにも関わらず、自分から悪事をばらすような事をしてしまったフィテル。その一連の出来事を、リン達が彼女の事を遠目で見掛けた所まで時間を遡って話さなければならない。
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「私はこの先に用があるんだから通しなさいよ!」
「ここから先は封鎖区域です!早く避難所に行って下さい!」
「だからっ!通しなさいって言ってるでしょ!」
リン達がフィテルの事を遠目で見掛け、近くを通ると難癖つけて着いてくると考えて回り道をしようとしていた時に、彼女は封鎖区域に入らないように見張っている兵士と言い争っていた。
「ここから先は兵士と冒険者、その者達に協力している者のみが入れる事が許されている」
「私は冒険者よ!なら大丈夫でしょ!!」
「冒険者か。ならば、それを証明する物を出してくれ」
「そ、それは無いけど……」
フィテルは自分は冒険者だと言って入ろうとするが、兵士にその証明を出せと求められる。既に冒険者ではない彼女はその証を持っておらず、出す事は不可能だった。
「ん?そういえば……」
「何か知っているのか?」
「あぁ、俺の知り合いが冒険者でな。こいつの事はよく聞かされていたよ」
「だったら、私は通って良いって事よね!」
ここで、一人の兵士がフィテルの顔を見て、彼の知り合いが冒険者であり、彼女の事を聞いていたのを思い出したようだ。
「いや、お前は今は冒険者ではないだろう?少し前に冒険者ギルドで新しい制度が導入された時に、規則に違反する行為をして除名処分を受けたと話していたよ」
「そ、それは本当か?」
「本当だ。他の冒険者やギルドにも聞いて、全員が同じ事を同じように言っていたのを覚えている」
彼は知り合いから聞いた話の真意を確かめる為に、複数の冒険者やギルドの従業員達にも聞いたのだが、全員が同じような事を話していたのを覚えていた。
「……お前は冒険者ではないのだから、ここに立ち入る資格は無い!ただちに立ち去れ!」
「何でよ!?」
「お前は冒険者ではないと何度も言っているだろう!」
兵士は冒険者でなければ封鎖区域には立ち入れないのをフィテルに再び伝えるが、彼女は引き下がらなかった。ここに居る兵士達はフィテルが我が儘な奴だと知っていたが、この場に居ては迷惑千万と言っても過言では無かった。
「私はこれから冒険者になるんだから通っても問題ないわよ!この先に居るバーサーカーコングを私が倒さなきゃ意味が無いじゃないのよ!」
「おいっ!街に迫っている魔物がバーサーカーコングだと、なんでお前が知っているんだ!?」
どうすればフィテルがここから離れるのかと頭を悩ませている兵士達は、彼女の口から聞き捨てならない言葉を耳にする。街にやって来ている魔物がバーサーカーコングだという事は余計な混乱を招かないようにする為に冒険者と兵士しか知らされていない。
冒険者ではないフィテルが何故知っているのか、どこかで情報が漏れていたのを危惧した兵士達だが、それは彼らが全く予想だにしない所からだった。
「……せっかくパパに頼んでバーサーカーコングの子供を街に拐って来て、その子供を連れ戻す為に親が街に来た所を私が倒さなきゃならないのに、邪魔しないでよっ!!」
「「「なっ!?!?」」」
どこからか情報が漏れていたのではなく、父親に頼んでバーサーカーコングを呼んでもらったと一字一句聞き逃さず耳にした兵士達は、驚きのあまり硬直してしまう。
「……それはどういう事だ?」
「どういうも何も、さっき言った通りよ!パパに頼んで、バーサーカーコングが街にやって来るようにしてもらったの!その子供は今は商会に居るわ!私がバーサーカーコングの親を倒せば、私はSランクの冒険者になれるって言ってたの!……で、この事は全部リンがした事にすれば良いってパパが言ってたから、私は悪くないからね!」
「「「……」」」
兵士達は全員唖然とする。ここに居る者達はドルグの事を知っていて、彼の娘であって今自分達の目の前で騒いでいるフィテルを溺愛している事も知っていたのだが、その娘の我が儘の為に、自分達が住んでいる街を壊滅させるような魔物を躊躇なく街に誘導した事を信じられなかったからだ。
しかも、ここには居ないリンに罪を擦り付けるとも発言したのである。そんなフィテルに兵士達は、彼女と親のドルグには今やっている事に対しての罪の意識は皆無だと判断した。
「……隊長、聞いて頂けましたでしょうか?」
『あぁ、全て聞かせてもらったぞ』
一人の兵士がいつの間にか通信魔道具を起動させており、そこから隊長の声が聞こえてくる。先程のフィテルの話を聞いていた彼が出す指示は一つに決まっていた。
『……今回の騒動の首謀者の一人として、そいつを拘束しろ!』
「「「はっ!!」」」
隊長はフィテルを拘束するように指示を出す。ここまで犯行を自供した彼女を逃がす訳にはいかなかったからであった。兵士達はフィテルを取り押さえる。
「なんでっ!?どうして私を捕まえるのよ!?」
「お前が今回の騒動を引き起こしたんだろう!捕まえるのは当然の結果だ!」
「わ、悪いのはリンよ!私は悪くないのっ!!」
「どう考えてもお前が悪いだろうが!!!」
フィテルは拘束から逃れようと動くが、兵士達の力には敵わない。自分が悪いのではなくリンが悪いと言って拘束を解いてもらおうとするが、先程の彼女自身の発言によって、彼らが拘束を解く事はしなかった。
「私は悪くない!!全部リンが悪いのよ!!」
「「「うるさいっ!いい加減にしろっ!!」」」
兵士達に拘束されても尚、自分は悪くなくてリンが悪いと喚いているフィテル。彼女は自身が引き起こした事の重大さに、この時になっても気づいておらず、向き合おうともしなかったのである。
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『……という事があったのだ。彼女は現在拘束中で、父親の方は情報を収集している所だ』
「そ、そうですか……」
「何やってんだよ、本当に……」
「……」
隊長から聞かされた一連の出来事を聞いて、兵士は顔を引きつらせ、リンは頭を抱えて呆れ、エルムに至っては唖然としている。彼らはフィテルとドルグがした事が信じられず、三者三様の反応を示していた。
「そういえば隊長、バウズ商会の会長でしたら先程まで私達の近くに居ました」
『何だとっ!今はどこに居る!?』
「申し訳ありません、少し前に私達の前から居なくなりました」
『逃げられたのか……。おそらくだが、奴は商会に戻ったのかもしれない。大至急向かってくれ!』
「了解しました!」
先程までドルグの姿が自分達の視界にあったのだが、今は居ないと聞いた隊長はバウズ商会に向かうように再び指示を出す。
「待てよ?ドルグはあの場所に居たのはそういう事だったのか」
「えっと……、それってどういう事ですか?」
「オレの推測だけどな、ドルグはこの騒ぎをわざと起こして魔力回復薬を買わざるを得ない状況にして金を巻き上げるって魂胆だよ。……ったく、あこぎな商売しやがって。街がどうなってもいいってか」
リンは通信魔道具から聞こえてきた話から、この騒動は溺愛する娘のフィテルの為にバーサーカーコングを街に誘い出し、魔力回復薬を緊急事態だからという理由でとんでもない高値で冒険者達に売り付けるという彼の自作自演であると推測した。
また、娘のフィテルの願いを叶えつつ自分には莫大な利益が入るのならば街が壊滅しても構わないとドルグならば考えるかもしれないと、リンは推測する。
「尚更急がなくては……、隊長!人員が少ないのは重々承知の上で申し訳ありませんが、そちらに居る先輩達を戻して頂けないでしょうか?隊長からの指示を受けたと言って、そちらに向かっている筈です!」
ここで兵士は隊長に彼の元へ向かった二人の兵士を呼び戻してもらうように進言する。実は見回り班は三人で編成されており、リン達と行動を共にしている彼は入隊してからの歴が短く、同じ班に配属された二人を先輩として慕っているのであった。
緊急事態の鐘が鳴らされてから行動を共にしていた三人だったが、途中でその二人は隊長からの指示で隊長の元に向かわなければならないと言って彼から離れ、兵士は一人で行動しなければならず、無理を承知で避難していた住民に協力を仰ぎ、リンが手を上げて、エルムがそこに着いてきたのであった。
『……何だと?私はそのような指示を出していないぞ』
「ほ、本当ですか!?……先輩達は隊長から指示を受けたと言っていましたが?」
『私は見回り班には三人で行動するようにしか指示は出していない。この状況ではどの班も人手が足りないが、人員が少ない所から引き抜く事はしない』
しかし、隊長はその指示を出していないと答えを返す。緊急事態の状況で割り振れる最大限の人員を各班に分けているのだが、人手が足りなくなったからといって少ない所から人員を動かすような事をしては、その班が機能しなくなるからだ。
『二人がどこに居るのかは気に……、ん?そういえば、さっき私達と言っていたが、今は一体誰と居る?』
「実は……」
隊長は兵士が私達と複数を示す言葉を使っていたので今誰と居るのかを問いただすと、兵士は正直に話し始めた。
先輩達二人が居なくなって一人になり、自分だけでは全てを見回れないと考えたので守るべき街の住人に協力を仰ぎ、リンとエルムの二人が協力してくれる事になった。
そして、封鎖区域の中でドルグを見つけて、彼がしようとしていた悪どい商売をリン達の力で止めた事と、彼女達の協力で尽き掛けていた魔力回復薬を大量に補給出来た事を告げた。
「隊長、指示を仰がずに勝手に判断をしてしまい申し訳ありませんでした!厳罰なら覚悟は出来ています!」
兵士は隊長に厳罰を受ける覚悟はあると伝える。守るべき市民に協力を求め、二人を危険に晒した事は紛れもない事実だったからだ。
『……いや、その判断が戦線を持ち直させた事は分かった。今回ばかりは不問にするが、次は同じような事になったとしても処罰は受けてもらうぞ』
「あ、ありがとうございます!」
しかし隊長は、彼が取った判断によって戦線が持ち直した事が分かっていたので、この件に関しては問わない事に決めたのである。ただし、次に勝手に判断をして事態が好転しても、その時はしっかりと罰を受けてもらうと釘を差す事を忘れなかった。
「では、私達はバウズ商会に向かいます!」
『そちらは任せる!』
兵士はバウズ商会に向かう事を隊長に告げると通信を終えた。
「お待たせしました、急ぎましょう!」
「分かった!」
「分かりましたです!」
三人の目指す場所は街の西側にあるバウズ商会。今居る場所から距離があるので、急いで向かわなければならなかった。
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崩れそうになっていた前線に魔力回復薬が届けられると、前線は持ち直し始めていた。
「魔力回復薬を持って来たぞ!」
「助かる!魔力が無くなっちまったからな!」
魔法を行使し過ぎてしまって魔力が尽きてしまった冒険者達にも届けられ、彼らは飲んで魔力を補給する。
「……って、何でそんな沢山持ってるの!?」
「魔力回復薬が倉庫から無くなったって聞いたし、今はどこの店も開いていない筈だが?」
「あぁ、実はな……」
前線に送られてきた魔力回復薬の数が予想よりも多い事に戸惑う者が居て、その理由を尋ねられた冒険者は魔力回復薬を巡る一連の出来事を全て話したのだった。
「バウズ商会がそんな事を……」
「こんな時に有り得ないだろ?でもな、あいつはこんな時になっても金儲けの事しか考えてない守銭奴なんだよ」
「街がどうなってもいいっていうのかよ!」
それを聞いた者達は口々にバウズ商会に対して不満を漏らす。街に危機が迫っているにも関わらず、協力しないで自分達から金を巻き上げようとしたバウズ商会は、直接関わっていない者達からも最低限の信用すら失ったようだ。
「……おい、これ全部エルムちゃんが居るウィンストがか?」
「あぁ、全部だ。1500本っていう沢山の数を魔法袋から出してたぜ」
「そうか。……お前ら!!エルムちゃんが用意してくれた魔力回復薬があるなら、俺達は負ける事は無いぞっ!!」
「「「「「うおおおぉぉぉぉーー!!!」」」」」
エルムが魔法袋から出した魔力回復薬を受け取った一部の冒険者は雄叫びをあげる。彼らは全員エルムの熱狂的なファンであり、彼女から魔力回復薬を受け取ったのなら、自分達は負けないと思ったからである。
「おい!早くこっちに来て手伝ってくれ!バーサーカーコングが動いちまう!」
「「「「「任せろっ!!」」」」」
一人の冒険者が彼らを落ち着かせ、バーサーカーコングに向かうように促している時だった。
「グォォォォォォォォォーーーッ!!!!!」
今レクトイの街に迫っている二体のバーサーカーコングは、冒険者達が行使した魔法によってとても柔らかくなった地面に自身の重さも相まって足が埋まっており、思うように動けなくなっている。
また、腕も魔法によって生み出された大量の植物の蔦が何重にも絡まっており、自慢の怪力を持ってしても動かなかった。更には身体の至る所に、大砲から放たれた砲弾や火や水や風の魔法による攻撃が当たっている。
強大な力を持っているバーサーカーコングでさえも数の力には勝てず、冒険者達に抑え込まれているが、彼らも街が壊滅しないように必死になっているのだが、二体のバーサーカーコングの方も只やられているばかりではない。
「やばい!引き千切られたぞっ!!」
「もう一回抑えるんだっ!!」
なんと、二体の内の一体のバーサーカーコングが渾身の力を込めて自身の腕に絡み付いている蔦を引き千切ったのだ。子供を助けたい親の思いがバーサーカーコングに力を与えたのである。それを見た冒険者達は驚きながらも再び抑え込もうと動いたのだが、バーサーカーコングの方が早かった。
「グォォォォォーーーッ!!!」
「来るぞっ!全員避けるんだ!!」
バーサーカーコングは固いままの地面を腕で掴み、大きな土塊として持ち上げると冒険者達の方へと放り投げたのだ。
「……う、上にいった?」
「よ、良かった……」
しかし、バーサーカーコングの足下は先述の通りに柔らかくなっており、前に投げようとした時に体勢が崩れて上にすっぽ抜けた。冒険者達は自分達に向かってこなかった事に安堵する。
「おいっ!あれを攻撃するんだ!」
「何でだよ!?別に俺達に来てないから大丈夫だろ!」
バーサーカーコングによって投げられた土塊の行方を見ていた一人の冒険者が、何かに気づいて周囲にそれを攻撃するように声を上げる。自分達に向かっていないから、攻撃しなくても良いのではと考えたからである。
「大丈夫じゃないから言ってるんだ!あのままだと、あれが街の中に入って家とかが押し潰されるぞ!!」
一人の冒険者が気づいた何かとは、投げられた大きな土塊が何もしなければそのままの大きさで街へと入ってしまい、建物が押し潰されてしまうという事だ。もしも、逃げ遅れた人がそれの下敷きになった場合は、それこそ取り返しがつかない。
「ま、まずいっ!撃ち落とせっ!!」
その事に気づいた者達は次々に大砲や魔法で投げられた土塊に攻撃するが、彼らの奮闘も虚しく土塊が街へと落ちてしまったのである。
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レクトイの街の西側に存在するバウズ商会に向かっているリン達三人に、それは確実に忍び寄っていた。
「ん?」
「何で暗くなって……」
三人の周りが急に暗くなった。何故なのかと原因を原因を探す為に周囲を見渡しても何も無かった。
「……上かっ!!エルムっ!!」
「きゃっ!!?」
リンはある事に気づき、咄嗟にエルムを掴むと遠くへ投げ飛ばした。
「リンさん、なんで私を……、っ!?」
エルムは突然自分を投げ飛ばした理由をリンに聞こうとして空中で体勢を整えたのだが、彼女がそのような行動を取った理由を知らされる事になった。
「リンさんっ!!」
エルム達が先程まで居た場所の上に土塊が落ちてきて迫ってきているのである。三人の周囲が暗くなったのは、その土塊が大きい物であったからだ。リンはそれに一番早く気づき、エルムが巻き込まれないように遠くへ投げ飛ばしたのであった。
「早くこちらへっ!」
「分かってるっ!」
リンの側に居る兵士も上から迫る土塊に気づいたようで、彼は下敷きにならない場所まで移動する事が出来たが、リンはエルムを投げ飛ばした事で初動が僅かに遅れてしまったようだ。
「り、リンさんっ!?」
ズゥゥゥゥゥン!!という大きな音と共に土塊が地面へと落ちて、土埃が舞い上がる。自分の危険を省みずにエルムを守ったリンの姿は土塊によって見えなくなった。
「リンさんっ!返事して下さいですっ!!」
エルムは大声でリンの名前を叫ぶ。大きい土塊に押し潰されてしまった彼女の事をエルムは死んでしまったのかと思ったからだ。
「そんなに大声出さなくでも大丈夫だ!……それに、オレは押し潰されてなくても死んでるからな!」
「……あ、そうでしたです」
土埃が消えた場所には、地面に倒れながらも無事であったリンの姿を見たエルムは安堵する。リンが土塊に押し潰されて死んでしまったと思ったエルムだが、押し潰されていなかった。それ以前に彼女は死んでいる事を思い出したので、エルムの心配は杞憂に終わる。
「ご無事ですか!?とにかく、生き埋めにならなくて良かった!」
「いや、オレの場合は埋葬されなくて良かったの方が合ってる気がするんだが……」
「え?あ、あの、今は……」
「悪い悪い。とにかく大丈夫だ、……ん?」
兵士がリンの側に駆け寄る。生き埋めにならずに済んだと安心した彼だが、埋葬されなくて良かったの方が正しいのではと問い掛けられたので、答えに詰まってしまったようである。
確かに既に死んでいるリンには生き埋めではなく埋葬の方が合ってると思うが、今はそれについて考えている時間は無い。その事に気づいたリンは立ち上がろうとするが、右脚が固定されている事にも気づかされる。
「あ、脚が挟まってる……。抜けない」
リンの右脚の膝から下が落ちてきた土塊と地面に挟まれてしまい、彼女は動けなくなってしまったのである。
「んぎぎぎぎ!!」
「あの、引っ張りましょうか?」
「……いや、これは引っ張っても無理だ」
リンは力を込めて挟まれている右脚を引き抜こうとしたが、びくともしない。相当な重さの土塊が彼女の右脚に乗っているようだ。兵士が手伝おうとするが、一人増えたところで脚は抜けないとリンは考えて、それを断る。
「リンさん、私も力を貸すです!」
「オレは大丈夫だから……、エルム!!そこから離れろっ!!」
「え?」
動けなくなったリンを助けようとエルムは彼女の元へ戻ろうとするが、自分に向かって来るエルムに危機が迫っている事を声を大にして知らせる。
「……え?あっ」
エルムは何で離れろと言われたのか疑問に思った時に彼女の周囲が暗くなる。ふと上を見ると、リンを動けなくしている物と同程度の土塊がエルムの頭上へと落ちて来ているのであった。リンはその事に気づいたので、エルムにその場から離れるように叫んだのだ。
しかし、あまりにも突然の事であった為にエルムは土塊が自分に向かって落ちてきている事が分かっても、彼女の身体は動かなかった。
「そうだ!オレの脚を切ってくれ!」
「えっ!?い、いきなり何を!!?」
「いいから切れって!早く!」
リンはエルムを助けようと彼女の元へ駆け寄ろうとするが脚は挟まったままである。そこで近くに居た兵士に、彼が持っている剣で自分の脚を切ってもらおうとしたのだ。
その兵士はというと、守らなければならない市民であるリンの脚を切るのは、痛みを感じない彼女の脚とはいえ抵抗があったので迷いが生じた。
「エルム!そこから離れろっ!!早くっ!」
リンは再びエルムに向けてその場から離れるように叫ぶが、彼女は動けなかった。そして、
「エルムっ!!」
エルムの上に土塊が覆い被さり、彼女の姿は見えなくなったのである。
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次の話も気長に待っていて下さい。




