過ぎたるは及ばざるが如しです。
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ドルグが会長を勤めている商会は『バウズ商会』と呼ばれ、レクトイの街は勿論の事、他の街でも有名な商会として知られている。様々な商品を幅広く取り扱っており、品物の数はというと、この商会に行けば生活に必要な物が全て揃えられると噂されている。その為に商会の売上高は、一時期はラゼンダ王国の中で一番の売上を誇っていたのであった。
……だが、何が起こるか分からないのが世の理。それは商売の世界であっても例外ではない。栄華を誇っていたバウズ商会にも陰りが見えてきたのである。
「会長!どうして私達の今月分の給料の支払いがないんですか!?」
「何だようるせえな、……こっちは忙しいんだよ」
ここはバウズ商会の会長であるドルグの部屋である。ドルグは椅子にふんぞりかえって座っており、机を挟んで反対側には彼の部下である商会の従業員が数人並んでいて、彼に給料が支払いが無いのは一体どういう事だと訴えていた。
「今月分だけではないんです!先月も先々月の分も支払われてないんですよ!?」
「私達にも生活があるんです!これが続けば安いパンの一つも買えなくなってしまいます!!」
「家族が腹を空かせて待っているんでぐへぇぇ!!!」
彼らは口々にドルグに給料の支払いが先月分も先々月分も無い事や訴えているが、彼は席を立つと話の途中で従業員の一人を殴りつけた。
「な、何をするんですかっ!?」
「お前らうるせえんだよ!今月の給料が払えないのは売上が落ちてるからだよっ!!何か文句あるかっ!」
ドルグは何故か開き直り、今月の給料の支払いが無いのは商会の売上が落ちている事を認め、それにより給料の支払いが停まっていると従業員達に告げる。
「……ですが、先月も先々月も給料があぁぁ!!?」
先月も先々月も支払いが無い事を呟いた従業員に対して、ドルグは先程よりも力を込めて彼の顔を殴りつけた。
「商会の売上が落ちているのはお前らの努力が足りないからだろうが!!もっと気合入れろっ!!もっと利益を出せよっ!!」
「会長、それには限界があります!今よりも商品原価を下げるのは実質不可能です!!」
「俺に口答えするなっ!!利益を出さなきゃ価値は無いんだよ!!どんな手も使っていいから原価を下げて利益を出せっ!!!」
バウズ商会の売上が落ちている理由とは、客足が遠のいているのが理由であるのだが、その大元の原因というのはバウズ商会の経営方針による物から来ていた。それは、利益を何よりも第一にするという方針で、一見すると特にありきたりな経営方針なのだが、バウズ商会では度が過ぎているのだ。
利益を出さなければ商売は成り立たないのだが、この商会では度が過ぎている方針によって、利用する客にとっては高すぎる値が付いている。最初はその値に見合った高い品質だったのだが、値はそのままで品質は徐々に劣悪になっていった。商品の原価を下げれば下げる程、利益が出ると知っているドルグは原価を極限まで下げるように商会の内外問わず圧力を掛けているのだ。
確かに原価を下げれば、その分だけ利益が出るのだが、だからといって商品の質を悪くすれば売れなくなる。そんな物を高い金を払ってまで買いたいと思う者は居ない。品質の悪さが評判の悪さを呼び、バウズ商会の商品の質は値段が高いのに最悪だという噂が流れ、自然と客足が減っていったのが売上が落ちている理由の一つである。
理由は他にも存在している。商品を仕入れたり武器などの製作を依頼する際には、難癖をつけて代金を支払わないようにするなど命令を部下にしているのだ。雇っている傭兵の名を出して脅したり、悪評をばら撒くなどしているのだ。自分の商会の利益の為なら方法は問わない彼は、利益を出さない商品などには価値は無いと思っているからである。
「……お前らよ、俺に文句を言う前に販売ノルマを達成してからにしろよ?お前ら全員達成して無いんだよ。手元に金が無いんなら借金してでもノルマを埋めろ!!」
「これ以上は借りれませんよ!それに、備品だって自腹で購入していますから手元にはもうお金は残ってません!」
商会の従業員に対しては販売に厳しいノルマを設定し、それが達成出来ない従業員は罰として不足分を自腹で購入するように指示を出しており、借金をしてでも購入しろとまで言っているのだ。また、商会の経費削減の名目で従業員が日々働くのに必要な備品であっても、商会で取り扱っている物を自腹で購入するようにも指示を出している。
「手元に金が残ってなくても買え!利益を出せない物には価値は無いと何度も言わせるな!!給料を没収されたくなかったら利益を出せよっ!!」
「そんな無茶苦茶な……」
「嫌なら辞めろ!その代わり、今まで払った給料を全部返せ!!銅硬貨一枚でも足りなかったら、裁判に掛けてやるからな!!」
利益を出す事を最優先にしているドルグは、予想通りの利益が出ていないと分かると、商会で働いている従業員達を責め、彼らに支払う筈の給料の全額を罰金として没収し、それで利益を補填する事を何度もしているのだ。これには従業員達も自分達の生活があるので流石に抗議をしていたのだが、商会で絶対的権限を持っているドルグには勝てず、全ての従業員がこの横暴を黙認している。
ドルグの利益を最優先にする方針に着いていけずに商会を辞めようとする者が居れば、彼はその者に対して今まで支払った給料を全て返金しろという脅しを掛け、出来なければ横領や窃盗などのある事無い事で裁判に持ち込むという脅しも掛けているのだ。実際に裁判を掛けられて冤罪でありながらも罪を被せられた者が何人もおり、その為に商会の従業員達は辞めたくても辞められずにいる。
雀の涙程の金額しか支給されない給料から、高価な備品や商品を経費削減の為に自腹で購入しなければならず、働けど働けど手元には借金だけが増える一方であり、自分にドルグの怒りが来ないように彼らは心身を擦り減らして働いている。
「パパっ!」
そして、彼らの頭を最大級に悩ませる存在がドルグの娘であるフィテルだ。溺愛するドルグによって我が儘に育った彼女は従業員達を見下し、自分の小間使いのように扱っているのだ。
この街から離れた街の人気の菓子店の数量限定の焼き菓子を買い占めて届けろ、ある山の奥だけに湧き出る水やその周辺でしか採取出来ない花で作られた高級な化粧品を買ってこいなど、彼女の欲しい物などを用意するのも商会の従業員の仕事として決まっている。
しかも、その時に掛かる購入費や交通費などの費用は全て従業員の負担で行い、ドルグとフィテルは一切金を出さないのだ。フィテルが一人で買い物に行く時はドルグは金を惜しまず出すのだが、商会の従業員だけで行く時には無駄金だと決めつけて絶対に出さない。仕事中や休みの日でも関係無く呼ばれ、二人の言う事を聞かなければ自分の立場が危うくなるので細心の注意を払っている。
「フィテル、一体どうしたんだ?何か嫌な事があったならパパに言ってごらん?」
先程までの怒気が嘘のように鳴りを潜め、娘に優しく語り掛けるドルグ。目に入れても痛くない自分の娘には、バウズ商会の従業員とは対称的にとんでもなく甘く接している。溺愛している娘だからこそ何でもしてあげたいと彼は本能的に行動しているのだ。
「私ね、冒険者ギルドを辞めてきたの!私をSランクの冒険者にしないギルドはこっちから辞めてあげたわ!」
「そうかそうか。すごく強いフィテルをきちんと評価しないギルドなんか辞めて正解だ!」
正確にはギルドから除名処分を受けて追放されたフィテルだが、自分から辞めた事にしていた。
「それでね、あいつらを見返したいと思って良い事思いついたの!聞いてくれる?」
「なんだ?フィテルの頼みなら、パパは何でもするぞ?」
自分の愛娘が望む事なら大金を使ってでも叶えてやろうと意気込むドルグ。そんな余裕があるのなら、落ちている商会の売上を元に戻す為に奔走したり、最近滞り始めている従業員の給料をきちんと支払った方が何十倍も良いのだが、今の彼の頭の中には商会の危機的な状況を改善する事よりも娘の望みを叶える事が最優先事項になっていた。
「それはね────」
フィテルの口から望みか語られる。内容は長いので割愛するが、一つだけ言えるとすれば常軌を逸した物だった。
「────っと、こんな所よ。パパはどう思う?」
内容はを聞いた従業員達には戦慄が走る。こんな事を本当にすれば最悪の場合、自分達はこの街に居られなくなると簡単に予想出来たからだが、この場に居合わせた彼らにフィテルを止めるという選択が出来なかった。
「それなら大丈夫だ!パパに任せなさい!」
「本当!?ありがとう、パパ!!」
「……お前ら、何ぼさっと突っ立ってるんだよっ!!さっさと動けっ!!」
ドルグは商会の従業員達に命令し、彼らはフィテルの望みを叶える為に嫌々ながらも動き始めた。
後に彼らは勇気を振り絞って二人を制したり、この事を街の住人に伝えたりするなどの行動を起こせば良かったと後悔したのだが、一番後悔したのはドルグとフィテルの二人だという事は誰も知る術は無かった。
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バウズ商会の一室に一つのソファがあり、そこには今スキンヘッドの男が身を投げ出して座っている。その男の前にドルグとフィテルが現れた。
「ドルグの旦那、何か俺に用か?」
彼は商会に雇われている傭兵のゲンダという名の男であり、何とも気だるそうな声でドルグに尋ねる。この男は腕利きの傭兵であって、金さえ払って貰えば大抵の事はこなすので、ドルグから信頼されている。
「ゲンダ、お前に仕事だ」
「しっかり聞きなさいよね」
「仕事か。……それはいいけどよ、金は払ってくれるんだよな?今月分と二ヶ月の滞ってる分も、今すぐここで揃えて払ってくれないと俺は動かねえからな」
ドルグの命令を受けた傭兵のゲンダは動く様子は無い。仕事だと雇い主のドルグに言われているが、そう簡単には動かない理由が彼の中に存在していた。
バウズ商会の用心棒としてドルグに雇われており、毎月の契約料としての金銭を対価に商会を守ったり、ドルグの命令を受けて人を追い出すなどの様々な仕事をしているゲンダ。雇われた当初は毎月払われていた契約料だが、徐々に支払いの遅れが目立ち始め、最近は全く支払われていない。今月分も合わせて三ヶ月分の支払いが無いのなら自分は動かないと、彼はドルグに伝える。
「金は無いんだよ。もう少し待てと何度も言っているだろう!」
「そう何度も待てるかよ。俺は傭兵なのは旦那も知ってるだろ?傭兵はな、金が無い奴の言う事は聞かないんだよ」
傭兵は金をきちんと払えば大抵の場合は依頼を受けるのだが、裏を返せば銅硬貨一枚でも依頼料を払わなければ傭兵は動かない。傭兵の世界は金が物を言う世界。月々の契約料さえもきちんと支払っていないドルグに、傭兵のゲンダを動かす権利は無い。
「金は今は無い。後で必ず払うって言ってるだろ!!いいから動けっ!!」
「後で必ず払うって、一体何度目だ?少なくとも五回くらいは聞いてる気がするのは俺だけか?俺を雇ってくれるのはありがたいけどよ、払うべき物はしっかり払ってくれや。……それと金が無いって口癖みたく言ってるけどよ、商会の従業員でも無い娘さんに大金を毎月渡してるそうじゃねえか?」
「フィテルは関係無いだろう!自分の娘に小遣いを渡して何が悪い!!」
「そうよ!!パパからお小遣い貰って何が悪いのよ!?」
「それは悪くは無いけどよ、商会の金から出すのは流石におかしいだろ?働いているなら給料として払うなら分かるが、そうじゃないなら旦那の給料から出せよ。それなら俺も文句は言わねえよ」
「商会の金は俺の金だ!俺だけが使い道を決める権利があるんだ!文句があるなら契約料は払わんぞ!」
「いいからパパの言う事を聞きなさいよっ!!」
ドルグがフィテルに小遣いとして渡している金額は、ゲンダの月々の契約料の数倍の金額であり、それを商会の運転資金などから出し、商会の経費として処理しているのだ。従業員の給料や仕入れた商品の代金の支払いなどは、払わなかったり出し渋ったりしているのに、彼はこれだけは必ず毎月一定の金額をフィテルに渡しているのだ。
しかも、フィテルは商会の従業員として働いている事実は無い。商会の従業員ではない彼女に対して商会の金から小遣いを渡すのはおかしいとゲンダは指摘する。自分の娘に甘いと言っても、流石にやり過ぎであると誰もが口を揃えて言うだろう。
また、バウズ商会の現状は幾つもの銀行や何人もの投資家から融資を打ち切られようとしている。金を貸したり投資しても、その金は戻ってこない事が明らかなのだからだ。バウズ商会の財政は常に火の車であるにも関わらず、それでもドルグはフィテルが望んだら商会の金から小遣いを渡しているのだ。
ゲンダの指摘に対して、ドルグは商会の権限は自分だけが持っていて、商会の金をどう使おうが自分の勝手だと言い、意見をするなら契約料は払わないとまで言い出した。
「そうかよ。……俺はここまでだな」
契約料を払わないと聞いたゲンダは座っているソファから立ち上がると、ドルグの横を通り過ぎて部屋から出ていこうとする。
「おい!どこに行くつもりだ!お前にこれから仕事だと言っただろっ!!」
「金払わないんだろ?三ヶ月分の支払いが無くて、それを支払う様子が無い場合は契約を打ち切るって約束だから、俺と旦那との契約は今ここで終わりだ。……金の切れ目が縁の切れ目だぜ?」
「金は後で払うと言っているだろ!!さっさと言う事を聞けっ!!」
「後じゃなくて今ここで払ってくれよ。そうじゃなきゃ俺は動かないぞ」
「待ちなさいよっ!パパは後で払うって言ってるでしょ!!」
「ゲンダ……、お前がこんなに金にがめつい奴だったとはな。傭兵の風上にもおけん奴だ」
「金にがめついって言葉、そっくりそのまま旦那に返すぜ。じゃあな」
部屋を出ていこうとするゲンダを、ドルグとフィテルは止めようとしていたが、金を払う気が無い事が分かっていたので彼は止まらず、自分と商会との契約は今ここで終了とし、商会から去っていった。
「くそがっ!!」
「どうするのよパパっ!あいつが居ないと無理なんじゃないの!?」
腕利きの傭兵であるゲンダが去っていった事にフィテルは自分の望みが叶えられなくなると焦る。彼女は傭兵のゲンダの力を使ってドルグが自分の望みを叶えてくれると考えていたからであり、その彼が居なくなれば叶わないとまで考えていたからである。そんな彼女を心配させまいとドルグは次の方法を模索する。
「……大丈夫だよフィテル。あいつのような金にがめつい傭兵は駄目だ。他の傭兵に頼めば問題無い」
「そうよね!あんな金に汚い奴なんか傭兵として終わってるわ!」
傭兵はなにもゲンダだけではない。他にも傭兵は存在しているので、彼以外の傭兵に依頼をすれば良いだけだと考えたドルグは傭兵が集まっている酒場に移動した。
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ドルグはフィテルの望みを叶える為に傭兵が集まる酒場にやって来た。そして、自分の依頼を受けてくれる傭兵を探していたのだが、彼の思い通りに物事は動かない。
「ふざけるなっ!!どうして俺の依頼を受けないんだよっ!!?お前達は傭兵だろうがっ!!」
「理由は簡単だよ。あんたの事はゲンダからよーく聞いてるぜ。仕事を寄越してくる割りには金を払わない奴だってな。……悪いが、金を払わないなら俺は仕事は受けないぜ」
「私もだ。支払う金が今手元に無いのなら、ここには来ないでくれ。せっかくの美味い酒が不味くなる」
ドルグは男女二人の傭兵に仕事を依頼したのだが、彼らは揃ってドルグからの依頼を断る。この二人は別々に依頼を受けている傭兵であり、情報交換の為に酒場に来ていた。酒を飲みながら互いに情報を交換していた二人だったが、ドルグに話し掛けられて依頼されたのだが、二人は間髪入れず断ったのだ。
二人はドルグについて同じ傭兵であるゲンダから聞いており、仕事を依頼してくるのに金を払わない厄介な依頼人だと、彼に会うたびに愚痴を聞かされていた。ゲンダは他の傭兵から一目置かれている存在であり、その愚痴からドルグの評判は広まっていて彼らを含め傭兵達の間では、既にドルグは要注意人物として扱われているのだ。
「金は今は無いんだよ!後で払うから依頼を受けろっ!!」
「……それを言うって事は、あんたは払う気は無いって事だな」
「金は後で払うって言ってるだろっ!いいから受けろよっ!!」
「後じゃなくて今払わなければ私も受けない。あいにくだが、他の傭兵達も同じ考えだ。金が無いなら傭兵に依頼を出さないでほしい」
「ふざけんなっ!!どいつもこいつも金払えって、うるさいんだよっ!!俺のおかげで便利な暮らしが出来るんだから、少しは俺に恩返しをしようと思わねえのか!?」
金は後で払うと何度も言うドルグに対して、男女二人の傭兵は金を今払わなければ受けないと繰り返し断る。同じ返答しかしない二人にドルグは憤慨して、自分の商会のおかげで便利な暮らしが出来ている事を出して、二人は自分に恩返しをするべきだと言い放つ。
「恩返し?あんたの商会は、ろくでもない品質の物しか扱ってないだろ?俺はあんたに恩なんてこれっぽっちも無いね」
「品質が悪いのに値段が高いからぼったくりにも程がある。私達はともかく、同じ傭兵もそれ以外の人達も恩は感じてはいないだろう」
バウズ商会の悪評は傭兵達の間でも広まっているようで、この二人はおろか、他の傭兵達もドルグに恩を返そうなんて思う者は誰も居ない。そんな彼らにドルグは我慢の限界が来た。
「もういいっ!お前らみたいな金にがめつい傭兵には金輪際頼まないからなっ!!」
自分の依頼を受けようとしない傭兵達を見て、ドルグは今後どんな事があっても傭兵には依頼しないと決め、傭兵が集まる酒場から出ていった。
「……何だったんだ、あいつ?」
「あんな依頼主に雇われているなんて、ゲンダも災難な奴だな」
男女二人の傭兵は、ゲンダがドルグのような雇い主の元で働いている事に少し同情の念が生まれたようだ。
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数日後、ドルグの姿はバウズ商会の自分の部屋にあった。そして今は、机や棚を力の限り殴ったり蹴ったりしている。……所謂、八つ当たりだ。
「くそっ!!どいつもこいつも金金金っ!!!傭兵は金にがめつい奴しか居ないのかよっ!!」
ここ数日、虱潰しに傭兵達に声を掛けて依頼を受けてくれる者を探していたドルグだが全員に断られていた。金を払わなければ自分の依頼を受けようとしない傭兵達に苛立って、机や棚を壊す勢いで八つ当たりを続けている。
傭兵達がドルグの依頼を受けようとしない理由は、ドルグが依頼料を支払う気が無いと分かっていたからである。傭兵である彼らにも生活があるので、依頼料が払われない依頼は受けないのだ。
自分の思い通りに事が進まずに周囲に当たり散らしているドルグだが、彼にとって都合の悪い事は連続して起こるようだ。
「ちょいと失礼するぜ、ドルグさん」
ドルグの元に、数人の客人がやって来た。彼らが部屋に入って来たのでドルグは八つ当たりの手を止める。
「なんだ!?俺に何か用か!?」
「用があるからここに来たんだ。……ドルグさんには悪いけどよ、俺達は今日限りでバウズ商会の傘下から抜けさせてもらうぜ」
「あんたのやり方には、もうこりごりだ。ここにいる全員、傘下から抜けさせてもらう」
彼らはバウズ商会の傘下に入っている商人達で、今までドルグの方針に従って働いていたが、度が過ぎる方針に彼らは我慢の限界を迎え、商会の傘下から抜けるとドルグに直談判しにやって来たのである。
「傘下から抜けるだとっ!?勝手に決めるんじゃねえ!!お前ら、自分や家族がどうなってもいいんだな!?」
バウズ商会の傘下から彼らが抜ける事を良しとしないドルグは抜けさせないように脅しを掛けてきたが、商人達はある事実を知っており、その脅しは彼らには効果が無かった。
「やってみろよ。あんたに雇われていた傭兵は今は居ないのは分かってるんだよ」
「あなたはゲンダという傭兵の威を借りていただけなんですよ。あなたの脅しは何の意味も無いから私達には効きません」
「……というわけで、俺達は全員この場を持って商会の傘下から抜けさせてもらうぜ。今まで世話になったな」
彼らはドルグに雇われている傭兵のゲンダが、バウズ商会から居なくなった事実を知ったので、商会の傘下から抜ける事を決意したのだ。今までドルグが無茶苦茶な要求を商会の内外にしていたのはゲンダの存在があったからこそであり、腕利きの傭兵のゲンダの後ろ楯が無いドルグの脅しは、何の意味も成さない物だと彼らは分かっていた。
「待ちやがれっ!!お前ら、抜けるなら今まで俺が貸した金とかを清算してからにしろっ!そうじゃなきゃ抜けさせねえからなっ!!」
ドルグは出ていこうとする彼らを引き止める。商会の傘下から外れる前に自分にした借金などを清算してから抜けるように言うが、彼らはその言葉を待っていた。
「貸した金?……そうかそうか、貸してた金をやっと返してくれるって事だな?」
「私への支払いも遅れている物もあるので、それも全て綺麗に支払って下さいね?」
「俺の方もだ。さっさと金を払ってくれ」
「お前ら何言ってるんだ!?俺はな、お前らに貸した金とかを纏めて返せって言ったんだよ!!」
「あのな、あんたは俺達から金を借りてて、俺達はあんたに金を貸したり返済を待ってる立場なんだよ。何で借りてもいない金をあんたに返さなきゃいけないんだよ?」
金を借りたり支払いを待って貰っているのは商人達ではなくドルグの方であった。支払いや返済の催促をしてもドルグは、今は手持ちが無いなどと期限を延ばしに延ばしている。商人達はそれらを返して貰ってから抜けれると聞いて喜ぶが、金を借りている筈のドルグは何故か、彼らに返済を迫ったのだ。
「うるさいっ!いいから金を返せっ!!」
「……駄目だ。話にならねえ」
「もう帰りましょう。これ以上ここに居ても時間の無駄になるだけです」
「そうだな」
自分達はドルグに金を借りた事実は一切無いのに貸した金を返せとは、いったいこの男は何を言っているのかさっぱり分からない商人達であった。彼らはこれ以上ドルグと話しても意味が無いと悟ると、ドルグの前から去っていった。
「くそがっ!!!」
バウズ商会の傘下から何人もの商人が抜ける事となり、商会の財政は更に苦しい物になるのだが、彼の不運は更に続く。
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