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信頼は努力の積み重ねです。

時間は掛かりましたが書き終わりました。

============


冒険者達が受け取った魔力回復薬が偽物だと言い出したドルグ。リンは彼の事を何とも哀れに思ったようである。



「オレ達は本物を売ったのに偽物って言われるのは心外だな。……ドルグ、自分の商品が売れないからって言い掛りはやめろよ」

「うるさいっ!こんな状況で安く売るなんて、全部偽物に決まってるだろっ!」

「こんな状況だからこそだよ。オレ達が売ったのは全部が本物だ」

「いいや偽物だ!値段が銀硬貨1枚なんて、偽物以外に考えられるかよ!」

「だからな、本物だって言ってるだろ」



ドルグはリンが出した魔力回復薬は偽物だと言うが、リンは本物だと言い返す。自分は本物の魔力回復薬を売ったのに、偽物だと言われた事に少し苛立った彼女は口調には怒りを滲ませたが、表情には出さなかった。



「どうせお前が仕入れたのは、誰も知らないような底辺の奴だろう?そこから仕入れた物は偽物以外にあり得ないんだよ!」

「底辺の奴ね。……色々仕入れのルートは持ってるけど、今回仕入れたのはメディス製薬って所で、オレはそれ以上の所は知らないな」

「め、メディス製薬だとっ!?」



メディス製薬と聞いて、ドルグは驚きのあまり声を上げるが、驚いているのは周囲も同様であった。



「なぁ、メディス製薬ってこの国では一番有名な所だよな?」

「そうだ。王室御用達の最大手の製薬企業だ。確か、ごく一握りのやり手の商人にしか薬を売らないって聞いてるぜ」

「……ということは、リンはその中に入っているんだな。それなら、これらは全部本物に間違いないな」



メディス製薬とは、ラゼンダ王国の中にいくつか存在している製薬企業の中で最大手の製薬企業である。厳選された素材で様々な薬を生産しており、厳格な品質管理と検査をしている事が国中の人から知られており、王室からのお墨付きを頂いている有名な企業でもある。


しかし、メディス製薬組合は彼らが信頼出来ると認めた商人にしか薬を売らないようにしている。そこから魔力回復薬を仕入れたと言ったリンはその中に入っていると分かると、周囲は彼女が売ったのは紛れもなく本物だと確信したのだった。



「な、何でお前みたいな奴なんかが、メディス製薬と取り引きが出来るんだ?俺は一回もした事が無いのに……」

「それはオレの日々の努力が実った結果だよ。オレも最初から取り引き出来た訳じゃなかったけどな、真面目に商売してきたからこそだ。……ドルグ、お前みたいな客の足元を見る商売しかしてない奴に、絶対に声は掛からねぇんだよ」

「嘘だっ!どうせ賄賂を沢山渡して取り引きしてるんだろう!」

「そんな事をしたら真っ先に牢屋にぶち込まれるぞ?メディス製薬は賄賂とかのそういった類いの物は毛嫌いしてるから、それを持ち掛けた時点で捕まるんだよ」



メディス製薬は信頼を第一にしており、顧客を裏切るような事を絶対にしないと規則を定め、常に内外に監視の目を光らせている。何せ、人の身体の中に入れる商品を販売しているからだ。そこに不正や賄賂を持ち掛けた者は、その時点で牢屋に入れられていたのをリンは耳にしていた。


リンは過去に一度だけメディス製薬に薬を仕入れたいと話を持ち掛けたのだが、彼らから信頼を得ていなかったので門前払いを喰らった。その時の彼女は今回は時期尚早だったと考え、今まで自分がしてきた商売に一層真面目に取り組んでいき、リンの努力が巡り巡てメディス製薬に伝わると、薬を買って頂けませんかと彼らの方から取り引きしたいと、今から一年程前に持ち掛けられたのである。


そんなリンとは反対にドルグはというと、バウズ商会の悪評は既にメディス製薬に伝わっていたので、彼に声が掛かる事は無く、自分は何もしなくてもメディス製薬の方からやって来ると待っていたドルグだったが、彼の元に来る事は無かった。



「メディス製薬を底辺の奴って言い切るお前は、さぞかし有名な所から仕入れたんだよな?それがどこなのかを、オレに教えてくれよ」

「別にどこでもいいだろうが!!」

「どこでもいいって……」



ドルグが持っている魔力回復薬の出所が気になったリンは、それをどこから仕入れたのかドルグに聞くと、彼は答えをはぐらかす。そこに怪しさを覚えたリンだった。



「リン、お前はどうせメディス製薬の名を語った偽者から仕入れたんだろうが!!」

「オレは本当にメディス製薬から仕入れたんだ」

「嘘だ!」

「嘘じゃねぇよ」



リンとドルグの話は水掛け論になる。リンの魔力回復薬が本物でドルグの魔力回復薬が偽物だという決定的な証拠は二人はおろか、ここに居る誰もが持っていなかったのだ。



「……あんた達、ちょっといいか?」



そんな二人の間に割って入る一人の男が現れた。彼は身なりからして冒険者のようである。



「えっと、誰?」

「名乗る程の者ではないよ。……二人に提案があってな、今の俺達は魔力が無くなって魔法が出せない。二人の魔力回復薬を飲んで、魔法が出た方は本物で、出なかった方は偽物っていう方法ならどうかと思ってな」



男が提案したのは、二人が出した魔力回復薬が本物かどうかを見極める為の方法であった。今の冒険者達は魔力が無くなって魔法が出せない状況であるので、本物ならば魔力は回復して魔法が出せるようになるが、反対に偽物ならば魔力は回復せずに魔法は出せないままである。



「……そうか、その方法なら一発で分かるな。考えもつかなかったよ。それじゃあ、やってみてくれ」



リンは男の提案を聞いて、それは単純明快であり魔法が全く使えない彼女には考えつかなかった方法であったので、すぐに受け入れた。リンは男に魔力回復薬を手渡す。



「分かった。その前に、……《ファイアボール》!」



男はリンから魔力回復薬を受け取ると、それを飲む前に杖を持って魔法を唱えるが、魔法は出なかった。



「これで、今俺が魔法が出せないのは分かったな。そして、これを飲めば出せるようになる筈だ」



男は魔力が無いので今は魔法が出せない事を証明すると、リンから受け取った魔力回復薬を飲み干した。



「ん……、この独特の匂いと苦味は魔力回復薬だな。やし、《ファイアボール》!」



男は魔力回復薬を飲んだ後に先程と同じように杖を持って魔法を唱えると、杖の先から炎の玉が現れた。



「魔法が出るようになったぞ!俺が飲んだ魔力回復薬は本物だ!」



男は魔法が出せるようになった事でリン達が出した魔力回復薬が本物であるという事を、身を持って証明したのであった。



「ありがとな。おかげで助かったよ」

「ありがとうございますです」

「別に礼はいらないよ。とにかく、二人が出した魔力回復薬が本物だという証明に貢献出来て良かったよ」



リンとエルムは男に礼を述べると、彼は協力か出来て良かったと二人に伝える。



「これで二人の魔力回復薬は本物って分かったな。……で、あんたのは本物か?」



冒険者達はリンとエルムの二人が用意した魔力回復薬が本物だと分かると、ドルグが用意した魔力回復薬を本物かどうかを確かめようとしていた。



「一本だけでもいいから、それを飲んでいいか?」

「そんな事をしなくても、俺のは全部本物だ!」



冒険者の一人が確かめようとドルグから魔力回復薬を取ろうとするが、彼は何故か拒絶して自分が持って来たのは本物だと言い張る。



「あのな、本物かどうかを調べるだけだぞ?何で協力しようとしないんだよ?」

「だから、そんな事はしなくていい!さっさと俺のを買え!」

「それが本物だったら買うけど、偽物だったら買わないよ」

「本物だって言ってるだろうがっ!!早く買えよ!」



冒険者達はドルグに詰め寄って魔力回復薬を調べようとするが、彼は拒否して自分が持って来た物は本物だと言い張る。



「ドルグ、身の潔白を証明したいなら協力しろよ。そうやってると手元に偽物しかないって言ってるのと同じだぞ?」

「皆さんが飲んで魔法が出れば本物だって分かるのに、どうしてそうしないんですか?」

「黙れっ!俺のは本物だって何度も言ってるだろうがっ!」



リンとエルムの二人からも協力しないのは変だと指摘を受けるドルグだが、彼は同じように本物だと言い張り続けている。リン達だけではなく、周囲の冒険者達も怪しさを覚え始めた。



「よしっ!取ったぞ!」

「おい!勝手に取るな、泥棒だぞっ!」



ドルグの態度に痺れを切らした一人の男が彼に気づかれないように近づくと、隙を見てドルグから魔力回復薬を一本奪い取った。



「今の俺は魔法が出せないんだ。これを飲んで魔法が出たら金を払ってやるよ?」

「そんな事はしなくていい!お前は飲むな!」



ドルグは男に魔力回復薬を飲まないように言うが、彼はお構い無しに瓶の蓋を開け、魔力回復薬を飲もうと口をつける。



「……ん?これ、独特の苦味が無いぞ?それに匂いも全くしないし」

「そ、それは苦味も匂いも無い魔力回復薬だ!早く金を払えよ!」

「それは無理がある。魔力回復薬は確か、その成分によって、どうしても苦味と匂いが残ってしまうって私は聞いたぞ?」



魔力回復薬を飲もうとした男だったが、独特の苦味が感じられず、匂いもしない事にその手を止める。ドルグはそれらが全く無い魔力回復薬だと言うが、魔力回復薬は成分の都合上、どうやっても苦味と匂いが残ってしまうという事を指摘される。



「……少し気になるが、全部飲むか」



苦味も匂いもしない魔力回復薬に怪しさを覚えながらも、魔法が出るかどうかを確かめる為に男はそれを飲み干した。



「よし、《ファイアボール》!……あれ?《ファイアボール》!」



男は魔力が回復したと思い、杖を持って魔法を唱えるが、杖の先からは何も出なかった。



「ふざけるなよお前!俺が持って来たのを飲んだんだから、さっさと魔法を出せよ!」

「やってるけど、全然出ないんだよ!《ファイアボール》!……《ファイアボール》!」



男は魔法を何度も唱えるが一向に出ない。魔力回復薬を飲んだにも関わらず、魔法が出る様子は全く無かった。



「おい!これ偽物だろ!飲んでも魔法が出なかったぞ!」

「偽物じゃない!俺が持って来たのは本物だ!」



魔法が出なかった事でドルグが持って来た魔力回復薬は偽物だという事になったが、彼は認めようとしなかった。はっきりとした証拠が出たのに、ドルグはそれでも本物だと言っている。



「……ドルグ、お前が売ろうとしてるのは魔力回復薬じゃなくて、ただの水だろ?」

「な、何でお前がこれの中身を……、あっ!?」

「おいおい、本当だったのか……」



リンはドルグに魔力回復薬ではなく水を売ろうとしているのではないかと考え、彼に鎌を掛けた。するとドルグは中身を言い当てられた事に驚いて、思わず口を滑らせてしまったようである。彼は慌てて口を手で押さえるが、時既に遅し。



「ただの水だと?……道理で苦味も匂いも無い訳だ!」

「ふざけるなよっ!ただの水を飲んでも魔力は回復する訳ないだろ!」

「私達が今必要なのは魔力回復薬だ!水じゃない!」

「それを馬鹿げた値段で売るなんて……、俺達をなめるんじゃねぇ!!こっちは命掛けで戦ってるんだよ!!」

「バウズ商会には二度と行かないし、どんな事があっても何も買わないぞっ!!」



冒険者達からはドルグに対して一斉に怒号が上がる。この状況で彼らが求めている魔力回復薬ではなく水を売りつけようとし、金を巻き上げる事しか考えていないドルグは、この場に居る冒険者全員を敵に回してしまったのだ。


ただでさえ低かったバウズ商会の信頼が、この時をもって二度と上げられない所まで落ちたのである。



「リン、お前のせいだぞっ!お前が余計な事をしなければ!」

「余計な事?ドルグ、お前が勝手に自爆しただけだろうが」

「違う!お前が魔法を使って、俺が持って来た魔力回復薬の中身を水と入れ換えたんだ!」



ドルグは自分は悪くなくて、リンが魔法を使って自分が持って来た魔力回復薬の中身を水に入れ換えたと言い出したが、この状況では苦し紛れの言い訳にしか聞こえない。



「オレが魔法を使った?それは無理があるな」

「いいや、お前がやったんだ!……お前達、俺の魔力回復薬が水になったのは、こいつが魔法を使って入れ換えたからだ!」



リンが魔法を使ったので水になったと周囲に伝えるドルグだが、それは無理だと彼女は言う。



「あのな、オレは持ってるスキルの効果で魔法が一切使えないんだよ。初級の一つも使えないから、入れ換えるなんて事は不可能だ」

「なっ!?」



リンは【魔法使用不可】というスキルの効果で、普通ならば誰でも使える初級の魔法さえも一切使えないので、ドルグが言った事を行うのは絶対に無理なのだ。



「そういえば、この近くに井戸があった気がするですけど……」

「成る程、そこで水を汲んで入れたのか」



エルムが自分達が今居る場所の近くに井戸があった事を呟くと、リンはそこでドルグが水を汲んだのではと推測する。



「く、くそがっ!!」

「おい待てっ!」



誰がどう見ても自分が不利な状況になっていると理解したドルグはこの場から逃げ出した。冒険者が逃がすまいと制止しようと動くが一足遅く、逃げられてしまった。



「ドルグの事は放っておけよ。それよりも今はやる事があるんじゃないのか?」

「そ、そうだ!バーサーカーコングを追い払わないといけないんだった!!」

「ありがとう!助かったよ!」



そんな冒険者達にリンは本来やるべき事があるのではと投げ掛ける。ドルグを追い掛ける事よりも、バーサーカーコングを追い払う事の方が自分達のやるべき事だとリンに気づかされ、彼らは魔力回復薬を手に取ると戦線へと戻って行く。



「リンさん!魔力回復薬は全部売り切れましたです!」

「分かった!ありがとな、エルム!」



それから少しの時間が経過して、エルムはリンに魔力回復薬が全て無くなった事を報告する。1500本という数があったにも関わらず、街に迫っているバーサーカーコングという強大な魔物に立ち向かう冒険者達が、今も戦線で戦っている仲間の分まで持っていったので、あっという間に無くなったのだった。



「本当に助かりました!あなた達のおかげで、この街は救われます!」

「いや、それほどでもです」

「……」



兵士から褒められた事に照れているエルムとは対称的に、リンはその様子は見られなかった。



「あの、どうかされましたか?」

「……いや、冒険者がさっきバーサーカーコングって言ってただろ?そいつは確か、とんでもなく強い魔物だって事を思い出してな。オレ達がやった事は街に入れないようにするだけで、追い払えないかもしれないと思ってな……」

「えっ?そ、それはつまり?」

「オレ達がやった事では根本的な解決には至らないかもしれない」

「そ、そんな……。じゃあ、どうすればバーサーカーコングを追い払えるのでしょうか?」

「それはオレに聞かれてもな……」



リンは冒険者達がバーサーカーコングと言っていたのを聞いて、以前仕入れた魔物の図鑑の中身を確認していた時にバーサーカーコングが載っていたページを見たのを思い出して、それが強大な力を持つ魔物だと記載されていた事を思い出す。


自分達がした事は街が壊滅するまでの時間を引き伸ばしただけで、何か別の方法を考えなければバーサーカーコングは追い払えないと考えたリンだったが、方法は一つも浮かばなかった。



「ん?」

「これは何の音ですか?」

「この音は、……私の通信魔道具の音です。失礼します」



三人の周囲に一つの音が響き渡り、一体何なのかと正体を探るが、兵士が自分が携帯している通信魔道具の音だと気づいて、それを取り出す。



『見回り班、聞こえるか!?』

「こちら見回り班です!隊長、どうされましたか!?」



兵士が取り出した通信魔道具から聞こえてきたのは、彼の上司である隊長の声であった。



『街の人達の避難はどうなっている!?』

「逃げ遅れた人が数名いましたが、全員を避難所に誘導しましたので、ほぼ完了しています」



兵士は隊長に住民の避難が殆ど完了している事を伝える。見回り班に配属された彼は業務を遂行し、隊長に報告する義務があるからだ。



『分かった。ところで、今は街のどの辺りに居るんだ?』

「はい、私達は今は街の東側に居ます」

『東側か。……人手が足りない所ですまないが、すぐに街の西側にあるバウズ商会に向かってくれ!』



兵士が街の東側に居ると隊長に伝えると、街の西側にあるバウズ商会に今すぐ向かって欲しいと返ってきた。



「な、何故バウズ商会なのですか?」



兵士は思わず隊長に聞き返す。先程までバウズ商会の会長であるドルグが居たのだが、この場に居ない隊長がバウズ商会の事を話題に上げたのを疑問が生じたからである。



『……実は先程、バーサーカーコングが街にやって来た理由などの全てを、バウズ商会の会長の娘が洗いざらい話してな。彼女の話から、バーサーカーコングの子供がバウズ商会の何処かに捕らえられている事が分かったんだ!今回の騒動を引き起こしたのはバウズ商会で、街の外に居るバーサーカーコングはその親だ!子供を返せば、親は街から離れる!』



隊長が語ったのは、人里離れた山奥に居る筈のバーサーカーコングが何故レクトイの街にやって来たのかの理由などを、バウズ商会の会長であるドルグの娘であるフィテルが彼に全部話した事だった。


そして、彼女の話から今回の騒動の原因はバウズ商会であり、その建物の何処かに連れ去られたバーサーカーコングの子供がおり、親が子供を取り返そうと街にやって来た事と、その子供を親に返せば街から離れると推測し、見回り班の兵士に連絡を入れたのであった。


============

分かっていた人は多いかも知れませんが、今回の騒動の原因はバウズ商会です。詳しい理由は次の話をお待ち下さい。

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