一人の力は微量です。
少し短いですが、投稿させていただきます。
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緊急事態を知らせる鐘の音が鳴り響くレクトイの街。そこには強大な力を持つバーサーカーコングが二体、街に向かって来ている。その理由は不明だが、このまま何もしなければ街を覆う壁は簡単に破壊され、最悪の場合は街が壊滅してしまうだろう。
そんな最悪の状況を招かない為にも、街に在中している兵士達や冒険者達が力を結集させ、二体のバーサーカーコングを撃退する共同作戦が行われようとしていた。
「準備を急げっ!」
「そんなに時間は無いぞ!」
街の東側の壁の外には大砲が等間隔で並べられ、その全ての砲口はバーサーカーコングが来ている方角に向けられている。
「弾をもっと持ってきてくれ!」
「分かりました!」
「こっちにも頼む!」
「今行く!」
大砲の弾を大砲の近くに運ぶ冒険者達の姿があった。彼らは低いランクの冒険者であり、前線には行かせて貰えないのだが後方支援といった事ぐらいは出来る。
「一列に並べ!バーサーカーコングに魔法の波状攻撃を喰らわせるぞ!!」
「「「「「うおおおぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」
魔法を行使して攻撃する者達は並び、バーサーカーコングの姿が見えるのを今か今かと待っている。
………そして、その時はやって来た。
「バーサーカーコングが見えたぞぉっ!!」
「こちらも視認出来ました!!」
「全員構えろっ!!」
徐々に大きくなっていく地響きと共に、バーサーカーコングの巨体が迎撃に当たる全ての人の目に入った。
「……で、でかい!!」
「あんな大きさの魔物は初めて見た!」
遠くから見ても灰色の山と見間違える程の灰色の毛に覆われた巨体に、それを支える四肢は数百年立ち続けている大木よりも太い。徐々に大きくなる地響きと共に、バーサーカーコングは確実に街へと近づいている事が誰にでも伝わってくる。更に、街に迫っているバーサーカーコングは二体なのだが、恐怖といった事は倍以上に感じている者が多い。
「今すぐ攻撃しますか?」
「まだだ!射程距離まで近づくのを待て!」
ただ、まだ大砲や魔法での攻撃が届かない距離である為に、今攻撃しても砲弾や魔力を無駄に消費してしまうのは明白だ。出来る限り街に近づけないようにしつつも、射程範囲に入るまで待たなければならないジレンマを抱えながら、彼らは二体のバーサーカーコングに戦いを挑む。
「射程距離に入りましたっ!」
「よし、攻撃開始ぃぃぃっ!!」
号令と共に大砲から砲弾が放たれ、様々な属性の魔法による攻撃がバーサーカーコングに向かって行く。戦いの火蓋は切って落とされたのであった。
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冒険者達と兵士達がバーサーカーコングと戦っている一方で、戦う力を持たない一般庶民は避難所に集まっており、全員とは言わないが誰もが不安に押し潰されそうになっていた。
「お母さん、怖いよぉ!」
「大丈夫よ、ここに居れば安全だから」
「食料はこっちにあるぞ」
「皆に行き渡るように配ってるから焦らなくていいぜ」
「こっちに薬持ってきて!ここに怪我してる人が居る!」
「今行きます!」
不安で怖がっている子供を慰める親に食料を配るのを手伝う者に避難の際に怪我した人を治療を施す者など、避難所には様々な人が避難していた。その中には当然、レクトイの街の住人であるリンとエルムの二人も居た。彼女達は店に戻った後、エルムの魔法袋に可能な限り入れられるだけの商品と帳簿と金銭を詰めて、避難所に避難してきたのである。
「リンさん、私こんな事初めてです」
「まあ、緊急事態にはオレは慣れてないけど、この避難所の中に居れば大丈夫だ」
緊急事態という初めての事に不安になっているエルムを安心させる為に、リンは頭を撫でながら声を掛ける。彼女自身、緊急事態には全く慣れてはいないが、少しでも不安を和らげる為に出来る限り励まそうとしていたのだ。
「……とにかく、兵士と冒険者達を信じて待つしかないな」
「わ、分かりましたです」
今はおとなしくしていようと決めたリンであった。
「避難中に大変申し訳ありません!私に力を貸して下さいっ!」
そんな時に避難所の出入口の扉が開かれ、一人の兵士が姿を現すと避難所に居る人達に協力を要請する。
「逃げ遅れた人が居ないか捜索をしなければならないのですが、魔物が強力なのでその人員が割けません!大変心苦しいのですが、御協力願えませんでしょうか!」
兵士は逃げ遅れた人が居ないか探す為に回ろうとしていたが、バーサーカーコングという強力な魔物の対応の為に、戦闘をしない人員を最低限にせざるをえない状況なので、本当なら数人で行う筈の捜索を一人で行わなければならなくなったのだ。
兵士は本来なら守るべき市民に協力を仰ぐ事はしてはならないのだが、この緊急事態に逃げ遅れた人が居てはならないと悩みながらも決めたのである。
「……分かった。オレが行く」
兵士の話に皆がどうしようか悩んでいると、リンが名乗りを上げる。話を聞いていて、自分に出来るのはそれくらいの事だと考えた彼女は、
「ほ、本当によろしいのですか?」
「オレの事は心配しないでくれ。怪我とか気にしなくていいから」
「リンさん、あの……、私も一緒に行っていいですか?」
「……あ」
ここでリンはエルムの事を考えていなかった事に気づく。リンはエルムを一緒に連れて行くか、それとも避難所に残すかの選択を迫られる。
(……エルムの側に居てやらないといけないけど、危ない目には会わせたくないな)
一緒に連れて行くとなるとエルムに被害が及ぶ場合があり、避難所に残して捜索をするべきだと結論を出そうとする。
(……いや、待てよ?避難所にエルムを一人にすると、この隙を狙って人攫いがエルムを連れ去る場合もあるな)
だが、エルムを避難所に一人にすると、人混みに紛れ込んでいるかもしれない人攫いが彼女を連れ去る可能性もあるとリンは考え、結論を出すのを一旦止める。
「……エルム、危ないかもしれないけど、オレと一緒に来てくれるか?」
「分かりましたです」
「でも、出来るだけオレから離れないでくれよ?近くに居ないと守れないからな」
「はいです」
リンはエルムを同行させる事を選択したようである。エルムを一人で避難所に残すよりかは、行動を共にした方が彼女を守れると判断したのだ。エルムはリンの右肩に乗る。
「一人じゃなくて二人だけど、大丈夫か?」
「いえ、今は人手が足りないので御協力感謝します!」
「どういたしましてです」
兵士に同行するのはリンとエルムの二人になった。彼も一人より三人の方が捜索しやすくなると思い、二人に礼を述べる。
「私に同行するにあたって、自衛の為にこの短剣をお持ち下さい」
「それはいらない。自衛の為の武器なら持っているから」
「え?ですが……」
兵士は丸腰で同行させる訳にはいかないと、自衛の為にと一つの短剣を取り出してリンに渡そうとするが、彼女は既に武器を持っているからと、その申し出を断る。兵士は手元に武器が無いのに持っていると発言したリンを不思議そうに見る。
「ん?……あ、その武器なら今ここに出すから」
その視線に気づいたリンは、詳しく説明するより実際に見せた方が分かりやすいと右の手の平を上に向ける。すると、リンの右手に一本の黒い槍が出現する。どこかから投げられた様子は無く、突然と黒い槍が姿を現したのだ。
「ど、どこからそれが!?」
「オレも詳しくは分からないけど、手元に来いって思うと幾らこれと離れてても手元に来てくれる武器なんだ」
リンの手元に現れた黒い槍は、不思議な性能を持つ世界に二つとない武器である。以前にリンが持った状態で槍を突き刺すと対象を死に至らしめる性能があると記載したが、その他にも様々な力が秘められているのだ。
その一つというのが先程の現象である。たとえ国を一つ隔てている距離であろうとも、リンが念じればどこからともなく彼女の手元に現れる能力があるのだ。盗まれたり隠されたりしても念じるだけでリンの手元に戻ってくるので、咄嗟の時に重宝しているのだ。
リンは避難所に向かう時に武器を持っていく必要は無いと店に置いてきたのだが、自衛の為の武器を持つように言われたので、彼女は手元に現れるように念じたのであった。
「これでいいよな?」
「は、はい!……で、では、これはあなたが持って下さい」
「あの、それは私には大き過ぎて無理です」
「そ、そうですか……」
リンが槍を持ったのを見た兵士は手に持った短剣をエルムに渡そうとするが、エルムはそれを断る。人には片手で簡単に持てる物でも、身体が小さい彼女には両手で抱える事でやっと持てる物が多いのが現状である。人にとっては短剣でも、エルムが持つと大剣になってしまうのだ。
「で、では、すぐに行きましょう!時間はありません!」
「分かった」
「分かりましたです」
兵士は短剣をしまうと、気を取り直してリンとエルムに呼び掛けると二人と共に避難所から出ていった。
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リン達三人は逃げ遅れた人が居ないか探す為に、緊急事態の鐘の音が鳴り続いているレクトイの街を忙しなく動き回っている。
「このまま進めば避難所ですので、落ち着いて移動して下さい」
「はい、ありがとうございます」
「荷物はここまでで大丈夫か?」
「ここからは一人で持てます。本当に助かりました!」
リン達は逃げ遅れた人を見つけると避難所まで案内したり、一人での移動が難しい人は背負って避難所まで運んだり、荷物を手分けして持ったりなどの手助けをしている。今も一人の女性を逃げ遅れた人を避難所までの案内を終えた所であった。女性は三人に礼を述べると避難所に入っていった。
「……あなた達には本当に感謝します。私一人だけでは、こうも上手くはいきません」
「礼は後でいいから、早く次行かないといけないんじゃないのか?」
「そうでしたね。次に行きましょう!」
「分かった!」
三人はしらみ潰しに街を走り回り、逃げ遅れた人が居ないかを探している。どこに誰が何人居るかも分からない状況であるので、その人達を見つけ次第、避難所に誘導しているのだ。
「リンさん、……私はこのままでいいんですか?」
「ああ、エルムはオレから離れないでくれ。このまま肩に乗ったままでいいから」
「分かりましたです」
エルムはリンの右肩に座りながら一緒に街を回っている。エルムは肩に乗っているだけで何もしていないように思えるが、彼女なりに逃げ遅れた人達を励ましたりするなどと出来る限りの事をしていた。
「次は危険ですが、街の東側に行きましょう」
「街の東側って今は封鎖してるんじゃなかったのか?」
「はい。魔物は街の東から迫っているので、安全の為に街の東側一帯は封鎖していますが、そこに逃げ遅れた人が居るかもしれません。今は立ち入り禁止ですが、私が居ればお二人も中に入れます」
「それじゃあよろしく」
「よろしくお願いしますです」
三人の次の行き先は街の東側に決まったようだ。そこで逃げ遅れた人が居ないか探す事になったのだが、現在は緊急事態が出されているので、そこら一帯は兵士と冒険者以外は立ち入り禁止になっている。通常ならリンとエルムは入れないのだが、兵士に同行しているので二人はそこに入る事が可能になった。
「このまま進めば見張りをしている私の仲間に会いますが、彼らには私が話をつけます」
三人は立ち入り禁止区域に入らないように見張っている兵士が居る場所を通って街の東側に入るようだ。このまま三人は封鎖されている街の東側に問題無く入れると思われた。
「ん?……ちょっと待ったっ!!」
「わあっ!?」
しかし、三人が向かっている先に何かを見つけたリンは急に止まる。エルムは慣性の影響でリンの肩から落ちそうになるが、なんとか踏ん張って落ちずに済んだ。
「どうかしましたか!?」
「いや、……あれ」
何故急に止まったのか気になった兵士に、リンは視線の先に見つけた何かに対して指を差す。
「……この先に何でかは分からないけど、フィテルが居るんだよ」
リンが指を差した先には、フィテルが封鎖している一帯に入らないように見張っている兵士と言い争っているのだ。その内容というは遠いので全く聞こえないのだが、フィテルが封鎖している一帯に入ろうとしているのは、誰が見ても明らかだろう。
フィテルの今の行動は遠目から見ても全く意味が分からなかった。最近になって冒険者の資格を剥奪された彼女は冒険者ではないし兵士でもないので、立ち入る事は出来ない。それなのにどうして立ち入ろうとしているのかが、全くもって見当もつかなかったのである。
「このまま進んでフィテルに絡まれるのは嫌だな。……フィテルの横を通ったら絶対に絡まれる」
「あの、そこは無視して通れば良いのでは?」
「いや、難癖つけて後を着いてくるだろうから、今ならこっちに気づいていないようだし、回り道して他の所から行こう」
「分かりました。……でしたら、こちらへ」
リンはフィテルの横を通ろうとすると彼女は絶対に自分に絡んでくると、これまでの経験から結論を出した。只でさえ緊急事態で大変な状況なのに、フィテルに絡まれた場合には更に拗れて大変な状況になると考えたからである。
三人は少し遠回りになるが、今進んでいる道から外れて別の道から封鎖している一帯に向かって行った。
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